第八話「国王様はお怒り」
パーティーから一月が経った。
私は、ジェラルドに呼び出され、レイランド城に来ていた。
そして、城の中の一室で物々しい表情をしたジェラルドと机を挟んで対面する。
前の私だったら、いきなり城に呼び出されてこの表情のジェラルドと対面をしたら、緊張していただろう。
しかし、今の私はそんなことはない。
なぜなら、これからジェラルドが何を言うか分かっているからだ。
「マリアローズ。
お前との婚約を破棄させてくれ」
この言葉を聞くのは二回目だった。
前回聞いた時は、それはもう絶望したものだ。
これまでの努力も水の泡となってしまったような思いだった。
そして、怒りに任せてジェラルドの頬を平手打ちした。
そこから、人生が変わったのだ。
「そうですか。
それは、なぜですか?」
私が聞くと、ジェラルドは前回と同じで急に二ヤリとした気持ちの悪い笑みを浮かべる。
「想い人が出来た。
お前より可憐な、飛び切りの美人だ」
唐突な浮気宣言。
普通の婚約者なら、ここで怒鳴り散らすだろう。
だが、今回の私は違う。
「そうですか。
分かりました」
「ああ、そうだ……え?」
ジェラルドは、私があまりにもすぐに納得するものだから少し戸惑っている様子。
だが、そんなことはお構いなしだ。
私は、すぐに扉の方に首を振る。
「国王様!
聞きましたか?」
扉の方に向かって呼びかける。
すると、ガチャリと扉が開いた。
扉から出てきたのは、苦々しい表情をした国王様とその後ろをニコリと微笑みながら歩くユリウス。
「なっ……!
お前、ユリウス!
なぜ、ここに!
それに、お父様まで!」
明らかに狼狽えた様子のジェラルド。
私に一人で来いと言ったジェラルドからすれば、まさか国王様やユリウスが来るとは思っていなかったのだろう。
その様子を見た国王様は、ジェラルドを睨みつけた。
「黙れ、ジェラルド!
お前は、ハートヴィーナス家の御令嬢に何をしたのか分かっているのか!!」
「ひぃ!」
突然怒声をあげた国王様に対して、悲鳴をあげるジェラルド。
だが、国王様の怒声は止まらない。
「まったくお前は!
あれだけ大事な婚約だと前々から言っていただろう!
それなのにお前は、あろうことか、あの悪名高いダリウス家の娘なんかと浮気をしおって!」
「で、でも、セリカとは本当に愛し合っているんだ……」
「馬鹿者が!」
「ひぃ!」
「マリアローズ嬢はこんなに美しいというのに何が不満なんだ!
お前のために、マリアローズ嬢も努力をしてきたというのに!
お前に浮気をされて、儂の立つ瀬もないわ!」
あまりの国王様の怒り具合に、ジェラルドも怯えている様子。
それでも、ゴニョゴニョと何やら言い訳を言い始める。
「でも、セリカの方が声は可愛いし。
セリカの方が胸も大きいし……」
なんて呟きが聞こえてくる。
なるほど。
確かに私はセリカのような猫なで声は出さないし、セリカほどの大きな胸もない。
だが、それだけで女性を判断するジェラルドはやはり最低なのではないだろうか。
と思いながら国王様を見ると。
国王様は、完全に怒りが頂点に達した様子。
「ジェラルドおおおお!」
と叫びながら、ジェラルドに鉄拳を放つ国王様。
まずい。
このまま、国王様の鉄拳がジェラルドの顔に当たったら、国王様がタイムリープしてしまう危険がある。
と思ったとき。
パシッと後ろにいたユリウスが国王様の拳を手で止めた。
「お父様。
暴力は止めましょう」
ニコリと笑いながらそう言うユリウスを見て国王様も気が紛れたのか、ゆっくりと拳を収める。
その間、殴られそうになったジェラルドは国王様を見て震えている様子だった。
「お父様。
先ほど俺に言ってくれた件を、ジェラルドにも伝えたらどうでしょうか」
「う、うむ、そうだな。
止めてくれてありがとう、ユリウス」
そう言って、国王様はジェラルドの方に向き直り、睨みながら見下ろす。
ジェラルドは、鷹に睨まれた蛙のように固まりながら国王様を見上げる。
「ジェラルド。
はっきり言おう。
お前のようなバカ息子をこの国の王にするわけにはいかん。
お前の王位継承権を剥奪する」
「なっ……!
待ってください、お父様!
俺は、ただ浮気をしただけで……」
浮気をしただけ。
それが、どれほど重い罪なのかやはり分かっていない様子のジェラルド。
もうこの人は一生このままなんだろうなと思った。
そして、その言葉に反応したのは私だけではない。
「浮気をしただけだと!?
バカ息子が!
公爵令嬢との婚約破棄をすることが、どれほどの大きな問題なのかも分からないお前に国王は務まらないと言っているんだ!」
「そ、そんな!
でも、俺はユリウスより優秀です!
ユリウスよりは、俺の方が国王が務まるでしょう!」
その言葉を聞いて、国王様はキョトンとした顔をする。
「お前は、何を勘違いしているんだ?
ユリウスよりお前の方が優秀な訳ないだろう。
ユリウスは先月、学問、実技ともに世界一と名高い、隣国のパリストン軍事大学を主席で卒業してきたところだぞ?
ユリウスは8カ国語を話せ、剣術や魔術、それに礼儀作法から帝王学まで修めていると聞いたが。
お前は何が出来るんだ?
一月前のパーティーで、お前とダリウス家の娘のダンスが酷かったという話は貴族の間で話題らしいぞ?」
国王様に詰められるジェラルドは、驚きと悔しさが入り混じった顔をしながら押し黙った。
というか、ユリウスってそんなにすごい人だったのか。
8カ国語も話せる王子なんて聞いたことがない。
剣術や魔術も使えるだなんて、今度使ってるところを見てみたいな。
なんて思っていると。
ユリウスが口を開いた。
「ジェラルド。
お前のような者に国王は務まらないよ。
俺に任せてくれ」
「なっ……おま!」
ジェラルドはユリウスに対して何かを言おうとしたところを、国王様の睨みで制される。
勝負あったといったところだろうか。
「じゃあ、そういうことだ。
ジェラルドは、大いに反省するんだな」
そう言って、国王様はクルリと身をひるがえして出て行く。
ユリウスはニコリと微笑みながら、私の方に手を差し伸べてくれたので、一緒に手をつなぎながら国王様を追うように部屋から出た。
その様子をジェラルドは悔しそうに爪を歯で噛みながら睨んでいるのだった。




