第3章 「スーツアクター青春花道」
予想外のハプニングで会場が温まったため、その後のヒーローショーの盛り上がりも、実に素晴らしい物だった。
「アルティメゼクス!アルティメゼクス!」
京花なんか、変身アイテムのアルティメスパークをスティックライトみたいに振り回して、まるでアイドルグループの親衛隊みたいな熱狂振りだったよ。
こうしてアルティメマンのヒーローショーを堪能した私達は、さやま遊園のアトラクションで楽しい家族団欒の一時を過ごし、後は家路を辿るだけとなったんだ。
-運転中に催したらいけないから、予め用を足しておこう。
そうして何気なく立ち寄った男子トイレに、意外な人物と再会したんだ。
「あっ…さっきはありがとう御座います!」
手洗い場で快活に呼び掛けてきた、筋肉質な長身の青年。
初対面のはずなのに、この体育会系の好青年とは何処かで会った事があるように感じられた。
「えっ…何処かでお会いしましたか?」
「そうですよね、素顔では初対面でしたね。それでは…おおっ!アルティメフォースのチビっ子隊員がいるじゃないか!君はユリコ隊員だな?」
意図的に改められた声色と、歌舞伎の見得みたいに大仰に構えられたポーズ。
それは先のヒーローショーで京花に庇われた、シグマ星人の物だったんだ。
洗った手をハンドドライヤーで乾かしつつ、私は青年の身上話を聞いていた。
小学生時代に夏休みの再放送で見たアルティメマンシリーズに感銘を受けたのがキッカケで、この青年はスーツアクターの道を志したらしい。
「まだまだ駆け出しだから、今はヒーローショーでの下っ端の悪役が主な役どころですけどね。」
最初はヒーローショーの悪役で経験を積み、慣れてきたらヒーローのスーツを着て握手会や撮影会。
テレビの特撮ヒーロー番組で活躍するスーツアクターになるには、そこから更に経験を積む必要があった。
「スーツアクターの先輩に言われた事があるんです。悪役は憎まれてこそ本物だって。だから、子供達に蹴りを入れられるのは仕方ないと割り切っていたんです。でも、お嬢さんは僕を庇ってくれました…」
仮に男の子に蹴りを入れられているのがシグマ星人以外の怪獣だったとしても、恐らく京花は止めに入っていただろう。
京花にとっては、「蹴りを入れられているスーツアクターさんが可哀想」という程度の認識でしかないはずだ。
「それが嬉しかったんです。お嬢さんに『ありがとう』と伝えて頂けますか?」
しかしそれは、この青年にとっては珠玉の思い出となり、スーツアクターとしての夢を支える確かな礎となっていくのだろう。
それでは、京花の父親である私は、この青年に何をしてあげられるのか。
若きスーツアクターの夢を応援するには、何をすれば良いのだろうか。
そんな物思いに耽っていた私の目に入ったのは、園内の売店の軒先だった。
ヒーローショーが開催されていた事もあり、アルティメマン関係のソフビ人形が幾つも並んでいる。
その中には、件の青年がショーで演じていた宇宙傭兵シグマ星人のソフビだって…
『そうか…!』
気づいた時、私は売店へ走っていた。
そしてシグマ星人のソフビとマジックペンを買い求めると、待たせていた青年に差し出したのだ。
「このソフビのヘッダーカードに、貴方のサインを入れて頂けますか?将来、テレビの特撮番組で活躍するスーツアクターになった時に、貴方の事を思い出せるように。」
「はい!ぜひ、喜んで。テレビで一日も早く活躍出来るよう、一層に励む所存です!」
あの澄んだ目と力強い握手は、今でもハッキリ覚えている。
トリッキーなアクションで悪役宇宙人を演じたら右に出る者はいない名物スーツアクターが、下積み時代にサインを入れてくれたシグマ星人のソフビ人形は、私の宝物だ。




