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8.見解

 起床。珠美は見慣れた天井からスマホに視線を移し、時間を確認する。6月14日(日)の午前7:00。久しぶりの一日が始まる。しかし、その顔は浮かない。昨晩から抱えたモヤモヤがまだ残っていた。


(やはり、何かがおかしい)


 珠美は昨日の事件について振り返る。モヒカン男が事故で死に、爆発でもう1人死んだ。しかも、その爆発を起こした犯人がモヒカン男の可能性があるらしい。今までに無い展開なので、珠美はすんなりと受け入れることができなかった。


 とくに気になるのは、爆発の方だ。モヒカン男の死は理解できなくもない。今までの世界線でもモヒカン男のテロを阻止した際にモヒカン男が死ぬことはあった。しかしそれは、モヒカン男に直接関わったからこそ起きた結果であり、爆発の方に関しては全く関与していないのにも関わらず起きた。それを『バタフライ効果』という言葉で説明することはできるかもしれないが、そんな単純な話でもない気がしている。


(もう一度、やり直してみるか?)


 しかし、これが本当にバタフライ効果だとしたら、次は起きない可能性もあるから、判断に困る。


 そのとき、玄関の方で音がした。


(もしかして、カイ兄かな?)


 珠美は慌てて部屋を出る。玄関に、スーツ姿の海斗の姿があった。海斗は珠美の兄で、今は刑事として働いている。靴ひもを結んでいた海斗が振り返った。爽やかなイケメンである。海斗は珠美を認めると、「おう」と素っ気ない態度で靴ひもを結ぶ作業に戻った。


「おはよう、カイ兄。今から仕事なの?」


「ん。まぁな。ちょっと大きな事件があって」


「もしかして、昨日の池袋爆破事件?」


「あぁ」


「ふぅん」


 何か情報を得ることができるかもしれない。珠美は海斗に歩み寄ると、後ろから抱きしめた。


「……どうした、急に?」


 海斗は平静を装うものの、耳まで真っ赤になっていた。珠美は知っている。この男が、自分のことが大好きなシスコン野郎であることを。だからめちゃくちゃ甘えれば、何かしらの情報を漏らすのでないかと思った。


「んー。労いかな? 頑張るカイ兄に、私ができることと言えば、これくらいかなと思って」


「べつに、そんなことはないけど」と言いつつ、海斗はにやけ面になる。


「それにしても、爆破事件かー。ニュースだと、殺人事件みたいに扱われているけど、本当にそうなの?」


「……悪い。それは珠美でも話せない」


「えーいいじゃん。教えてよ。それとも、カイ兄は私のこと、信用できないの?」


「……絶対、他の人には言うなよ。とくに水姫には」


「うん。わかった」


 水姫とは珠美の姉で、珠美と同じ学校に通う高等部の3年生だ。海斗は珠美のことは大好きだが、水姫のことは疎ましく思っていた。女子高生探偵を自称し、事件があるとしゃしゃり出てくるからだ。


「ありがとう。で、事件についてなんだが、今のところ、殺人事件として捜査を進めている」


「ニュースだと、近くで怪しい男が目撃されたらしいけど、その男が犯人?」


「ああ。現場の壁に『死ね』と書いてあったんだけど、その文字を書いたスプレーも現場で見つかってね。で、そのスプレーに付着していた指紋が、その男の指紋と一致したんだ。だから、容疑者には、被害者に対する殺意があったみたい」


 モヒカン男が殺人を犯す。やはり、今までの世界線では無かったことだ。


「その、容疑者と被害者の関係ってわかってるの?」


「いや、今のところは。ただ、妙なことがあって、その被害者っているのが、10年前に死んでいるはずの男だったんだ」


 10年前に死んでいる。そのワードで珠美は思わず声を出しそうになった。珠美には、10年前に死んでいる男に心当たりがある。爆弾魔だ。何度もタイムリープを繰り返し、ようやく掴んだ情報である。


(いや、でも、その人が爆弾魔だと決まったわけじゃない)


 珠美は驚いていることを気取られないように気を付けながら、口を開く。


「その人の名前とかわかってるの?」


「一応」


「何て名前?」


「いや、知らないと思うよ」


「いいじゃん。もしかしたら、どこかで聞いたことがある名前かもしれないし」


 海斗は渋い顔でその名前を口にする。


「――だ」


 珠美は後ろから抱き着いて良かったと思った。今の自分の顔を見られたら、海斗が不審に思うに違いないからだ。海斗が口にした名前は、珠美の知る爆弾魔の名前だった。


(つまり、あのモヒカン男が、爆弾魔を殺した?)


 何のために、どうやって。


「……そういえば、容疑者は爆弾でその男の人を殺したんだっけ?」


「ああ。でも、これもまた、妙な話なんだが、容疑者がどうやって爆弾を手に入れたかがわからない。昨日の時点では、家で爆弾を作っていた形跡がなかったんだ」


「爆弾って、家で作れるもんなの?」


「知識があれば。俺も大学で爆発物の研究をしていたから、作ろうと思えば作れる。が、容疑者の経歴を見る限り、そういった爆破物に関する知識も無さそうなんだよなぁ」


「ふぅん」


 今回の場合、爆弾魔の能力を利用すれば、わざわざ爆弾を用意する必要はないが、海斗にそのことを話すべきか迷う。海斗も能力者なので、話は聞いてくれるかもしれない。しかしそうなると、タイムリープについての説明も必要になるので、話が少し複雑になる。


珠美が悩んでいると、海斗は続けた。


「俺は協力者がいるんじゃないかって思うんだよね」


「なるほど」


 確かに、その可能性もある。よくよく考えてみると、爆発があったとき、モヒカン男は珠美の前にいた。だから、あのタイミングで爆弾魔を殺すとしたら、時限式の爆弾を使うか、協力者に爆発させる以外、方法は無さそうだ。


(……そうなると、話はいろいろややこしくなるな)


 判断するための情報が少ないので、海斗からさらに聞き出したいところだ。


「あ、やべ、そろそろ行かないと!」


 ――しかし、その時間もあまり無さそうだ。それに、海斗もまだわかっていないことの方が多そうだし、ここであれこれ聞くよりも、もう少し話がまとまってから聞いた方が良い気がした。だから、珠美はそっと離れる。


「ん。いってらっしゃい」


「おう、行ってきます」


「あ、ちょっと待って、カイ兄!」


「何だ?」


「『感動幸せ協会』って知ってる?」


「ああ。昨日、容疑者の男が口走っていた組織だよな? 何で知ってるの?」


「いや、だって、その男がマイクパフォーマンスをしている動画が、今、SNSで拡散されているからさ。それで、もしかしたら、何か関係があるかもと思って」


「あぁ、そうだな。だから、今日にでも聞き込みを行う予定だ」


「そうなんだ。頑張ってね」


「おう」


 珠美は笑顔で海斗を見送る。が、玄関の扉が閉まると、すぐに真剣な表情に変わる。海斗が感動幸せ協会を調べたところで、何か発見があるとは思わない。所詮、感動幸せ協会は奴らの表向きの顔に過ぎず、いつでも切れるトカゲの尻尾でしかないから、その背後に潜む魑魅魍魎まではたどり着くことができないだろう。だから、何かわかったら、ラッキーくらいの心持でいることにした。


(でも、どうして、モヒカン男は爆弾魔を殺したんだろう?)


 爆弾魔は、珠美からしたら憎むべき厄介な敵であるが、組織からしたら優秀な人材である。だから、組織の人間が積極的に殺害するとは思えないので、モヒカン男と協力者? には個人的な強い恨みがあったのかもしれない。


(いずれにせよ、今回の世界線でしか、この現象が起きていないのが気になる)


 ただの偶然なのだろうか。『偶然』や『確率』みたいな言葉で、この現象を済ませてしまってもいいのだろうか。


(もしかしたら、私の行動が何かしらの影響を与えたのかもしれない)


 と言っても、今回の世界線では最初から自殺するつもりだったので、モヒカン男の行動に影響を与えるようなことをした覚えはない。やったこと言えば、ヒクツとデートしたことくらいか。


(ってか、ヒクツと出会ったのも、この世界線が初めてか)


 最初に出会ったときは、ナンパ目的の勇気ある陰キャ君くらいにしか思っていなかったが、芸達者だし、結果的にテロを防ぐことができたし、思いのほか、仕事のできる男だった。


(そういえば、テロを防いでくれたお礼をちゃんと言えてなかったな)


 珠美は部屋に戻り、机の上に置いたスマホを手に取ろうとする。そこでヒクツに貰った指輪を見つけ、右手の人差し指にはめる。偶然かもしれないが、サイズが合って良かったと思う。もしも、どの指にも合わなかったら、無駄になってしまうところだった。


(今日も休みだし、礼も兼ねて、遊びにでも誘ってみようか)


 珠美はスマホを手に取って、メッセージアプリを開いた。

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