第四話「楽しいダンス」
青年に手を取られながらダンスステージに入ると、音楽は中盤に入っていた。
この曲は聞いたことがある。
ややダンスの難易度が高めのワルツだ。
奥の方を見てみると、セリカとジェラルドがチグハグなダンスをしているのが見える。
元々、ジェラルドはそんなにダンスが上手くないのは知っている。
基本的な動きは出来るのだが、このような変拍子の曲だと動けなくなるのだろう。
そこを、パートナーである女性側がカバーするべきなのだが、セリカもあまり上手に踊れていないように見える。
ダンスというのは、どれだけ練習したかがそのまま出る。
男に媚び諂っているだけの男爵家の娘ならば、その程度か。
と、セリカを見て蔑んでいると。
「こら、マリアローズ。
目の前に僕がいるのに、他の男を見ているなんてどういうことだい?」
と、言葉とは裏腹にニコリと笑いながら言う青年。
そして青年は、勢いよく私の手を引き、ギュッと私を抱いて背中をホールドする。
社交ダンスをするときの基本的な姿勢なので、青年がやっていることは正しいのだが、急にギュッと抱きしめられて、社交ダンスに慣れているはずの私も思わず赤面してしまう。
近くで見ると、青年の美麗な顔が余計にくっきりと見えて恥ずかしい。
それに、なんだかミントのような良い匂いもするし。
そういえば、この方のお名前を聞けなかったな。
どこの貴族の方なのかしら?
なんて思っていると。
「じゃあいくよ、マリアローズ!
しっかり、ついてくるんだよ!」
と、青年が叫んだ。
青年は、音楽に合わせてステップを踏み出した。
基本的なナチュラルターンから始まった青年のステップに合わせて、私もステップを踏む。
クルクルと2人で回転をしている最中に私は思った。
この人のダンス、上手……!
基本的なナチュラルターンではあったが、リズムに合っている上に、足の運び方が完璧だった。
5秒ほどの短い動きであったが、その動きを見て、私もダンスに集中する。
それから青年は、どんどんと多種多様なステップを即興で踏んでいく。
ピボットターン、シンコぺーテッドピボット、ターニングロックトゥライト、シャッセフロムPP、クイックオープンリバース、オープンテレマーク、からのスローアウェイオーバースェー。
その上級者がするようなステップを軽やかに踏んでいく青年に、なんとかついて行く私。
今まで真面目にダンスのレッスンに通っていなければ、ついて行くことも出来なかっただろう。
青年は貴族風の恰好をしているというのに、もはやダンスのプロかのような動きである。
スローアウェイオーバースェーで、お互いに動きを止めて、腰をひねり、身体を傾けて、見せる演技をしているとき。
青年はこちらを満面の笑みで見てきた。
「マリアローズ。
君は、かなりダンスが上手だね。
僕についてこられる人と踊れるのは久しぶりだ。
君みたいな人と一緒に踊れて嬉しいよ」
と、顔を近づけて私の耳元で囁く。
私は、青年の匂いと耳から伝わる声に、嬉しさと恥ずかしさで頭が真っ白になる。
もうこのとき、ジェラルドやセリカのことなんて頭の片隅にもなかったと思う。
そして、また動き出すと、青年はどんどん華麗なステップを音楽に合わせて踏んでいく。
私もなんだか楽しくなってきて、青年に合わせて無心にステップを踏む。
すると、周りから少し歓声や拍手がちらほら聞こえるようになってきた。
もはや、このダンスルームでは私達が一番ダンスが上手い。
青年の演技は、貴族のなんちゃってダンスではなく、さながらプロのような動きだった。
いつもジェラルドとダンスを踊るとき、あまりダンスが上手ではないジェラルドに不満を感じつつもなんとか合わせてきた私。
そのせいか、青年とのダンスは低いランクに合わせる必要がなく、ただただ一緒に踊れているという快感があって楽しかったのだ。
そして、音楽の終盤。
青年とステージの中央までナチュラルターンをしながら進み、綺麗にストップしてダンスを終了したのだった。
楽しいダンスだった。
私達はお互いに汗を流しながらも見つめ合う。
お互いにニコリと笑い合っているのは、ダンスが楽しかったからだろう。
気づくと、周りの視線の大多数は私達に向けられていた。
大きな拍手や歓声が一部から聞こえる。
「マリアローズ。
楽しいダンスだったね」
「ええ、本当に。
そういえば、あなたの名前は……」
と、青年の名前を聞こうとしたとき。
青年の背後。
ダンスステージの端の方で、いそいそとテラスの方へ手をつなぎながら歩くジェラルドとセリカが見えた。
まずい。
夜のテラスで二人きりなど、ムードしかないではないか。
あれを邪魔しなければ、私の婚約はまた破棄されてしまう。
咄嗟にそう思った私は、急いで青年の方を見て口を開く。
「ごめんなさい!
用事を思い出したので!
ダンスは本当に楽しかったわ!
また、会いましょう!」
「あ、待って!」
それだけ言って、ジェラルド達がいるであろうテラスの方へとドレスの端を持ちあげながら駆ける。
後ろから、青年の呼び止める声が聞こえたが関係ない。
青年とはもう少し話したかったが、こちらのほうが大事である。
私と王子の婚約が懸かっているのだ。
その思いで、会場にいる大衆をかき分け、テラスの方へと向かうのだった。