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序章② ―運命の歯車はゆっくりと回り始めた―

「次のニュースです。法都市内において連日発生している通り魔事件に関して、警察は付近の聞き込みや目撃情報を募っていますが有力な手掛かりは未だなく、捜査は難航しているとのことです。」


 綺麗に化粧をした女子アナウンサーが淡々と読み上げるのは連日報道されていた連続通り魔事件のニュースであった。

 しかしその事件には一般的に考えうる猟奇的な通り魔事件とは違い、いくつかの奇妙な点があった。

 一つは通り魔被害に遭った被害者は例外なく命を取られるということがなかったこと。それどころか掠り傷一つすら負ってはいないのである。

 二つに襲われた被害者の記憶がぽっかりと穴の開いたように抜け落ちてしまっているということである。

 症状は個人差があり、襲われた当時の記憶だけ抜け落ちた被害者もいれば自分の名前さえ思い出すことができない被害者もおり、世界中の医学者を悩ませているのだった。

そして最後の奇妙な共通点としては、その加害者は放つあるたった一言の言葉を皆、口にするのである。

 「お前ではない」…と

 こうした一連の奇怪な情報も錯綜して報道は過熱の一途を辿りつづけることになり、やれ愉快犯の仕業だとか何者かが仕組んだ話題作りの種だとか好き放題に騒ぎ立てている有様であった。


「こう毎日のように垂れ流しで見せられるとどうも危機感も薄れてくる気がするな」

 

 その男、風間隼人は法都高校に通う高校2年生であり、連日テレビで報道される通り魔事件のニュースに大きくため息をついた。

 隼人はそのニュース映像に目もくれることもなく、目の前に置かれた学食のリーズナブルな醤油ラーメンを黙々とすするのであった。


「またそんなこといって…あなたは余分なくらい危機感を持ってっもいいくらいだと思うけれど?」


 隼人に苦言を呈する彼女は藤原明日香、隼人と同じく法都高校2年生で彼の古くからの幼馴染でもある。何の因果か、保育園からはじまり小学校と中学校、そして進学した高校まで一緒という、もはや腐れ縁と言われても否定できない間柄である。


「ここのところこのニュースで持ちきりなんだぜ?皆口を開けばこの話ときた。うんざりしないほうがどうかしてるよ」


「実際被害に遭ってる人もいるんだしそんなこと言わないの!」


「わ、わかったわかった!そう声を荒げるなよ!まったく…」


 明日香は人一倍正義感が強く、曲がったことは頑なに許さない超がつくほどの真面目な性格だ。

 そんな彼女の性格だからこの事件にも彼女なりに思うところがあるのだろう。

 対する隼人はこれといった信念を持って人生を歩いてきたわけではない。

 物事を決めるときに意見が分かれれば、多数に同調するし、誰かと衝突するようなことは極力避けて生きてきたのである。

 要は反発することなく、ただ人と時の流れに身を任せ穏便に過ごしていこうという「事なかれ主義」といった考えで今まで流されるように生きてきたのだ。

 多分、この生き方はそうそう変えられないと思うし、特段変えていこうとも隼人は考えてはいない。

 しかし、そんな彼にも自分の平穏が脅かされるとなれば、その重い腰を上げて行動しなければならない時が必ず来るのである。


「そ、そうだ!今日なんか予定ってあるか?実は頼みがあるんだが…」


「どうせ『明日提出の数学の課題のノートを見せてくれ!一生のお願いだ!』なんていうんじゃないでしょうね?

そりゃあそうよね。数学の牧田先生を怒らせたらどんな目に合うことやら…。」


「ぐっ…相変わらず察しがいいな…」


「当り前じゃない。何年あなたの幼馴染やってると思ってんのよ。」


 それは今「終わらない課題」と「鬼のような教師」の2つの嵐が静かにゆっくりと彼に忍び寄ってきており、その嵐を回避するため、隼人という船乗りは自らの努力を放棄して幼馴染からの助け舟を出してもらおうと必死に縋り付くつもりであった。

しかし、そのささやかな目論見はあえなく看破されてしまった。流石は幼馴染!といったところであろうか。

 がっくりと肩を落とす隼人に対し、一瞬呆れたものの、明日香は少し考え込んだ後に何かを思いついたような顔で隼人に話しかけた。


「そうね…私、ちょっと行ってみたい場所があるんだけれど一人で行くのは気が引けるのよねえ。誰か連れてってくれる人でもいればいいんだけれど…?」


 隼人はその言葉を聞き、バツが悪そうな顔をした。要は自分に付き合えと暗に要求していることに間違いないことは確かだ。

 昔から明日香は何か隼人に求めてくるときは自分からははっきりと言ってくることはなかった。彼女なりの一種の感情表現なのだろう。

(またこいつの悪い癖がでたな…なんて意地の悪い女だ!)

 しかし隼人には選択肢など残されてはいなかった。目の前の女のご機嫌を取るか、取るに足らない一銭の価値もない漢の意地の為に雷を落とされ沈没する末路を辿ることになるか。

 彼の決意は揺らぐことなく一つの答えを導き出した。


「よし!時間と場所を言え!付き合おうじゃないか!」


まさに無条件降伏である。


「決まりね!じゃあ早速だけど来週の土曜日の午前9時に駅前に集合ってことでよろしく!」


「肝心の場所はどこなんだよ?そこ肝心よ?」


「ふふ…それはあなたとの約束が終わったら話すことにするわ」


「なんだよ、勿体ぶることかよ!」


そう話す彼女は楽し気であり、どこか緊張したような、こわばった様子も垣間見えた。

しかしそんな様子もどことやら、隼人は本来の約束の方に話を戻した。


「それで…本題の課題のノートはどうすりゃいいんだ?」


「え?ああ、そうね…じゃあ放課後に図書室で見せてあげるわ。それでいい?」


「おお、助かる!これで首の皮一枚つながったぜ!」


 約束を無事取り付けたことに安心して、隼人はほっと一息、胸をなでおろした。


「そうそう、今日は夕方お爺ちゃんと剣道の練習があるから授業が終わったらすぐに図書室にきてよね?」


 彼女が嗜んでいる剣道は、幼いころから彼女の祖父から教わっている習い事の一つである。

 なんでも、彼女の祖父は古くから続いているとある流派を受け継ぐ剣術の達人であり、教えを乞う人も少なくないのだとか。

 もちろん、この平和な現代日本にそんな物騒な剣術を教えるわけでもなく、今は小さな道場で剣道の師範として老若男女に剣道を教える生活をしているそうだ。

 隼人も幼馴染だったせいか、彼女の祖父とは何度も顔を合わせたことはあったが、あまり口数の少ない老人であり、その癖鋭く光る眼光にあまり目を合わせるようなことはしなかった。

 決して悪意があったわけではないだろうが、正直なところ隼人はその老人には少し苦手意識を持っており、年月を隔てた現在でもその意識はあまり変わってはいない。


「そ、そうか…。お爺ちゃんと剣道か。明日香には悪いけど俺、爺ちゃん結構苦手なんだよなあ。

 あの目が怖いっつーか…。」


「そう?うちのお爺ちゃんはあなたのことを結構気に入ってるみたいだけどね。

 今度うちの道場で剣道でもやっていかない?お爺ちゃんも喜ぶわよ?」


「い、いや結構…。遠慮させてもらうぜ…。」


「あら、もうこんな時間!それじゃあ土曜日の約束、忘れないでよね。」


 明日香は苦い顔をする隼人に微笑み返すと、立ち上がり座っていた椅子を戻し食堂を後にして足早に階段を駆け上がっていった。


「それにしても、あいつのいってみたい場所ってどこなんだろう…まあいいか。これで課題の方は何とかなりそうだ。」


 隼人はそれ以上深く考えることもなく、抱えていた心配事がなくなったという安堵感を抱いたまま、食べ終えたラーメンの器を手早く片付けると、次の授業に出席するため向かっていったのであった。

 2人が立ち去った後も食堂のテレビには繰り返し通り魔事件のニュースが流れて続けていたのであった。


 明日香と約束した課題のノートを見せてもらうという約束のため、本日最後の授業が終わるやいなや、友人の遊びの誘いを断り一目散に教室を飛び出し、明日香の待つ図書室に向かった。

 隼人は授業終わりの無駄な雑談の多い教師への小言をつぶやきつつ、階段を一段飛ばしで駆け下りていき。図書室の入り口の扉を開いて室内へと入った。

 室内は傾いてきた太陽の日差しが窓から差し込み、ずらっと並べられた本棚と読書スペースを燦々と照らし続けていた。

 まだ放課後になって間もない為か、図書室内には学生や教師の姿はなく、しんと静まり返った室内に隼人は一人ポツンと取り残されたかのようで、どことなく寂しさを感じずにはいられなかった。


「まるで貸し切り状態じゃねえか…あいつにはいてもらわないと困るが。早いとこあいつを見つけて用事を済ませなきゃな…」


 無人の図書室の中を隼人は先に待つはずの明日香を探し、隅から隅まで探して回った。しかし、やはり人の気配はなく、彼女の姿は見えなかった。

 ふと目線の先に一冊の本が無造作に床に落ちているのを見つけた。

隼人がその本を手に取ってみると、どうやら世界の神々の伝承を載せた辞典であることが分かった。表紙は少し薄ら汚れていて、大分年季の入ったものであるようにも見えた。


「神様かあ、本当にいるなら俺の将来の面倒も見てくれよなぁ~」


ピリリリピリリリ

 隼人がそんな冗談交じりの軽口を叩いていたとき、ポケットに入れていたスマートフォンが突然鳴り響いた。画面を確認すると、それは明日香からの着信であった。


「おい、図書室にいるんだけどお前一体どこに…」


 隼人がそう話すも電話の向こうからは応答がなかった。


「もしもーし、聞こえてるなら返事位…」


 隼人がそう言い終わる前に電話の向こうからか細い声で女の声が聞こえてきた。


「は、はや…と、た…たすけ…て…」


「お、おい!!どうした!?明日香なのか!?何があった?!」


「ち、地下の、書庫…お、大男…」

ブツッ、ツーツーツー

―間違いない、今の声は明日香の声だ!しかしいったい何があったんだ?…大男って、まさか…テレビで報道されているあの通り魔か…?―

 突然身に降りかかってきた不可解な出来事に隼人の心臓の鼓動は更に高鳴っていき、冷静さを彼の頭から奪っていた。

 自分に何ができるのか?一体これからどうすればいいか?何をしたらいいか?とりあえず警察か?今から通報して間に合うのか?

 そして万が一彼女を襲った大男が件の「通り魔」であるとすれば明日香の身が危ない。

 もし遭遇すれば明日香だけでなく、隼人の命も危険に晒されることは明白であった。しかし、ここで逃げることなどもう隼人の頭にはなかった。


「地下の書庫って言っていたな…。と、とりあえず行ってみるか!」


 法都高校の図書室には、地下に通じる書庫が備え付けられており、明日香はおそらくその書庫にいるだろう。

 隼人は踵を返すと足早に図書室内にある階段を降り、地下書庫に向かった。

 

 階段を下りた後、真っ暗の書庫内の壁のスイッチを手探りで探し、明かりをつけた。

 書庫中は薄暗く、ところどころ切れかかっている蛍光灯がより一層不気味さを醸し出していた。

 書庫の出入り口は隼人の入ってきたドア一つのみであり、書庫自体の広さもさほど大きくはなかったため、見つけ出すことはさほど難しい話ではなかった。

 そして隼人はついに彼女の姿を見つけることに成功した。だがしかし、そこには他に黒いローブを纏った大柄の男と隼人よりやや背の小さい女の2人組が佇んでおり、大柄の男は気絶している彼女を抱え、何食わぬ顔をして歩き続けていた。


「こんな小娘すら一人で見つけられんとは…あろうことか現界でいらぬ乱痴気騒ぎを起こしおって…お前には少々失望したぞ、」


「るっせえな、このデカブツが!アタシにはチマチマ探すなんて性にあわねーんだよ。だいたい目当ての女は捕まえたから結果オーライじゃねーか」


「あの方は気が短いんだ。お前がいつまでも目的を果たせなければどうなるかはわからぬわけではあるまい…」


「そりゃあそうだけどよぉ、なんでアタシにこんな仕事を押し付けるかねえ、あの''魔女,,様は」


「口を慎まんか、底が知れるぞ」


「なんだと!」


 その2人組は明日香を抱えたまま酷く言い争いをしており、その様子はまるで子供と大人のケンカに変わりなく隼人から見てもとても可笑しいものであった。

 しかし、この現代日本、ましてや一大学のキャンパスにローブを着てキャンパス内を闊歩するなんてとてもふつうの光景ではない

―こいつら、本当に人間なのか?もしそうでなかっとしたら―

 隼人に一抹の不安がよぎったが、ここまで来た手前、もはや引き下がるわけにはいかなかった。


「そいつをどこに連れて行く気だ?」


 意を決してその2人組に声をかけると、その者たちはゆっくりと隼人の方を向き、厄介者がやってきたといわんばかりの冷たい視線を投げかけた。


「ふむ、どうやら邪魔が入ったようだな。貴様がむやみに騒ぎ立てるからだぞ。愚か者が。」


「けっ、いちいちうるせぇおっさんだぜ」


「まあよい。あの‘'魔女,,からの使命は果たした。ここにもはや用はあるまい。」


 隼人は一瞬怯みつつも、意を決して大男が抱えていた彼女を取り戻さんと早足で2人組に近づいていった。


「お、おい!、大男!そいつをこっちに…」


「触れるな、脆弱な人間風情が」


 隼人がその男の腕に掴みかかろうとした瞬間、身体中を謎の衝撃波が襲い、隼人の身体は本棚をなぎ倒しながら数メートル吹き飛んだ。


「が…がはっ…な、なんだ、こいつ…」


 突然の出来事と身体中の痛みとで隼人は何が起こったのかをはっきりと理解できなかった。


「ほう、まだ生きているとは…人間にしては頑丈な奴だ。」


「へぇ~デカブツの攻撃を食らっても生きてるなんて、ついに身体がなまってきたんじゃねえかぁ?」


「…なに?」


 そのローブを着た女にニヤケ面で煽られ、よほど自分の力を馬鹿にされたのが悔しかったのか、抱えていた明日香を女に投げ渡すと、ゆっくりと隼人に近づいて行った。


「よかろう、全力だ。もはや塵一つ残すまい。本来であれば記憶のみ消すところだが…運が悪かったと諦めよ、人間」


「はぁ~あ、ほんと単純な奴」


 先ほどのまるで気も留めなかった様子とは裏腹に、その男の威圧感と今にも肉眼で確認できそうなほどの殺意すべてが隼人に向けられていた。

 そして、その大男の発言から、この者たちが今世間を騒がせている「通り魔」そのものであることが明白となった。

――こ、こいつ、ほんとにあの「通り魔」なのかよ…。ま、まずいぞ…早く、逃げないと…このままじゃ…!――

 命の危機にさらされたことで「今すぐ逃げろ!」とばかりに危険信号が身体中の細胞をかけ巡り、傷ついた隼人の身体を再び活動させようとしていた。

 しかし、無情にも隼人の身体は先ほどの一撃で既にボロボロであり、もはや片腕一つ動かすことがやっとの状態で、逃げることなど到底不可能であった。


「こ、これで俺も、終わりかよ…。か、神様…」


「とどめだ!死ねいっ!」


男が力強く握った拳を振り下ろそうとした瞬間、隼人が先程図書館で拾った辞典が傍に置かれていることに気が付いたが、その辞典はまるで意思を持つかのように勢いよくページが捲られていき、やがてあるページのところでピタリと止まった。


『まだ死する時ではありません。お前の命、この私が預かりましょう。』


 どこからともなく女の声が地下書庫内に響き渡ったが、もうそんなことはどうでもよかった。隼人にはこの先などないのだから。

 そして、一言「すまない」と小さくつぶやき、助けることのできなかった幼馴染の影を抱いて風間隼人はそのまま事切れたのであった。

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