基本のk
前作含め、今まで書いた話の中で最長となりました。
誤字を確認する余裕は僕たちには無いので誤字報告お願いします。
「頭が少しできるようやったらやっぱり、言葉じゃなくて身のこなしを実戦で覚えるべきや。
今のソウマに練習が必要なことを3つ説明していくで? 1.度胸 2.武器慣れ 3.組手」
サガを気絶させたアイラは偉そうな態度を作りそう言い放った。
説明と言う割にはかなり簡潔だったな。わかりやすくてありがたいけども。
とりあえず名前を聞いた限りはまともそうで安心したが3つ目以外は想像も付かない...…。
武器慣れはそのままかもしれないけど、度胸だなんて一体どんな練習をするつもりなんだ? 肝試しとか?
まあ肝試しが文化としてあるかは知らないけどね。
「まず1つ目の練習に移るで! こっちついてきてな」
元気な声に連れられて別の部屋に移る。結構この家広いな。
「わかったけど、この部屋で一体何をしようってんだ?」
「よーしほんならさっき言った『度胸』を忘れんといてな? それっ!」
気合の入った声の刹那! 俺の頬すれすれをナイフが横切り、背後の壁に突き刺さった。
体が硬直しその速さに反応することができず悲鳴を上げることもできなかった。
「......こ」
「こ?」
「殺す気か!? アイラ!」
「いやいやこれが訓練なんやって。当たらないものには反応せずに体力の消費を抑え、ついでに目を慣れさせるそれがこの訓練での目的や」
言ってることは確かにごもっとも……。でも信じている仲間に殺されかけたら怒りもするでしょうよ。
そもそも日本という国で平和にのんびり過ごしてきた男子高校生が突然投げられたナイフを避ける事ができるだろうか、いや、できない。
ボールなら別だよ。蹴るなり取るなり避けるなりできるだろうさ。
「今度は体に命中させるさかい盾持って弾いてな? 最初の5投はサービスでカバー付けとくから。ほら、さっさと盾持ってきて。作ってたやろ?」
そう言われて、タフトさんと作成した盾を持ってくる。
この盾は大体小学生が使うランドセルと同じくらいの大きさだ。
この大きさだと圧倒的初心者な俺にナイフを防げるとは思えない。
「なんかこの大きさだと心許ないんですけど……」
「よかったやん! 良い練習になるで」
もしかしてこの人、人の話聞かないタイプだったりします?
いい練習も何もどんなことも最初は簡単なことから始めるだろ。つまりそういうことだよ。
「よし、じゃあ今から投げるけど今回ウチは何にも声かけんよ、自分の目だけを信じて防いでな」
俺の心の抗議は通用しなかったようだ。まあ当たり前だが。
こうなったら仕方ない。
俺だって男だ。いつまでもウジウジしていても仕方ない。
刻むぜ1ページ!
しかし俺がそう決意を固めた瞬間、音と共に鈍い痛みが走った。
アイラが容赦なくナイフを投げてきたために防ぐどころか避けることすらできなかったのだ。
そのため5本のカバー付きナイフは俺の両肘、両膝、おでこに命中する結果となってしまった。
その容赦の無さに思わず抗議する。
「ちょっと待て! 俺の皿は的じゃねえ! バンバン当てやがって……」
「見事に全部当たったなあ。ソウマは運動できるんからちょっとやればすぐできるようになると思うんやけど」
「ド素人がいきなりナイフ投げられて防げるわけ無いだろ……」
本当ならもう少し言いたいことはあるけど、あんまり反論してサガのように床とキスする羽目になりたくないから残りの言葉は飲み込む。
実際この世界で生き抜いていくためにはそのような事はできなくてはいけないのだろう。
このままじゃ明日の出発が思いやられる。
「これは防ぐより先に避けられるようにしたほうがええかもな。しょうがないからカバーつけたままで、投げる前には声で知らせるから目を慣らしていこうか」
だよねやっぱり段階踏むべきだよねそうだよね!
あーよかったこのまま続けられたら本気で心折れるところだった。
「ほな行くで、えい!」
一番最初や四肢にぶつけられた時、あの時は突然投げられたり合図がなかったというのもあって反応することすら難しかったが、事前にタイミングがわかっているのであれば話は別だ。
所属していたわけではないけど運動部の助っ人に呼ばれてたこともある。さっきアイラにも言われたがそれなりに運動神経には自信があるのだ。
少しかすってしまったが命に大きな危険はない程度にまで避けることができた。
まだ少し体が反応しきれていない。
よくよく考えてみると、この世界に来て4日目だがちゃんと運動したのは初日にバカでかいGから逃げたときくらい。3日ぶりで思うように体が動かない。
確か体育の授業で先生が言ってたな、「1日サボると取り戻すのに3日はかかる」だったっけ。ちゃんとやったことは無いけど、トレーニング? をしてみようかな。
そんな事を考えながら続けていくうちに少しずつ目が慣れていく。
なんとか避けるだけならギリギリできるようになってきた。
「ええ感じになってきたやん! じゃもうちょっと強く投げるで」
Q.少し前までギリギリだったのに突然早くなったらどうなる?
A.ぶつかる
ナイフは小気味よく俺にヒットした。
「ほらほら、それだと咄嗟の事態で何もできひんよ」
痛え……。サガが肉食獣と称したのも納得できる力だ。
これがカバー付きで本当に良かったと考えるのは今日何回目だろう。
野球部だったら動体視力でどうにかなったのかなあ。
それからしばらくアイラによるナイフ投げは続いた。
---・ ・・- -・・-
あれからかなりの時間がたった。
『人間死ぬ気になればなんでもできる』あれは本当のようだ。少々危なっかしいが、なんとか全て弾くことができた。近接戦闘になったらどこから何されるかもわからないんだけどね!
もう体がクタクタだよ。
アイラが少しだけ休憩をくれたので一休みしていると扉の方から声がかかる。
「おめでとうございます。この短時間で大きく成長したようですね」
声の主はサガだった。気絶していたはずだが……。
起きたのかな?
「あ、サガ起きたの? バモスさんは?」
「ええ、割と早くには。ずっと見ていましたよ。進行度が気になりますし、第一アイラは横暴なので少し心配で。バモスは私が起きたのを見てどこかに出かけていきましたよ」
「あぁん!? 誰が横暴だって!?」
サガの余計な一言で肉食獣は再び怒りに燃えた。一瞬で扉のところにいるサガに近づきその肩に手を置く。
ああ無情。再びサガは気を失うことになるだろう。俺にできるのは痛みなく気絶できることを祈るだけだ。
あれ、なんだか……急に寒くなってきた。風が吹いているわけではないから体感温度が下がることはないと思うんだが。異常気象か?
そう考えているとパチンといった音がして、さっきまで扉のとこにいたはずのサガが俺の横にいた。
ありのまま今起こったことを話したが何を言ってるのかわからない。
「ああ! それは卑怯やろ!」
「卑怯も糞もあるか! そう何度も何度も叩きつけられて我慢できるわけがねえだろうが!」
おや、サガが敬語じゃなくなってる。
サガは熱くなると敬語じゃなくなるのかもしれない。きっとこっちがサガの素なんだろう。
バモスさんに頼まれた『サガとお友達になろう大作戦』、略して『SON』の最初の目標はタメ口で話してもらうことにしようか。
サガが瞬間移動した事実には……今は触れないでおくか。
というよりこの現状がやばい。そんなことを今のサガに聞けるほどの勇気は俺にはない。このままじゃこないだの模擬戦とは比にならないレベルの戦いが始まってしまいそうだ。
俺を間に挟むのをやめてくれよまじで。この悪寒はさっきの寒気か二人の殺気による圧力か。どちらにしても非常に嫌な気分である。凍りつく背筋とはこういう事を言うのだろう。これには猫も光りだす。
さてここまで必死に現実逃避をしてきたわけだけども状況は一向に良くならない。なるはずもないが。
さっきまでは睨み合ってただけなのに今ではサガは拳を構えだしてるしアイラもどこからか大剣を取り出している。いつも思うんだけど、どこから出してるんだろう……なんて考えてる場合じゃないんだって!
突然だがここで問題だ。この状況をどうやって解決するかな。
1、天才的な俺に突如解決のアイディアが浮かぶ
2、助けが来てくれる
3、現実は非情である
俺としては1に期待したいところだがほぼ無理だ。なにせさっきまで現実逃避に時間を費やしてたんだから。
それでは2はどうか。朝起きた時点でタフトさんと奥さんはいなかった。バモスさんはさっきでかけたってサガが言ってた。
おいおいおいこのままじゃ3じゃねえか! 俺の冒険が始まる前に終わっちまう!
しかし解決策は何もない。詰みか……。
「はぁ……」
思わず口からため息が溢れる。
狙ったわけではないがこれが逆転の一手となった。
それを聞きつけたらしいアイラがしぶしぶといった感じでどこかに剣をしまったのだ。
「本当は2つ目の訓練に行くつもりやったけど、どうやらソウマが精神的にキツそうやから午前中はここまでにしといたる。無駄に争って体力使いたくないし」
これ幸いと俺は全力で乗っかることにした。あの空気感には触れることなく発言する。
「1つ目でこれかよ...…これホントに特訓? もうこれがなにかの試練だろ」
これでどうだ。アイラに意見を言いつつ、さっきの2人の争いには何一つ触れない高等テク。そうでもないって言ったやつは来世でイナゴになります。
「まあまあそう言わんといて。いい時間だしお昼にしよか」
そんな俺たちを交互に見るとサガも拳を収めた。
争いが起きなくて一安心だ。
こんなにもお昼ごはんが嬉しいと思ったことはないね。
食卓に並んだのは柔らかいパンとなんかソースのかかったお肉。そしてサラダ。彩り鮮やかで食欲を誘う。
どうやらサガの手料理らしい。サガはなかなか多才だな。羨ましいぞコノヤロー。
そのまま温かいお昼ごはんを楽しむ。美味ぇ。
---・ ・・- -・・-
「ほれ、起きい」
ふと気がつくと目の前にピンク色の髪をした美少女がいた。
どうやらお昼を食べたあとにぐっすり眠ってしまったらしい。
お昼ごはん後の記憶が曖昧だ。いつ頃から寝てしまったんだろう。
とりあえず今の時間を聞くことにした。
「今……何時?」
俺の寝ぼけた表情を見たからか、アイラは呆れたような表情を見せた。
そして一気にまくし立てる。
「何時? やあらへん! いつまでグースカ寝てるつもりなん! ご自慢の記憶力も寝ぼけてるんとちゃいますの? ほら、次なんの訓練だったか言うてみい。」
その迫力に、一瞬で俺の眠気は吹っ飛んだ。
急いで記憶を掘り起こして答える。
「えーっと確か、武器に慣れることだよな」
「そう! 手元に自分の得意な武器がなかった時に困るやろ? 覚えといて損はない。それに、物の見方や発想の転換から攻撃やそれ以外の方法で選択の幅を広げることもできるんやで? それじゃあ一般的なものからやってこか」
それからアイラからは剣、盾、杖、楽器の計4つの使い方を一通り教えてくれた。意外と難しいことが多くて大変だったが意外と手早く覚えることができた。
また、サガの話によれば俺がタフトさんと用意した武器以外にも豊富な種類があるらしい。
どうやらサガはアイラたちとパーティを組む前には1人で旅をしていたという。中には扱いの難しそうな武器もあったようだ。
今回タフトさんと即席で用意できたのは4つだけだったが、ちゃんと冒険者になったらもう少し用意してみるのも面白いのかもしれないね。
「ただいま〜。どうだ? 上手いこといったか?」
この声はバモスさんだな。でかけていたようだが帰ってきたみたいだね。
俺は満面の笑みで出迎える。
「ええ、そりゃあバッチリですよ!」
今までの人生で一番と言っていいほど密度が濃い時間だった。
これもアイラやサガのおかげである。
俄然無敵な気分だ。
そんな気分から出た言葉だったのだが、こういう時はたいてい水を差されると相場が決まっている。
「んなこと言うて本当はメニューに着いていくのがやっとって感じやったで?」
全くこの娘は……。あんだけ厳しいメニューをやらせといてなんてことを言うんだ。
時間がないということはわかるが多少文句を言うくらいならば許されるだろう。
「こっちは何の技術もないのにちょっと厳しすぎるんだよ! 段階を踏んでやるべきじゃないのか?」
その抗議を聞いてバモスさんはわかったような生暖かい目を向けて言った。
「アイラは厳しいからな〜、死ななくてよかったな」
死ぬ可能性あったってこれまじ? その悟ったような口ぶりをやめてほしい。
なんで止めてくれなかったんだと思ったが、バモスさんがアイラに意見を言えるはずもないか。
始まる前に冒険が終わるなんてクソゲーにもほどがある。そうならなくて本当に良かったぜ。
思わずアイラを睨んだがアイラはどこ吹く風と知らんぷりだ。
「よし最後に3つ目として軽く組手をするで。ウチとサガが相手したる。ほなついてきて」
アイラに引っ張り出され広場へと向かった。こないだアイラとサガの模擬戦を見た所だ。
アイラは剣を使った物理攻撃、サガは徒手空拳と謎の氷の力での攻撃をしてくるらしい。
初戦にしては相手が強すぎる気もするが貴重な相手だ。後悔しないよう、全力で挑まねば。
武器の優劣を今のうちに洗い出しておこう。
剣は『攻撃特化』魔法の効果も受けやすく初心者にもおすすめの武器だが、横からの衝撃に弱い。
盾は『防御特化』こちらの腕次第では魔法も弾くことが出来るが、攻撃をするとなるとリーチが極端に短い。
杖は『魔法特化』杖で叩くことでも魔法扱いになるが、ちゃんと詠唱した魔法の方が威力が高い。やはり魔法を覚えていなければ扱うのは困難だ。
楽器は『補助効果特化』さまざまな効果を付与できる反面発動に時間がかかる。楽器によっては攻撃や防御もこなすことが可能。
それぞれの特徴を活かして上手く立ち回ろう。いずれは手足のように扱いたいものだ。
ちなみにバモスさんは木の上で見学らしい。遠距離に対して練習もしたかったが残念だ。
「じゃあウチからやらせてもらうで」
「よろしく頼む」
「では私が審判といったところでしょうか。ソウマは初心者ですし、相手を転倒させる、降参させることで勝利とみなします。……どうせなら形式もしっかりやるとしますかね。それでは両者前へ! 武器を構え、相手に一礼をお願いします。勝負はじめ!」
開始の合図とともに大剣を軽々と間髪入れずに振り回すアイラ。
俺はこの試合で盾を選んだ。理由はそのうち結果となって現れるだろう。アイラの攻撃を最低限の動きでかわし、倒そう倒そうと焦り始めたころに盾で防ぎ、反動でのけぞるタイミングを狙う。そう、ご存知手押し相撲と同じ戦い方だ。単純だが、単純な相手だからこそこちらはチャンスを突けば必ず勝機はある。
「盾でどうやって勝つつもりなん?防戦一方では勝てへんよ。昨日の訓練で盾が恋しくなったんか?」
「もちろん勝ちを譲る気は無いさ。これもアイラが教えてくれた発想の転換さ」
「いつまで避けていられるかは知らんけど、ウチは毎日何千回も素振りをしてるからそうそう疲れることは無いんやで?」
相手の間合いに入る上に、タイミングを見計らわなきゃいけない。おまけにもうスタミナが少なくなってきている。おそらくチャンスは一回だけだ。勝利条件を満たしさえすれば良いんだ、他のことは考えるな。
集中だ集中、感覚を研ぎ澄ませ……! 前に見た剣筋! 今だ!
振り下ろされた剣に対し突っ込むようにして間合いに入り、全力で盾をぶつける。
向こうの力が強くて押し負けそうだがこっちは正面から力勝負するつもりはハナからない。
この勝負は相手を転倒させればその時点で勝利なのだ。
アイラの大剣とぶつかり合っている盾を下に滑らせることで強引に距離を詰める。
もう少し、あと少し。よし、ここまで距離を詰めれば問題ない。
何度も言うがこの勝負は相手を転ばせた時点で勝利が確定する。
ならば足をかけて転ばせればいいのだ。アイラは俺が力勝負を挑んでいると思っているらしく、ご自慢の大剣に必死に力を込めている。きっと足元がお留守になっていることだろう。
最後に思いっきりスライドさせてアイラの体勢を崩す。
今しかない。 俺はアイラの足元を一蹴し転倒させる。
手強い相手だったが、何とか勝つことができた。今回はルールで『相手を転ばせること』があったからいいものの普通に戦っていたら十中八九敗北を喫していただろう。
倒れたまま悔しがるアイラに俺は手を差し伸べる。
「あーー! 負けたぁ! しかも盾に、おとんと同じ武器に」
「良い勉強になったよ。アイラほど剣を振れる人はあまりいなそうだから本気で取り組めたよ、ありがとう」
「ふん。これが全力やと思わんとって。いつかリベンジしたる」
駄々っ子の様に悔しがるアイラを横目に拍手しながらサガが歩み寄ってきた。
「流石に驚きましたね。まあアイラの油断も大概ですけど。私が全力でやっても問題無いようですね。では元いた位置に戻り、お互いの健闘を認め握手をお願いします」
やってみてわかったが華奢な少女の放つような攻撃では無い。本当に肉食獣と戦っているようだった。言うなれば肉食嬢か。
先程とは役割が変わり次はアイラが審判をやることになった。
俺はリーチがあり、扱いやすい剣を選出した。
「私はアイラのように単純ではないですよ」
「後で覚えとき? サガ」
アイラの合図とともに試合がスタートする。
サガが動き出す様子はない。おれを素人だと侮っているな?
日本にはな、油断大敵という言葉があるんだ。さっきのアイラみたいに痛い目見せてやるぜ。
俺は剣を構えたまま走り出す。アイラの大剣と比べてあまり大きくないおかげで俺でも走れる、と思ってた時期が僕にもありました。
一歩踏み出した時点で俺はバランスを崩し転びそうになってしまったのだ。まずい。このまま転べば負けてしまう。
咄嗟に俺にできたのは剣を地面に突き刺すことで剣を支えに倒れるのを防ぐこと。なんだかバチが当たりそうだが気にしてはいられない。
何かがひび割れるような音がしたが俺はなんとか持ちこたえた。……ひび割れるような音ってなんだ?
よく剣を突き刺した箇所を見ると薄く氷が張っていた。それが剣が刺されたことによってクモの巣状にヒビが入っている。なるほどこれか。恐らくサガが凍らせたのだろう。
サガは俺を舐めてなんかいなかった。むしろこちらが不利な状況を、俺にバレる前に生成していたのだ。
サガがドヤ顔をしているが無理もない。これは俺にとって最悪の状態だ。
更にサガの足元をよく見るとスケートシューズのように刃のついた靴が生成されていた。
氷のスケートシューズにしたことで地面を滑って素早く移動できる上、あの鋭利な刃が手ではなく足に付いているため動きが読みづらい。
向こうは俺が踏みとどまったのを見て既に動き出している。機動力で圧倒的に負けている以上カウンターを仕掛けるしかないか?
「考えるヒマを与えるつもりはありませんよ?」
うーんじっくり考えさせてくれないとなると勝機を狙うのは難しい。
少しでも時間を稼ぐしかないか。
「んなこと言ったって、そんなに動き回られちゃあ出方もわからないしこっちも迂闊に動けないよ」
「まあそれもそうですね、それではこちらから行きますよ。ギャラリーもいないので大盤振る舞いといきましょう」
どうやら逆効果になってしまったようだ。
大盤振る舞い、サガがそういった次の瞬間には濃い霧が出てきていたのだ。おそらくこれもサガの力なのだろう。
視界を奪われ姿が見えない以上、反撃はできない。今は『待ち』だ。
「氷槌!」
サガの声が正面から聞こえた。
どうすればいいのかわからないが俺の勘と本能がこのままだと負けると囁いた。それを信じ咄嗟に剣を正面に構え防御態勢を取る。
構えた直後、剣を通して重い衝撃が腕に走る。それに剣の柄にまで冷たさが伝わってきた。
「おやおや良くぞ防ぎましたね。及第点といったところでしょうか」
「へーへーそりゃどうもっ!」
余裕そうなサガの声に対して俺は必死だ。
腕がしびれて剣を手放しそうになるが必死に柄を握り手放さまいとする。
俺の表情を見てサガが声をかけた。
「流石に驚いているようですから説明して差し上げましょう。『氷槌』この技は足に装備している武器の先端を相手に振り下ろす強烈な踵落とし攻撃です。今回は並大抵の武器ではなく、つららを生成したのでより弾かれにくく強烈な威力となっています」
「アイラはただの剣撃だったのにサガは技使うのかよ!?」
「だから断っておいたでしょう? アイラのように単純ではないと。それに良い練習じゃありませんか。この程度防げないようじゃ、少なくとも肉食獣の牙を防ぐことは無理でしょうね」
どうしたものか、常時素早い動きができる上にあんな技を使ってくるなんて。反則だ! なんて言いたいところけど今はそんな場合じゃない。サガは本気で殺しに来てくれている、それに対抗する術を考えなくては失礼だ。
サガは体幹がしっかりしているからバランスを崩すのは難しそうだな。それに地面が凍っている以上下手なことをすると転んで敗北だ。良く見るんだこの状況を。
環境を利用するのはどうだろう。氷の地面、これはだめだ。利用するだけの体幹はない。
この広場にあるとしたら壁くらいか? 確か意外と近い距離だった。
ここに俺は一縷の策を見出した。しかしかなりのリスクも伴う。
サガの攻撃を上ではなくギリギリ正面で受けて吹っ飛び、その反動で背後の壁を蹴り攻撃の一手に転じるという方法だ。踵落としに対してこんな事ができるのかは疑問だがやるしかない。なぜならそれ以外思いつかないから。
足を地面から離して吹っ飛ばされる必要があるので、うまく壁を蹴れなければ隙を露呈してしまう。転んで負けだ。そもそも飛距離が足りなければどうしようもない。そうなったら大人しく負けを認めよう。
日本ではそんなこと一度もしたことがない、というよりする機会があるわけもなくかなり無謀な挑戦といえるだろう。一番近いのは水泳の壁を蹴る動作だろうか。
ごちゃごちゃと考えている間に、サガは再び攻撃動作に入っていたらしい。
「氷槌!」
来たか! 足のバネを最大限使うため、耐えてくれれば良いんだが……そこは神頼みだ。
あえて低い位置で攻撃を受けた俺は重い攻撃を受けて後方へと吹き飛ばされた。それは出来すぎてると思うほどあまりにも狙い通りだった。
「どのような意図があったのかは知りませんが随分低い位置で攻撃を受けましたね。上で受けていれば吹き飛ぶこともなかったのに。頭が回らなくなったんですか?」
「勝ちを確信するにはまだ早いぜ! 頭が回っていないのは果たしてどっちかな?」
サガの蹴りの威力が想定以上に強くて助かった。
ちょっと足は痛いが壁を蹴ることに成功する。
衝撃を受けたこともあり足の筋肉が悲鳴を上げるがかまってはいられないので無視だ無視。
すごい勢いで飛んでくる俺を見てサガは非常に焦った様子を見せた。
「て、てめえは動物か何かかよ!?」
「そりゃそうだろ人間なんだから」
慌ててサガは蹴りを繰り出そうと試みたようだがもう遅い。
俺は剣の面の部分を当てサガを床に押さえ込み、馬乗りの状態になった。
「勝ちで良いよな? 勝ったからには魔法のいろはを俺に教えてくれよ」
「はいはい負けました、負けましたよ。身動きが取れないので、どいてもらって良いですか? それと私は魔法については説明程度しかできないのでアイラにでも聞いてください」
ほぼギャンブルだったけど上手くいって良かった。俺の運勢はどうやら大吉らしい。
戦闘が終わるとみんなが集まってきた。
「あらあら〜? ウチよりも単純じゃないんよな? ちゃんと周り見たほうがええんちゃうの?」
「無警戒に切りかかったどこぞの肉食獣よりはマシかと」
「おめでと〜! 今日は祝杯だな!」
いつの間にかバモスさんも木から降りてきていたらしい。
「二人ともありがとう! 本当に良い練習になったよ」
2人のおかげでなんとか明日出発できそうだ。俺はとても恵まれてるね。
「ハッハッハ! こりゃ驚いた。組手とはいえ二人に勝っちまうなんてな」
いつからそこにいたのか、タフトさんも褒めてくれた。
この場所にいることは知らないはずだけどなんでだろう。
そのことを疑問に思ったのは俺だけじゃなかったらしい。
「あれ? おっちゃんいつの間にきたの?」
「かみさんが教えてくれたんだ。買い物帰りにこの前を通ったらしい。俺は妻より先に別の道で家に帰っていたからその時には来れなかったんだ」
なるほどね。そんな事情があったとは。
頭と体をフル稼働したせいでもうヘトヘトだ。でも、掴めたものは大きい。相手を見る力・周りを見る力。
今後もお世話になるだろう。今回のもちろんさっきの力もそうだけど、立ち向かう力もつけられたと思う。
格上の相手だから・自分の専門外だから、逃げる。多分俺の世界では一番重要視されてる力なんじゃないか?
嫌なことから逃げずに、自分に厳しく物事に立ち向かって行く。これで俺もゆとりから脱出だ!
「おめでとうございます。今度からはあなたを私の仲間、ライバルと認めましょう」
上からの態度に不服そうな俺を見てなのか、バモスさんがサガの肩を組みながら言った。
「だったら敬語やめてやれよ〜。ついでに俺らにもタメ語使えって、な?」
「お断りします」
そんなフレンドリーなバモスさんの言葉にサガは光の速さで答えた。
氷のように冷たいサガの態度が気になった俺は少しサガに質問する。
「なんでだ? 他人行儀だと自分が辛くないのか?」
サガは一瞬だけ顔を歪めたあと少し迷う素振りを見せながら答えた。
「私はいなくなった父を探しているんです。そのために、父が使っていた敬語を真似し続けているんです」
そのサガの言葉に対してタフトさんが問いかける。
「なぁサガ、お前は俺たちのことをどう思ってるんだ?」
「えっ? それはもちろん大事な仲間ですよ」
「俺はな、お前のことを家族と思っている。少々お転婆な娘を見てくれる、手伝いを率先してやってくれる長男だ。お前がどう思っていようがそれは勝手だ。しかし、自分を封じ込めていては損することもたくさんある。
本当の父さんが見つかるまで俺らが家族だ。周りを見てみろ? 大事な時に見返りもなしに助けてくれる仲間、いや、家族がいるんだ。お前の父さんだってお前に真似して欲しいわけじゃなく、お前らしく生きることを望んでると思うぞ。同じ父親の立場としてそれだけは断言できる。いつも突っかかるアイラだってそうだ。なぁ?」
「うん。武器使わへんでも強いし、女子のウチより家事ができるわでちょっと妬いてただけやて。ウチも同じ気持ちやから。」
親は偉大だな。俺のいた世界と生活様式が違う分、人と人との繋がりが何よりも大事なのだろう。
タフトさんはもちろんだが、奥さんもこの人数に更に俺が増えたのに家族同然に扱ってくれる。
かかあ天下でも亭主関白でもなく、お互いがお互いの立場や意見を尊重して生活できる。
俺が家庭を持つときは是非タフトさん夫妻からアドバイスが欲しい。
タフトさんとアイラの言葉を聞いて少しだけ悩んだような素振りを見せたあと、サガは小さい声で言う。
「少し席を外しても?」
「ああ、お前の家なんだから好きにすると良いさ」
サガが難しい顔をして外へ出てしまった。
「ソウマ、お前が話を聞いてやってくれないか?」
「え? 俺がですか」
「同年代で同じ性別。あいつに一番合っているのはお前しかいないんだ」
タフトさんの言葉を聞いたバモスさんが小さい声で俺に呟いた。
「ちょっと予定より早くなっちゃったけどいい機会だしね〜」
「わかりました。行ってきます!」
外へと出た俺は一通り探してみたが、サガの姿は無い。焦って報告しようと戸を開けようとしたとき、屋根の上から雪玉を投げられた。
「冷たっ! どうやって登ったんだよそんなところ」
「いや、ジャンプで」
「ちょっと待ってろよ!」
5分あまり時間が経っただろうか。ジャンプしたところで俺が届くわけもなく利口に家の中から屋根の上へと移動した。
「君の敬語を使う理由についてはよーくわかった。お次はその魔法について教えてもらおうじゃないか!」
「何ですかそれは」
あえて高圧的な態度で腕組みをしたが、少しだけ笑ってくれた。
少しだけ時間を置いてサガは口を開いた。
「聞いても楽しくない話ですよ」
-・-・- ・-・・ ・・
と言っても何から話せばいいのか……。
そうですね、私の出身の村のことから話しましょうかね。
え? 敬語をやめろ?
いやいや何を言い出すんですかあなたは。
あーわかった、わかったよ!
これでいいんだろ! ったく……。お前は随分と強情だな。
オレの生まれた村はお世辞にも裕福と言える場所じゃなかった。それを知ったのは村を出てからだけどな。
物心ついた頃からオレは父さんに格闘術を教わっていた。父さんはオレから見ても圧倒的な強さで、村の守護者のような存在だった。まあそれ以外にも強そうな人はいたけどな。
母さんは優しいけど芯の強い人だった。母さんはオレに読み書き計算を教えてくれた人だった。
とても幸せな毎日だったよ。その時は親友もいたしな。
旅に出た理由? それを話すにはその親友の話もしなくちゃいけないな。
いつ頃からかは具体的には思い出せないがオレには同じ年の親友ができていたんだ。
あいつと過ごす日々はあっという間に時間が過ぎて行ったけど、どれも大切な思い出だ。
だけどそれは一瞬で崩れちまった。
13年前のあの日、それは冷たい雨が降り注ぐ日だった。
周辺の村々を襲っていた盗賊の矛先がこの村に向けられた。
金品や物資を奪うだけならまだ良いが、娯楽で人の命をも奪いやがった。
不幸にもオレの親友も巻き込まれた。
細かいことは省くがオレの能力のことを話してやろう。お前の言う魔法とは違う。
言っとくがこれはお前を信用してのことだからな。他人に喋ったりしたらそいつ共々殺すからよく覚えとけよ。
親友が巻き込まれたと言ったよな。ん? 話が見えないってか? いいから黙って聞いとけ。
あいつが致死量の流血をしていてオレは必死に止血しようとした。
自分の服を使い、思いつく限り手を尽くしたがそれでも親友は助からなかった。当然のことだが、5才児の頭じゃ限界もある。
死ぬ間際のことだ。これまで弱音を吐いたことがない親友がオレにこう言ったんだ -『熱い』-
オレはどうにもしてやれず、本人の言葉とは裏腹に腕の中で凍るように眠りについた。
それ以来、オレは自分の手が血に濡れるのが怖くなった。
あの時の血に濡れたオレの両手と消えていくあいつの温かさを今でも夢に見るよ。
ついでに言うとこの手袋は母さんがくれたんだ。こいつをつけていれば手に直接血がつくことはないからな。
それでもあの時のことがトラウマになっているせいか、たまに手が血で濡れる幻影を見ることがあるんだ。
話を戻そう。
オレにはあいつの氷のような冷たさのせいか『極寒の牢獄』という能力に目覚めていたんだ。
能力については……まあ自分で調べろ。お前は人に聞くより、自分で見た方が早いだろ? 図書館で見てこいよ。
さっきタフトさんたちがいた時に父さんを探してるって話したよな。盗賊たちから村を守ってた父さんは帰ってこなかったんだ。遺体も見つかっていないことで村の皆は父さんが死んだと決めつけた。でもオレは何か理由があって帰ってこないんじゃないかと思ってる。人数が多かったとはいえあの父さんがやられるはずがない。なにか事情があるんだと信じてるんだ。根拠はないけどな。
それとな、さっき言った敬語の理由のことなんだがもう1つ理由があってな、と言っても大した理由じゃない。ただくせになっちまってんだ。それに敬語は悪いもんじゃねえだろ。年上相手なら何かと都合いいこともあるし。
しばらくしてからオレは旅に出ることにした。親友を殺したあの盗賊共を根絶やしにすること。いなくなった父さんを探すこと。この2つの使命を胸に故郷を出ることにしたのさ。
この左耳のイヤリングは親友のものでな、あいつの両親から一緒に連れて行ってくれと言われたんだよ。
あいつの仇を討つためならオレはなんだってする。邪魔するやつは誰だろうと容赦しない。たとえお前でもな。
ま、この能力は自分の過去と信念に囚われ過ぎているオレにお似合いだよな。
---・ ・・- -・・-
そこまで言ってサガは再び黙った。
俺も思っていなかったことを言われたことで何を言えばいいのか困ってしまった。
何と声をかけたらいいのやら。
しばらく天使が通り過ぎた。
まじで言葉が出てこない。どうするこの気まずい雰囲気。
「何ボーッとしてんだよ。話は終わったんだ帰るぞ」
この雰囲気に耐えきれなくなったのか、そう言うとサガは立ち上がり屋根から飛び降りようとする。
「待て待て! 俺は屋根を飛び降りるほどの力は持ち合わせてねえんだ!」
「ああん? 気合でなんとかしろよ」
「できたら苦労しねえよ! 一緒に行こうぜ」
そう言うと大人しくついてきた。案外素直なやつだな。
戸を開けた俺たちは暖かい声と雰囲気に迎えられた。
「「「おかえり!」」」
2人で顔を見せるとサガの顔にも自然に笑顔が浮かんでいた。おそらく、俺も。
そして2人の声が重なった。
「「ただいま!」」