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第一話「婚約破棄」

「マリアローズ。

 お前との婚約を破棄させてくれ」


 レイランド王国の中心に(そび)え立つレイランド城の一室。

 その豪勢な客室で、私の対面に座る小太りな青年は物々しい表情でそう言った。


 青年の名前は、ジェラルド・クレイトン。

 彼は、レイランド王国の第一王子である。

 そして、私はこの国の公爵令嬢で彼の婚約者だ。


 それなのに、今、彼から「婚約破棄」の提案をされたのである。

 私はこのとき、かなりのパニックになっていた。


「こ、婚約破棄ですか……。

 理由をお聞かせ願ってもよろしいでしょうか?」


 私は混乱しながらも、できるだけ落ち着いた声になるよう努めながら質問をする。

 貴族とは、いついかなる場面でもエレガントでなければならないと教えられている。

 たとえこのような場面でも、声を荒げてはならないのだ。


 するとジェラルドは急に笑顔になり、はっきりと言った。


「想い人が出来た。

 お前より可憐な、飛び切りの美人だ」


 頭がクラッとした感覚を覚えた。

 ジェラルドの言葉を聞いて倒れそうになったが、なんとか意識を保つ。


 元々、ジェラルドとは親に言われて婚約したようなもの。

 お互いに好きだとかいう恋愛感情は、あまり持っていなかった。

 しかし、お父様と国王様は仲が良く、どちらも私達の結婚を望んでいた。

 それに、ジェラルドと結婚すれば、私が王妃になれる可能性は高い。

 だからこそ私は、ジェラルドと親密になれるよう、好かれてもらえるよう、これまで毎日努力してきたのである。


 その結果がこれかと絶望しているところであった。

 まさか、浮気をされるとは思わなかった。

 ジェラルドの嬉しそうな笑顔に苛立ちを覚えるが、それを抑えながら会話を続ける。


「そ、そうですか……。

 ちなみに、そのお相手は誰なのでしょうか?」

「ああ、お前も知っていると思う。

 セリカ・ダリウス。

 ダリウス家の娘だ」


 私はそれを聞いて、さらに苛立ちを覚えた。


 ダリウス家の娘、つまりは男爵家であるダリウス一家の娘ということだ。

 まさか、私という婚約相手がいるのに、第一王子であるジェラルドが貴族の中でも身分の低い男爵家の娘と浮気をしているとは思わなかった。


 それに、セリカ・ダリウスという女性には覚えがあった。


 一度だけ、とあるダンスパーティーで挨拶をしたことがある。

 確かあのとき、私がたまたまセリカと出くわして、こちらから挨拶をした。

 そのときのセリカは、面倒そうな顔でパパッと私に挨拶をして、すぐに他の男のところへと挨拶しに行ってしまったのである。


 最悪の印象だったので、覚えていた。

 あの後、セリカについて友人達に聞いてみたら、身分の高い男達にばかり色目を使って話し、同性の者にはぞんざいな態度をとっていたらしい。

 そんなだから、友人達の間でも嫌われているという話だった。


 そんなことがあったので、ジェラルドがセリカと浮気していたという事実を聞いて余計に怒りが増した。

 私は今まで、好きでもないジェラルドのためにこんなにも尽くしてきたのに、なぜあのセリカとかいう女に浮気をされなければならないのだろうか。

 そんな憎々しい気持ちで一杯ではあるが、落ち着かねばならない。

 まずは、経緯を聞こう。


「セリカさんと、いつ出会われたのでしょうか?

 男爵家の娘とジェラルド様が出会う機会など、そうないと思いますが……」

「ああ。

 丁度一月(ひとつき)前に、お父様主催のパーティーがあっただろう?

 そのときに、出会ったんだ。

 まさに、運命の出会いだったよ」


 言いながらセリカのことを思い出しているのか、恍惚とした表情を浮かべるジェラルドにイラッとくる。


 どうやら、セリカと出会ったのは一月前のパーティーらしい。

 そのパーティーは、例のセリカに無礼な挨拶をされたパーティーなので良く覚えている。

 たしか、国王様が即位なされてから丁度20年を祝うパーティーだったとかで、国中の貴族が集まった大規模なダンスパーティーだった。

 そのときに、セリカがジェラルドにすり寄ったということか。


 あのときは、たくさんの貴族に挨拶をしたりダンスもせねばならず、常にジェラルドの傍にいることは出来なかった。

 私がいない隙をセリカに突かれたということか。

 狡猾な女である。


 しかし、こうなってしまえば、もはや婚約破棄は覆らないかもしれない。

 いつも私の前ではムスッとしているのに、セリカのことを思い出すだけでこの恍惚とした表情だ。

 相当に、セリカのことが気に入っているのだろう。


 だが、負けるわけにはいかない。

 こちらだって、親の期待と王妃になれる権利がかかっているのだ。

 ここで婚約破棄が決まったら、私のこれまで努力が水の泡となってしまう。


 その思いで、怒声を強めながら私は言う。


「ジェラルド様!

 私との婚約を破棄してセリカさんと結婚するなど、私に対する裏切りです!

 あなたは、事の大きさを分かっておいでですか?」

「事の大きさ?

 俺がただ浮気をしただけだろう。

 それの何がいけないんだ」


 と、あっけらかんとした様子で言うジェラルド。

 その言い方に、私の怒りは頂点に達した。


 浮気をしただけ(・・・・・・・)

 この言葉だけで、ジェラルドが問題をまったく理解していないのが分かる。


 私は、思わず怒鳴ってしまった。


「何を言っているんですか!?

 セリカさんは、男爵家の娘なのですよ!

 公爵家の娘である私との婚約を破棄してまで、男爵家の娘であるセリカさんと結婚したらどうなってしまうのか、ジェラルド様だって分かっているでしょう!

 私達の結婚を期待していた、私のお父様や国王様の顔に泥を塗ってしまうのですよ!

 それに、そんなことをしたら私が笑い者になるだけではなく、ジェラルド様とセリカさんの立場だって危うくなりますよ!

 不貞を働いた王子を良い目で見る貴族はいないでしょうね!」


 叫ぶようにして捲し立てる私。


 すると、私が怒鳴ったからか、ムッとした表情をするジェラルド。

 やり返すかのように、ジェラルドも大声をあげる。


「そんなの俺が知るか!

 お前が魅力的じゃなかったのが悪いのだろう!

 お前がセリカくらい可愛気があれば、お前と結婚してやっても良かったんだがな!

 お前みたいなブス女はお断りだ!」

「なっ……!」


 あんまりである。

 私だって元々こんな小太りの王子と結婚などしたくはなかった。

 だが、お父様には王妃になれるからと言われて、ジェラルドとの結婚を期待されていた。

 私は、お父様の期待に応えるべく、五年間、大して好きでもないジェラルドのために自分を磨いてきたのである。


 少しでも容姿を良く見られるために、食事制限をしたり、お化粧の勉強をしたりした。

 それに婚姻してからは王子の妻になる者として、ダンス、ドレスの着こなし方、王室での礼儀作法など、様々な訓練を受けてきた。

 これほどジェラルドのために時間を費やしたというのに、一月(ひとつき)後には正式な結婚を控えるこのタイミングで結婚破棄を突き付けられたのが信じられない。


 あまつさえ、この小太りの王子は今、私のことを「ブス女」呼ばわりした。

 いままで、ジェラルドの隣に立っても恥ずかしくない見た目になれるよう毎日努力してきた私にとっては、この言葉は屈辱だった。


 それほど、セリカが美人だったのだろうか?

 確かに、悪くない顔立ちではあったが、それほど美人だとは思わなかった。

 むしろ、ドレスの着こなし方や礼儀作法がなっていない彼女に、あまり良い印象はない。

 男たちに猫なで声で近づいていたが、それがジェラルドに効いたのだろうか?


 私は考えれば考えるほど、ジェラルドに対する怒りが増していった。


 浮気をしたこと。

 婚約破棄をして、私の今までの努力を水の泡にしようとしていること。

 私を「ブス女」呼ばわりしたこと。

 この全てが許せなかった。

 

 そう思ったとき、私はその場を立ち上がっていた。

 

 貴族とは、いついかなる場面でもエレガントでなくてはならない。

 それは、分かっている。

 だが、もう私の中の怒りを抑えることは出来なかった。


 そして、目の前に座るジェラルドに歩み寄る。


「な、なんだ?」


 ジェラルドは、私が歩み寄ってきたのを怪訝な目で見る。

 だが、もう遅い。


 私は右の手の平を振り上げて、思いっきりジェラルドの頬まで平手打ちをしようとする。

 ジェラルドは、虚を突かれたのか私の動作を目で追いきれていない。

 これは、ジェラルドの頬に平手打ちが上手く決まりそうだ。


 ジェラルドの頬に私の右の手の平が直撃した瞬間。


「へ?」


 私は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

 しかし、それも仕方のないこと。


 なぜか、私の右手はジェラルドの頬に直撃したところで止まってしまったのである。

 そして、ジェラルドは動かない。

 私の身体も動かない。

 まるで時が止まっているかのような感覚。


 それから、段々と私の視界が急にグルグルとぼやけだしたのだ。


「なにこれ……」


 私は呟いたときには、もう視界に入るジェラルドの顔はぐちゃぐちゃ。

 ジェラルドだけではなく、周りの背景までぐちゃぐちゃ。

 何が起こっているのかわからない。


 そして、次の瞬間。

 視界が暗転したのだった。


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