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6.池袋爆破事件~モヒカン視点~

 202x年6月13日(土)の11:55。男は自慢のモヒカンを風になびかせ、キャリーケースを引きながら、池袋の街を歩いていた。男はサングラスの下で行き交う人々を観察し、鼻を鳴らした。


(呑気なもんだ。今日がてめぇらの命日だっていうのによ)


 男は薄い笑みを浮かべ、口笛を吹く。曲は『蛍の光』。旅立つのに丁度良い歌だ。


 男が信号の前で立ち止ると、後方から声がした。渋い男の声だった。


「振り向かずに聞け。――様からの命令だ」


 ボスの名前に、男は緊張する。


(ボスの名前を知っている!? こいつ、何者だ?)


 男は振り返りそうになるが、「振り向かずに聞け」と言われたことを思い出し、視線を前に向ける。そして、息が詰まるようなプレッシャーと渋い男の声で男はピンとくる。


(もしや、あの方か!)


 後ろにいる人物に心当たりがあった。幹部の人間である。だから緊張し、強張った表情で口を開く。


「め、命令って何ですか?」


「実は我々の中にスパイがいることがわかった。お前にはその調査をして欲しい」


「お、俺がですか? どうして?」


「――様が期待しているからだ。あのお方は、初めて会った時からお前のことを気に入っているそうだよ」


「ほ、本当ですか!」


「ああ。だから、その期待に応えて欲しい」


「も、もちろんです」


「詳しいことは○○ビルの5階に行けばわかる。そこにメモを残した」


「○○ビルって、どこですか?」


「××の隣にあるビルだ。5階が空きテナントになっている。今すぐ行け」


「今すぐ? 例の計画は? それに、イーグルには何と言えば」


「5分も掛からんだろうから、先にやれ。わかっていると思うが、このことは他言無用だ。余計な混乱は起こしたくない。だから、イーグルは適当に誤魔化せ」


「わ、わかりました」


 信号が青に変わる。人が動き出して、プレッシャーも消えた。振り返ると、そこには誰もいない。ほっと胸を撫でおろす男の顔は、どこか嬉しそうだった。ボスに期待されている。その事実に心が震えた。


(期待に応えなければ)


 男は、サポート役のイーグルへ『少し離れる』といった趣旨のハンドサインを送ると、人込みに紛れて○○ビルの前へ移動した。


(ここか)


 エレベーターに乗り、5階のボタンを押そうとして、5階のボタンが無いことに気づく。


(いや、違う)


 ボタンの配列を見ると、5階と思しき箇所にテープが貼ってあったので、テープの上からボタンを押した。エレベーターが動き出し、5階に到着する。エレベーターがそのまま入口になっていて、30坪くらいの何もない空間が男を迎える。


(ここのどこにメモが?)


 男は辺りを見回し、足元のスプレー缶に気づいた。手に取って確認する。スプレー缶の下に、折りたたまれたメモ用紙があった。男はメモを開き、中の文章を読んで、薄い笑みを浮かべる。


(なるほど。あの人が裏切り者なのか)


 読み終えた後、メモの内容に従い、スプレーで黒く塗りつぶすと、メモを丸めてポケットにしまった。そして、エレベーターで地上に戻る。降りようとしたら、40代くらいのパーマを掛けた男が立っていた。睨むような目つきだったので、男が睨み返すと、目をそらした。男は鼻を鳴らし、その場から離れる。


 歩いていると、「おい」と声を掛けられた。振り返ると、眼鏡をかけた生真面目そうな顔つきの男――イーグルがいた。イーグルは声を潜めながらも、怒りを滲ませる。


「何、勝手なことをやっているんだ」


「トイレに行っていたんですよ」


「ガキじゃねぇんだから、そんなの先にやっておけよ。お前は、今回の作戦がどれほど大事なのかわかっているのか?」


「……さーせん」


「これ以上、勝手なことをするんじゃねぇぞ。幹部も見ているらしいからな」


 イーグルはそれだけ言って、去って行った。男は、その背中に中指を立てる。


(うるせぇ、クソ野郎。まぁ、いい。どうせ、すぐに立場が逆転する)


 男はほくそ笑んだ。1年前まではただの信者に過ぎなかったが、能力が発現してからは、構成員に昇格し、今回の大事な仕事を任され、スパイを探す仕事も任された。このままいけば、幹部にもなるのも時間だろう。もしも幹部になれたら、イーグルをこき使ってやろうと思った。


 男は移動し、往来の真ん中で立ち止まる。何も知らない人々を見て、口角を上げた。平和な日常が、今から地獄に変わる。想像するだけで、ゾクゾクした。男はキャリーケースからマイクとスピーカーを取り出して、準備を進める。通りにいた人間が、物珍しそうに男を眺めた。


「お前ら、聞け!」


 男の声に人々が奇異の目を向ける。足を止める人もいれば、スマホを向ける人もいた。思ったより音が小さかったので、男はスピーカーの音を調節しながら話し続ける。


「お前らは人を幸せにする方法を知っているか?」


 ざわつくものの、返事はなかった。男は鼻を鳴らす。予想通りだった。自分みたいな人間に対しては、冷ややかな態度で接する。この世界にいるのは、そういう連中ばかりだ。


「はん。お前らは本当に――」


「どうやるんですか?」


「え?」


 男は驚いて目を向ける。帽子を深く被った青年が立っていた。帽子のせいで顔はよくわからない。


「だから、どうすれば人を幸せにできるんですか?」


 予想していなかった反応に一瞬戸惑うも、気を取り直す。


「他人を不幸にすればいいんだよ」


「どうして他人を不幸にすればいいんですか?」


「この世界は、誰かが幸せになれば、その分誰かが不幸になる。だから、誰かを幸せにしたいなら、その分誰かを不幸にすればいい」


「なるほど。深いですね。お兄さんは、何かバンドとかやっている人なんですか?」


「バンドじゃない。『感動幸せ協会』だ」


「何ですか、それ?」


「この世界に感動と幸せをもたらす素敵な団体さ」


「へぇ。具体的にどんな活動をされているんですか?」


「さっきも言っただろ、誰かを幸せにするために、誰かを不幸にしている。まぁ、百聞は一見に如かずだ。今から、そいつを見せてやるよ」


 ここで絶叫すれば、皆死ぬ。そして人は、男の行為を『テロ』と呼び、世間は悲しみと恐怖に包まれるだろう。しかしいずれ、勇気と希望を胸に、テロに立ち向かう。それは、この社会が一致団結するために必要なことであり、一致団結することはこの社会にとって幸福なことだった。だから男は、絶叫する。


 男は大きく息を吸い込み――咳き込んだ。何か変な物を吸い込んでしまった。


そのとき、爆発音が辺りに響いた。悲鳴が上がり、人々が逃げ惑う。男は爆発があった方角を呆然と眺めた。爆発なんて予定にない。


「あれはあなたがやったんじゃないですか?」


 すぐそばに青年がいたので、男は突き飛ばす。


「はぁ? 俺じゃない」


「さっき、人を幸せにするために不幸にする、みたいなことを言っていませんでしたか?」


「た、確かに言ったが」


「何か、あなた、すごい怪しいですね。犯人なんじゃないですか?」


 青年に言い寄られ、男はたじろぐ。想定外の事態に、頭が混乱している。


(くそっ、どうすれば)


男は周囲に視線を走らせる。『一時撤退』のハンドサインが見えた。


(ちっ、しゃーない!)


 後でスズキが回収することに期待し、マイクなどを投げ捨てて、男は駆け出した。


「あの人が爆発の犯人だ! 捕まえて!」


 青年が叫ぶと、そばにいた大人たちが、逃げる男を追いかけ始めた。


「おい、待てこら!」


「逃げるな!」


 男は奥歯を噛む。痴漢の冤罪で捕まった時のことを思い出した。あのときも、自分は悪くないのに、悪者にされた。能力を使って、気絶させることも考えたが、何だか喉の調子が悪い。


(はっ、だが、あのときとは状況が違う。俺は絶対に捕まらねぇよ)


 男は信号が赤だったにも関わらず、自信満々で道路に飛び出した。今の自分なら、車さえも避けることができる。――が、妙な浮遊感を覚えた。駆け抜けようとしているのに、足に重りがついている感じ。足元を見て、目を見開く。影から黒い手が伸びていて、自分の足先を掴んでいた。


(まさか、他の能りょ――)


 男の思考は、けたたましく鳴るクラクションの音にかき消された。

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