・なかまになりたそうにこちらをみている
俺はその日アイラとお荷物組に連れられて森に来ていた。
青いお荷物曰く
「お前は特訓ついでにアイディア出す役割なら今回はオレたちと来い。それにあの時が全力と思われたんじゃあ癪に障るからな」
アイラもうなずいていたし、俺に舐められたくないという気持ちがあるのかもしれない。そんな事しなくてもあの時はルールの中で勝利しただけだからそんな気にしなくていいと思うんだけどな。
それで本人たちのやる気が出るならそれでいいのだ。
現在は探索中。双頭蛇が見つかるまではアイラが魔法を見てくれる。
これが非常にありがたい。誰かに教えてもらうことは上達には欠かせないだろう。
とはいえ俺も一応辺りは警戒している。後ろは金色のお荷物なので申し訳ないが少し不安なのだ。
バモスさんだって一応ちゃんとした冒険者、のはずだ。本当に役に立たないならタフトさんも指名しない、と思う。それでもこの人柄を見ていると若干の不安が拭えない。
練習したり索敵したりしながらしばらく進んだがお目当ての蛇には出会えなかった。
日本には「腹が減っては戦はできぬ」という言葉がある。アイラもそのタイプのようで、お昼ご飯にすることにした。
メニューは角兎の肉を焼いて塩をまぶすという簡単なものだ。
「ソウマ、お前ちょっとファイヤで焼いてみろよ。肉はそれなりにあるんだし失敗したらバモスに食わせればいい」
「なんで俺ちゃんが!」
「バモスなら食にこだわりなさそうだなと思いまして」
「俺ちゃんをなんだと思ってるんだ」
2人の口喧嘩はめんどくさいので口を挟むことはしないが、サガの提案は理にかなっていると思った。
火力の調整ができれば「今のはメラゾーマではない。メラだ」的な展開ができるかもしれないしね。
思考が少しそれてしまったがお肉を取り出しファイヤを当てる。直火で焼くのは初めてだ。
そのまま少し待っているといい匂いがしてきた。色合いも良さそうだ。柴乃に怒られたこともあるのでもう少しだけ待ってから火を消してお肉を取り出す。
行儀は悪いがお肉を突いてみると明らかに生の感触が返ってきた。……どうやら俺はまだまだ甘かったらしい。
流石にバモスさんに食べてもらうのは申し訳ないのであとで蛇に会った時の囮にでもしよう。
ちなみにアイラも隣で焼いている。俺に見本を見せてくれるらしい。
俺がただの直火焼きだったのに対して、アイラはファイヤでお肉を包み込み一瞬で焼き上げていた。
一つ焼き上げる毎に
「こーやってこう!」
と教えてくれていたが、残念なことに感覚は共有できないんだよ……。
と言うかそんなに焼いて食べ切れるのか?
ざっと見た感じ15は焼いてある。1人最低でも3つ食べることになるぞ。そう思っているうちに追加でもう1つ。4つも食えないよ俺は……。
そう思っていたのは俺だけではなかったようだ。
「この量どうすんだよ……。タフトさんには来てもらってないんだぞ……。バカアイラめ……」
「若いっていいよなあ……。俺ちゃんもう見てるだけで胸焼けしそう」
同意見が2つもあってよかった。サガの口ぶり的にタフトさんは大食いなようだけど今回は残念ながら作業があると言って来てもらえなかったのだ。
最後のサガの発言はアイラには聞こえなかったようでよかった。こんなとこで喧嘩されたらひとたまりもない。
「どうしたの? 食わんの?」
まだ肉に手を伸ばさない俺たちを不審がったのかアイラが覗き込んでくる。
それには答えずに逆に質問した。どっかの殺人鬼に怒られそうだね。
「アイラってあとどれくらい食べられる?」
「んー。味に飽きてもうたしもういらんかな」
じゃあなんでそんなに作ったんだよ! と怒りたいところだがアイラの機嫌は損ねたくない。
柴乃と口調が同じだから怒られたら多分かなり恐怖を感じることになるだろう。
「しょーがないなー。 俺ちゃんがなんとかするよ」
そういったバモスさんの周りに木の葉が舞い始めた。
普段適当な人がいきなりこんな雰囲気になるとよりカッコよく見える。
まさかそれが狙いでいつも……? そんな高尚なわけないか。
そのままバモスさんを見ていると肉が一口サイズにカットされていった。
なんだ? この人の本職は料理人か何かなのか?
カットされたお肉はみるみるうちに乾燥し、いわゆるジャーキーみたいになった。
「すごい! これどうやったんですか?」
「これはな風粒斬舞って技を応用したんだよ。すごいだろ? これで食べられる分だけ食べてあとは非常用に残しとこうぜ」
それならちょうどいい分だけを食べることができそうだ。
サガも珍しく素直にバモスさんを褒めている。
そんな雰囲気の中俺の生焼け肉はみんなの記憶から消えてしまうのだった。
バモスさんが作ったジャーキー(仮)を食べお腹の膨れた俺はようやく生焼け肉の存在を思い出した。
異世界とはいえ森の中に放置はまずいだろう。囮としても使えそうだし持ち歩くか。
生焼け肉のあった方を見やると、なんということでしょう! 角兎が生焼け肉を咥え持ち去ろうとしているではありませんか!
共食いすることに抵抗がないのか? 焼けたお肉の姿じゃ仲間だとわからないのかもしれないが。
「みんな! 肉が持ってかれた! あれも大事な食糧だ、追いかけるぞ!」
そう声をかけて俺は駆け出した。
幸い角兎ホーンラビットはどこかで負傷したようであまり足が速くなかった。
「待て! 肉返せ!」
「待てと言われて待つやつがいるかよ」
サガ! そこツッコまなくていい!
一瞬だけサガの方を向いて睨む。サガは肩をすくめるとスピードを上げ俺を追い抜いた。
距離を詰めたサガは角兎に手をのばす。
サガの手が届きそうになった時バモスさんが俺を含む一同を静止した
「下がれ!」
いつもとは違った声色のバモスさんに驚き、慌てて周囲を警戒する。
特に何も見当たらなかったので視線を戻してみるとさっきまでいたはずの標的がいない。
「シュルルルル!」
聞いたことのない音に5感が悲鳴を上げていた。
兎の代わりにそこにいたのは2つの頭を持った巨大な蛇だった。
双頭蛇のお出ましというわけか。兎はこいつに食べられてしまったんだな。もう少しバモスさんの警告が遅かったらサガの手も仲良く胃袋行きだっただろう。
「危なかった。ここまで大きく成長した個体は初めて見たな」
どうやらかなり大きいサイズらしい。見た感じ10mは軽くありそうだ。
「ソウマ下がって! バモスの後ろにいてな!」
アイラに言われて慌てて下がった。こんなのを俺が相手にするのは無理があるというものだ。
バモスさんは青い顔をしつつも既に弓を取り出して狙いをつけていた。
俺は1番双頭蛇に近いサガの方に視線を向ける。
「これは金のためこれは金のためこれは金のため」
……。心配になってきたけど大丈夫か? いつまでその自己暗示が持つことやら。
「サガ! そろそろ行くで!」
「ちくしょう! こうなりゃヤケだ! ぶっ潰す!」
いつの間にやら大剣を抜いたアイラに急かされ良い方向に開き直ったようだ。言い換えれば、諦めたとも言える。とはいえ気持ちが上向きになったのはいいことだ。俺にできるのはそれが長続きすることを祈るのみである。
2人と1匹はしばらく睨み合っていたが、アイラが切りかかったことで戦闘は始まった。
いくら開き直ったとはいえどうしてでも触りたくないらしいサガは氷塊を連続で出すことにしたようだ。言葉通り潰す気なのだろう。バモスさんの発言のせいで本気で嫌になってしまったようだ。
そのバモスさんはいつの間にか木の上から弓矢を連発していた。なんという身のこなし。
そんな2人とは打って変わって氷と矢の雨を掻い潜りながらアイラは双頭蛇と積極的に格闘している。
俺は一体どうすべきなのか……。下がってろと言われたし大人しく見てるか。足手まといにはなりたくない。
よく見ると2人が連発している攻撃はあまりダメージを与えていない。直撃した攻撃も上手くいなされているようだ。
あの攻撃が双頭蛇にダメージを与えさえすれば助けになるとは思うんだが。
そして双頭蛇はあの巨体に似合わず思った以上に動きが速かった。
「バモスさん! あの蛇の動きって思っていた以上に速いんですけどあれが普通なんですか! 体が大きいと遅くなる気がするんですけど!」
「人間じゃないから見せかけの筋肉をなんて無いんだよ! ちゃんと実用的な体してるからでかけりゃでかいだけ速いって可能性もあるぞ! あくまで俺ちゃんの個人的な意見だけどね!」
なるほど。バモスさんにしてはわかりやすい説明だ。アスリートと同じってことなのだろう。
戦闘が続く中、どうにか俺にできることはないか思考する。
確かどこかの漫画の主人公が受けた攻撃を跳ね返すって芸当があったけど、俺にはそんな技術はない。
だったらナイフを弾けた盾だったらあるいは?
いやいやいやアイラみたいに慣れてれば良いけど俺があの雨の中に入ったらひとたまりも無いよ。
こっちに飛んできたやつをあいつに当てられるようにしてみよう。
サガもバモスさんも技名あるしここはモチベーションを上げるためにも俺も名付けるとするか。その方がかっこいいし!
跳ね返す……盾で……受け流す? ……バモスさんとサガの技を利用……矛先を一点に……。
濫衝蠭集。
良いんじゃないですか? では僭越ながら。
「濫衝蠭集!」
俺のその叫びに呼応するように俺の盾は光を帯びサガとバモスさんの攻撃を吸収し始めた。
おいおい技名と仕組みができてれば技ができちゃうのか!?
しかも俺はこっちに来たものを跳ね返すだけの予定なのに吸収というオマケ付き。
吸収した氷と矢は混ざり合い氷の矢となって双頭蛇に降り注いだ。
意識外からの攻撃を受けた双頭蛇は苦しそうな声を上げる。
「おいおいおい! まじかよ! オレの力とバモスの狙撃を⁉」
サガが驚愕した表情でこちらを見る。
アイラとバモスさんも同じだ。
「な……なんか出ちゃったお」
俺の1言で3人と1匹は唖然とした。
しばらく無言の気まずい空間が続く。蛇ですら雰囲気を感じ取り動かないのだからびっくりだ。
この世界に来る前から俺はこの雰囲気は苦手だった。責められているわけじゃないのはわかるんだけどね。
サガやアイラは難しい顔をしているし、バモスさんも……。いや、あの人思考停止してるだけだな。うん。バモスさんはやっぱりバモスさんだ。
どれだけ続いただろう。体感では2時間くらい経過したような気がするが実際は2分も経ってないのかもしれない。
耐えきれない。がこの雰囲気を破ることも怖い。
この際違うことを考えて気持ちを紛らわすしかないだろう。思ったのだ。
この双頭蛇がここまで知能が高いのであれば戦う気は無いと感じ取ってくれるかもしれない、と。ここまでの間こちらを気遣って動かないというのは妙に人間臭かった。
ダメもとでジェスチャーで抜け殻で良いから貰えないか? と交渉してみたが森の奥へと消えてしまった。
なんか人間じゃないけどフラれたみたいでちょっとショックだな……。
「おとんってそんな危なっかしい盾持たせたん? 見たところ初心者用の安っぽい盾やねんけどなぁ」
「とりあえず礼を言っておこう。どんな仕組みかは知らないけども」
「それってどうやったんだよ!」
2人は冷静に考えているのに、年長のバモスさんがこれじゃあな……。
「俺の方に流れてきたサガとバモスさんの攻撃を盾で弾いて双頭蛇に当てようとしてたんですよ。それで雰囲気作るために技名を言ってみたらあんな感じになったみたいです」
俺は地面に突き刺さる氷の矢を指さし事の次第を説明した。
「世界に認められたってことか? いくらなんでもまだソウマは赤ん坊レベルなんだぞ?」
確かに来てまだ1ヶ月も経ってないけど魔法は覚えたんだぞ!
「いやでも、異世界から来たわけやし無きにしも非ずってやつちゃうん?」
「俺ちゃん風粒斬舞習得すんのにすっげえ時間かかったんだけどな」
---・ ・・- -・・-
その後もしばらく会話は続いた。
ひとしきり会話が盛り上がったかと思うと茂みがガサガサと動く。
茂みから見えたるは2つの頭。
もう1度双頭蛇が俺らの前に姿を見せたのだ。
口元を見ると脱皮した後であろう皮を咥えていた。
「それ貰っても良いですか?」
意思が通じたとは信じたいが、まずは下手から出よう。
その目は澄んでおり俺達の前に皮を置く。
「良いのか? こっちはお前を傷つけた人間だぞ?」
こちらを見るその目は俺を拒んでいるように見えなかった。
なんて心が広いんだろうか。完全にこっちに非があるのに願いまで聞き入れてくれるとは……。
流石にこのままでは良心が砕け散ってしまう。
俺は落ちていた木の棒で絵を描きとある提案をした。
「俺たちはお前に角兎を調理した料理を持ってくる。調理は……そうだな、普通に食べるよりもおいしくする方法だよ。おっと骨は残して置いてくれよ? それでお前には抜け殻を提供して欲しい。どうだろうか?」
その言葉に双頭蛇は何度かうなずく。
やはり知能が高いのだろう。交渉成立だ。
交渉を終えると蛇が頭を下げてこちらを見ている。
これは……撫でろってことか?
本来爬虫類はスキンシップを好まないはずなんだけど世界が違えば多少は違うか!
「よしよし。お前って言うのも失礼だし名前をつけようと思うんだけど。みんなは良い案ありそう?」
3人は俺から距離をとって一部始終を見ていた。
「いやぁ友好的でもまだ苦手意識が抜けないかもなぁ」
「魔物を従えるなんて各ギルドのトップや魔物使いがやるようなことだけど大丈夫なのか?」
「いくらなんでも魔物やからなぁ……」
魔物と馴れ合いになることを拒む3人を説得した俺は左の頭にフウ、右の頭にはライと名付けることにした。
名付けると余計に可愛く見える。
「よろしくなフウ! ライ!」
「シャー!」
「威嚇じゃないんだよね?」
バモスさんは終始ビクビクしていたが、無事双頭蛇の素材を手に入れることができた。
今日の目的はとりあえず達成! 偶然新技も獲得したしいい日だったな。
「ほんとに驚かされるばかりだよ。王家への商品の提供、思いつきで技を覚え、魔物を手懐けた」
帰り道を歩きながらサガは俺のことを褒めてくれた。
普段ならこのあと手のひらを返すように嫌味を言ってくるんだけど今日ばっかりはそれもなかった。珍しい。
「なーなー。こいつどうすんねん」
「俺ちゃんもいつ言おうかドギマギしてたところなんだけど……」
アイラとバモスさんの声に後ろを振り向く。
そうなんだよねぇ。なんとなく気配はあったんだけどやっぱり着いてきちゃったか。
「いっそのこと番犬になってもらうか? 蛇だけど……」
苦手な爬虫類に対して心にも思ってないことを言ったバモスさん。
俺とサガとアイラはわざとなるほど! という顔をしてみせた。
「ちょちょちょちょちょ! 冗談だからマジで! それにー……ほらおっちゃんだって許さないと思うぜ?」
俺たちは首を傾げ天を仰ぎ見た。
「いや。誰かなんか言ってくれよぉー!」
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「早速1日目だったが、店の方はどうだった?」
タフトが一息つきながら尋ねる。
先程まで休むことなく作業を続けていたらしい。その息は荒かった。
「すごい売れ行きだったわよ! もう飛ぶように売れて」
タフトの奥さんは大喜びでそう伝えた。顔には笑顔が溢れている。
それを優しい目で見ていたタフトはふと思い出したかのように聞く。
「そろそろみんなが帰ってくる頃合いか?」
「そうね。かなり時間経っているしもうそろそろなんじゃないかしら?」
2人は探索に行ったみんなが待ち遠しく窓の外を眺めた。
ところがが信じられない光景に2人は同時に顔を見合わせることになる。
なんと倒して素材を集めてくるように言った双頭蛇の怨霊が見えたのであった。
いや、それが本当に怨霊だったのかはわからない。それでも2人にはそうとしか思えなかった。
なにせこの付近に双頭蛇は出没しないのだ。
「お、おい! あいつらが倒したやつが化けて出たぞ!」
「私も見えるんだけど」
1人で幻覚を見るならまだしも、2人同時に見てしまったということから2人はこれが現実であることを認識した。
何がどうなっているのかわからない2人はひとまず鍵をかけ引き続き様子を見ることにした。
鍵をかけてどうにかなるのか、と問われたらそれはわからない。ないよりはマシだろうという判断だ。
「上に行っていてくれ。 もしもの時は俺がなんとかする」
と最後の最後まで漢気を見せタフトは武器を構える。愛する妻を守るためならば彼は命を捨てる覚悟ができていたのだ。
しかし双頭蛇が家に随分と近づいてきたところでタフトは腰を抜かすことになった。
なんと娘と探索に行っていたメンバーが蛇を先導しこちらに近づいてきていたのだ。先程は焦りからよく見ていなかったらしいが距離が近づいてきてようやく認識できたのだろう。
生贄や捕虜にも思えた一同をよく見るとあろうことか談笑しているではないか。心なしか双頭蛇も笑顔に見えた。
1名だけ離れた位置で青い顔をした金髪がいるがタフトにはそんなことはどうでもよかった。
窓から外を覗くこちらと目があったかと思うとその人物が家めがけて猛スピードで駆けてくる。
「おっちゃん助けて〜! 俺ちゃんあんなのとずっと一緒は無理だよ〜!」
もちろん鍵がかかっていることなど知る由もなく戸を開けようと必死だ。
一方タフトは鍵をかけたことなど忘れ、今目の前で起こっている状況から考えられることを必死に探していた。
「この人でなし! 一生呪ってやる!」
いつもの余裕など出せるはずもなく、まだ開けようと試みている。ガタガタ言い出した扉はいつ壊れてもおかしくない。
階段から音がしたと思うと降りてきたらしい奥さんが声をかけた。
「そろそろ開けてあげたら? きっと何か理由があるんでしょうし、あの人はいつもああでしょ?」
穏やかな性格をしているが、怒ると相当怖い人なのだろう。
「そ、そうだな。事情を聞いてみるとするか」
扉の鍵を開けると同時に雪崩のような勢いでバモスが突っ込んできた。
なんとか受け止めることのできたタフトだったがあまりの勢いによろめきそうになる。
なんで戦う時にその力を出さないのか疑問に思いつつもタフトは話を聞くことにしたのだった。
「バモス、一体どうしたんだ? あの双頭蛇はなんだ?」
「おっちゃん聞いてよ〜!」
涙目になりながらバモスは素材は無事に手に入ったこと、10mを超える蛇さんをソウマが手懐けてしまったこと、なんかここで飼うみたいな流れになってしまったことを伝えた。
そんなバモスを尻目に一同は家へと入っていった。
「おとんただいま!」
「今帰りました!」
「言われたもの以外にお土産までありますけどね」
「まぁなんだとりあえず座ってくれ。手懐けたっていうソウマにこいつをどうするか聞かせてもらおうじゃないか」
あくまで責任はソウマ持ちらしい。監督責任という言葉が少しだけよぎったタフトだったがこの際忘れることにした。
「手懐けたって言ってもほぼ契約みたいなもんですけどね。好物の角兎を料理して持っていく代わりに抜け殻をくれっていう風に伝えたんですけど、なぜか懐いてしまって」
「両者に利益があるからそれは良いんだけど、聞いてくださいよタフトさん。ソウマの野郎こいつに名前つけたんですよ!」
少しキレ気味にサガはフウとライを紹介する。蛇には慣れたようだが納得してはいないらしい。
「お前さん達がフウとライか。よろしくな」
臆することなくタフトは1対の頭を撫でてやった。
「こいつが暴れたらどうするんだ?」
タフトの顔から笑顔が消え神妙な面持ちへと変わる。
チームのリーダーと一家の大黒柱であるタフトにとっては重要な問題だった。
「絶対に暴れないように俺が言い聞かせます!」
「そういうことじゃないんだ。こいつが罪のない人間を襲った時にお前は何をすべきだ?」
しばらく沈黙が続いた。いつも頭の回転が早いソウマだったがこの時ばかりは今まで生きてきた中で1番のプレッシャーであったため言葉が出なかった。
「いいか? まずお前は職務を果たせなかったことを詫びて殺されることになる。そして人を襲ったあいつも殺す。残酷なようだが魔物やモンスターを手懐けることには大きな責任が伴う。罪のない人間が被害に合うなんてあっちゃならない。わかってくれるな?」
長いこと考え込んでいたソウマがようやく口を開く。
「わかりました。その時は死をもって罪を償います」
その言葉を聞くとタフトは満足そうな表情をし一同を外へと呼び出すのだった。
---・ ・・- -・・-
「えーではフウとライの家を作ってやろうと思うんだが誰か良い案はあるか?」
「はい! 俺ちゃんは、元は野生動物なんだし森に住んでもらえばいいかな! って思います!」
「サガはどうだ?」
「無視⁉」
「そうですね……。犬とは違うのでなんとも言えませんが……。日陰を作ってやる、というのはどうですかね」
「なるほどなぁ」
かなり堅物だと思っていたタフトさんがここまで乗り気だとは思わなんだ。
意外にもサガも反対する意思は見せない。慣れるのが早いな。
「もともと巣穴に住んでるわけやし何かの中ってのが良いと思うねんけど」
日陰で何かの中で一風変わってた方が面白いだろうなー。遊べるものもあった方がいいのかも。
そんなもん俺の世界にあっただろうか?
残念なことに俺は蛇を飼ったことはない。
柴乃は余裕で相手できていたが、あれはふれあい広場での話だ。
他にも何人か友人を思い出すが蛇を飼っていた友人はいなかった。
4人の表情を見てみるが誰もいい案を思いつかないようだ。
「思いつかないししょうがない。庭に巣穴と同じような穴を掘ってしばらくは生活してもらおう」
「一応蛇は変温動物なんで温度管理大変そうですけど大丈夫なんですか? 魔物とはいえしっかり考えたほうがいいのでは?」
サガが言った通りだ。飼育する方法を間違えれば見殺しにすることになるだろう。
とりあえずパッと思いついたことはあるからそれを話すことにする。
「住処のイメージは思いつかなかったですけど、設備のイメージはできました」
「おお! そうか。じゃあそれを聞かせてもらおう」
俺が思いついたのは昔の冷蔵庫のような簡易冷暖房装置だ。
住処を冷やしたい時は水魔法を、冷気を温めたい時は火魔法を入れる。
どちらも加減をしっかりしていないといけないため、フウとライに接する面から少し離れた場所に作る必要がある。
素材は熱が伝わりやすい金属が良いだろうか?
「意外と古典的だが面白い案だと思うぞ」
一通り伝えるとタフトさんが手早くぱぱっと作ってしまった。手先が器用だ。
確認してみてくれと言われて渡されたのは金属のキューブ。側面には穴が空いており、そこから暖気、冷気が出るらしい。大きさはハンドボールほどの大きさで2つずつ設置するようだ。
後ろにまだキューブが見えたがおそらく商業用に作ったのだろう。抜け目ないというかなんというか……。この短い時間でよく準備したものだ。
「これってどないな名前なん?」
アイラに声をかけられて意識が戻ってきた。確かに食器とは違って真新しいものだから商品化するんだったら名前も必要か。四角……熱……℃
「ディグリーズキューブなんてどうでしょうか?」
「なんかよくわかんないけどかっこいいじゃんそれ!」
バモスさんには大ウケだ。
説明しよう! ℃は文章に起こすときdegreeと言って程度とか度合いを表すんだ。
それが暖かいものと冷たいものだからdegreesにしたのだ。キューブはそのまんまだね。
名前が決まると一同は早速起動してみることにした。
「なんだか面白そうだし私がやってみてもいい?」
ここまでずっと静かだった奥さんが話に入ってきた。
確かに奥さんはずっと輪に入れずつまらなそうにしていたな。
てか奥さん魔法使えるの?
驚いた表情の俺を見てタフトさんが説明してくれた。
「ああ驚くのも無理はないさ。かみさんは昔立派な魔道士ウィザードでな、俺が守ってやらなくても十分戦えるぐらいには強いんだ」
「え!? 魔道士ウィザードって認定されることは困難と聞いたのですが」
「初めて聞いたよ!?」
流石のアイラも驚いたようで標準語になっている。やっぱり女の子は標準語の方が好きかもな。
だって……これ以上は悪寒がするので考えるのはやめておこう。
「あ! すげぇよみんなこれ!」
バモスさんの声で一同は本来の目的を思い出す。一足先に色々試していたようだ。
視線をキューブに戻すとオレンジとブルーの淡い光を出してキューブが光っている。
側面に空けた穴から光が溢れプラネタリウムのような光景が広がった。
これはエアコン代わりだけじゃなくて観賞用でも売れそうだな。
「そういえばタフトさんこれも売りに出すんですか?」
「おう! この世界にないものだからな。みんなに使ってもらいたいだろ?」
最後のセリフから考えるにあくまで生活できるくらいのお金を稼ぐ目的なのか……。俺だったら結構高くしてしまうかもしれないけど、色んな人が使えるようにっていうのは大切だよな。ん? 俺だったら高くするって考えたけど、この世界の通貨って日本円と違ってどれくらいの価値なんだろうか?
「角兎ホーンラビットの食器ありましたよね? あれってどれくらいで売ってるんですか?」
「あれは銀貨3枚で売らせてもらってるわよ?」
「お金は銀貨しか種類が無いんですか?」
「そんなわけないだろ。銅貨も金貨もあるよ」
だとすると? 3段階で趣向品のコップが銀貨3枚ってことは3000円と同等?
3000÷3で銀貨1枚が1000円となれば銅貨1枚が100円逆に金貨は10000円ってことか。
「質問ばかりしてすみません。次はフウとライの住むところですね」
「気にするな。それについてはもう考えた。住処の問題はこれで解決だ!」
そう言ったタフトさんはスコップを持ってきた。
あぁそれはこっちにもあるんですね……。
「おっちゃん……嘘だろ?」
「多分嘘ってのが嘘とか言うで」
「今日はすぐに寝られそうだな」
探索班は既に心身ともに疲労困憊である。もちろん俺も。
「母さん手伝ってくれるか?」
え? 奥さんにも掘らせるの?
「ソリューション!」
ん? ITでよく聞くあれのことか?
俺の予想は綺麗に外れ、プールと同じくらいの水が奥さんの頭上に現れた。
なんだあれ!? さっきまであんなのなかったぞ。
俺が困惑していると奥さんがその物体を地面に打ちつける。
多分だけど土を水で柔らかくして掘りやすくしたってことかな?
そしたらもう魔法で掘っちゃってくれ! とも思ったけど、せっかくの家を魔法で雑に作られたらきっと嫌な気分になるだろう。
俺がそう決意を変え、すぐに作業に取り掛かる。するとみんなも続々と作業に加わってくれた。
自分から進んで土を触ったのなんていつ振りだろう。小学校の時にアサガオを育てた時だっけ?
あの頃は柴乃もおしとやかで良かったのになぁ。……おしとやかだったよね? そうであったに違いない。
余計なことを考えながら土を掘っているとあることに気がついた。
この世界の人と違う場所から来た俺とでは作業のスピードが違ったのだ。
みんなショベルカーのような効率で掘り進めている。ちょっとショベルカーは言いすぎかもしれないが思わず俺は自分の目を疑った。
10分くらい経っただろうか。通常より大きな地下シェルターができあがった。この大きさなら問題はないはずだ。
しかしまだ地面や壁はゴツゴツで土であるため補強も必要である。
俺たちは表面を削って凹凸を無くす作業に取り掛かった。
なんだか大昔の人の生活を体験しているみたいで俺は楽しく作業をしていた。泥だらけだから後で風呂に入らないといけないね。
「母さんもう一発頼むよ」
「はいは〜い。みんなちょっと離れてね。ソリューション!」
シェルター全体が水に濡れ泥のシェルターと化した。と思いきや
「ブリーズ!」
また何かが起こるらしい。見ているとシェルター内で突風が発生し泥を少し乾かすことで型崩れしないようにしたようだ。
さっきから思ってたけど随分と威力の強い魔法使うんだな。というか使えるんだな。
俺の思っている以上にすごい人なのかもしれない。
「ブレイズ!」
工程からすると完成ですかね? 泥を完全に焼き固めコンクリートさながらのシェルターとなった。
俺がまだ届かない格の違いを見せつけられた気分だ。しかも華奢な女性に……。くっ、悔しい!
「もういいわよ」
奥さんの声で意識を切り替える。
タフトさんがディグリーズキューブを設置、サガが飲水を、アイラが食べ物を用意し、バモスさんがフウとライを案内した。バモスさんは終始ビクビクしてたけど問題はなかったようだ。
地下シェルターは瞬く間にフウとライの小屋と化した。
某匠率いるテレビ番組並の大改造だろう。
フウとライも気にいってくれたようで楽しげに見える。
「こんなところだな。なにか不具合があればその都度改良しよう。言っていなかったが、魔物を従えるわけだから明日の図書館帰りに村長に挨拶してくるといい」
影薄いから忘れてたけどそういえば村長がいるって何度か聞いたね。忘れてたけど。それ以上に考えることがありすぎたからしょうがないってことにしておこう。
「ウチお風呂入りたいねんけど……。サガ沸かしてきて」
「は? なんで私がそんな面倒な事をしなくてはいけないんですか? 沸いてるのはアナタの頭ですよ。ま、残念な頭をしているようなので仕方ないんですかね」
「ウチは大人だからそんな戯言は聞きませーん」
「はいそこまで、ここは俺ちゃんに免じて喧嘩はやめようぜ〜? おっちゃんの拳が飛んできても知らないぞ?」
サガは不服そうな表情だったがアイラは明らかに怯えた表情を見せる。怒ったタフトさんはかなり怖いのかな? 俺はいい子でいよう。
「ははは……。あの〜村長さんってどんな人なんですか?」
「ん? あー、ツールってやつだよ。ツルツル頭のツール。会えばわかるさ」
かなりぞんざいな扱いを受けているようだ。愛されてると見るべきなのかもしれない。
それにしても今日は疲れたな。明日は筋肉で動けないかもしれないけど達成感が勝るだろう。
未だに睨み合うサガとアイラを見ながら俺はそう思ったのだった。
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