力めば良いってもんじゃない
みなさま小説の方ではお久しぶりです
私生活の忙しさにより多大な時間が空いてしまいましたが、またちょこちょこ投稿していきますのでよろしくお願いします
何事もなくオレとキャンディの結婚式が終わった。
まさかキャンディが幼女じゃなかったとは思いもしなかった。
オレの今抱く感情は恋愛感情というよりは妹を見るようなものが大きい。妹なんていないけど。
ただ守ってやる程度のつもりだったのに……。
でも兄妹くらいの付き合い方が堅苦しくないし良いだろうな。
変に意識しないでそのままでいよう。
いつもより少し早いけど疲れたし今日は寝るとするか……。
---・ ・・- -・・-
いや〜、やっぱり風呂は良いな。
命の洗濯とはよく言ったものだ。
ちゃっちゃと着替えてサガの部屋に向かう。
「うぃーっす! ってもう寝てるのか」
俺が意気揚々と部屋に入るも、サガは緊張が解けたのか泥のように寝ている。
せっかく寝ているのに邪魔しちゃ悪い。
まだみんな話してるみたいだし俺も下に行くとしよう。
俺が下の階に降りるとみんなの視線が集まる。
何もヘマはしていないはずだが。
「いやぁソウマお前の作ったアレ。なんだっけほら……アレだよアレ邪魔みたいな名前の」
「ちゃんとしてよまったく。ジャムでしょ?」
「あぁ、そうそう。そのジャムなんだが、式典に来た人間が口々に美味いと言っていたぞ」
そういえば肉につけてたっけ。この世界に無いものは当然注目を浴びるだろう。なにより口に合ったようで良かった。
「サガはどやった? 上見に行ったんやろ?」
「安らかに眠ってたよ。なんか全てから解放されたように見えた」
結婚したってなると部屋分けも変わってきそうだな。キャンディさんとサガはできれば一緒にしてあげたい。
「相談なんですけど、俺の寝床変えてもらうことってできますか?」
「どうしたんだ藪から棒に。嫌なことでもあったのか? 話聞くぞ」
みんなが不安そうな眼差しを向ける。
まぁそうも思うよな、いきなり言い出したんだから。
「いやいや全然そんなことは無いんですけど、サガはせっかく結婚したってのに野郎と寝てるのはなんだかな……って思いまして」
「ガッハッハ! 自分で野郎って言うか。そうだな、キャンディとソウマの場所を取っ替えよう。キャンディが使ってた部屋は広い、仮にもう1人来てもそこに泊まれるしな」
「じゃあ俺の荷物どけるんで待っててください」
タフトさんめ『もう1人来てもそこに泊まれるしな』でウィンクするんじゃないよまったく!
さて、愚痴は置いといてさっさと荷物を移動させよう。
つっても武器各種と敷布団・掛け布団、バッグくらいしか無いんだけどさ。
サガはびっくりするだろうな。朝起きたら人が変わってるんだから。
そういえばいつも寝てるのは2段ベットでサガが下、俺が上だ。
キャンディさんがいた部屋は普通のベットだろうな。
父さんと母さんには言えないけど実はいっつもサガに起こしてもらっている。
サガは部屋が変わっても起こしてくれるだろうか?
「じゃあ荷物どけたんで後はごゆっくり」
俺はそのままキャンディさんの泊まっていた部屋に移動した。
サガが考えなしに連れてきたので今のキャンディさんの持ち物と言えば洋服くらいだった。
勢いよくドアを開ける。
……俺の視線に飛び込んできたのは部屋に干された下着だった。
気まずいからさっさと持って行ってもらおう。
「せめて本人来るまで待ちなさいよ……」
「うわっ! びっくりしたぁ」
背後からキャンディさんの声が聞こえたかと思うと、テキパキと片付けてサガの元へと飛んでいった。
さっき見た光景は記憶から消しておこう……。
しかし大丈夫だろうか。サガが襲われそうな気がする。まぁでも結婚したわけだし気にすることでもないか。
……それはそれで面白いし。
-・-・ ・- -・ -・・ -・--
ソウマはマナーがなってないけど気が利く人だったわね。
そ・ん・な・こ・と・よ・り! 今がチャーンス!!
さぁ、寝顔を見せなさい!
それからたくさんサガの寝顔を堪能したわ。少なくとも30分は眺めていたかしら。
……ふぅ。
十分見たことだしそろそろ寝ようかしらね。
せっかくだし驚かそうかしら? ずーっと起きてこなかったら流石に起こしに来るわよね?
だったら寝ずに待っててとびっきりの笑顔で迎えてあげましょう!
-・-・- ・-・・ ・・
暖かい日差しで意識が覚醒する。朝だ。
久しぶりに長々と睡眠を取った気がするな。
どれ、ソウマは未だに寝ているようだし起こしてやるか。
「ほら、さっさと起きなさい。朝ですよ」
あえて敬語で煽るように声をかける。
布団の中のソウマは身動き1つ取らなかった。
少しイラッとして強く言葉をかける。
「おい! 起きろクソボケ! 少しは自分で起きようと思わねえのか!」
それにもソウマは無反応だった。
我慢できなくなり2段ベットの階段を上る。
「おい! 聞いてんのか!」
声とともに布団を勢いよく剥ぎ取る。
「うわあ!」
そこにいたのはソウマではなく、つい先日自分の妻となった女性。キャンディだった。
誰かにくすぐられているのかってほどいい笑顔だ。
想定外の人物の登場にオレは心底驚き思わず飛び上がってしまう。
Q、2段ベットの上で飛び上がったらどうなるか?
A、無論頭をぶつける。
鈍い音とともにオレは強烈に天井と衝突する。
その音を聞きつけたのかソウマが部屋に現れる。
「どうしたんだよ? 頭なんか抑えて」
「なんでもない……どうやら寝ぼけてたみたいだ」
いや待てよ? ソウマが入ってきたってことは……。
あぁそうかい。あのヤロウ覚えてろよ!
---・ ・・- -・・-
ドタバタしていたせいで俺は自分の目標を見失いかけていた。
めでたい行事だったので言われなくても出席するつもりだったが、休んだ分はきっちり取り返さねば。
あと1週間か……。なんだか長いようで短かったな。
俺が感傷に浸っているとタフトさんがねこだましをしてボーッとした俺の意識を覚醒させた。
「ちゃんと聞いてたか?」
俺は決して話を聞かないわけじゃないけど、自分の世界に入るとどうも周りが見えなくなってしまうらしい。
「すみません、聞き逃してました。もう1回良いですか?」
「ここから少し行った洞窟で硬さに評判がある鉱石が眠ってる。それを使って練習してみたらどうだ? って話をしたんだが」
確かにそうか……。いくら戦い方を学んでもタフトさんの試練は『傷をつけること』が目標だ。
そろそろ威力とも相談しないとな。
「何か見た目の特徴とかってありますか? 探すときに手がかりが欲しくて……」
食器を配膳していたタフトさんが割って入り教えてくれた。
「長い年月をかけて粘性の液体が硬く硬く固まってできたのが禦衝石だ」
しかし鉱石で練習してみろとは……。タフトさんは確かに筋骨隆々だけどもそんなに硬いのか?
「それならオレが手伝ってやろう。多分この中で1番力が強いのはオレだ」
先ほどまで頭を押さえていたサガが急に喋り出した。
自信過剰だなとも思ったけど、今までの戦闘を見る限りそうだろうな。
アイラも力は強いけどサガは徒手空拳だから本当の事なのだろう。
「あれ? そういえばキャンディどこにいるか知ってる?」
料理を盛り付けていたシルビアさんが違和感に気づいた。
「オレちゃんも知らないな……。サガお前アレか? ヤっちまったか? 気まずいんだろ?」
バモスさんからの質問責めにサガは涼しい表情で答えた。
「あいつオレを驚かせるために一晩中起きてたっぽいぞ。そのせいで多分今は寝てるだろうな」
姿が変わっても中身は子供のままなのかもな……。
「ほらソウマさっさと食うぞ。お前弱っちぃから1秒でも惜しいんだよ」
まぁサガが強いってのは見てて分かるけど、弱いってのは言い過ぎじゃないかい?
おいおいみんなクスクス笑うんじゃない! 認めたくない人間がここに居るんだから。
---・ ・・- -・・-
タフトさんがこの先1週間のスケジュールを教えてくれた。
タフトさん曰くもう図書館には行かなくても良いとのことだ。
本を読むのは言わば生きがいみたいなもんだからこのままが良かったんだけどな……。
サガからは力の集中、バモスさんは急所等々を教えてくれるらしい。
てっきりアイラからも教えを乞うかと思っていたが、ジャムの噂が広まったらしく看板娘としての業務をさせたいとのことだ。
タフトさんはアイラにお淑やかでいて欲しいんだろうな……。心中お察しするよ。
「いった!」
突然サガにデコピンされた。力が強い分威力も相当だ。
「何すんだよ! ちょっとは加減ってもんを……」
「ほらここだぞ」
俺の抗議を遮ってサガが言った。なんてこった……もうおでこが腫れてやがる。
どうやらここが目的地のようだ。俺達の前には大きく口を開けた洞窟が待ち受けていた。いや、洞窟というよりは炭鉱というかなんというか……。
中は暗いかと思ったが苔のようなものが光を放っていて意外と明るい。
「知らせるにしたって他の方法があんだろ?」
「何回も声かけたぞ? でもお前死んだ魚みたいな顔してなんも聞いてなかったからさ」
「タフトさんと同じくねこだましにしてくれよ……」
「ほらよ」
そう言ってサガが目的の鉱物を投げ渡してきた。
こういう洞窟はだいたいダンジョンって名目があると思うからお宝みたいなポジションの鉱石かと思ってたよ。
「よっと……ギィェェェェァァア!!」
上手にキャッチした俺だったが渡された鉱石を目の当たりにして思わず投げ捨ててしまった。
声が反響して洞窟に響く。
「おいおいその声から気合だけは認めるが、投げたくらいじゃ傷1つ付かないぞ?」
正直サガの煽りに乗ってあげるほど余裕は無かった。
それは目的の品がゴキそっくりだったからだ。
てか禦衝石って縮めたらゴキじゃねぇかよ!
「つくづく落ち着きのない奴だな」
「なんかゴメン。嫌なこと思い出しちゃってさ」
「? まぁオレが気にすることじゃないか。さっきお前が投げてわかった通りこの鉱石はものすごく硬い。オレから教えるのはこれを壊せるようにする力の入れ方だ」
これは良いことが聞けそうだ。他のことは考えずに集中して聞こう。
「まずオレに1発パンチしてみろ」
「後で怒っても責任負わないぞ?」
「お前程度のパンチじゃ子供も泣かないぞ」
そりゃ異世界の子供だから普通の人間より強いだろうよ……。
さっきの恨みもあるしここは土手っ腹に喰らわせてやろう。
「……っ!」
「ほらな?」
俺の拳は確かにサガの腹を捉えていたはずなのにサガは表情ひとつ変えずそこに立っていた。
「あ、そうそう。とりあえず力の入れ方を教えるけどソウマは肉めちゃくちゃ食えよ。食って動いた分筋肉になるからな。体ひょろすぎんだよ」
「はい……」
サガもガタイのいい方じゃないだろ……。そうは思ったが素直に頷いておく。
サガだけは敵に回さないようにしよう。性格も相まって取り返しが付かなくなりそうだからな。
「いいか? 今ソウマが打ったパンチは猫がやるようなパンチだ」
「そんなつもりは無いんだけどな……」
「それこそ猫みたいに素早かったら武器になるが、お前のパンチは鈍いし弱い。なんで猫のパンチになるか分かるか?」
「うーん、手首が曲がってるとか?」
「なーんだ。知ってたのか。手首が曲がってると怪我するリスクも増えるからな。それに真っ直ぐの方が力は乗りやすい」
なんか上からのパンチって重さが乗る分強いのかと思ったけどそうでもないんだな。
理屈がわかってなきゃ何も意味ないのか。
「さて、それじゃ次だ。ソウマも1回くらいは重いもの持ったことあるだろ?」
「あーあれは確か……賭け事で負けて俺が友達の荷物持った時だな」
俺の学校は置き勉できなかったから荷物はいつも重かったな。
しょっちゅう負けて荷物運びになったことも今となっては良い思い出だ。
「その時お前はどうした?」
「え? どうしたもこうしたも背中と正面、両手に持ったぞ?」
「いやそういうことじゃなくて、お前はどうやって力を入れてたかってこと」
「んなもん気合いだよ気合い」
「お前は頭が良いのか悪いのか……」
サガがわかりやすく頭を抱えてしまった。しょうがないだろう。こちとら普通の高校生だぞ?
「まずは姿勢からだ。お前は何も考えずそこに突っ立ってろ」
「おう?」
訳が分からなかったが逆らうとロクな目に合わないので素直に従うことにした。
何をされるのかと思っていた俺だったがサガが俺の正面に移動した。
「まさかブン殴って『こうやるんだ』って言うんじゃないだろうな?」
「そんなことしねぇよ」
半笑いでそう言ったと同時にサガは俺の両肩をポンと背中側に押した。
もちろん告知されていない俺は転びそうになるがイナバウアーのような姿勢でギリギリ堪えた。
「次は足に力を入れてみろ」
「背骨折れるかと思ったわ! 何? 足? 足に力入れれば良いのね!」
半ギレで喋ってしまったがそんな姿勢知らないぞ?
足に力ねぇ……クラウチングスタートやったことあるしやってみるか!
あれならかなり強い力が入っているはずだ。多分。
「お前本当にそれで良いのか?」
「おうよ! さっきより力入ってるぞ」
サガがさっきと同様に俺の肩を押した。
すると、さっきよりも力が入ってるはずなのにあっけなく転んでしまった。
「お前バカだろ……なんでも1箇所に集めりゃ良いってもんでもないんだよ。家の支柱が縦1列にしか入ってなかったら脆いだろ? それと同じことだ」
あら。すごくわかりやすい。要するに力を分散させれば良いんだな?
「これでどうだ?」
「ちょっと腰が低すぎる気もするがまぁ良いだろう」
パッと思いついたのはお相撲さんが四股を踏む時の姿勢だ。
こう考えると足が縦の時は移動重視、足が横の時は防御重視って考えるのが妥当か?
俺はサガに押されても多少よろけるだけで転ぶことは無かった。
「気づいたみたいだな。まぁ今は意識しないとできないだろうが、そのうち無意識でもできるようになるさ」
「へぇ立ち方1つでこうも変わるんだな」
「まぁな。次は攻撃系の力の入れ方だけどこっちは簡単だ。もう1回パンチしてみろ」
「どうせまた弱いとか言うんでしょ? はいはい」
俺のパンチがサガの腹に当たった時にサガが大声を出す。
「止めろ!」
突然のことに慌てて腕を止める。
「びっくりするじゃねぇか! 洞窟なんだからもう少し抑えてくれよ……」
「自分の手見てみろ」
俺は自分の手を注意深く見てみた。別に普通のパンチだけど。強いて言うならさっき言われたことを意識して真っ直ぐ打つようにしたくらいかな。
「何かおかしいか?」
「指見ろよ。浮いてるだろ? これだと力が入ってないんだよ。それを意識してもう1回やってみろ」
力が入ってない! って言われても、人なんて殴ったこと無いから知る訳がないだろう。
とにかく力を入れるんだなOKOK。
「はい止めて」
「どうだ? ちゃんと力入ってるだろ?」
「気づいてないのか? お前はさっきこのタイミングでオレの腹に当てられてた。でも見てみろ今は届いてない」
「え? 止めるタイミング早くしたんじゃないの?」
「オレの体内時計は正確だ。速度が落ちたってことだよ。それに力の入れ始めはともかく今はほとんど力入ってないだろ」
確かにそうだ。速さはわかんないけど、今は力というか威力がまるで無いように感じる。
「でもどうすりゃ良いんだ? 力入れたら逆効果じゃねぇかよ」
「誰が終始力入れろつった? 最後に力入れるんだよ」
脱力から力むのか……。なんかの漫画で見た気がするな。
緊張してたり強張ってると力が入らないとかどうとか。
「クッキー……だとバチが当たりそうだな。ここに乾燥した土がある。大体クッキーと同じくらいの硬さだな。このカケラをパンチが当たる瞬間に力を入れて粉々にしてみろ」
「そんなことでいいならやってみるよ。簡単そうだし」
俺はあらかじめ手のひらに土片を忍ばせる。それをパンチが当たった瞬間粉々にしてみせた。
できたよ! という俺のキラキラとした表情を見てサガが指令を下す。
「……次は何も握らずにやってみろ」
「了解」
「言ったこと思い出してオレに直接思いっきり来い」
バレてた……。今は誤魔化すためにもやるしかないか。
というかこれボクシングの技術じゃなかったか?
声出した方がモチベーション上がるしここは日頃の鬱憤をと……。
「クソ野郎がぁ!」
「まぁ……さっきよりは悪くないんじゃないか? ほら見てみろよ」
そう言うとサガは服を脱いで腹部を見せてきた。
細マッチョな薄く硬い腹筋に俺が殴ったであろう拳の跡がくっきりと残っている。
「お前脱ぐことなかったけどバッキバキじゃねぇか……横っ腹ってそんなんなるの?」
「実際になってるだろうが。それよりさ、お前さっき何て言った?」
「なんでもございませんとも!」
「なんか悪口が聞こえた気がするんだが?」
「はっはっは、この僕が悪口なんて言うはずないじゃないですかヤダナー」
「ふぅん」
「な、殴らないで欲しいのだ」
疑うような目を向けるサガから顔を背けた。
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あれ? 今何時? 記憶がハッキリしないわね……。
確か昨日から今日にかけて起きてて……あー疲れて寝ちゃってたのね。
けど悪いことしちゃったかしら……怒ってなきゃ良いけど。
お日様がそこそこの位置にあるってことはお昼か午後になりたてってところね。
すっかりお昼ご飯を食べ損ねてしまったわ。お腹もすいたことだし何か作ってもらおうかしら?
何も知らない私は階段をリズミカルに降りていく。
そこには私の夫となった男の姿はなかった。
代わりに友達になったアイラが剣を磨いていた。
「あ、キャンディ起きたん? お寝坊さんやね」
「うるさいわね、サガはどこに行ったの?」
「サガならソウマを連れて出て行ってん」
どこに行けば良いのかしら?
「だから、どこに行ったの?」
「それなら真っ直ぐズドーンって行ってギュンって曲がったとこやで」
悪い子じゃないんだけど……もう少しわかりやすく教えて欲しかったわ。
「アイラったら……、目印になる物言わなきゃ伝わるわけないじゃない。キャンディ? 地図を渡すわね。それを見ながら迎えに行ってみたら?」
シルビアさんから受け取った地図に私は目を通す。
確かにアイラが言う通りかなり簡単な経路みたい。これなら1人でも行けそうね。
「行ってきます!」
「あぁちょっと待って」
私が元気よく出て行ったところをシルビアさんに止められてしまう。
「これ持っていってもらえるかしら? 多分洞窟の中にいるから泥だらけだと思うのよ」
シルビアさんが渡したのはソウマの服とサガの服だった。
ソウマの服はなんの匂いもしないけど、サガの服はほんのり花のような香りがする。
「じゃあ今度こそ行ってきます!」
私はしばらく地図通りに進んだ。私は終始周りに人がいないことを確認してサガの服を何度も嗅いでいた。
今日寝る前にサガの服を1枚拝借しようかしら? なんだか安心するのよね。
目的地に近づいて来るにつれて何か破裂音のようなものがハッキリ聞き取れるようになってきた。
まさかとは思ったけど、今向かっている洞窟の中から聞こえてきている。
私は恐る恐る身を隠しながら洞窟の内部を観察した。
するとソウマがサガのお腹に向かって何度もパンチをしている。
もしかして……そういう趣味?
ま、まぁ人には何かしら欠点がなくちゃって言うものね。
私が考え事をしているといきなりサガが喋り始めた。
「誰かいるんだろ? 音の反響が変わったからバカでも気づくぞ」
その声にソウマが顔をそらす。彼はバカに分類されてしまうようね。
ゆっくりと顔を出しながら2人に近づいた。
「あはは……。2人に変な趣味があるのかと思って……」
「なんだ、お前か」
「何だとは何よ!」
失礼しちゃうわ全く……。せっかく服を持ってきてあげたのに。
「それで、キャンディさんはなにか御用ですか?」
「え? サガに会いに来ただけよ? あ、あと服持ってきたわ」
「そんなことでわざわざ来たのかよ、暇人かよ」
「暇よ! 悪い?」
ちょっと! 何よその目は!
「……まあいいや。ありがとな」
そう! それでいいのよ! もっと私に感謝しなさい!
胸を張りつつ服を手渡して着替え始めるのを眺める。
つもりだったけれどサガは一向に着替えようとしない。
じれったくなって思わず声をかけてしまう。
「ねえ、まだ着替えないの?」
「ん? まだいいかと思ってるんだが。ソウマはどうだ?」
ソウマに必死に思いが伝わるように念じたけど全く伝わってくれなかった。
「俺もまだいいや。もうちょいしてからでいいよ」
なんでこう男は気持ちを察することができないのかしら! このあんぽんたん!
そう憤ってみたものの現実が変わることはなく、2人はよくわからない動きを再開してしまう。
……にしても後ろからじゃあまりわからなかったけど、正面から見るとかなり筋肉あるのね。
いつも服越しでわからなかったけど、あのタフトさん? に負けず劣らずがっしりしてる。
人は見た目によらないってことね……。まぁ私が言えたことじゃないけど。
「もっと腹に力入れろ!」
「入ってるよ!」
「足りねえんだよ!!」
物思いに耽る私を横目に半ば言い合いになっていく2人。
彼らの動きはよくわからないけどソウマは必死ね。
何か成し遂げなければいけない事があるのかしら?
あ、サガがなにか言ったら2人は着替えだした。
せっかくだから脱ぎたてのを盗んでおきましょう。
下は……持たされてないから盗みようがないわね。残念だけど仕方ないわ。
「あれ? オレの服どこにいった? お前間違えて持ってってないか?」
「いや、俺のはここにあるぞ? もしかしてこの状況で失くしたの?」
「おかしいな。さっきここに置いといたはずなんだけど……」
ふっ。サガでもこの手際では気づくことができないようね。さすが私。
「まあいいか。あのくらいならまた買えばいいだろ」
「そんなもんか?」
「別に高くないからな。シルビアさんに言われてとりあえず買ったやつだし」
話の流れを考えるとこれはそのまま私の私物化できそうね。
「じゃあ帰るか。とりあえず今日はここまでだな」
「疲れた……。アドレナリン切れると一気に疲労が襲ってくるな」
「スタミナ不足だな」
「そんなぶった切る?」
愉快な2人の会話に思わず笑いがこみ上げる。
少しづつ夜の闇が帳を降ろし始めている中、私達は帰路についた。
---・ ・・- -・・-
節々が痛い……。動きたくない……。
家についた俺は自室のベットで筋肉痛に襲われていた。前ほど激しい運動はしてないのにだ。
確実に普段使わない筋肉を使ったせいだろう。
意図せず声が漏れてしまう。
「痛い……」
「おやおやおや、情けないですね」
ここぞとばかりに敬語で煽ってくるサガ。普段なら言い返したいところだがそういうわけにもいかない。
人の苦しむ顔を見てニヤニヤしやがって。絶対そのうち痛い目に合わせてやる。
俺は密かに誓った。
「うわー、ソウマキッツそうやな。明日動けへんのとちゃうん?」
こちらの顔を覗き込んだアイラにも言われる。
それほどまでに苦しい表情をしていただろうか。
そうは思うものの体の痛みは今も主張を続けている。
湿布……湿布はないのか! 塗るタイプでも貼るタイプでもいい!
何かこの痛みを和らげるものをくれ!
前は青い人間がCMをしてるやつをいつも使ってたな……。
そう願っても何も与えられることはなく、非常に辛い。
さっきまで煽っていたサガも心配そうな顔で覗いてきた。
「そんなに痛いのかよ? 薬でも塗るか?」
「あるの⁉」
神はここにいたのか! 俺は無神論者だけどこのときばかりは神にお礼を言おう! ありがとう! それしか言う言葉が見つからない!
それはともかく、筋肉痛程度でここまで痛がるのも情けない……。それに加えて俺に殴られていたサガに心配までされているのだ。
なんだかここまで実力差があると笑えてくるな。ルールの中とはいえよく勝てたもんだ。
「何ニヤニヤしてるんだ。ほれ」
小さいツボのような形状の容器を投げてくるサガ。
馬鹿野郎! 割れたらどうするんだ!
緑の帽子の勇者じゃないんだから無闇矢鱈にツボを投げるな!
慌ててキャッチすると中には乳白色のクリームが入っていた。
それを痛い部位に薄く塗った。仕組みはよくわからないが少しだけ、本当に少しだけ痛みが引いた気がした。
まあまだ痛いけどさっきよりは楽になった。何よりも動ける。
「これ、なんなんだ? 即効性があるというか」
「痛みに効く薬らしいけど成分は知らん。興味ないしな」
サガに聞いた俺が馬鹿だった。そうだ、こいつはこんなやつだった。
俺も特段興味があるわけではないからいいんだけどね。
「ほら、もう夕飯できてるからさっさとしろ」
「わかった。すぐ行く」
痛む体にムチを打ち布団を抜け出す。
今日はいつもよりたくさん食べれそうな気がする。
体作りのためにもたくさん食べないとな。
ん? なんか俺の皿だけ異様にデカイんだけど……。大丈夫か?
くっ、苦しい……。食べすぎた……。
おかしいだろ……。膨らんだ腹でつま先が見えないぞ……。
いや、俺は適量食べようとした。したのだが、他の人達に食べさせられたのだ。特に大人。
「ほら、もっと食わないとデカくなれねぇぞ!」とか「遠慮せずにもっと食べなさい」とか……。親戚かあんたらは! 少なくともこれ以上の身長は求めてないわ!
……少し落ち着いてきた。大丈夫、俺のためを思って言ってくれていることはちゃんとわかっている。ただ少しこそばゆかっただけ。
少しむず痒いけどこの温かさは心地いい。
とりあえず今日はお風呂に入って寝よう。このまま入ると思わず体の中のモノが出てしまいそうなので小刻みにジャンプをしてからだな。
おやすみ……。
---・ ・・- -・・-
新しい朝が来た。希望の朝だ。
日差しが眩しい。
たくさん運動すると寝つきも良いし目覚めもいいんだな。
ゴリ先生が言うことも間違いだけじゃないってことか。
しかし何かモヤモヤする……。大切な何かを忘れているような。
うーんこのまま考えてても答えは出そうにない。
サガは俺よりしっかりしてるし聞いてみようかな?
「おはよう……って何してるんですか!?」
「げ!」
俺がサガとキャンディさんの部屋に立ち入るとキャンディさんがサガの服を自身の枕の下に隠していた。
中学生のエロガキかな?
「シーッ! 大きな声出さないでバレちゃうでしょ?」
「俺は何も見てないんで大丈夫です……」
俺とキャンディさんの一連のやり取りでサガがもぞもぞと動き始めた
「ん”〜! あれ? やっとオレが声かけなくても起きられるようになったか、てかなんで勝手に入ってくんだよ」
「ハイハイカンシャシテマスヨー。それより、何か大切なことを忘れてる気がするんだ。何か心当たりはないか?」
「そうだなぁ……。大切なこと忘れてたら忘れてること自体を忘れてないはずなんだが」
『忘れた』が多すぎて何がなんだかわかんねぇよ!
何のヒントも得られなかった俺だったが、その沈黙を破るかのようにドアが開く。
「よう……」
そこから現れたのは疲れ果てたバモスさんだった。
そういえば昨日の夜ご飯の時いたっけかな?
「あれ? 今までどこにいたんです?」
「……」
「バモスさん聞こえてます?」
「スタンバってました」
「「「え?」」」
「昨日、洞窟の奥でずっとスタンバってました……」
話を詳しく聞いてみると
1.バモスさんは俺たちより早く洞窟の奥で待機していた。
2.ところが俺たちは入口付近で特訓だけして帰ってきた。
3.その事に気が付かず待ち続けていたが、流石におかしいと思って帰ってきたら日付が変わっていた。
とんだスリーステップだな。こっちに非がない分バモスさんも怒ったりはできないのだろう。サガも苦笑いしている。
「なんというかその……お疲れ様です」
どうにかしてバモスさんを慰め、みんなで朝ごはんを食べることになった。
昨日の晩飯がまだお腹に居るから朝食は半分残させてもらおう……。
「ソウマ残すん? ウチがもらうよ?」
「良いけど俺が手つけたやつだぞ?」
「うーん……やっぱパスで」
うおい! 嫌味か。嫌味なのか!
目の前で食ってるの見てわかってただろ!
アイラのせいで怒りと胃酸が込み上げる俺なのであった……。