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第1章 ―槍の女神と偉大なる冬の魔女③―

東の国、王都エスペル。

 この都市は代々双弓の女神の加護を受け、王家シュトラウス家を主として発展を遂げた王都である

 そして歴代のシュトラウス家から輩出してきた王の中でも、建国史上「賢王」と称された『レオン・シュトラウス』はその類まれなる武勇と、万民を分け隔てすることなく慈しむ優しき心を抱き、三代目アルテミス存命時には、数十年にもわたる戦乱を共に戦い抜いた歴戦の猛者であり、自国内のみならず、他国からもその評価は高いものであった。

 しかし、その繁栄は紅い月が上った夜に突然の終焉を迎えた。大臣の一人が国家に対する謀反を起こし、王の側近らを次々と殺害していき、最終的には国家機能を完全に掌握するに至った。

 この事態に対して、王は残された腹心である「アイオーンの牙」と呼ばれる王直属の親衛隊をもって、謀反の鎮圧に当たったが、突如現れた魔女の一味には歯が立たず、無惨にも敗北し、その牙を折られてしまったのである。      

かろうじて生き残った「アイオーンの牙」の団員らは、魔女の親衛隊として都市に住む人々の弾圧・反乱勢力の鎮圧など意にそぐわぬ命令を受け使役されるという、屈辱の日々を送っているのであった。

 そして今、神と王が不在のこの都市は、謀反を起こした大臣一派が全てを取り仕切り、強権的な独裁政治をもって市民を抑圧しているのである。それに加え、この都市では、神を崇めることを禁止する重く厳しい罰則規定が敷かれており、これに違反したものは弁明の機会すら与えられることなく、都市国家を脅かす悪魔崇拝者として縛り首にされた。例外なく、である。

 更に、この罰則規定は、密告制度を取り入れており、一度神の信奉者であると密告されれば最後、生きて日の光を見ることはできないのである。

 ある者は昨日まで親しく付き合っていた隣人を売り、またある者は嫉妬、憎悪といった理由で古くからの友人を売り、果てには子供が自分の肉親を差し出す状況までに落ちってしまっているのである。

 もはや、正しい倫理感、良好な人間関係などというものは当の昔に朽ち果て、今はただ人々の間に疑心暗鬼が渦巻く閉鎖的な社会が形成されていた。


 ''偉大なる冬の魔女,,に支配されたこの王都では、前さえ見えない深く濃い霧が街を覆い、人々は皆、魔女の恐怖に怯え家の扉を固く閉ざし、毎夜訪れる夜に震えるばかりであった。

 そして今宵の夜もそれは変わることもなく、街は不気味なまでに静まり返り、路上に設置されている街灯が、ただ粛々とその周りを明るく照らすのみであった。

 すると、その静寂を切り裂くように、一人の少女が路地裏を颯爽と駆け抜けていき、大勢の男たちがその後を追いかけていった。


「そっちに逃げたぞ!追いかけるんだ!!」


「各員心してかかれ!手負いといえど、相手は女神ぞ!油断はするな!」


 鎧を身に着け、右手に剣を携えた男は、大声を張り上げて部下に聞こえるよう叫ぶと、その声に圧されるかのように、後から様々な武器を携えた男たちが、我先にと駆け出していった。

 その時、暗闇から数本の矢が男たち目掛けて飛んできたかと思うと、その矢は、男たちの進撃を阻むように、正確に、そして的確に追跡者の手足を射っていったのである。

 矢で身体を貫かれた男たちの悲痛な叫びが、静かな町にこだまする中、後続の者たちはその先から足を踏み込むことを躊躇した。これ以上進めば、今まさに自分の目の前でもだえ苦しむ同僚と同じ目に遭うということを嫌でも理解したからである。

 このような状況下で他の団員達の士気も低下し、団内にこれ以上の追撃は無意味ではないかとの陰鬱な空気が漂い始めており、女神の捕獲作戦を継続するには、もはや


「さて、ここからどうしたものか…やはり女神を捕縛するなどできようものか。

 儂一つの首で足りようものなら、今こそこの身を王国に捧げるときであろうな…」

 

 鎧の男の決断は極めて迅速であった。鎧の男は、下顎に蓄えた茶色の長めの髭を数回撫でおろし少しの間沈黙すると、副官とおぼしき青年将校を呼び寄せ、こう言い放った。

「補佐よ、女神の確保は一時中断とする!

 …そして動けるものは各自負傷者の救護を最優先とし、この場より撤退を開始せよ!」


「しかし、女神を捉えることができないとなると、あの魔女めが我々を無事で帰すとは…」


「構わん、この件の報告は儂一人で出向いて釈明するさ。もし私に何かあれば…この部隊の皆と王子の保護は貴様に任せるぞ、アルヴィン補佐」


「そ、そんな…私も同行いたします!団長殿!」


「ならん、貴様は貴様の任を果たすのだ、よいな。それにな、儂はそう簡単にくたばりはせんよ。」


 鎧の男は、側に立っていた金髪の若き青年将校に対し、ニヤリと一つ笑みを浮かべると、青年の肩を軽く一回ポンと叩くと、鎧の音を鳴り響かせて、その場から立ち去って行った。

 そして、鎧の男から任を受けた青年は、負傷兵の救護及び全団員に撤退の命令を下すと、濃い霧に覆われ、一寸先も見えぬ暗闇を見つめてポツリと一言呟いた。


「このようなときに、レオン様さえ生きていたら…」


 青年は失意のうちに強く握りしめていた剣を腰に下げた鞘にゆっくりと戻すと、踵を返し、ゆっくりと歩き始めたのである。

 そうして、誰もいなくなった路地裏は先程の喧騒が嘘のように再び静けさを取り戻し、そこには冷たい風がただ吹きすさぶのみであった。


**


 双弓の女神と亡国の民を救わんとする隼人と女神アテナは、東の国の王都エスペルを目前として歩みを進めていた。

 そして王都に続く道沿いには、樹齢何百年は下らない非常に立派な木々が立っており、それがずらっと王都に向かって並んでいた。

 しかし、その荘厳で立派な木から延びる枝には、恐ろしいことに、老若男女の首つり死体が吊るされているのであった。

 更に、その枝がかなり太いため、数人ぐらいの人間が吊るされていようとも、軋むこともなく、朽ちた骸のみが風に吹かれて不気味に揺れ動いていたが、その骸には、首から下げた木版に赤黒く固まった血文字でこう書かれていた。


「私は惨めな神の崇拝者」「神は我を見放した」「信じる者は救われる」


 その上、凄惨な光景はここだけに限った話ではなかった。隼人達が王都に近づくにつれてその数は徐々に膨れ上がり、中にはまだ吊るされて間もないような死体もあり、鼻がねじ曲がりそうなほどの腐臭と死臭が入り混じり、隼人は何度も嘔吐きそうになるのを必死でこらえていた。

 一方で、女神アテナはそのような光景を目の当たりにしても、眉一つ動かすことなく、目線の先にそびえ立つ王都を見据え、歩みを緩めることはなかった。


「すごいな…こんな光景が広がってるのに動揺しないなんて…。」


「当り前です。こうしている間にも民や彼女たちに危険が迫っているというのに、こんなことで怯え、足を止めるわけにはいかないのです。」


「ふぅ…、大した女神様だよ。全く。」


 何度も襲い来る吐き気を我慢し、隼人は足早に歩く女神アテナの後を追いかけた。王都が近づくにつれて、女神の足取りは一層速さを増し、今や王都の入口まであと少しの所まで近づいていた。

 その時、王都の入口から武装した者たちが徒党を組んで出て来たかと思うと、その後ろから引きずられるようにぼろを纏った数人の男女がロープに繋がれて連行されていた。


「やめろ!俺たちが何をしたってんだ!放せ!」


「わ、私らは何もしちゃいないよぉ!!無実なんだよぉ!」


「黙れ!!貴様らは愚かにも神を奉り、魔女への反逆を企てたのだ!もはや生かしてはおけん!魔女の命にて縛り首にせよとのご命令だ!」


「あああ!死にたくないよー!神様ー!」


 その男女数名は、どうやら神への信仰を誰かに密告され、罪人として今まさに縛り首にされようとしていたのである。そう、あの木々に吊るされていた死体と同じ運命をたどるということだ。

 隼人はその光景を目の当たりにして、二者択一の選択を迫られた。今自分の目の前で、その数人の命の灯火がまさに消えようとしているのである。

 しかし、敵の規模はいまだ未知数である。ここで戦闘となり、万が一敵に逃げられるようなことがあれば、増援を呼ばれるかもしれないし、最悪の場合現在の何十倍の数の敵兵に囲い込まれる可能性すらあった。

 そうなれば、もはや王都に潜入するどころではなくなる。果たすべき目的を達成できなくなる確率が目に見えて高くなるのは明白である。


――くそっ、どうしろっていうんだよ!このままじゃ…――


 その時、衛兵の一人が隼人達の姿に気づき、数名の兵を引き連れて近づいてきた。

 決断の遅れは更なる状況の悪化を引き寄せてしまった。隼人はすかさず身構え、戦闘態勢に入った。


「貴様ら!ここで何をしている?見たところ、異国の者のような出で立ちだが…ここへ何しに来た?」


「一体、あの人たちをどうするつもりだ?まさか木に吊り下げるんじゃないだろうな?」


「ハッ!なにを言い出すかと思えば…奴らは魔女に逆らった愚か者どもよ!そんな者を生かしておく価値などなかろう!」


「なんてことを…!」


「おっと、俺に立てつくことは魔女に立てつくことと同じことだぜ?お前はさっさと消えな。だが…」


 そういうと、衛兵はアテナに近寄ると、その可憐な顔を覗き込み、劣情にまみれた表情でこう言い放った。


「ふぅん、あんた中々の上玉だな。よし、俺らについてきな、たっぷりかわいがってやるからよ!」


「隊長!独り占めはずるいですぜ!俺たちにもわけてくだせえよ!」


「ふん、こんな女はこの王都にも2人と要るまい。いや、もう一人いたな…

 確か、女神アルテミスだったか?気は強いがあれもなかなかのものよな。」


 その兵たちはティアナの美貌に惹かれ、あわよくば手籠めにしてしまおうと、聞くに堪えない下賤な会話を繰り広げ始めたのである。

 しかし、当のティアナ本人はその毒牙に対して憶することなく一歩も引かず、凛とした態度でその男たちの前に立ちはだかっているのであった。


「お前のような卑劣漢に、我ら女神が触れられると思うか?この愚か者が!!」


「おら、いいからさっさとこっちにこい!!」


 衛兵の一人がアテナの腕に掴みかかろうとしたその瞬間、隼人はその男の腕を掴み上げ、捩じり上げると力いっぱいに遠くへ放り投げた。

 隼人に投げ飛ばされた男は、その場所から数メートル吹き飛び城壁に勢いよく叩きつけられると、そのまま意識を失い、その場に突っ伏したのであった。


「くぅ、やっぱりこうなるのかよぉ!」


「よくやりました隼人。大儀ですよ。」


「貴様ーっ!我らに歯向かうつもりか!抵抗するのであれば仕方ない、殺してしまうまでよ!」


「待て、今こいつ…女神と言ったぞ!?もし本物ならすれば儲けもんだ!女神の首には賞金がかかってるんだ!!魔女の元まで引っ立てれば一生遊んで暮らせるぜ!」


「よし、こいつらを追い立てろ!女神は生け捕りだが…男は殺してしまっても構わん!」


 衛兵の集団は、隼人とその後ろに立つティアナが逃げられないように周囲を囲むと、鞘から剣を抜き、それぞれ切っ先を2人に向けた。

 兵たちは剣をむけたままじりじりと距離を詰めてきており、このままでは剣が届く範囲まで相手に近づくことを許してしまう。

 勢いに任せて男を投げ飛ばした隼人であったが、この状況では多勢に無勢である。ましてや、隼人自身力を授かったとはいえ、生まれてこの方荒事からは避けるように生きてきたし、ろくに喧嘩もしたことはないのだ。

 殴り合いどころか、刃物を向けられ、相手の目から鼻垂れているような殺意の視線は否応なく隼人を貫いているのである。

 この窮地から脱するため、脳をフル回転させ、覚悟を決めている一方で、アテナはこの状況に対しても顔色一つ変えず、ただ冷静な面持ちでその場に佇むのみであった。


「何してんだ!?あんたも何か打つ手を…」


「彼女を感じます。すぐそこに…」


「え?それはどういう…」


 アテナがそう口を開いた瞬間、隼人らを囲う男らの一人に眩い光を放つ矢が身体の急所に突き刺さり、その男は一切の声を上げることなく絶命した。

 その状況を理解する間もなく、どこからともなく次々と放たれる矢は、正確に男たちの急所を打ち抜いていきその数を一瞬の間に減らしていき、いつの間にか隼人らを囲んでいた兵たちは、屍の山を積み上げるのみになっていた。

 

「な、何が起きてやがる…俺の兵隊たちが、たった一瞬でやられるなんて…はっ!」


 隼人に投げ飛ばされた男が顔を上げると、そこには左手に白銀の弓を持った女が一人佇んでいた。

 狩人風の衣装に身を包み、栗色のショートカットに茶色い瞳の可憐な少女であり、その顔立ちはアテナよりも大人びているようにみえたが、美しさは彼女にも負けず劣らずであった。

 そんな少女が、男に一歩歩み寄った途端、右足で勢いよく男の首元を踏みつけ、苦しむ男に向かって吐き捨てるように言った。


「あたしたち女神を凌辱しようとする汚らしい男…その罪はあんたの命で償え!この、野蛮人!!」


 その女は、手に持っていた白銀の弓を引くと、躊躇することなく男の頭部に矢を打ち込んだ。

 その一撃で脳を破壊された男もまた、隼人らの周りで積み上げられた屍の一部となり果てたのであった。

 その一部始終を目の当たりにした隼人は、呆気にとられてしばらく立ち尽くしていたが、アテナが隼人の横に並ぶと彼を見て言った。


「彼女こそが双弓の女神であり、4代目女神アルテミスです…。」


 こうして隼人らは、王都を守る女神アルテミスとの邂逅を果たしたのであった。

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