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しばらく歩いていると森を抜けてなかなか大きい村に到着した。
入ってすぐの角を曲がり、少し大きめの家に案内される。
「おかん、ただいま!」
「おかえりなさい、あら? お客さん?」
俺たちを出迎えてくれたのは隣の少女と同じくピンク色の髪をした綺麗な女性だった。
「ああ、母さん。突然ですまないんだが飯と風呂を頼む。客人用の部屋の準備は俺がやるから任せといてくれ」
「わかったわ、少し待っていてね」
「おかん、お風呂はうちがやるで」
「ありがとうアイラ」
同じピンク色の髪だけどお母さんはなんだかおっとりしてるな。隣の少女はかなり勝気な気がするけど。
「ここは俺と娘が住んでいる村だ。もうそろそろ日も暮れるし今日は家に泊めてやる。細かい自己紹介なりこれからのことは明日話そう。名前だけ言っとくと、俺はタフト。一応このパーティのリーダーをやらしてもらってる。こっちは娘のアイラ。今俺が背負ってる役立たずの青髪はサガ。こっちの金髪はバモス」
名乗られたからにはこちらも名乗らないと失礼だろう。
「あ、俺はソウマです。よろしくお願いします」
「俺ちゃんなんだか君とは気が合う予感がするんだよねぇ、仲良くしようぜ〜。普通にバモスって呼んでくれればいいよ!」
「あ、はい。バモスさん」
「うわあ育ちがいい。さん付けなんて久々すぎて泣きそう」
「勝手に泣いとけ」
タフトさん冷静すぎてかっこいいわ。
「このバカはほっといて、うちのことは呼び捨てでええで」
「わかった。ええとアイラ?」
「せや」
「とりあえずソウマはこの役立たずと年齢近そうだし同じ部屋な」
その後もガタイいいリーダー、タフトさんはテキパキと指示を出してみんなは速やかに食事と入浴を済ませたのだった。
案内された部屋について一息つく。なんだか今日は色々なことがあって疲れてしまったな。
隣のベッドにいる青髪は既に眠っている。とういうより気絶したままそのままぐっすりだ。何か話を聞こうと思ったんだけどなぁ。
色々今日あったことを思い返してるうちに俺は眠ってしまったのだった。
---・ ・・- -・・-
ふと目を開けると、窓から暖かい日差しが入ってきていた。そして見知らぬ天井に戸惑う。どこだろうここは?
「もう朝やで、起きて!」
突然ドアが開かれてピンク髪の少女が顔を出す。その髪が朝日を受けてキラキラと光るのを見て意識が覚醒する。
そうだ、確か俺は異世界にきてしまってタフトさんの家に泊まることになったんだっけ。
「あ、起きとんの。サガは……まあほっといてええか」
「おはよう。えっと、アイラ?」
「ん、おはよう。はよ下に来てな。朝ごはん出来てるから」
まさか美少女に起こされる朝が来るとは予想してなかった。まだ知り合って1日も経ってないけどね。
貸してもらった寝間着から服に着替えて階段を降りると美味しそうな朝ごはんがテーブルに並んでいた。
「あ、ソウマおはようさん! よく眠れた?」
「おはようございます、バモスさん。すごくよく眠れました」
そこまで言って見回すとタフトさんの姿が見えない。どこにいるのかな?
「あれ? タフトさんはどこに?」
「おとんは散歩に出かけとるで。俺は食べたから食べてていいって言うとった」
「そうなのか、それじゃあお言葉に甘えていただきます」
朝の散歩とは健康的だな。確か海外の大学がすごくいいって言ってたんだよな。お、この野菜美味しいな、なんだろう。確かストレスが減る研究結果が出てた。これはパンか? 柔らかくて美味しいな。さらに光を浴びることで夜にいい睡眠を取りやすいんだとか。この肉美味いな。お代わりもらおうかな。
美味しい食事に舌鼓を打つ。異世界の飯に少し不安を抱いたが昨日といい美味しいものでよかった。
「ただいま。あんちゃんも起きてきたか」
一家の大黒柱のおかえりのようだ。
「おはようございます。タフトさん。ご飯すごく美味しいです」
「礼はかみさんに言ってくれよ。褒められたら喜ぶと思うぜ」
そう言いながらもタフトさんはニッコニコだ。奥さんを褒められることが嬉しいんだろう。いい夫婦だな。
「そういえばサガは? あいつまだ寝てるのか?」
「さっき起こしたけど多分まだ寝とる。もう少ししたら起きてくるかも」
「気絶してそのまま寝たの? 死んだんじゃないの〜?」
タフトさんが帰ってきてから俺も飯を食い終わっているが未だに起きてこない。どんだけ寝てるんだ?
「まあいいか。それじゃあ、あんちゃん。昨日なぜあそこにいたのか説明してもらってもいいか?」
うーん。異世界から来たことを言ってもいいのだろうか? そもそも言ったことで信じてもらえるのか? しかし上手い誤魔化し方も思いつかない。素直に話すしかないか。軽い自己紹介と軽く日本のこと、どのようにして俺がこの世界に来ることになったのかを。
「実はかくかくしかじか……」
---・ ・・- -・・-
「というわけなんですよ」
さて、俺のこの話はどこまで信じて貰えたのだろうか。もし全く信じて貰えなかったらどうにかこの世界を別の方法で生き抜いてくしかない。
「つまり、お前さんが言うにはお前はここではない別の世界から来たと言いたいんだな? 半分自己責任のような理由で」
「はい、そういうことになりますね……」
痛いところを突かれた。確かにあの時に柴乃の言うことを聞いてあの歪みを無視してればこんなことにはなってないんだよな。
そういえば今月の学級目標は『自分の行動に責任を!』だった。ああ、あんな無責任な行動をするんじゃなかった……。今更嘆いても後の祭りである。
「まあお前さんの言うように別の世界から人が来たという事例は他にもあるから不思議ではないな。こちらから異世界に行ったという事例は見つけられなかったが」
思ったよりあっさり信じて貰えた! よかった。とりあえず一安心。と思ったが聞き捨てならないことを聞いたな。
「この世界から別の世界に行った人はいないんですか?」
「散歩がてら村長の書斎で調べたが少なくともそういう事例は見つからなかった。お前さんが元の世界に帰るのは難しいかもな」
つまりもう柴乃にも親にも友達にもゴリ先生にも会えないのか!?
いや、きっとまだ見つかってないだけで帰る方法があるはずだ。あると信じたい。信じさせてくれ。
大きな不安を俺が抱いていると軽やかに階段を降りてくる音がした。
「おはようございます」
「あ! 気絶してた2枚目!」
「あまり言わないでください……。ああいうのは少し苦手なんですよ」
「少しじゃなくてかなりだけどな!」
あ、口を挟んだバモスさんが殴られた。俺は気をつけよう。
「っと、話が逸れたな。お前さんこの後はどうするんだ? なにか職業にでも就くと言うなら多少は紹介してやったりもできるが」
職業? それはこっちの世界と同じような考え方をしていいものか? それとも別の……。
「冒険者になりたいです!」
あれ? 気がつくとそう口走っていた。なんでだ? 「冒険者」の「ぼ」も思い浮かべてなかったのに。
それを聞いた4人はぽかんとしてこちらを見つめたあと誰からともなく笑いだした。
え? 何かおかしいことを言ったかな? 確かに自分でも全く考えてなかったことだけど。
「ばーか言っちゃ行けねぇよあんちゃん。話聞く限りお前さんのいた場所では特に戦闘もなかったんだろ? 冒険者になるには子供の頃から鍛えてないと少し厳しいぜ? お前さんのように平和ボケしたような奴なら尚更だ」
そんなに甘い職業じゃないってことなのか。確かに命の危険がある職業だもんな。
でもなるだけならなんとかなるんじゃないか? そこから鍛えるのじゃ遅いのだろうか?
そういった疑問を伝えるとそれにはサガとアイラが答えてくれた。
「少し説明するとな? 冒険者になるには一般的に大人として扱われる15歳以上の年齢で、ギルドに登録する必要があるんやけど、そん時に試験をクリアせぇへんといけんのや」
なんとここでも試験があるようだ。試験中は早く帰れるのがよかったけどテストを受けること自体は嫌いだった。
「専用の学校に行ってる人たちもいますし、あなた……、ええっと」
「ソウマでいいよ」
「ソウマより一回り二回りも小さい冒険者でもあなたの数倍は強いなんてことはざらにありますよ? 少し厳しいのでは?」
「可哀想だとは思うけど俺ちゃんもあんまり賛成は出来ないかな」
いつもふざけてるらしきバモスさんまで真面目な顔をして俺に言う。そうか……。やっぱりどこに行っても最初から全てが手に入る訳じゃないんだな。でも俺は冒険者になりたい。考えてなかったことだったけれど、なぜか突き進みたい。
「なら、あんたらが俺に戦い方を教えてくれ! 頼む!」
「本気で言ってるんですか? 」
「ああ本気だ、俺はどうしても冒険者になりたい。お願いします。タフトさん」
理由はわからないけど。それでも絶対にやらなくてはいけない気がするんだ。そうすれば何かを掴むことが出来るかもしれない。
「……。お前、年齢は? 15歳は超えてるよな?」
「ちょっとおとん!?」
「はい、18歳です」
「年齢は十分でも戦いについていけるかなんてわかりませんよ!?」
「俺ちゃんも本気でやめた方がいいと思う。年齢的にも他の職業、それこそ鍛冶師にでもなった方が安定すると思う」
タフトさんが少し認めてくれたような反応なのに対して3人は口々に否定する。それほど危険だということなのだろう。少し心配になってきた。これはバモスさんの言う通り別の職業をやるしかないか? 俺がそう思い始めた次の瞬間。
「黙れお前ら」
タフトさんがとても真剣かつすごく怖い表情、そして低い声でそう言った。場の空気が一瞬で張り詰める。
「サガ、仮にお前がやろうとしてることを俺が止めるように言ったとしたら、お前は止められるか?」
「無理ですよ、私はそのことを1番に考えてこれまで生きてきたんですから」
「それと同じだろう。お前のその覚悟と同じものをこいつが持っていると俺は思う」
「……。タフトさんがそういうなら私は反対しません」
やろうとしてること? なんだそれは? 聞きたいところだがツッコめる感じではない。
「アイラ、お前が冒険者になりたいと初めて言った時に俺と母さんは危ないからやめた方がいいと止めたがお前は結局言うことを聞かずに冒険者になったな? お前にこいつを止める権利はないだろう?」
「おとん……。わかったで。うちはもう止めない」
そんな過去がありつつ俺を止めようとしたの? 人のこと言えねえじゃねえか!
「バモス、お前は他2人より大人だしその意見にも耳を貸すべきところがあるだろう。だが若い少年の夢を叶えられるように努力することが俺たち大人のすべきことなのではないか?」
「おっちゃん……。わかりましたよ、俺ちゃんも全面的に協力する」
さすがリーダーだ。全員を一気にまとめてしまった。言葉の重みがすごい。こんな大人になりたい。
「よし、全員の意見がまとまったところでだ。いいか、試験と言えど下手をすれば大怪我を負う。今から30日間お前に時間をやる。それまでにお前が俺に傷をつけることができたのなら試験を受けることを認めてやろう」
え? そんなことでいいの?
「それなら早速でも!」
「まぁ待て。まだ話は終わってない。お前さん確かさっきの話によれば物覚えが良いんだよな?」
「誇れるものかはわからないですけどそれなりには」
どうやら俺の話をしっかり聞いてくれていたようだ。見た目に反してすごく冷静だしきっといいリーダーなのだろうな。
「お前にはまず5つ隣の街の図書館にいって多少なりとも知識を詰め込んでもらおう」
「図書館? それなら今すぐにでも行ってきます」
「話は最後まで聞け。アイラ、そこの棚の地図を取ってくれ」
「これでええよな? おとん」
アイラから地図を受け取りタフトさんは地図を机に広げる。
「ここが俺たちが今いる村だ。本来ならここの道を通ることで村や町を移動するんだが、今回はそれを使わずにこっちを通ってもらう」
タフトさんが指さしたのは森。森を突っ切って行けということか?
1つ気になるのはそれを見た瞬間3人が顔色を悪くしたことだ。
「おとん、さすがにそこは不味いって!」
「そうですよ! 鍛錬のつもりなのでしょうが初心者にその森は厳しいです!」
「おっちゃん、普通の街道でさえたまに魔物達が出ることがある。距離だってなかなかだ。街道なら警備も時折通ることだしわざわざ遠回りさせて危険なその場所を通らせるのはやめた方がいいんじゃない?」
そんなに危険な森なのか? だとしても俺の意見は変わらないんだ。この世界に来てやつに襲われた時点で多少なりとも覚悟は出来てる。
「3人が口を揃えて言うってことはかなり危険なところなんだな。でも俺は行くよ」
「どうしてそこまでして冒険者になりたいのですか? 何も茨の道を進むことはないでしょう」
「なんだろうな。自分でもわからない。冒険者って言ったのは本当に偶然で。でも偶然だとは思えないんだ。きっと意味があると思う」
「まさかそれだけでやろうと思ってるん?」
それこそまさか。さっきまでの話を聞いて今更だが恐怖の感情が湧き出てきてる。俺は戦い方どころか、この世界のことをまだ何一つわかっちゃいない。
でも突然この世界に現れた俺に対してここまで親身に俺の事を考えてくれる人がいる。それだけですごくありがたい。
俺は少しの恐怖心を追い出すかのようにニカッと笑ってみせた。
「俺のことをこんなに考えてくれる人がいるのにやらないのは失礼だろ? 『やるだけやってみる』。まずはそこからだからな」
それを聞いてみんなが笑った。
「なんや。パッとせぇへんと思ったけど意外とやるやん! 見直したわ」
「ソウマはすごいな、俺ちゃんも見直した」
「バモスとは大違いですね。それはともかくそこまで言うからには、ソウマ。あなたがどこまでやれるのか見させてもらいますよ」
「よくぞ言った! まずは……。あれだな」
あれ? あれってなんだ? それを聞く暇もなく俺はタフトさんに引っ張られて行くのだった。
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いくつか部屋を移動して、俺は鍛冶場のカウンターへと連れてこられた。そこには占い師が使うような透明の珠があった。
「えっと……。これでなにを?」
「あぁ? 決まってんだろ。お前の役割を見定めるんだ。ほれそこの透明な珠に手を置いてみろい。そうすればお前に適性がある役割を見つけることが出来る。ちなみに俺は盾役だ。他3人はみんな攻撃役だ。その中でもバモスは弓を使った遠距離役さ」
「手を当てればいいんですね? わかりました」
これってかなり重要なことだったりするのか? なんだか心配になってきた。
「やる前にもう1個聞いてもいいですか? これって何がどうなるんですか?」
「これは辨証珠って言ってな? その人の内面的なことを見通して自分にぴったりの役割を振り分けてくれるんや」
「え? なに? ごめん聞き取れなかった」
「だーかーらーべんしょうじゅ!」
「辨証珠?」
「せや、辨証珠や」
「赤は攻撃役、青は盾役橙は魔法役、緑は回復役、といった分類が一般的です。まあ適性が高いだけで必ずそうしなくてはいけない訳では無いですがね。ちなみに天災や襲撃もこれが知らせてくれます。まあ最後のに関しては警告程度ですし必ずしも起こるとは限らないのですけど」
なるほどすごく革命的だということは伝わった。
さて、覚悟を決めよう。俺の役割はなんなんだ?
「え!?」
「黒!?」
さっきの説明にないじゃないか! バモスさんとアイラも驚いた声を上げているし、冷静そうなサガとタフトさんも驚きの表情だ。
「もしかしてダメなやつだったりします?」
まさか俺の冒険は始まる前に終わってしまうのか? さっきあんだけ大見得を切ったのに?
しかしそんな心配は杞憂だった。
「こりゃあたまげた! あんちゃんやるじゃねぇか。全部できるよお前さん」
「これを見たのは初めてですね……。知識としては知っていたのですが」
「俺ちゃんもびっくりびっくりだよ」
「よかったね、ソウマ!」
笑顔のアイラに釣られて俺も笑顔になる。
「やらせてください! 成し遂げてみせます!」
「よっしゃ! じゃあこれから武器作りだ!」
再び俺はタフトさんに引っ張られて家の隣にある加工場に連れていかれるのだった。
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