第六話「二度目のビンタ」
前方で怒声が聞こえた。
「ジェラルド!
お前は、何をやってる!」
その声を聞いて、ジェラルドとセリカは慌てて抱き合っているのを解いたのが見えた。
そして、ジェラルドは慌てた素振りで青年を見て、目を丸くした。
「ゆ、ユリウス!?
なぜ、ここに……」
「今日、お父様の即位20年を記念したパーティーがあると聞いて、丁度向こうの大学も卒業したから、パーティーに合わせて急いで帰ってきたんだ!
少し遅れたがな!
だが、今そんな話はどうでもいい!
その女は誰だ!
お前には、マリアローズという婚約者がいるんじゃないのか!」
と、叫びながら詰め寄る青年。
ここで私は初めて、彼の名前がユリウスということを知った。
そして、驚くべきことに彼は、「お父様の即位20年を記念したパーティー」と言った。
このパーティーは国王様の即位20年記念パーティーである。
つまり、国王様をお父様と言った彼は……。
と考えていると、明らかに狼狽したジェラルドの叫び声が聞こえた。
「お、俺はこの国の第一王子だ!
俺がどの女と一緒にいようが、俺の自由だろうが!」
と叫び返すジェラルド。
しかし、言っていることは最低である。
堂々と浮気宣言をしているようなものだ。
すると、ジェラルドの隣にいたセリカが満面の笑みでユリウスに近づく。
「えっと~、始めまして?
ユリウスさんは、どこの家の方なんですか~?
先ほど、国王様をお父様って言っておられましたけど、もしかして……」
得意の猫なで声でユリウスに近づくセリカ。
ユリウスがイケメンであり王族の可能性まで醸し出しているから、ジェラルドから乗り換えようとしているのだろうか。
それを見たジェラルドが憤慨しながら叫ぶ。
「セリカ!
その男は、この国の第二王子だぞ!
そして、俺は第一王子!
俺の方が上だ!
お前も王妃になりたいなら、俺につけ!」
「あ、そうなんだ~……。
もちろん私は最初から、ジェラルド様と一緒になりたいって思ってたよ~」
ジェラルドの言葉を聞いて、ユリウスから翻すようにジェラルドの腕までピトッと戻るセリカ。
そうか。
ジェラルドに対しての呼び捨てに違和感を感じていが、ユリウスは第二王子だったのか。
そういえば、レイランド王国の第二王子は隣国の大学へ留学しているという話は聞いたことがある。
それにしても、ユリウスが第二王子と知るやすぐにジェラルドのところに戻ったセリカは狡猾な女である。
こんな女に婚約者を取られたと思うと、はらわたが煮えくり返る思いだ。
すると、ユリウスは私のそんな思いを代弁するかのように叫んだ。
「第一王子であろうと第二王子であろうと関係ない!
婚約者がいるのにも関わらず、他の女と抱き合うなんて最低だ!
それに、マリアローズという美人を差し置いてお前はそんな女と……」
と、苦々しい表情でジェラルドを睨むユリウス。
私はこのときドキッと胸の高鳴りを感じた。
ユリウスが、私のことを美人だと言ってくれた。
それに、私のために怒ってくれて、私のために睨んでくれる。
そんなユリウスに私はドキドキしていた。
だが、そんな私の気持ちも、一瞬でジェラルドに踏みにじられる。
「ああ?
もしかしてお前。
マリアローズが気に入っているのか?
そこの、いつも仏頂面のドブスでよければ、お前にくれてやるよ!
元々、そこのドブスとは結婚なんてしたくなかったんだ!
好きな相手も見つからんから、我慢していたが。
今日俺は運命の相手を見つけたぞ!
俺はセリカと結婚する!
そうすれば、お前にとっても俺にとっても良いだろう?」
二ヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべながら言うジェラルド。
私はその言葉に心を砕かれた。
前にも城の客室で「ブス」と言われた。
その時は一対一だったので、まだ耐えられた。
だが、今は他の人間がいる。
それも、絶対に聞かれたくなかったユリウス。
ユリウスの前で私のことを「ドブス」と言われたことで、私の心は深く傷ついたのだった。
そして、自然と涙がこぼれた。
「ふざけるな!
お前……お前は!
マリアローズのことをなんだと思っているんだ!」
「言っただろう?
ドブスだよド・ブ・ス!
早くもらってやってくれ!」
私のために怒ってくれるユリウス。
それが、とても嬉しかった。
それでも涙は止まらない。
そして、私はふと涙を流しながら考える。
なんで、私はジェラルドにここまで言われなければならないのだろう?
冷静に見れば、ジェラルドの方が小太りでブスではないか。
私は今まで努力をしてきたのに、なんでブスと言われなければならないのだろう。
沸々と心の中に、ジェラルドに対する怒りが溜まってくる。
気づいたときには、私は右手を振り上げていた。
そして、ジェラルドの前に近づく。
「待って、マリアローズ!
ジェラルドにビンタはまずい!」
と、後ろからユリウスの優しい叫び声が聞こえるが、今は無視。
もうこの勢いを止められない。
「な、なんだ?」
歩み寄る私に対して、城の時と同じ反応を示すジェラルド。
だが、もう遅い。
私の右手は勢いよく振られ、ジェラルドの頬に直撃した。
その瞬間。
私の手が動かなくなった。
手だけでなく体もだ。
そして、目の前の視界が急にグルグルとぼやけだしたのである。
この感覚は二度目である。
前にも、ジェラルドを城で平手打ちしたときにあった。
目の前の人物や風景がグルグルと渦巻く。
その滅茶苦茶な視界の中で、ユリウスがジェラルドの頬にパンチを入れているのが見えた様な気がしたが、それもすぐに見えなくなる。
そして、段々と視界には何も見えなくなり、暗転したのだった。