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第五話「この青年は何者?」

 テラスの入口から顔だけ出して覗くと、隅の方で抱き合っている男女がいた。

 

 男性の方は小太りで汗をかいている。

 鼻の下を伸ばしてながら女性を見ていて気持ちが悪い。

 女性の方は男を釘付けにするかのように、猫なで声を男に浴びせながら大きな胸を男に当てているのが見える。


 もちろん、ジェラルドとセリカである。


 先ほどまでダンスパーティーをホールでしていたからか、テラスに出ているのはあの一組以外いなかった。

 これは、まずい雰囲気である。


 なにやら見つめ合って会話をしているので、耳をそばだてて聞いてみる。


「セリカ。

 君は本当に美しいね」

「もう、ジェラルド様ったら~。

 ジェラルド様も、かっこよくて素敵ですよ~」


 なんて、甘い会話が聞こえる。


 そんな2人の猫なで声を聞いて反吐が出る思いだ。

 ジェラルドはセリカに胸を当てられて鼻を伸ばしているだけだし、そんなジェラルドに素敵と言っているセリカの言葉は明らかにお世辞である。

 あんな不摂生そうな小太り男のどこが格好いいのだろうか。


 私は、今すぐにでもジェラルドの所に言って、2人を引き離さなければと思ったそのとき。

 私の肩に何かが乗った。


「ひゃっ!」

「あ、ごめんごめん。

 驚いた?」


 反射的に振り返ると、そこにいたのは先ほど一緒に踊った金髪の青年。

 青年が私の肩に手を乗せたようだった。


「ど、どうしたんですか?」

「どうしても君のことが気になったから、追ってきたんだ。

 よかったら、この後お話でもどうかな?」


 ニコリと笑いながら言う青年。


 明らかなお誘い。

 私は顔が熱くなるのを感じた。


 公爵令嬢といえど、私はあまり男性経験がない。

 十五のときにお父様と国王様の間で密約が為されてから、私とジェラルドは婚約関係にあった。

 それから五年の間は婚約しているからといって、誰も男が寄ってくることはなかった。

 男に言い寄られることに慣れていないのだ。


 だからかもしれないが。

 この身元も分からない美青年。

 彼の声や仕草や匂い、それらを感じるだけでなんだか胸がドキドキしてくる。


 しかし、そうも言っていられない。

 この青年のことが気になるのは確かだが、青年は今日初めて会った相手。

 今、テラスの奥では、私の婚約者と浮気相手が密会をしている。

 そちらの方が重要に決まっている。


「ごめんなさい。

 私、重要な用事がありますので……」


 と言って、テラスの方を見ると。

 ギュッと私の手を掴まれる。


「待って。

 テラスの方に用事があるのかい?」


 青年と再び手を握ってしまったことにドキッとして、動きを止めてしまった私。

 そして、青年は私の進行を塞ぐように前に立って、テラスの方を見る。


「……ん?

 あれは……ジェラルドか?」


 私はその青年の呟きを聞いて驚いた。

 

 ジェラルドを知っていたことに驚いた訳ではない。

 ジェラルドは、この国の第一王子であり、このパーティーに来ている者全員が知っている。

 驚いたのは、ジェラルドを呼び捨てにしたことにである。


 ジェラルドを呼び捨てにして口にできる者など、王族の者しかいないはずである。

 まさか、この青年はどこかの王族か、それなりに地位がある者なのだろうか?

 いや、そもそもそのような礼儀を知らない下位の若輩貴族ということも考えられる。

 この呟きで青年の謎が増した。


 などと考えていると、青年は私の方を振り返った。


「ねえ、マリアローズ。

 君の用事というのは、あそこにいるジェラルドに何か関係があるのかい?

 今は女性と一緒にいるようだから、あまり近づかない方が良いと思うけど……」


 当然のようにジェラルドを呼び捨てにしながら言う青年。


 というか、この青年は私がジェラルドと婚約していることを知らないのだろうか?

 ジェラルドと婚約している私は、そこそこ有名である。

 ハートヴィーナス家のマリアローズ嬢と言えば、下手したらそこらの一般市民でも知っている場合すらある。

 それなのに、この青年はハートヴィーナス家のことは知っていても、私がジェラルドの婚約者であることは知らない様子。


 と考えていたところで、青年が最初会った時に言っていた言葉を思い出した。


 そういえばこの青年は、最近まで他国に行っていた、と言っていた。

 つまり、それが理由で最近の事情を知らないということだろうか。

 それならば、無理もない。

 私を気に入って誘ってくれた青年には申し訳ないが打ち明けるとするか。


 そう思って、私は口を開いた。


「実は、私はあそこにいるジェラルド様と婚約関係にあるんです……」


 と俯きがちに言った。

 なんだか、この青年にそれを言うのが申し訳ないし、嫌な感じがする。


 すると、青年は目をパチクリとさせながら口を開く。


「へ?

 婚約者だって?

 でも、あそこにいるジェラルドは他の女性と抱き合っているように見えるけど……」

「ええ。

 おそらく、浮気されているんです。

 だから、ここに来たんです……」

「なんだって!」


 私の言葉を聞いて、驚く青年。

 そして、青年の顔には段々と怒りが表れていく。


「公爵家の令嬢と婚約しているのに浮気なんて。

 絶対に許されない話だ。

 マリアローズ。

 君はここで待っていてくれ。

 俺が話をつけてくる」


 先ほどまでの笑顔とは一変、怒りに溢れたような顔をした青年は、テラスにいるジェラルド達の方へと駆け出した。


「待って!」


 待っていてくれとは言われたものの、急いで追いかける。

 話がこじれるてしまうような未来しか見えないからだ。


 この青年が何者なのか分からないが、王子であるジェラルドに盾をつくなんて処罰される可能性すらある。

 私のために動いてくれるのは嬉しいが、青年に不幸があってほしくない。


 その思いで、私は追いかけるのだった。


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