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9.推測

 珠美は落ち着かなかった。ヒクツを誘い、2人でカラオケに来たものの、改めて感謝の言葉を述べようとすると、緊張してしまう。


(くっ、なぜ、ヒクツごときに私が!)


 隣で歌っているヒクツを一瞥し、目が合いそうになったので、慌ててそらす。するとヒクツは、歌うのを止め、申し訳なさそうに頬を掻いた。


「ごめん。あんまりこの曲、好きじゃない感じ?」


「あ、いや、違う。この曲は好きだけど、その……」


 このままだと、グダグダな感じになってしまう。珠美は、大きく深呼吸して、気持ちを整えた。他人に感謝の言葉を伝えるなんて、これまで直面した困難に比べれば、些細なことだ。しかし、感謝の言葉を意識すると、喉が詰まってしまう。いつからだろう。人に素直な気持ちで感謝できなくなったのは。


「……なんか、ごめん」


「まぁ、べつに良いけど、それより、これからどうする?」


「どうする、というのは?」


「いや、これからも奴らのテロが続くんでしょ?」


「奴ら?」


「感動幸せ協会」


「ああ、そうだな……って、感動幸せ協会がテロを起こすなんて話したっけ?」


「え、あ、ほら、だって、あのモヒカン男が言ってたじゃん」


「……ふぅん」


 珠美は、ヒクツの視線が一瞬だけぶれたのを見逃さなかった。あれは、隠し事をしている人間が見せる所作だった。


 珠美は疑うような目でヒクツを見据える。ヒクツは苦笑しながら見返した。


「何?」


「いや、確かにあのモヒカンが口にはしていたが、だからと言って、感動幸せ協会がテロを起こし続けると考えるのは、早計じゃないか?」


「言われてみたら、そうだな」


 ヒクツは納得したように頷くが、その動作がうさん臭く見えた。


「ねぇ、ヒクツ。私に何か隠していることある?」


「え、無いけど」


 ヒクツは飄々と答えるが、ヒクツの態度が魚の小骨のように引っかかる。


(何か、怪しいな……)


 疑い始めたら、ヒクツのことが怪しく思えてきた。他にヒクツと接していて、気になったことはないか考える。


「……そういえばさ、私と初めて会った時、ヒクツは私に覚えてるか? みたいなことを聞いてきたよね。あれって、どういう意味? ヒクツは私と会ったことがあるの?」


「あれは、ナンパ師が使う常套句じゃん。ほら、俺は珠美をナンパしたかったから、そうやって気を引こうと思ったわけ」


「ふぅん」


 珠美は覚えている。ヒクツは最初、ナンパ目的であることを否定したことを。そして、珠美がナンパ目的であることを認めたら付き合ってあげると言った時、少し悩んだことも。もしもナンパが目的だったのなら、すぐに喜んだはず。


(そういえば、ヒクツの選ぶ曲、どれも私が知っている曲だった)


 それに、ただ知っているだけではなく、どちらかと言えば、好きよりの曲だった。


(好きと言えば、ランチのお店も一緒だった)


 その後に行った映画も、珠美の好きなジャンルの映画だった。あのときは、好みが被っていることを喜んだが、これだけ重なると、少し怖くなってくる。珠美は人差し指の指輪を見た。どうしてヒクツは、指のサイズがわかったのだろうか。


 珠美は再びヒクツを観察する。もしもヒクツが百戦錬磨のヤリチン野郎だったら、こちらの好みを一瞬で見抜くことができるかもしれないが、目の前にいる男はただの陰キャ。豊富な恋愛経験があるようには見えない。


「あのー。珠美さん?」


「ちょっと、黙ってて」


「はい……」


 となると、どうしてこの男は、自分の好みがわかったのか。


(……もしかして、ストーカー!?)


 珠美は背筋が寒くなって、慌ててヒクツと距離をとる。


「珠美さん!?」


「ちょっと、黙ってて」


「はい……」


 珠美はさらに考える。しかしヒクツがストーカーだとすると、腑に落ちないことがあった。ヒクツからはストーカー特有のねっとりした情欲や歪んだ独占欲みたいなものを感じなかった。これまでもストーカーめいた男には、それなりに出会ってきたので、ストーカーの空気みたいなものはわかる。それに、普段から周囲には警戒しているので、ヒクツがストーカー行為をしていたら、どこかのタイミングで気づくはずだが、それもなかった。あと、ストーカーなんだとしたら、やはり、付き合えるとわかったときの反応が気になる。


(じゃあ、どうして私のことを知っているのだろう?)


 ストーカーをせずに、初めて出会った人間の好みを知る方法なんてあるのだろうか。


 そのとき、珠美に電流が走る。初めて出会った人間の好みを知る方法を珠美は知っていた。タイムリープだ。タイムリープを使えば、相手にとっては初めての対面になるが、こちら側は相手の情報を知っている状態になる。


(ただ、私以外でタイムリープをしている人に会ったことないんだよなぁ)


 それに、ヒクツがタイムリープをしているのだとしたら、どうして自分はその世界線の記憶が無いのか。


 そこで珠美は、ヒクツとのやり取りを思い出した。ヒクツにタイムリープをしていることを告白した時、それを引き継げるかどうか質問してきた。あのタイミングで、その質問をした理由は何だろうか。


(……別の世界線の私からタイムリープを託されてこの世界線にやってきた)


 もしも、各世界線の記憶を一人しか引き継ぐことしかできなくて、別の世界線の自分がその世界線の記憶をヒクツに託したのなら、自分が知らないのも一応は説明できる。そんなことできるかはわからないが。


(それなら、最初にナンパめいた言葉で近づいてきたことも納得がいくな。あれは、ヒクツにとっては、ナンパではなく、確認だったのか)


 そして、ヒクツがタイムリープしてきたと仮定すると、納得できることは他にもある。例えば、自分の話をすぐに信じたこと。経験していたからこそ、信じることができたのだろう。また、組織への対応に自信があったのも頷ける。思い返してみたら、昨日はただの高校生とは思えぬほど、堂々と行動し、変装などの準備もしていた。あんなことができたのも、経験があったからに違いない。となると、爆弾魔を殺したのもヒクツの可能性が出てきた。


(でも、どうやって殺したんだろう? あのとき、ヒクツは私の目の前にいたし……。もしかして、何かしらの能力を使ったのか? ということは、ヒクツも能力者か? でも、それなら何で自分に隠しているんだろう?)


 話せない事情があるのか。だとしたら、その事情とは何だろうか。


 珠美はここまでの自分の推測をまとめてみた。


 ・ヒクツもタイムリープしている可能性がある。

 ・だから、自分の好みを把握している。

 ・さらに、能力も使えそう。

 ・しかし、タイムリープしていることや能力について話せない事情がありそう。


 これらの情報から、珠美は一つの結論に至る。


(もしかして――タイムリープしてきたストーカーってこと!?)

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