第1章 「親子連れの防衛チーム」
日本最古の人工池として名高い狭山池の湖畔に設けられた、さやま遊園。
その専用駐車場に自家用車のセダンを停め、軽く一息付いた私は、助手席に畳んでおいた緋色のブレザーを羽織り、締め直した青ネクタイの具合をバックミラーで確認した。
「決まってるよ、お父さん!後は襟に日輪バッジを付ければ、何処からどう見てもアルティメフォースのナカヤマ・キャップだね!」
少年時代からの憧れだった特撮ヒーロー番組「アルティメゼクス」に登場する、地球防衛軍のエリートチームを束ねる戦闘隊長。
あの渋くて頼もしいナカヤマ隊長に喩えられるのは畏れ多いけれど、それが愛娘の口から出た発言なのだから、思わず頬が緩んでしまう。
特撮ファンとして謙遜すべきか、父親として喜ぶべきか、嬉しい悩みだった。
「ありがとう、京花。本当の事を言ったら、お父さんも京花とお揃いが良かったけどな。」
黄金の太陽を象ったバッジをブレザーの襟に付けながら、私は後部座席を振り返った。
今年の4月に堺市立榎元東小学校へ進学したばかりの京花は、我が枚方家の大切な一人娘だ。
そんな愛娘の幼い肢体を包んでいるのは、私と同世代の人間なら誰もが子供時代に憧れた衣装だった。
青い生地に黒の差し色が特徴的な上下のスーツに、ミリタリーチックなグレーのブーツ。
これこそ、地球防衛軍精鋭部隊アルティメフォースの、栄光の戦闘服だ。
平時は赤いブレザーを着用し、怪獣や宇宙人との戦いでは青いバトルスーツに身を包む。
このお洒落な着こなしへの憧れは、一児の父となった今でも変わらず、市販のコスプレ衣装を買い求めてしまう程だ。
娘と一緒にアルティメマン関係のヒーローショーや撮影会へ行く際には、アルティメフォースの戦闘服でコスプレするのが、私のお決まりだった。
今回のさやま遊園におけるヒーローショーでも、そうしたかったのだけど…
「駄目よ、修久さん。貴方と京花だけで行くイベントなら別に良いけど、今日は私もいるんですからね。」
そう、同行する妻の樟葉から反対されたため、基地内で着用しているブレザーで御茶を濁したのだ。
「一児の母がユリコ隊員の戦闘服姿のコスプレをするのは、少し抵抗がありますからね。その点、このブレザーなら普段使いも出来なくはありませんし…」
「わ…分かってるよ、樟葉。感謝してるよ。」
とはいえ、樟葉もブレザーでのコスプレには付き合ってくれたのだから、これはこれで悪くないのだけど。
「京花、あんまりアルティメスパークで遊んでると、ヒーローショーの時には電池切れを起こしちゃうでしょ?肝心な時にアタフタしても、お母さん知らないわよ。」
「わ…分かったよ、お母さん…」
樟葉に視線を向けられると、京花は母の言葉に素直に従い、変身アイテムの玩具が放つ光と効果音を停止させた。
私も娘も、我が家のユリコ隊員には頭が上がらないのだ…
ヒーローショーの開催される特設会場は、親子連れと特撮ファンで大賑わいだ。
とはいえ、妻と交代で場所取りをしたのが功を奏して、見易い席を無事に確保出来たのは幸いだった。
「この位置からだと、ステージが綺麗に撮影出来るな…」
個人的に楽しむ分には、ヒーローショーの動画撮影は許容されている。
レンズを通したステージがどのように見えるか、ビデオカメラで確認してみたい所だけれども…
「駄目よ、修久さん。貴方じゃヒーローショーに夢中になってしまって、撮影に身が入らないでしょ?」
「そ、そうかい…?なら、撮影は樟葉に任せるよ。」
今の遣り取りや私の困り顔も、妻の持つビデオカメラに撮影されているのだから、何とも情けない。
とはいえ今の情けなさも、いずれ月日が経てば、家族の思い出として懐かしく感じられるんだろうな。