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触らぬ神に祟りなし

「そういえばサガはいつからタフトさんたちとパーティ組んでるんだ?」


 夕飯を頬張りながら俺はサガにそう声をかけた。

 先程の話ではサガは1人で旅をしているはずだ。

 何かあって加入したのかな?


「そういえば話していませんでしたね」

「敬語になってますよ!」


 また逆戻りしてるじゃないか。そう非難の意味を込めてサガを睨む。

 こいつ……でも、仕方ないか習慣だったんだもんな。俺がSONに則って注意をしてやらないと。

 ちょっと話はずれるけど、こっちを睨むその表情さえもイケメンなのが腹立つ。

 なにか、なにかこいつに弱みは無いものか。例えば猫のような可愛い動物に赤ちゃん言葉を使っている、そんなシーンが見たい。弱みを握ってしまえば……とブサイクな発想をしてまった。

 俺が色々考えているとサガが再び口を開いたので意識を戻す。


「チッ。えっと、オレがタフトさんたちとパーティを組んだのは確か……3年前だったよな?」

「今何したんだ! 舌打ちしたのか!? するな!」


 俺の耳は舌打ちを聞き逃すような耳ではないのである。


「せや! あんときはサガのおかげで助かってん」

「オレはタフトさんとアイラに会う前にバモスとは会ったことがあったんだ。倒れてたところを助けてもらってな」

「やっぱり俺ちゃんにはさん付けしてくれないのね」


 そう嘆くバモスさんを無視してサガは話を続けた。


「まあ昔会った知り合いがいたもんだからオレは声をかけようと近づいていったわけさ」


-・ --- -・ ・- -- ・


 時は遡り約3年前。

 暖かい日差しの中、たまたま立ち寄った村でサガは見知った金髪(バモス)を見つけた。

 特段用事があったわけではないのだが、女性と言い合いになっていたバモスがこちらに気が付いたために、見捨てるわけにもいかなくなった。ついでに過去に救われた借りを返そう。そう考え女性とバモスの間に入る。

 突然割り込んだサガに女性は一度は非難の声を上げかけるがサガの容姿を見て怒りを鎮める。


「これはこれは麗しいお嬢さん。こちらの男は私の身内なのですが何か粗相がありましたか?」

「サガ違うんだよ! 久しぶりなときに申し訳ないけど悪いのは俺ちゃんじゃないんだって!」


 まるで自分は悪くないというような口ぶりのバモスに一言だけキレる。


「いいから黙っててください!」


 そして女性に話を聞いてみることにした。

 その女性曰く


・バモスが女性に対してしつこく付き纏い、強引にデートを繰り返した。自分を心配して来た彼氏を殴られた。彼氏はそのまま武器を取りに行った。


 対するバモスは


・相手は居ないと言われた。終始楽しそうだった。いきなり男が現れて襲ってきたので正当防衛をした。


 つい先日宿にいた男から聞いた手口と同じじゃないか。

 ここまで聞いて思いだしたことでサガはキレてしまったことを心のなかで詫びる。


「恐らくですがあなたは悪くありません。」

「だよな? だよな? でもどうして俺ちゃんを信じてくれたの?」

「調子に乗らないでください。巷で同じ手口の犯行が増えているんですよ。最近宿で一緒に食事をした男性も同じようなことを言ってましたし。全部が全部この人が関わっているかは定かではありませんが、被害者は多いでしょう」


 そこまで言うと女性はサガのことを鬼のような形相で睨んだ。

 この時点でほぼほぼ確定したと言っていいだろう。

 女性とサガの顔を交互に見てバモスは言った。


「え? 俺ちゃん騙されてたってこと?」

「どうせカッコつけてたんでしょう? それならあなたもあまり変わりませんよ。それよりお金などは奪われていませんか?」

「あったりまえだろ! 俺ちゃんこれでも強い方だしな」


 実際普段が頼りにならないだけでバモスのステータスは一般的な冒険者よりも高く、弓矢を扱う技術には眼を見張るものがある。飛行中のハエの眉間にもぶちこめると本人は語っていた。

 実際ハエに当てたところは見たことないが飛行中の虫に当てたことは見たことあるのであながち嘘を言ってるわけでもないのだろう。


「悪人がアナタだったら思いっきり殴っているところですが、仕方ないですね。この女性を警備の方に受け渡してしまいましょう」


 大人しくついてきてくれることを願うサガだったがそう簡単に事が進んだら苦労はしないのだ。

 女性はいつの間にか集まっていた人混みの中へ走って姿をくらませた。周囲の人間も一連の流れが気になっていたのだろう。

 ここのままだと逃げられてしまう! そう思ったバモスは焦って追う、最悪の場合は自身の弓で足を射抜く事を考えた。

 しかしバモスが行動を起こすより早くサガは先手を打っていた。焦ることなく涼しい表情で腕を振り上げる。

 すると人混みがざわめく。どうやら女性が遠方で派手に転んだようだ。


「やれやれ。往生際が悪いですよ」


 サガは女性が逃亡することを考え、女性の足に氷で作った糸を巻き付けていたのだ。

 その鮮やかな手際にバモスは称賛の目を向ける。


「騒ぎを聞いて来てみればなんですかこれは!? 暴行ですか? 取り押さえたんですか?」


 どうやら騒ぎを聞きつけた騎士団が到着したらしい。

 これ以上面倒事に首を突っ込みたくなかったサガはここでバモスに丸投げすることにした。


「また面倒なことになりそうですね。もともとあなたの甘さが招いた事件です。私が関わるのはここまで。借りは返しましたからね。」

「お取り込み中のところ申し訳ないのですが、重要参考人として御同行願います。」

「は?」


 バモスは遠慮もせず、指を指しサガを笑い飛ばした。


「カッコつかねぇなぁ! そこんとこは大人ぶっててもまだまだ子供ってことか? 可愛いところもあるじゃんんか」

「チッ。面倒事は嫌いなんだが……」

「まーまー元気出せって! お礼に後で酒……はまだ早いか。 飯でもどうだ?」

「そうですね。一人では可哀想ですし、あなたのおごりなら行ってあげましょうかね」


 久々の再開なこともあってか意外にも道中、2人の会話は弾んだ。


-・ --- -・ ・- -- ・




 女性が錯乱して半分以上自白したらしい。その事もあってか2人の事情聴取は簡単に終わった。

 バモスが疑われる事態にならなかったことに安堵する。

 そして歩きながら見つけた出店で焼き魚を買い、街を一望できる丘の上まで移動した。

 購入した焼き魚は魚を焼き、塩をまぶしただけの実に簡単な料理であった。

 バモスのことだから高い料理を食べるのかと思っていたサガは少しだけ驚いた。バモスが言うには、嫌なことがあった時は凝った料理より素朴な料理の方が良いらしい。


「焼いて塩をまぶしただけの魚を料理と呼べるのですか?」

「んなこと言うなって。食ってみりゃわかるさ、思ってるより美味いから」


 礼儀正しそうな見た目に反し、サガは大きな口でかぶりつく。

 

「驚きましたね、人が作ったご飯とはこんなに美味しいものなのですか」

「ガラにもないこと言ってどうしたんだ。あの時から思ってたけどお前もしかして独り身なのか? 親の飯とか食ったことないの?」


 過去に助けられたとはいえサガはまだ完全には信用できていないのか、ところどころを伏せて事情を話した。


「なるほどなぁ。それは痛ましいな、しかもその年齢でか。うーん」

「何を悩むことがあるんですか?」


 こういうところで人の感情を読むことは苦手らしい。

 バモスが細かいことを気にするタイプだったら怒られていた可能性もあるだろう。

 幸い、バモスは細かいことは気にしない性格だった。


「よし決めた! お前俺のパーティに来ないか?」

「何ですか藪から棒に」

「まぁ俺ちゃんがリーダーではないんだけどさ、血が繋がってないのに家族みたいに接してくれる人たちでよ? そんな環境ならきっとお前ももっと元気になると思ってな〜」

「ありがたい提案ですが、断らせていただきます」


 サガは判断力が人一倍早いようですぐに答えてしまう癖があるようだ。


「そっかぁ〜強いし、俺ちゃんの弟って言えば俺ちゃんの評価爆上がりすると思ったのになぁ」

「そんなこったろうと思いましたよ」

「じゃあこうしよう。次に俺ちゃんが困ってる時にサガが助けるようなことがあったら、もうメンバーってことでいいよな?」


 そこまでして仲間になってほしいのか……。

 そうは思ったもののバモスが出した条件はかなり厳しいものだと思えた。

 仮に会ったとしてもそれは数年後の約束を忘れた頃だろう。


「しょうがないですね。それに確率的にも低いでしょうしその時はみなさんへの紹介を頼みますよ」


 心にもないことを……。自虐しながらそう答えた。

 それに対し笑顔でバモスは返事をする。


「任せとけって! それじゃあ自由時間終わるし戻るわ俺ちゃん」

「スケジュールを決めているのですか? 意外と几帳面なところもあるんですね」

「あぁいや、例のパーティでこの街に来たんだけどな? 嬢ちゃんの買い物が長くてさぁ、リーダーに好きに見てきていいぞって時間をもらったんだよね〜」

「そうでしたか。ではお気をつけて。あ、ご馳走様でした。」

「おう、じゃあまたな!」

 『またな』サガがその言葉を実際に耳にしたのは初めてのことだった。

 みんな『さようなら』と別れていくのに、もう一度会おうと言わんばかりのその言葉にサガは心が少し暖かくなったようが気がした。


「さて、足りない道具でも揃えるとするか」


 そう呟くとサガは街まで降りると買い物を始めるのだった。


-・ --- -・ ・- -- ・



「あ、おっちゃん流石にもう終わった〜?」


 バモスが集合場所に戻った時、既に親子2人も集まっていた。

 見た感じ買い物は既に終わっているようだ。


「おおバモス時間通りじゃないか。それより何か楽しそうだな? いいことでもあったのか」

「まぁまぁそのうちわかるから。俺ちゃんのカンはよく当たるんだよ。」

「そろそろ帰るか日も傾いてきてるしな」

「いやぁ〜欲しいもん全部買えたわ。 バモスも待たせてもうてごめんな? あとおとん、ありがとう♡」

「ハッハッハ! 大事な娘に頼まれちゃあ断れねぇよ。 また来ような?」

「うん!」

「策士だなぁ……」


 最近は慣れたもののタフトの親バカには驚かされる。よく冒険者になることを許可したな、そう思わざるを得ない。

 バモスはそこまで考えて若干置いて行かれつつあることに気がついた。

 慌てて2人を追いかける。


「ちょっと! 俺ちゃんを置いていかないでくださ……!」


 バモスは最後まで言い切ることができなかった。

 突然4人の屈強な男が現れそのうち1人がバモスの口元を塞いだからだ。

 バモスの声が突然途切れたことを不思議に思ったアイラとタフトがバモスの方を見て驚愕する。

 その男たちが指名手配を受けていた盗賊だったからである。


「動くな! この男の仲間だな? 命が惜しければ荷物ともども俺たちについてきてもらおうか」


 アイラとタフトの実力なら盗賊を倒し、あまつさえ懸賞金をいただくことができるだろう。

 人質を取られていなければ、の話ではあるが。

 たらればを語ったところでこの状況は変わらない。

 何かチャンスがあることに賭けて2人は大人しくついていくことにしたのだった。



-・ --- -・ ・- -- ・


 場面変わってこちらはサガ。タフト一行が盗賊に襲われる少し前のことだ。

 バモスと別れたサガは街に降りて買い物をしつつ散策していたのだが、突然背の高い男に絡まれた。


「おい! 俺の女を牢屋にぶち込んだ男ってのはお前だな?」


 何だこの男は。こんなに背の高い男は知り合いにはいなかったと思うんだが……。

 少し記憶を探りつつ相手の身長を目測で測る。

 ちなみにこの時のサガの身長は167cm。現代日本では低い方ではない身長だがこの男は軽く見積もって210cmはあるように見えた。

 牢屋という発言があったことからこの男は先程の女性の関係者。つまり武器を取りに行った彼氏ということだろう。

 何回も言うがサガは面倒事が嫌いである。さっさと逃げることを選択した。

 ところが残念なことに男は足が速かった。背の大きさから1歩がサガより圧倒的に大きかったからだ。


「どこに逃げようってんだ兄ちゃん。俺は兄ちゃんにお礼しにきただけだぜ?」


 後半の言葉だけを見れば、優しい年上のお兄さんが子供にプレゼントを渡すような、そんな微笑ましい光景を思い浮かべることができそうなのだが、残念ながら男の声は低く殺気立ったものだった。

 よく見ると男の装備はなかなか高性能で金に糸目をつけず購入していることが伺えた。

 女と組み、詐欺のようなことをすることで強引に金を儲けていたのだろう。

 早く残りの買い物を済ませたいサガは逃亡を諦めて交渉することにした。


「それで? あなたは私に何を求めているんです?」


 この物言いがまずかった。男の逆鱗に触れてしまったのだ。

 サガは下手に出ることや相手の機嫌を伺うという能力に長けていなかったのだ。急いでいなければもう少し丁寧な対応ができたのかもしれないが。

 これでは相手が怒るのも当然のことと言えよう。


「死に晒せ!」


 そう叫びながら腰につけた剣を構え男は突進した。

 装備は豪華だったが男のこの攻撃はあまりにもお粗末。これならイノシシの方が鋭い突進ができるだろう。

 軽く避けたサガは全力で男の横腹に蹴りを叩き込んだ。


「ぐえ!」


 潰れたカエルのような声を出して男は軽く宙を舞った。

 おそらくだが男にとって初めての出来事だっただろう。

 齢15の少年に蹴り飛ばされる経験はそうそう起こり得ない。 

 そのまま壁にぶつかり一瞬気を失いかけた男だったがギリギリのところで持ちこたえたようで、サガに憎しみのこもった視線を向けた。


「このクソガキが! そんなに殺されたいなら望み通り殺してやるよ」


 そこまで言われたことでサガもようやく真面目に戦うことにした。

 と言うよりキレた。

 普段は冷静な振る舞いをしようとしているのだがどちらかと言うと短気な性格なのである。


「やってみやがれクソダボが」


 サガの煽りに乗ってしまった男はおもむろにハンマーを取り出した。どうやら剣は本命の武器ではないらしい。

 最初の突進はお粗末な攻撃だと思ったが扱いの難しい武器を所持しているということは、そこそこできる相手のようだ。

 とは言っても、力さえあれば使えてしまう武器なので力任せに攻撃してくる他ないだろう。

 大ぶりな動作でハンマーを振るう相手に対して自身の余裕を見せつけることと、相手の冷静さを失わせることを目的に会話をする。


「お前やっぱり頭悪いだろ?」

「っ貴様ァ! 言わせておけば」

「いやだってさ? 会話してて理性のカケラも感じないし、武器にもその人の特徴が出るんだぜ? お前のそのハンマーだと範囲が広いから殴ってればな〜んにも考えてなくてもいずれは当たる。つまりは大雑把な性格ってところかな。どこか間違ってたか? ん?」


 サガは眉をひそめ目をつぶり、両手の手のひらを天に向けるという最っ高にムカつく仕草をしてみせた。

 そう、やれやれのポーズだ。


「殺す……絶対に殺す……」


 男はサガの目論見通り順調に正気を失ってきた。

 もうサガのことしか見えていないだろう。


「お前に使うのも癪だけど、上からの態度が腹立つから遠慮しないぞ?」


 一気にケリを付けるためにサガは自身の能力を解放する。


雪誑使(ルティカ・ザッパーダ)!」


 解放されたエネルギーは技となって現れた。

 サガの声と共にサガの2倍ほど大きいであろう雪像が君臨する。余談だがサガはその雪像を雪像(スノーマン)と名付けていた。

 サガは身軽にその肩へと飛び乗り、男を見下した。

 巨人が突然現れたことで男の怒りは多少恐れに変化したようだ。


「お、お前何だよそれ!」

雪誑使(ルティカ・ザッパーダ)って言っただろうが。 頭だけじゃなく耳まで悪いのか? かわいそうに」

「いや煽られても反応できねぇから! てか聞きたいのはそういうことじゃねえよ! ちょ! もういい! 今度会ったら覚えてやがれ!」


 そう言って逃げる体勢を取る男に対してサガはあまりに冷酷だった。


「オレに覚えてやがれだと? 二度と忘れられなくしてやんよ」


 言葉だけ聞けば口説いているように思えるがその内容は実に恐ろしいものだった。

 雪像(スノーマン)が男を掴んだかと思うと手に持っていたハンマーを取り上げ、音を立ててムシャムシャと食べてしまう。

 拘束された挙句自慢の武器を壊された男の面子は丸潰れだ。

 しかしこれだけで終わるほどサガは優しい人柄をしていなかった。


「もう勘弁してくれって! その武器だってすっげぇ高かったし俺もこの状態から抵抗しようとは思わねぇ!」

「そうだなぁ。それなら私は大馬鹿者ですって3回言ってもらおうかな」

「わかった! 私は大馬鹿者です! 私は大馬鹿者です! 私は大馬鹿者です! どうだ!?」

「フッ。これで許してもらえるなんて、その気になっていたお前の姿はお笑いだったぜ!」


サガは雪像(スノーマン)に男を地面に寝かせるように指示したかと思うと、男の顔面を踏みつけさせた。


「ぐえ!」


 男は再び潰れたカエルのような声を漏らした。

 もう一度言おう。男の面子は丸潰れだ。


「そのうち人が通りかかって運んでくれるだろう。ま、すぐ独房行きだろうけどな」


 サガは能力を解除すると自分で男の顔面に足を振り下ろした。ここだけ見たらどっちが悪かわからなくなる光景である。

 男が気を失っていること確認したことで満足したサガは両手に直接血がついていないことを確認し、服についた赤いインクを拭うのであった。


「さて、急いで買い物済ませないと日が暮れちまうな。あーあ、こいつのせいで宿取れなかったらどうすんだよ」


 そこまで独り言を言って再び男にムカついたサガは最後に一発だけ蹴りを入れてから歩き出した。

 

-・ --- -・ ・- -- ・




「チッ。どこも満室かよクソが」


 それからしばらくし、サガは森の奥の方へと進んでいた。

 日は完全に暮れてしまい夜の闇が街を覆っている。

 買いたかったものは全て揃えることができたのだが、男と争っていた時間があったせいで宿屋に宿泊することができなくなってしまったのだ。

 仕方がないため木の上でサガは一晩を過ごすことにする。

 路上で眠るよりはマシ、という思考なのだろう。

 面倒なことがあったために1人で落ち着きたくなったサガは氷による熱探知をすることにした。

 正八角形の大型の結晶とそれぞれの方角に小型の結晶を作り出し、熱反応があった方角の結晶が溶ける力だ。

 街の近くにあった森の中を歩き、歩いたサガは探知を開始した。

 これなら面倒事を避け植物の心のような平穏な夜を過ごすことができる……。

 そう考えていたサガの目論見は外れることになった。

 左上の結晶がかなり解けたので北西にそれなりの人数が集まっていることがわかったのだ。

 

「こんな時間に森で人が集まってる? 迷子か?」


 この時、サガは怪しい集団である可能性を全く考えなかった。深く考えることができなかったのである。できないほど疲れていたとも言える。

 自分が幼い頃に失った友人を思い出し、いるかどうかもわからない子供を家に送り届けることにしたサガ。

 この時、サガは既にそれなりの距離を進んでいることを忘れていた。忘れるほど疲れていたとも言える。

 

「子供だったら助けてやるか」


 再び独り言を呟くとサガは結晶の指し示す方向に歩き出した。

 そこは意外に近い位置だった。

 木の陰からその方向を除くと民間人に危害を与えている盗賊を発見する。

 普段なら注意する程度で良いんだろうが、その盗賊は幼き頃から訓練を受けていたサガから見ても強く、人質まで取っていた。

 ここでサガは助けに行くか少し悩んだ。しつこいくらい言うがサガは面倒事が嫌いなのだ。

 とはいえここで人を見捨てるという選択肢を取ることもサガの良心が痛むことだった。

 とりあえずサガは様子を見ることにした。


「あ〜あ、なんで俺ちゃん達がこんな目に遭わなきゃいけないんでしょうね? しかもこの縄、鉄混ざってるっぽくて全然切れないんですけど」

「今すぐ助けるからな! 父さんを信じて少しだけ待ってろ!」

「別にそこまで怖くはないんやけど、あんたらウチに何かしたら痛い目見るで?」

「カシラ! このアマなかなか上玉でっせ! 売りつける前に味見してもいいっすか?」

「馬鹿野郎! 値段が下がるだろうが!」

「すいやせん!」

「いいか。人質っつーのは大切に扱うもんなんだよ! まあ、この男2人は身ぐるみ剥いだらここに放置で問題ないかもなあ。肉食の動物さんがきれいに処理してくれるだろうよ」


 人質はタフト御一行だった。

 どうやら盗賊たちはこの森を拠点にしているようだ。奥の方に木造の建物も見えた。

 堂々と佇んでいるため、罠などがびっしり用意されているのだろうか。

盗賊が年頃の娘を捕まえてすることは到底口にできないようなことなのは想像に難くない。

 そんな場面をタフトが見たらきっと耐えられず舌を噛み切ってしまうだろう。

 口では命が惜しければ〜と言っていたがそもそも助けるつもりもないようだ。

 人質の中に知り合い(バモス)を見つけたサガは頭を抱えた。

 また会っちまった! なんであの(バモス)はあんなに勘がいいんだ! そういった思考が頭をぐるぐると回る。

 そして彼らを捕らえている盗賊は街で指名手配されていた。生死問わず、と書いてあったはずだ。

 一瞬見捨てることを考えたサガだったがどうやらバモスがこちらに気づいているらしくチラチラとこちらを見ている。その視線に耐えきれなくなったサガはため息をつくと木の陰から姿を現して彼らを助けることにした。 

 人手が欲しいと思ったサガはまた技を行使するのだった。


雪誑使(ドル・ボワ)


 小さく3回呟くとどこからともなくサガより2回りほど小さい雪像(スノーマン)が3体現れた。

 木陰から出るとバモスが声をドヤ顔で声をかけてきた。


「ほらな? また会っただろ?」

「なんてザマなんですか」


 アイラとタフトはもちろん初対面なのでぽかんとしている。

 バレないようそっと雪像(スノーマン)に指示を出し、リーダー以外の取り巻きの元へと向かわせる。


「なんだてめえは!」

「通りすがりの一般人ってところですかね」

「こんなところに一般人が通りすがるか!」


 あまりにも突然のことだったので盗賊たちも驚きを隠せない。

 彼ら自身も言っているがこんな時間に森の奥深くに人がいることは一般的ではないだろう。


「のんきなこと言ってないで助けてくれよ!」

「まさかあなたがこんな奴らに捕まるなんて……。一生の不覚ですね」

「その一生が終わろうとしてるんだよ! 助けろ!」

「はいはい。わかりましたよ」


 そう言ってサガは3人を縛っている縄を切り裂くために近づこうとする。

 がしかし盗賊たちがそれを見逃すわけもなく、その行く手を阻んだ。


「そういうわけにはいかねえなあ!」

「俺らの大事な大事な商売道具だからよお!」

「よく見れば兄ちゃんもいい顔してんじゃねーか! 奴隷として売り飛ばしてやろうか?」


 サガは自分の容姿に興味がなかった。

 何言ってんだこいつと思ったものの奴隷になるというのはいただけない。

 サガは再び戦う意識を固める。疲れているということはもう既に忘却の彼方へと消えているのだった。

 ここでサガはようやく移動させた雪像(スノーマン)が取り巻きの背後を取った事に気がついた。

 左の手に氷の鉤爪を生成したサガは右手を構える。

 

 ーーパチンッ


 なにか高い音が響いたかと思うと1人の首からおびただしい量の血が噴水の如く吹き出した。

 タフトとアイラの2人がサガのいた方に目をやるとそこにあったのはサガの形をした雪の塊だった。

 サガは既に雪像(スノーマン)と入れ替わり首を掻っ切っていたのだ。

 命の消えた男がその場に倒れる。

 他の3人は仲間だった物体を見て恐怖の感情を覚えた。そして周囲を注意深く見回す。


「一体何が……」


 残る3人の中の誰かがそう呟いた。

 彼らの脳では現状を理解することが難しかったのだ。

 そんな中、流石というべきかリーダーの男の判断は早かった。


「散開!」


 固まったまま行動し皆殺しにされてしまう事態を避けようとしたようだ。

 確かにそれは間違った判断ではなかったが、サガは何枚も上手だった。

 既にサガには誰一人生かして帰すつもりなどなかった。


「ばーか。とろいんだよ」


 指示通り距離を取った1人にはそう聞こえた気がした。

 しかし脳がその言葉を認識する前に激痛によって彼の意識は途切れる。

 男の舌らしき物が宙を舞い地面に落ちた。

 2度目の仲間の死を目の当たりにしたことで半ばヤケクソになっていた下っ端の男は、リーダーの静止も聞かず切りかかる。

 手に構えるは人を殺すのに十分な刃渡りの短剣。


「うわあああ! よくも俺の仲間を!」

「おい! 止せ!」


 窮鼠猫を噛むという言葉があるように、男の行動は決して間違いではなかった。

 相手が相手なら逆転の一手になっていたのかもしれない。

 ただ、相手が悪すぎた。


「膝が震えちまってるぜ? 本気で当てに来いよ」

「舐めやがって……! 消えろクソガキ!」

「やめろ! お前の敵う相手じゃない!」


 リーダーの男の静止はもう届かない。

 再び切りかかる男の攻撃をしばらく氷の鉤爪でいなしていたサガは、相手の疲労を見て反撃に出た。

 振り下ろされた鉤爪は防ごうと構えた短剣をいともたやすく弾き、その結果男は6枚におろされることになった。


「これで残りはお前だけだな」


 死屍累々の中、既にリーダーの男の心は折れていた。

 

「なぜお前はここまでした?」

「知らないのか? お前らは指名手配されてるんだぜ? 『生死問わず』って意味わかるか?」

「そんなもんは百も承知さ。この稼業をやる時に覚悟はできている」


「だったら文句言ってんじゃねえよ、ツケが回ってきただけだ」

「お前実は楽しんでたろ? ただ殺すだけなら同じ方法でやるのが一番効率的だ。イカれてやがんな……」 


 男はここまで言うことでサガを挑発した。

 『またあいつらに会いたい』という仲間意識が男の寿命を縮めることになった。

 その意図を知ってか知らずか挑発に乗ったサガは親指を除いた指の鉤爪を外し、それで男の背後の木に四肢を張り付ける。

 サガは知らないことだが、偶然にもそれはキリストを思わせる格好となった。

 最後の一本をトドメに男の心臓部へくれてやると、サガはそっと氷で作ったマーガレットの花を手向けた。

 この行動に少し優しさが垣間見えたようであった。

 少しの間、場は静寂に包まれていた。

 暗い空気を払拭しようと無理矢理バモスが話し始める


「い、いやぁ、やっぱり俺ちゃんの目に狂いは無かったな」


 バモスの『ほら! しゃべってよ!』と言わんばかりのジェスチャーに後押しされアイラとタフトも話し始める。


「あぁ。なんだ知り合いなのか? 顔立ちといい格好といい、お前とはなんの接点もなさそうだが」

「おっちゃんおっちゃん、それは流石にひどくない?」

「バモスとは所謂腐れ縁ってやつなんですよ」

「ほんまに助かったぁ! ありがと」

「いえいえ。とんだ災難でしたね」


 片手間にサガは手刀で3人の縄をあっさりと切ってしまった。


「えぇ……。この縄ものごっつ硬かったのに」

「おっちゃん、アイラこちらサガ。サガ、こちらタフトさんとその娘のアイラ」

「いきなりどうしたんだ? 礼も言わずに紹介なんか始めて」

「実はさっきの自由時間の時に久々に再開してさ。その時にサガと話したんだけど、サガにこのパーティに入ってもらいたいんだ! 強さは見てのとおりだし諸事情で頼れる身元もないんだよ」


 バモスは深々と頭を下げ、サガをパーティに入れることを2人に志願した。

 バモス自身誰かのために頭を下げ、頼み事をすることなど初めての経験であった。

 再び沈黙が続いたがタフトが口を開く。


「プライドの高いお前がそこまで言うとはな。良いだろう。その代わりサガと言ったな? お前さんに約束して欲しいことがある」


 タフトの重々しい雰囲気にサガは盗賊と戦った時より緊張する。


「必ず守ると誓いましょう」


 バモスとアイラはタフトの次の言葉が発せられるのを固唾を飲んで見守った。

 いくら寛容なタフトと言えど、会ったばかりの青年をパーティに加入させる事になるため何を言い出すのか2人にすら見当が付かなかったからだ。


「他人だからって気を使い過ぎることのないように! 以上!」

「「「え?」」」


 まさかの言葉に3人は拍子抜けしてしまっていた。約束と言うと制約のようなものをイメージしていたためである。

 バモスとアイラは自分たちの想像が杞憂だったことに安心する。


「どうしたんだ3人とも。もう日も暮れているぞ、それともここで野宿でもするのか?」

「ちょっと! 俺ちゃんを置いていかないでくださ……ん? なんかデジャヴじゃない?」

「ちょおとん! 荷物持ってってーな」

「これはこれは。退屈する暇が無さそうですね」


 この後彼らが宿を取ることができずに森で野宿することになるのは別の話である。



---・ ・・- -・・-


「だいたいこんな感じだな」


 最後にタフトさんがそう締めくくって話は終わった。


「え? サガってそんな猟奇的なやつだったんですか?」


 思わずそう呟いてサガの方を見やる。

 俺の視線を見透かしたようにサガが言う。


「認めたくないものですね。若さ故の過ちというものは」

「おい! また敬語!」

「あー! いちちうるせえなあお前はよ! 口答えしてると明日の特訓に付き合わないからな!」

「えぇ……」


 なんと綺麗な逆ギレなのでしょうか。もういっそ清々しいですね。

 とはいえ特訓してもらえないことは非常に困るので俺は必死に謝ったのであった。


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