第三話「突然の出会い」
パーティー会場はかなり混雑していたため、セリカの後を追うのは困難に期していた。
追っている最中に知り合いの貴族などに挨拶されたりもして、何度か立ち止まらされた。
貴族として、ドレス姿で走ったりするわけにもいかないので、上手く合間を縫ってセリカの後をつけるのは大変である。
すでに、セリカがどこに行ったのかすら分からなくなっている始末だった。
と、思っていたら。
遠くの方に、ジェラルドを見つけた。
そして、その傍らにはセリカがニコニコとした表情で立っている。
セリカが誘惑するかのようにジェラルドの腕に抱き着いているため、ここからでもジェラルドの鼻の下が伸びていることが分かる。
これはまずい。
いますぐにでも近づいて、あの2人を引き離さなければ。
と思った私は、少し急ぎ気味にその場を歩き出す。
「うお!」
「きゃあ!」
やってしまった。
急いでしまったがために、横から歩いてきた人にぶつかってしまった。
私は、その場で転倒してしまう。
周りから目立ってしまうので、すぐにその場で立ち上がろうとしたとき。
「ああ、すまない綺麗なお嬢さん。
周りをよく見ていなかったもので」
そんな声が聞こえてきた。
そして、私の目の前に手が差し伸べられる。
手を差し伸べてくれるなんて紳士的な人だな。
なんて思いながら、手を取ってもらって立ち上がり、目の前を見たとき。
私は、その人物を見て驚いてしまった。
目の前には、サラサラで綺麗な金髪にサファイアのような碧眼、ジェラルドよりも顔一個分は高いのでないかと思えるほどの高身長、そして顔立ちが恐ろしく整った、正真正銘の美男子が立っていたのだ。
私も貴族として、たくさんの美男子と言われた男を見てきたはずなのだが、ここまで完璧ともいえる顔立ちをした男性に出会ったのは初めてだった。
思わず少し顔が赤くなってしまう。
「あ、ありがとうございます……」
目の前の青年の顔を見るのが恥ずかしくて、少し俯きがちになってしまった。
せっかく紳士的な対応をしてくれたのに、申し訳ない。
と思っていたら、目の前の青年はニコリと笑った。
「いえいえ。
お嬢さん、お綺麗ですね。
お名前をお聞かせ願ってもよろしいですか?」
お綺麗ですね。
その社交辞令でしかない言葉に、私の心臓はドクドクと高鳴る。
「え、えっと。
マリアローズ・ハートヴィーナスと申します」
できるだけ落ち着くように心がけながら、ドレスの端をつまんで挨拶をする。
すると、目の前の青年の目が大きく見開かれる。
「ハートヴィーナス!?
まさか、ハートヴィーナス家の御令嬢ですか?」
「え、ええ。
一応、そうです」
公爵家である私の家系は有名である。
ハートヴィーナスと聞けば、誰だってこの反応になるだろう。
それより、目の前の美青年の顔に目を奪われている場合ではない。
奥では、私の婚約者がセリカに籠絡されかけている。
急いで向かわなければ、と青年の奥に目を向けると。
私の手をガシッと目の前の青年に掴まれた。
「まさか、ハートヴィーナス家の御令嬢がこんなに美しかったとは!
良ければ、僕とダンスでも踊りませんか?」
不意をつかれた私の顔は真っ赤だったと思う。
いきなり、手を掴まれるとは思っていなかったからだ。
それに、こんな美青年に容姿を褒められた上にお誘いまで受ければ、当然嬉しい。
だが、どこの誰だか分からない者と踊るわけにもいかない。
「そ、そもそも、あなたはどなたなんですか!」
私は、恥ずかしさと戸惑いで、声を少し荒げてしまう。
それを聞いて、青年は目を丸くしながらニコリと笑った。
「ああ。
これは失礼した。
最近まで他国に行っていたから、知られていないのも無理はない。
俺の名前は……」
と、青年が言いかけたところで、急に大きな音楽が会場内に鳴り響く。
この音楽は!
と思って、奥のダンスステージの方を見る。
そこには、男女で抱き合って社交ダンスを踊り始めるペアが何組もある。
そして、その中にはセリカとジェラルドが手をつないで楽しそうに踊っているのが見える。
私は、それが目に入った瞬間、目の前の青年の言葉など耳に入らなかった。
「ごめんなさい!
私、行かなきゃ!」
そう言って、私は青年の脇を通り、ダンスステージの方へと急ぎ足で向かったのだった。
ーーー
ダンスステージの端に到着すると、セリカとジェラルドが一緒になって踊っていた。
ジェラルドの身体に引っ付きながら踊るセリカ。
鼻の下を伸ばしてニヤニヤしながら踊っているジェラルドに虫唾が走る。
どうしようか。
ダンスルームの中に踊らないのに入っていっては目立ってしまう。
ペアがいない私には、ここから二人を見守ることしか出来ない。
と、困っていると後ろから声が掛けられた。
「マリアローズ」
急に名前を呼ばれてビクッと驚きながら振り返ると、そこには先ほど話した金髪の美男子が立っていた。
「えっと……。
どうしてここに?」
「いや。
話している途中で急に走り出してしまったのは、君じゃないか。
やっぱり、ダンスに興味があるのかい?」
私は、セリカとジェラルドが踊っている現場を見つけて焦っているというのに、青年のニコリとした笑顔と優しい声を聞いて、胸がドキドキしてしまう。
そして、このとき思った。
このまま、この青年と一緒に踊ってしまうのもありなのではないかと。
思った時には、言葉に出していた。
「え、ええ。
実は、そうなの」
と言ってみた。
これは、決して青年とダンスを楽しみたかったからではない。
ジェラルドを近くで監視して引き留めるためなんだから。
と、心の中で言い訳をしながら。
すると、青年はニコリと笑った。
「それじゃあ、マリアローズ。
僕と一緒に踊ってくれませんか?」
青年は、片膝をついて私に手を差し出す。
私は、青年の手の平にドキドキしながら手を乗せて、ダンスステージへと向かうのだった。