鍵がないと開かない扉に出くわした勇者、「扉一つ壊せないで魔王を倒せるか!」と意地でも鍵を使わず扉を破壊しようとする
大魔王ガロンを倒すべく、たった一人で旅を続ける勇者クリフ。
金髪碧眼の目鼻立ちの整った容姿に、熱い正義の心の持ち主。
幾度となく厳しい戦いを乗り越え、今日は魔物の巣窟と化しているある古城を攻略していた。
「せやぁぁぁっ!」
鮮やかな剣さばきでオークやサイクロプス、ゴーレムといった魔物を打ち破る。
先へ進むと、城内では下っ端であろうスライムに出くわすが――
「ひっ……!」
「人間に悪さしないって誓うなら見逃してやる」
「あ、ありがとう!」
スライムをあえて見逃すと、クリフはある扉に差し掛かった。
押しても引いても扉はビクともしない。
「開かない……」
扉には鍵穴がある。この鍵穴に合う鍵で扉を開けるというのが冒険におけるセオリーであろう。
しかし、クリフはあえて剣を握った。
「ぬんっ!」
斬りかかる。扉には傷一つつかない。
「だったら……連続斬り!」
特殊な体さばきで、扉に幾度となく斬り込む。が、これも効果がない。
「――ならば!」
クリフは剣を握る両手に力を込める。
「これでどうだぁぁぁぁぁ!!!」
全力で斬りかかった。まさしく“会心の一撃”といえる強烈な斬撃が決まった。
クリフも手ごたえを感じたのだが、
「あっ!?」
折れた。
剣がぽきりと折れてしまった。
クリフは折れた剣を捨て、とうとう殴りかかる。何度も、何度も。
扉にはなんの痕跡もつけられず、殴っている拳の皮がめくれる始末。
先ほど見逃されたスライムは、一部始終をこっそり眺めていた。扉に無謀な攻撃を繰り返すクリフを見かねたのか、おそるおそる話しかける。
「あの……勇者さん」
「なんだ、まだいたのか」
「そこの扉は鍵がないと開きませんよ」
「……」殴り続けるクリフ。
「殴ってもダメなんですって」
「……」殴り続けるクリフ。
「鍵なら向こうにある宝箱の中に入ってますよ。それを先に取らないと」
ついに鍵のありかまで教えてしまう。見逃されたことへの恩返しのつもりだ。
クリフはそれを黙殺して、扉に拳を叩き込む。
「聞いてますか、勇者さん!?」
「聞いてるよ!」
パンチをやめ、スライムに振り返るクリフ。
「聞いてるならなんで……」
「なぁ、スライム。確かに鍵を取ってきて、扉を開ければ話は簡単だ。俺はこの先に進むことができる」
「そうですよ。それが正解なんです」
「だけどさ……こんな扉一つ壊せない奴に魔王を倒せると思うか?」
「あっ……!」
スライムはようやくクリフの真意を悟った。
「分かったか。別に俺だって伊達や酔狂でこんな真似してるわけじゃない。こんな扉ぐらい壊せなきゃ、世界を救うなんて無理なんだよ」
「そういうことだったんですか……!」納得するスライム。
「だけど、このまま殴ってても多分壊せないだろうな。よし、新しい剣を買ってくるか! スライム、お前はここで待っててくれ!」
「分かりました!」
別に待つ必要はないのだが、律儀に待つスライムであった。
……
「あ、勇者さん!」
クリフが戻ってきた。装飾が豪華な剣を握っている。
「その剣は?」スライムが尋ねる。
「これはロイヤルソードといって、市販の剣じゃ最高級の代物だ。この剣なら扉を叩き斬れるはずだ!」
「おおっ!」
スライムの期待の眼差しを受けながら、クリフが剣を構える。
「だあああっ!」
ガキンという音が響いた。
扉には1ミリたりとも刃は食い込んでいない。
「な、なんで……!?」
クリフもスライムも驚愕するほかない。
「こ、こんなはずない……何度もやれば!」
ロイヤルソードをがむしゃらに振り回すクリフ。
ガキンとかカキンとか、切断音とはいえない音が響くばかり。
ついに――
「刃が欠けた……」
最高級剣であるロイヤルソードですら、目の前の扉には及ばなかった。
「勇者さん……」
力なく刃の欠けた剣を床に落とすクリフ。
「やっぱり諦めて、鍵を使った方が……」
「いや……まだだ!」
まだ諦めてないのか、とスライムは呆れと感心を同時に抱く。
「扉を斬れない理由は……結局のところ俺が未熟だからだ」
「未熟……」
「決めたぞ、スライム。俺は山にこもって修行する!」
「修行!?」
「スライム、お前も付き合え」
「僕もですか!? なんで!?」驚くスライム。
「決まってるだろ。修行は一人でやるより相手がいた方が効率がいいからな」
クリフの眼力に、スライムが抗えるはずもなかった。
「わ、分かりました……お付き合いします」
勇者クリフは扉へのリベンジを誓い、スライムと共に山ごもりに向かうのだった。
***
険しいと評判のガルム山にやってきたクリフとスライム。
「ここは環境が厳しいので、魔物ですらあまり住み着かないと言われてますね」
「ああ、だがこれぐらいの環境でやらないと修行なんて意味がない。始めるぞ」
「分かりました!」
修行が始まった。
まず、クリフは腕立て伏せ、腹筋、スクワットといった筋トレを行い、スライムも巨岩にタックルを繰り返す。
さらには山を麓から頂上まで駆け上がり、そこからまた麓まで下りる走り込みでスタミナや下半身を徹底強化。スライムも懸命に喰らいつく。
そして――
「ホ、ホントにやるんですか」
「ああ」
「すごい勢いですよ」
「今更怖気づくな! 俺だってビビってるんだ!」
「やっぱり怖いんじゃないですか~」
「うるさい! その恐怖を克服してこそ勇者だ!」
「僕は勇者じゃないのに……」
激流という言葉すら生ぬるい滝での滝浴びに挑むクリフとスライム。
凄まじい速度で頭上から降ってくる水の塊を、二人は必死の形相で受ける。
「ぶぼほっ……」ハンサムな顔が大きく歪むクリフ。
「ぶええっ!」水圧で煎餅のようになるスライム。
だが、この地獄の滝行を乗り越えた二人は、心身ともに格段にレベルアップしていることを実感した。
「僕たち……強くなってますよ!」
「ああ、間違いない!」
その後も二人はさらに厳しいトレーニングを己に化し、時にはスパーリングをこなし、時にはぐっすりと眠った。
……
どれぐらい時間が経っただろうか。
二人は見違えるように逞しくなっていた。
クリフは全身が太く大きくなり、顔には以前は無かった鋭利さ、頑強さといったものが漂っている。
相棒のスライムもトレーニングの結果、かつてない弾力と硬度と柔軟性を身につけた。今の彼は「究極軟体生物」とでも称すべき気迫を発している。
「まず……俺からだ」
強くなったクリフはすでに「伝説の剣」と呼ばれる剣を入手しており、もはや山といってよい巨岩の前で構える。
「ふっ!」
クリフが剣を振るうと、巨岩は真っ二つになった。クリフは殆ど力を入れてない。空気を斬るような手応えで巨岩を斬ってしまった。
「次は僕ですね」
スライムの前には先ほど勇者が斬ったものと同じぐらいの岩があった。
「はっ!」
スライムが体当たりすると巨岩は粉々に砕け散った。パワーアップした彼にとって、岩石などいくら大きくとも豆腐のようなものである。
しかし、二人とも喜びすらしない。当然のことをしただけ、といった態度だ。
「ゆくぞ」
「はい!」
クリフはスライムを連れ、因縁の扉の元へ戻る。
***
扉の前にやってきたクリフ。
スライムに「よく見ていろ」と声をかけると、呼吸を整える。
クリフの全身から光がほとばしる。
今こそ修行の成果を発揮する時だ。
厳しい修行の果てに開眼した奥義を今発動させる。
「神技・光刃裂斬ーッ!!!」
強烈な光と共に次元すら切り裂く必殺技が炸裂した。
扉は跡形もなく消し飛ぶ――
――はずだった。
「む、無傷……!?」
クリフの目に飛び込んできたのは信じられない光景だった。
技は確かに命中したのに、扉には傷一つついていない。
「あ、あああ……」
愕然とするクリフ。
クリフの脳裏に修行の日々がよみがえる。スライムと共に歩んだ血反吐を吐くような日々は全くの無意味だったというのか。
「くそっ、くそっ、くそっ、くそおおおおっ!」
がむしゃらに扉に剣を叩きつけるクリフ。
「ゆ、勇者さん!」スライムが背中からへばりつく。
「止めるなスライム! 俺は! 俺は! 俺はぁぁぁぁぁ!」
もはやクリフは錯乱状態であった。
すると突如、強烈な邪気が二人を包み込んだ。
即座に構える二人。
現れたのは――
「勇者よ……こんなところで何をしておる?」
黒衣と瘴気をまとった魔族の老紳士だった。
クリフはすぐに正体を察した。
「大魔王……ガロン!」
「その通り。ところで……勇者クリフよ、おぬし何をしておる?」
「え?」
「こんな古城の攻略に手こずり、一向に攻めてこないではないか。待ちくたびれてこちらから来てしまったぞ」
「大魔王様、これには訳が……」
スライムから説明する。
全てを聞いたガロンは大いに笑った。
「伝説の勇者ともあろう者が、こんな扉も壊せぬとはな! 所詮伝説は伝説に過ぎなかったというわけか!」
「くっ……!」
クリフは悔しがるが、スライムは冷静に対応する。
「大魔王様なら壊せると?」
「当然だ。こんな扉如き壊せないで、何が魔王だ」
「すごい……! ぜひ見せて下さい!」
「よかろう」
スライムに乗せられ、ガロンが構える。
ガロンの右手に闇の瘴気が渦巻く。
修行を重ねたクリフとスライムも、目を見張るほどのパワーだ。
「魔技・暗黒滅空爪ッ!!!」
ガロンの一撃が扉を直撃した。
しかし、なんの傷もついていない。
勇者とスライムの冷たい視線が彼に突き刺さる。
「……え? いや待て! こんなはずはない! 滅空爪! 滅空爪! 滅空爪!」
効果はないようである。
「うおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
さらに攻撃を加えるガロン。どんどん攻撃が雑になり、もはやただの引っかきになっている。
「バ、バカな……!」
「な? この扉、異常に頑丈なんだよ」
「ぐぬぬ……」
スライムが二人に持ちかける。
「やっぱり鍵を使った方が……」
クリフとガロンは同時に答えた。
「扉一つ壊せないで魔王を倒せるか!」
「扉一つ壊せないで勇者を倒せるか!」
たじろぐスライム。
「こうなったら大魔王、俺たち二人でこの扉壊すぞ!」
「うむ、壊すまで絶対諦めんぞ!」
勇者と大魔王の挑戦が始まった。
朝起きて、ひたすら二人で扉を攻撃、夜になったら寝る、を繰り返す。
スライムも付き合う必要はないがひたすら応援している。
「今日こそはァァァァァ!!!」
「こんな扉如きぃぃぃぃぃぃ!!!」
「頑張れ頑張れ勇者さん! 頑張れ頑張れ大魔王様!」
そのうち、勇者と大魔王が揃って何かしているというので、どんどん見物人が集まってきた。
「なんだなんだ?」
「勇者と魔王がなんかやってるぜ」
「見に行こうかしら」
人間も魔族も、種族の区別なく興味を持ち、二人の奮闘を見守っている。
スライムはこの光景にある種の感動を覚えるのだった。
しかし、それでも扉は破壊できない。
クリフとガロンはついに観衆たちに呼びかける。
「この扉を壊すため……皆の力を貸して欲しい!」
「人間たちは勇者に、魔族はワシに、力を分けて欲しいのだ!」
観衆はうなずく。
「行くぞ……大魔王」
「うむ……勇者」
二人は観衆たちの力を借り、限界以上のパワーを得た。
今の自分たちならかつてない一撃を繰り出せると確信していた。
勇者は剣を振り上げ、大魔王は爪を光らせ、同時攻撃を放つ。
史上最強の一撃が今、扉に炸裂する――
……
結論から言うと、扉は無傷だった。
全精力を使い果たし、膝をつくクリフ。うなだれるガロン。
「ここまでやっても……ダメなのか」
「信じられん……」
もはや二人に立ち上がる体力――それ以上に気力が残っていなかった。
「これだけ大勢の力を借りても扉を壊せないなんて……」
「ワシらってなんなんだろうな……」
弱音と片付けるには生ぬるいほどの自己否定の言葉をこぼし始める。
「俺のどこが勇者だ……!」
「ワシも……大魔王を名乗っているのが恥ずかしくなってきた!」
勇者は自分の喉に剣を、魔王は爪を食い込ませる。
「こうなったらいっそ自害を――」
その時だった。
「バカヤロウがッ!!!」
二人の頬に鋭い衝撃が走った。
「ぶべっ!」
「げぼっ!」
二人をスライムが殴ったのだ。修行を重ねたスライムの一撃は彼らにとっても脅威である。
「な、なにを……」呆気に取られるクリフ。
「なに考えてんだ二人ともォッ!!!」
スライムはさらに続ける。
「確かに二人は扉を壊せなかったよ。結果的には失敗だったかもしれない。だけどさ……だけどさ……あれを見ろ!!!」
クリフとガロンの目に飛び込んできたのは、二人を見守る大勢の人間と魔族。
「みんな、あんたらの挑戦を見守るためだけに集まったんだ! 人と魔族が一つになってる! 見ろよ……この中にあんたらを非難してる人がいるかい!?」
一人もいなかった。
観衆たちは勇者と大魔王の偉大なチャレンジを心から称えていた。
「なのに簡単に死のうとしてるんじゃねええええええ!!!」
スライムの大絶叫。
クリフとガロンは深く反省し、互いに見つめ合う。
「俺たちは……偉大なことをやったんだな」
「ああ、その通りだ」
そして、クリフから言った。
「もう……戦いはやめにしないか」
「そうだな……勇者よ」
長年戦いを繰り広げてきた人間と魔族が、ついに和解に至った。
二人は手を取り合い、誓った。
「これからは……共に歩もう、大魔王」
「うむ……二人で力を合わせ、色んなことを成し遂げていこうではないか」
スライムは歴史的瞬間の立会人になれたことを嬉しく思い、ぽつりとつぶやいた。
「二人は扉を壊すことはできなかったけど……平和な未来への扉は開くことができたのかもしれないな……」
……
突如、扉が開いた。
鍵がなければ絶対開かないはずの扉が、内側から開かれたのだ。
当然皆が驚いた。
中から出てきたのは――
巨大な肥満体の魔物。この古城のボスであった。扉の奥はボスの部屋だったのだ。
「勇者は全然来ねえし、かといって命令だから勝手に外出るわけにいかねえし、扉の外でガンガンガンガンうるせえし、なんなんだよもう!」
ボスは勇者と大魔王に気づく。
「ってあれ勇者!? 大魔王様!? ずっと扉叩いてたのあんたらかよ! つうか勇者、来てるんならとっとと鍵使って入ってこいよ! あと大魔王様、俺になんか用あるならワープやらテレパシーやらで伝えて下さいよ! おかげで俺、ずうっと一人寂しく部屋の中で待ってたんだぜ!?」
これを聞いたクリフとガロン、同時に土下座した。
「すまなかった!!!」
勇者と大魔王が和解後、初めて力を合わせて成し遂げたのは「謝罪」となった。
おわり
お読み下さりありがとうございました。
何かありましたら感想等頂けると嬉しいです。