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10.決意

 ヒクツがタイムリープしてきたストーカーなら、自分の好みを把握していたのも頷ける。


(でも、待てよ)


 珠美は冷静に考える。別にストーカーじゃなくても、自分の好みを知る機会はあるはずだ。例えば、恋人や友人。恋人に関しては、好みのタイプじゃないから、あり得ない。となると、友人か。それなら、ヒクツが能力者であることも納得がいく。ヒクツのような人間と接点をもつとしたら、ヒクツも能力者だったパターンしか考えられない。そしてヒクツは、自分を友人としか見ていなかったから、付き合えるとわかったときも乗り気じゃなかったのだろう。


(……なんか、それはそれでムカつくなぁ)


 珠美にとって、ヒクツが友人としか見ていないことはある種の敗北だった。陰キャなら、自分と恋人になれることを喜ぶべきだ。


(まぁ、でも、これも私の予想だし、そもそも、本当にタイムリープを他人に託すことなんてできるのか?)


 珠美は眉根を寄せた。わからない。わからないことが多すぎる。どれほど考えたとしても、ただの推測になってしまうから、直接確認することにした。ただし、タイムリープについて話せない事情があるのだとしたら、普通に聞いても教えてくれない可能性があるので、鎌を掛けてみる。


 珠美はヒクツの隣に戻り、笑みを浮かべた。


「ごめんね。急に」


「べつに、大丈夫だけど」


「歌ってもいい?」


「ああ」


 場が微妙な空気になっていたので、話しやすい空気を作るために、まずは歌うことにした。そして歌いつつもタイミングを探り、40分ほど経過したところで、珠美は選曲しながらジャブを放つ。


「なんか、こうやっていると、思い出すねー」


「何が?」


「ほら、よく一緒にカラオケに行っていたからさ、その時のことを思い出したんだ」


「……誰かと間違えてない? まだ珠美とは1回しか行ったことないけど」


「あれ? そうだっけ? もっと一緒にいた気がするけど」


「そう思ってもらえるのは嬉しいが、人違いじゃないかな」


 うっかり口を滑らせるパターンを期待したが、とくに効果はないようだ。だから、別の方法を試みる。


「……もういいよ。そういうのは」


「え?」


「思い出したんだ、全部。前の世界線であったことを。昨日の事件があってから」


「……マジ?」


「マジ」


「ふぅん。なら、その指輪を見て、思い出すことない?」


「え」


 珠美は右手の指輪を見る。この指輪に何か思い出が? 適当なことを言ったらぼろが出かねない。


 珠美が答えあぐねていると、先にヒクツが言った。


「……それについては思い出せないんだね」


「……ごめん。大事なものだったことは覚えているんだけど。良かったら、この指輪について教えてくれないか」


「その指輪は、前回の世界線でも、珠美とデートとしたときに買ったものだ。お互いにプレゼント交換という形でね」


「そうか。そうだった気がする」


「思い出してきた?」


「何となく」


「そっか。でも、思い出すことなんてあるのかな。今の話、全部嘘なのに」


「は?」


 珠美が睨むと、ヒクツは苦笑する。


「ごめん。ちょっと試したくてさ。でも、今の反応でわかったよ。珠美は前回の世界線のことを思い出してないでしょ」


「嘘を吐くなんて、サイテー」


「それはお互い様でしょ。で、何で前回の世界線を思い出したなんて嘘を吐いたの?」


「べつに理由はないけど」


「ふぅん」


 珠美は考える。今みたいなやりとりだと、ヒクツがタイムリープしていた場合、ヒクツに情報アドバンテージがあるので、自分が不利になる。だから、もっと違う方法で探りを入れた方が良さそうだ。


(というか、素直に聞いてみるのもアリかも)


 陰キャなら、聞かれてないから答えなかったみたいなパターンもありうる。


「あのさ、単刀直入に聞くけど、ヒクツって私みたいにタイムリープをしているの?」


「タイムリープ? してないよ」


「本当? じゃあ、能力は? あのモヒカンみたいに、超能力が使えたりしない?」


「しないよ。まぁ、ある種の手品は、超能力に見えるかもしれないけど。ってか、何でそう思うの?」


「……嬉しいから」


「え?」


 珠美はハッとなる。意図しない言葉だった。だから、慌てて言い訳をしようと思ったが、考え直す。計算のない自分の本音に身を任せることで、開ける道があるかもしれない。


「……私がタイムリープをしていることは知っていると思うけど、私はやり直すたびに、何度も悲惨な運命に抗ってきた。でも、何度も失敗して傷ついた。もちろん、1人じゃ無理だと思って、皆に協力してもらったこともある。けど、失敗するたびに思うんだ。私はどれだけ頑張っても1人なんだって。皆は、失敗しても、世界線が変われば、痛みを忘れてしまうけど、私だけは覚えている。だから……だから、もしもヒクツが私と一緒に奴らと戦ったことがあって、同じ痛みを分かち合っていたのなら、私にとってそれほど嬉しいことは無い。私はようやく、誰かと協力して、この運命と戦うことができる。そう思ったんだ」


 言い終えて、珠美は胸を撫でおろす。急な展開だったが、本音を言えてよかったと思う。人前で素直になったのは久しぶりのことだったから、少し恥ずかしい。これでヒクツも本音で語ってくれたら嬉しいのだが……。


 ヒクツは数秒の思案の後、おもむろに選曲を始めた。そして、画面に表示されたタイトルを見て、珠美は眉をひそめる。珠美の知らない曲だった。


 ヒクツは、珠美に微笑みかけて説明する。


「この曲、歌詞はすげぇ薄いから、あんまり好きじゃないんだけど、メロディはすげぇ好きなんだ。絶望からの希望とでも言えばいいのかな。まぁ、ちょっと聞いてみよ」


 歌が始まる。聞き覚えのある曲だった。ロボットアニメのオープニングだった気がする。聞いていて、ヒクツの言っていることがわかった。確かに、序盤は重い曲調が続く。しかし徐々に明るくなって、サビになると爽やかな風が吹いた。


「――俺はさ」とヒクツは曲をBGMに話し始める。「珠美が思っているような人間じゃないから、痛みを分かち合うことはできない。でも、珠美と協力して運命に立ち向かうことはできる。だからさ、何を疑っているかはわからないけど、俺を信じてほしい。俺の珠美の力になりたいと思う気持ちは本物さ」


 ヒクツの真っ直ぐな目を見返し、珠美は呆れたような、嬉しそうなそんな曖昧な顔で目をそらす。空気で騙されそうになるが、この男、やはり本音というか真実を語っていない。どこかで嘘をついている。それは女の勘とでもいうべきある種の自信だった。しかし、『力になりたい』という言葉だけは本当な気がする。もしかしたら、そう思いたいだけかもしれないが。


(……いいよ、そっちがその気なら、こちらにも考えがある)


 目の前の陰キャを理解するには、もう少し時間が掛かりそうだ。だから、感謝の言葉を伝えるのは、その後にしようと思った。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


この話を持ちまして第一部完となります。


第二部について考えているのですが、いつ投稿できるかわからないため、こちらの作品は、いったん完結済みにしたいと思います。


最後までお読みいただきありがとうございました。

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