第二話「ここはどこ?」
気づくと、目の前にはたくさんの人がいた。
机の周りで立食しながら談笑する人がいれば、奥の方でダンスをしている人達もいる。
どこだここは?
先ほどまで、レイランド城の客室でジェラルドと話していたはずなのだが。
そして、ジェラルドに平手打ちをしようとしたら、なぜか視界が暗転して……。
「おい、何をボサッとしている」
などと考えていると、横から声をかけられた。
私は急に話しかけられたことに驚きながらも、急いで声がした方向に顔を向ける。
「ジェラルド様!?」
思わず声をあげてしまった。
そう。
私の隣にはジェラルドがいたのだ。
平手打ちをしたはずの小太りの男。
パーティー用の燕尾服のような衣装を着ている。
先ほどとは服装が違うのはどういうことだろうか。
ジェラルドは、私の驚いたような声を聞いて怪訝な目をした。
「お前は俺の婚約者だろ、しっかりしてくれ。
今日はレイランド王国の王族・貴族が全員集まったパーティーだぞ」
と、呆れるように言うジェラルド。
私はそれを聞いて驚いた。
「私は、あなたの婚約者なんですね!?」
思わず、ジェラルドの手をとって叫んでしまった。
「お、おう。
当たり前だろう。
大丈夫か、お前?」
ジェラルドは、私が急に手を掴んで叫んできたものだから驚いている様子。
そして、私の態度を訝しんでいるようだった。
どういうことだろう?
先ほど、レイランド城の客室で、ジェラルドに婚約破棄を言い渡されたはずである。
それなのに今、目の前にいるジェラルドは私のことを婚約者だと言う。
私には、何が起きているのかさっぱり分からなかった。
「俺は挨拶があるから、もう行くぞ。
疲れているなら、部屋に帰って休んでおくんだな」
それだけ言い残して、ジェラルドは会場の奥の方へと行ってしまった。
何かがおかしい。
ここはどこだろう。
よく見たら、私の服装もいつの間にかパーティー用のドレスに変わっている。
ん?
このドレスは……。
私が思考する間もなく、前方から甘ったるい猫なで声が聞こえる。
「え~!
すごいですね~~!
私、そういう男らしい人ってタイプです~~!」
なにやら聞き覚えがある声。
その声に反応するように首をそちらに向けると、そこには胸元の開いたセクシーな衣装を身にまとった女性がいた。
「あ」
私は、その女性を見て思わず声を漏らしてしまう。
そしてこの瞬間、私は今どこにいるのかを理解した。
私の前方で猫なで声を出している女性の名前は、セリカ・ダリウス。
私の婚約者を奪った男爵家の娘である。
そして、注目するべきはセリカの恰好だ。
あの趣味の悪い、胸元を思いっきり強調された、チーズのように黄色いドレスを見るのは二回目だった。
一度目に見たときは、あの無礼な挨拶をされたときである。
その後すぐに他の男達の方へと挨拶をしに行ってしまったセリカだったが、今セリカが話ている男達は、その時見た男達と同じ人物なのである。
冷静になって会場を見渡してみれば、並んでいる机と料理、それから奥のダンスステージやその脇で演奏している音楽隊まで。
その全てが一月前のパーティーで見たことがある光景だった。
それに、私が今着ているドレスもそうだ。
このタンザナイトのように綺麗な紫一色のドレスは、このパーティーのためにわざわざ特注したものである。
このドレスは、一月前のパーティーで着て以来、クローゼットにしまいっぱなしのはずだ。
何もかもが、一月前のパーティーと同じ。
つまり、私は、一月前の国王様主催のパーティーの会場に来ているのではないだろうか。
自分でも、不可思議なことを考えているということは分かっている。
しかし、このデジャブのレベルを超えた、一月前の記憶と完全一致した光景を見ると、そうとしか思えない。
そう考えると、先ほどのジェラルドの発言は辻褄が合う。
ジェラルドは、私のことを婚約者だと言っていた。
私が婚約破棄をされたのは、このパーティーの一月後の話。
つまり、このパーティーの時点では、まだ私に婚約破棄を告げていないのだ。
と、考えていると、前方にいたセリカが動いた。
ニコリと話していた男たちに手を振りながら、その場を離れていく。
なんとなくセリカの動きを目で追っていると、セリカの視線がある人物に向いていることに気づいた。
それは、奥の方で談笑しているジェラルドだった。
そういえばジェラルドは、どこでセリカと知り合ったのかと聞いたら、一月前のパーティーだと言っていた。
ならば、今セリカの視線がジェラルドに向いているのは、セリカがジェラルドを狙っているということか。
私は、そこまで考えてピンときた。
もし、ここでセリカとジェラルドが出会うのを阻止すれば、婚約破棄は無くなるのでは?
と。
なんで、一月前のパーティー会場にいるのかは分からない。
ジェラルドを平手打ちした瞬間からの記憶は曖昧である。
もしかしたら、夢を見ているのかもしれない。
だが、出来ることはしておこうと思った。
私はその思いで、セリカを追いかけ始めたのだった。