約束
投稿遅れました……(汗)
タフトさんの試練が終わってからのはずだったのに。とっとと答え決めろ! みたいな事は言ったけれども。 ちょっと早すぎやしないか? 本当に結婚するつもりなのか? まだ幼女なのに?
俺の疑問を置き去りに式が始まる。
といっても前に参加した親戚の結婚式とは違い特に堅苦しいことはないようで気持ちが楽だ。
式には村の皆とバモスさんが連れてきたお城の人たちが参列した。
ちょ待てよ……? ここからお城まで少し時間かかるんじゃなかったっけ?
なんでさっきまでここにいたバモスさんがお城の人たちを連れてすぐに戻ってこられるんだ?
「どうしたんだ? 暗い顔して」
そう話しかけてきたのはいつもより豪華な服を纏いハットを被ったサガであった。
正装の真っ白な色によるものだけではなく、サガの表情も少し晴れやかに感じた。
さっきまで動きにくい服装に不満を漏らしていたけど、どうやら諦めたようだね。
「いや、さっきバモスさんお城の人呼びに行ったんだよね? なんでもうここに居るのかなって」
「あーそっかそっか。ソウマは知らないんだよな。あいつ1回行った場所にはすぐに移動できるらしいんだよ。仕組みとかその辺は『お前らができたら俺ちゃんの出番減っちゃうだろ!』とか言って教えてくれなかったけどな。昔の仲間に空間魔法使うやつがいたしその系統だろ、多分」
教えてくれないのは解釈一致だな。でもその口ぶりからすると頑張ればみんな覚えられるってことだよな。
渦中のバモスさんをもう1度見るとまるで別人のようになっていた。
なんということでしょう。少し着崩してオシャレにしていた服装はピシッと整った正装に。
ボサボサだった金髪は綺麗に整えられ月夜にキラキラと輝いています。
気怠そうに曲がっていた背中は真っ直ぐに伸びているではありませんか。
あまりの変わりように関心していると正装に身を纏ったタフトさんが俺に声を掛ける。
「いつまでその格好なんだ? 家の中で着替えてくるといい」
そう言われればそうだ。俺がこっちに来た時の学生服、そしてその下に着ていたジャージ。あとは貸してもらった服を着回していたので正装なんかあるはずもない。
タフトさんが手に持っていた服を受け取り俺は家に入った。
「いやぁ〜アイツがもう結婚かぁ」
父さんの知り合いの結婚式で同じ席の人がぼやいていたことを言ってみたが、まだ俺は齢18であることを忘れていた。そもそもそんなに深い仲じゃない。
部屋の中に視線を戻すと黄色い髪で俺と同じ歳に見える女の人が立っていた。こちらには背を向けていて顔は見えない。
誰だこの人? 多分だけど会ったことないな。
「えーっと、どちら様でしょうか? 今から着替えるので1度退室していただきたいのですが」
あまりにも見覚えがなかったから参列者だと思った俺は丁寧に出ていけとお願いした。
「あーごめんごめん。今出るから」
その人が振り返り初めて顔を見た時に少しだけキャンディさんの面影を感じた。
あれ? キャンディさんは7歳か8歳くらいな見た目の幼女だったはずなんだけど。
「キャン……ディ……さん?」
「どうしたの?」
恐る恐る問いかけると頷かれる。
なんとその人は小学校低学年のような容姿ではなく大人の姿のキャンディさんであった。
戸惑う俺を他所にいつも身につけていたペンダントを再び首にかけるキャンディさん。
するとたちまち子供の姿に戻りもう1度外すと大人の姿に戻った。
「こういうこと」
「どういうこと?」
いやそんなこと言ったってどうしようもないじゃないか。
知らないモンは知らないもん。
「これね? 色は違うけど各国の王子や王女はみんな持っててね、王家の族柄にいるときはず〜っと付けてないといけないのよ。7~8歳の体にして逃亡を防いだり、王様・女王様への反乱をさせないための呪いなのよね。」
は〜! よく考えてらっしゃる……。
確かに歴史上の人物も親に歯向かったりあまつさえ殺ってしまったりするもんな。神話にもそういうお話は多いし。子供食ってた神様とか有名だよね。
これに関しては素晴らしいと思うけど、呪いをかけられている本人たちは生活しづらいだろう。
「でも! こっちに嫁いできたからもう義務じゃないのよね。あの姿は気に入ってたし気まぐれで戻ることもああるけど自然に対応してね?」
さすが異世界。まだまだ理解できないことがいっぱいだ。
とりあえず頷いておくが、慣れるには時間がかかりそうだ。
しかし随分と立派だったんだな。こうドーン! ってなってるけどキュッとしてる感じだ。
テレビで見た海外のモデルさんがこんな風貌だったな。名前は忘れたけど。興味ないし。
「ほら、美味しそうな料理もあったし早く着替えないと食べられちゃうんじゃない?」
「あんまり食欲がないんだよね。サガも準備できてたみたいだしそっちこそ早く行ってあげなよ」
「教えてくれてありがとう! それじゃ、先に行くわね」
キャンディさんが外へ出てからようやく俺は正装に手を掛ける。
純白のスーツに豪華な金のラインが入っている。新郎は違いを出すためのハットを、新婦はレースを付けるんだな。
どれほどの金額がするんだろう……。汚してしまうのが怖くなってしまう。ここでビクビクしてしまうのは小市民である俺には仕方のないことだろう。
さてと袖を通して着るとしますかね。
豪勢な見た目からは想像できない程の軽さだ。例えるならスポーツウェアとかに使われる合成繊維くらいだろうか。こんなので動きにくいとか言ってたのかサガは……。贅沢なやつめ。よっぽど機能性重視なんだな。その割にはひらひらした部分がある服を来ていたのが謎だ。
まあいいや。俺の考えることじゃない。
軽めに料理をつまみながらゆっくり楽しもうかな。
-・ --・・ ・・-・・
本当に困ったもんだ。いくら縁を切っているとは言えお城の方々が来られるともなれば失礼が無いようにしなければいけないな。残りの1週間を使ってマナーを教えるつもりだったがやむを得ない。俺が全力でサポートしようじゃないか。
式と言えばまずは舞台だな。
「そこ左に曲がってるぞ! もう少し右! そう」
村の皆がいい奴らで本当に助かった……。俺の家族には力仕事できる奴が少ないからな。
「あーそこの花萎れてるから新しいのと交換! 足元の布シワになってるからしっかり伸ばしてくれ」
こういうのはガラじゃ無いんだけどな。嘆いてても自動で終わるわけもないか。
次の指示を出していると背後からサガの声がかかる。
「良かったら手伝いますよ」
「おお、助かるよ。ってお前さんは堂々と座ってりゃ良いんだよ。」
「何かしら動いてないとムズムズするんですよ……。さっき動いてたらシルビアさんに怒られましたし」
何かしら特訓してたなこいつ……。一体誰が主役なんだか。
「じゃあお前さんに1つだけ言うぞ。そこの席に堂々と座ってキャンディと談笑するんだ。以上」
そう命令してもまだ不満そうな表情をしていたサガだったが渋々と席に戻った。
ソウマ辺りにでも目を離さないよう言いつけたほうがよさそうか? 目を離した隙に動かれちゃたまらん。
席に座ったサガに人影が近づく。
ん? あの綺麗な嬢ちゃんは誰だ。
そこは新婦の席だろう。 あ、サガと話し始めたぞ。飛び跳ねる程驚くことでもあったのかサガよ。
何やら会話をし始めたから安心っちゃあ安心か……。でもキャンディがこのことを知った後に弁護はしてやれんぞ。
まぁ良いか後は料理の準備だが入り口で配る料理を早急に用意しなくては。
俺は自宅に入り母さんに状況を聞くことにした。
「どうだ? 調子は」
「もう見ての通り目が回りそうな忙しさよ」
よしよし、母さんには申し訳ないが順調そうだ。まずはこいつを食べてもらわなくちゃ話にならないからな。
見透梶木の煮付けだ。
参列者に悪い奴がいたら敵わないからな。
「本当にこの料理お出しするの?」
「当たり前だろ。疑いをかけたくないのは俺も同じだが、一生に1回しかないことなんだ。万全の状態で見守ってやろうじゃないか」
見透梶木は善人・悪人どちらにも効果があり、善人には美味しく逆に悪人には不味く感じる不思議なカジキだ。大体取調べで使われる魚だが俺はここぞという時に振る舞うと決めている。
せっかくの式をぶち壊すような輩はお呼びじゃないものでね。
「ソウマのおかげで随分とレパートリーが増えたんだけど、少しだけ見て行かない?」
なるほどな。向こうの世界は素材本来の味だけじゃなくて調理法だったり用途が違うんだな。
「特に見て欲しいのがこれなんだけど」
そう言って見せてきたのはいつもよく見る肉の塊だった。
「これのどこが特殊なんだ?」
母さんが肉に切れ目を入れるとなんと! 中が生のままだった。
「向こうは生で肉を食うのか……」
「それがそうでもないらしくてね。低い温度で長時間調理して仲間で火を通しているんですって。だから生肉の時の柔らかさを維持したまま食べられるそうよ」
よく考えたもんだ。俺も正直肉は焼いてしまうと硬くなるので煮込むのが好きなのだが、最近煮込んだものも飽きてきた。そもそも低い温度で調理するなんて発想がないからな。
「それでこれが合うらしいのよ」
そう言って取り出したのはソウマがジャムと名付けた物だった。
いやいやいくらなんでもそれは……。確かに最初こそ驚いたがパンにつけた時は最高に美味かったさ。
スープとかシチューとかと食べるだけだったパンが軽食になっちまうんだもんな。
「これの青染の実味だって」
行儀が悪いのは承知の上で俺は一切れ食べることにした。
「少々不安だがいただくとしよう」
俺が肉を食べると衝撃が走った。シチュー以外では塩胡椒と下甘菜しか味を付けられなかったのになんだこれは! 肉の少し油っぽい味をこのジャムとやらが甘さで中和している……。かなり甘いから料理には不向きだとばかり思っていたがこんな使い道があるとはな。
「しかしソウマも作り方がわかっているなら手伝ってくれりゃあ早いのにな」
「それがソウマったらナイフの握り方すら成ってないのよ。もう見てるだけで寿命が縮んじゃいそうだからこっちから手伝わなくても大丈夫って伝えたのよ」
「……そうか」
戦闘もできてこれだけ知識もあるのに勿体ないな。しかし欠点も人間には必要か!
俺は自分の中で結論を出すと続々と料理を運搬することにした。
いくつか運び終えたところで昔馴染みの姿が見えた。
多少遅れて参加すると言っていたが意外とお早い。
「おー、タっちゃん随分と忙しそうだね」
「呼び方」
「タフト君随分と忙しそうじゃないか」
油断も隙もあったもんじゃないな。
「手伝いが必要かな?」
ああ、そりゃ良い。お言葉に甘えさせてもらおう。
「料理を運んでいたんだが品名が書いてあった方が良いだろ? ソウマに聞いてきて欲しいんだ」
「そんなことで良いのかい? それだったらこの場でもできるよ」
太ってるんだから自分で動けば良いのにな。
「えーっとその調理法の料理はろーすとびーふとか言うやつなんだけどビーフって向こうの世界で牛を意味するらしいんだ。だからローストラビットか? それで青染の実は向こうでは果物でぶるーべりーと言うらしいぞ」
「つまりはローストラビットのブルーベリージャムソースだな」
「そのジャムってのはなんだい?」
あーもう! 時間がかかる。
「後で説明してやるからそれはひとまず置いといて。そうだ、ソウマの探してる子について何か情報はあるか?」
トグログが得意げな顔をして話し出す。
「ギルドでスパナシティでヒットする人がいたよ。優しそうな老夫婦だったんだけど、庭で育てている作物を採ったり街へ食べ物を買いに行くことを条件に住まわせてもらっていたみたいなんだ」
「そうか。いやしかし男のところに連れて行かれなくて良かったな」
「そこなんだよね。私も疑問に思ったんだよ。まぁでも無事なら何よりじゃないか」
「後でソウマに言ってやってくれ。きっと喜ぶぞ」
いやー良かった良かった。この頃ソウマの表情が暗かったからな。よほど心配だったんだろう。
トグログと会話していると後ろから声をかけられる。
「君がタフト君かね?」
「はい。そうですが」
なんだ? いきなり話しかけてきたぞ。
振り向くと豪華な服に身を包んだ体格のいい男性がいた。
この国の頂点に立つ御方、偉大なる王だ。
「娘が迷惑をかけていないかな?」
「いえいえいえ! むしろ率先して手伝いをされていまして。助けられていますよ」
「何でもかんでも他人に任せていたあの子が……」
隣で女王様も感極まっている。
やはり縁を切ったとはいえ血の繋がる我が子が心配なんだな。
「よろしければいつでもいらしてください。きっと御喜びになると思いますよ」
2人は迷ったのか顔を見合わせた。しかしすぐにこちらへ向き直り返答した。
「今行けばきっと甘やかしてしまうだろう。だからこのまま……」
俺がアイラと縁を切ることになったら後を追いかけてしまうだろう。
その点この人たちは自分の子供を信じて道を託せている。
他の国ではこうはいかない所も多いと聞く。この国に生まれてよかったと思える。
「あ! 父上! 母上!」
声が聞こえたかと思うとさっきサガと話していた嬢ちゃんがこちらに駆け寄ってきた。
「うんうん、元気で何よりだ。なぁ?」
「そうね。以前にも増して元気なくらいね」
「すみません、あなたはどなたでしょうか?」
俺は状況を理解できず質問することにした。
「あーそっか。これが真の姿ってやつよ。ペンダントを付けてた時がむしろ偽りの姿だったってワケ。シルビアさんとアイラには先に見せていたんだけどね」
何の気にも留めていなかったがあのペンダントはただの飾りじゃなかったってことなのか?
「しかし寝る時も身につけていなかったか?」
「それはそうなんだけど、向こうから行動してくれるまでは隠しておこうって決めてたのよね」
そりゃあサガも驚くわけだ。あんなにちっこかった子が今やこんなに立派な子に……。
本当にソウマが来てからは驚かされてばっかりだな。
「それじゃあ後は皆さんで。俺はまだまだやることがあるんでここいらで」
久々に会った家族に水を差すわけにはいかないからな。ほとんどやることは終わっていたがこうでも言わなきゃ抜けるタイミングを見逃しちまう。
もう一度トグっちゃんと話でもしてこよう。ソウマの想い人をどう見つけたのかでも聞くとするか。
辺りを見回すと心底美味そうに飯を食べるトグログの姿があった。
「どうだ? 美味いだろう」
「そうだねえ。さすがシルビアさんだね。私もそろそろ身を固めたいところだ」
「そうだろうそうだろう。……ってそんな話をしに来たんじゃないんだ。ソウマの想い人はどうやって見つけたんだ?」
「何だその話か。といってもついさっきなんだ。さっきまで少々めんどくさいことがあってね……」
-・ --- -・ ・- -- ・
「いやあさすがトグログ殿! 見事な手腕でありますな!」
「商業ギルドのギルドマスターの名は伊達じゃないということですなあ!」
この日、結婚式に向かう3時間ほど前、トグログはある貴族との会食があった。いわゆる接待と言うやつである。その貴族の名をミゲル・エンシナル。
トグログはこの貴族、ひいては従者まで苦手だった。頭が固く平民を見下すような態度を取る。そして最近はキナ臭い噂もあった。
なぜそんな貴族との付き合いがあるのか、という話ではあるのだがこのエンシナル一族は顔が広く仕事を簡単に断ることができないのだ。
(このクソ貴族共が……。普段は舐め腐った態度を取る癖に手のひらを返したようにニタニタ笑いやがって)
内心毒づくものの表に出すことなく対応する。
「突然だけど、とある噂を聞いて私自らがわざわざ出向いてきたんだ」
(はいはいご苦労なこった)
実際このでっぷりと太った男が外出することは非常に珍しかった。
用事があってもほとんど従者に任せているのだ。
従者も従者でミゲルを諌めることはせずに持ち上げるだけ。
トグログにとっては悩みの1つなのだった。
「なんでもロルボーマ王が贔屓にしている店があるらしいじゃないか?」
「贔屓ってほどではないと思いますがそうですね。一般店で1度ご購入されていますね」
「なんだい? 私が言っていることを否定するのかい?」
(あ〜料理に毒入れてもらおうかな……)
内心恐ろしい事を考えていても顔に出すことは一切ない。
ギルドマスターとして積み上げてきた経験のなせる技である。
「いえいえ滅相もない。王家の方が一般店で商品を購入するなんてことありえませんよね?」
「最初から素直にしたがっておけば良いものを……。その店がどこのなんと言う店なのかを知るためにここに来たんだ。どうやらまだまだ知名度も無いようで周囲の人間に聞いてもそれらしい情報が得られなくてね」
「そうでしたか。長旅ご苦労様でした」
(どうしようかな。コイツ気に入らないし、タッちゃんのお店紹介したら何するかわからないし。なんとか誤魔化してとっとと帰ってもらおう)
トグログは頭の回転が早く口も上手い。
世間知らずな貴族を言いくるめることなど容易いことなのだ。
「ただいま帳簿を確認したのですが、そのような店はウチのギルドに所属していませんね……。どこかの店が王家の方に気に入られようと流した嘘ではないのかと?」
「……いやしかしここまで来るのにかなりの時間を要したんだが」
「お力になれず申し訳ありません」
頭を下げたトグログにこれ以上何を言っても無駄だと理解したのだろう。
「仕方がない引き上げるとするぞ。……うっ! おい! 手洗いはどこにある!?」
「え? ここを出て左にございます」
立ち上がったミゲルは突然顔をしかめると腹を抑えだした。
確かに毒を入れてやろうかと思っていたトグログだが実際に指示はしていない。
トグログが驚いていると扉の方から声がかかる。
「すみませ〜ん。今工事中なんで使えなくなってま〜す」
声がした方向を見るといつも受付嬢のジャンヌがそこにおり、口裏を合わせろというジェスチャーをしている。
「いやぁすみませんすっかり忘れていました。あと少しのところで終わるんですが後回しにしていたんですよね」
「御託は良いからさっさと直せ!」
「はいただいま〜」
トグログとジャンヌは手洗いに入り直すフリをした。
声を潜め会話をする。
「にしてもどうしたんだ? いきなり具合が変わったが。君がやったのかい?」
「料理に毒盛ってやったんスよ〜。アイツらなんかムカつくんで。入り口の鍵も閉めたから時間の問題なんじゃないっスか〜?」
これにはトグログも苦笑いするしか無い。
「君にそんな一面があったのか……。だけどこうスカッとしたよ。ありがとう」
「お礼なんて良いっスよ。それよりアイツら間に合わなかったらどうします?」
「そうだな。私たちが尻拭いをしてやる必要もないだろう。その時はそのまま街へ追い出して見せ物にしてやろう」
「ギルマスの方がやばいっスね……」
2人でクスクス笑っていると外から水を刺される。
「何をしているんだ! 早く直さんか!」
「すみません。あと1歩のところなのですが、部品がなかったので直せそうにない状態です」
「ならばさっさと言え! 飯はそこそこだった。失礼させてもらう」
そう言ったミゲルは扉に手をかけた。
しかし扉は動かない。
顔を真っ青にしながらミゲルは怒鳴る。
「開かないじゃないか! どうなっているんだ!」
「他の人間に会話を聞かれないようにと戸締りをしていました」
トグログはわざとゆっくり時間をかけて扉を開けた。開いた途端にミゲルは飛び出て行く。
ジャンヌが急いで後を追いかけ小包を手渡した。
「道中長いでしょうしこれでもどうぞ〜」
「フン! 多少は気が利くじゃないか。貰っていくぞ」
「「お気をつけて〜!」」
トグログとジャンヌは去っていくミゲルと従者複数人を元気に見送ると満足した気分でギルドに戻った。
「もしかして……アレにも?」
「んなこと言ってギルマスは見たらわかるんじゃないっスか〜?」
「まぁな。アイツのことだ、どうせ食い意地張って全部食べることだろうし証拠は残らないな」
このジャンヌという受付嬢は意外と口が堅い。このギルドでトグログのスキルについて知っているのは本人以外には彼女だけだった。
普段毛嫌いする貴族に一泡吹かせることのできたトグログはジャンヌを労ってやることにした。
「よし。今から街に行くとでもしようか」
「なんか用事っスか?」
「なに、特別手当を買いに行くのさ。一緒に行くぞ」
しかしトグログには女性経験がなかった。女性にプレゼントを送ることもなかったために彼女も同行させることにした。
元々ミゲルが来ると言うことでギルドを閉めていたため、今更何をしようにも自由なのである。
女性というキーワードからトグログはソウマが探している少女のことを思い出した。
思い出したところですぐに見つかるものでもないと内心諦めていたことをソウマは知る由もないだろう。
「じゃあ服買ってもらいましょうかね〜」
「どれでも好きなのを選ぶと良いさ」
スパナシティは商業ギルドの影響で数多くのお店が存在する。
トグログ1人では店を選ぶ段階で躓いていただろう。
「ここに決めました」
「お、ここかぁ」
トグログは女性と一緒に歩いていることで上の空になっていた。
そのため気づかぬうちに目的地に到着する。
ジャンヌが選んだ店は今若い女性に人気があると噂の店だった。
トグログもその噂だけは耳に入っていた。
「ほら行きますよ」
「いやいや。中には女性ばかりだし私が行くと場違いだろう」
「じゃあ選んでもらえないんスね……」
悲しそうな目にトグログは少し怯む。
トグログにとってこれは千載一遇のチャンスだ。トグログよお前もそろそろ一歩踏み出せ。
そう自分を奮い立たせ一歩踏み出した。
「……よし。気に入るかどうかはわからないが選んでみるよ」
「お願いしま〜す」
そこはトグログにとって正しく別世界であった。
優しい光が店内を照らし、甘い香りが立ち込める。
少し躊躇したものの歩みを進めた。
しばらく店の中を散策しトグログが見つけたのはいつものジャンヌのように少し露出があるものと、露出が少なく大人しい雰囲気の服の2着であった。が目の端に映る破壊力バツグンな服も見逃してはいなかった。この状況は正に人生で一番の決断となるだろう。
トグログが悩んでいると店の者が話しかけてきた。
「奥さんにですか?」
「いやいやいや! 同じ職場の女性ですよ!」
トグログは慌てて否定してしまったが、それもそのはず女性経験の乏しい彼に100点の回答なんてできるはずがない。
ジャンヌが顔に不満を浮かべているとはつゆ知らず。トグログは店員と会話を続ける。
「それではゆっくりとご覧ください」
どうやら水を刺されてしまったようでトグログも不満な表情を見せた。
続けてトグログが店内を物色していると若い子供向けの服がおいてあるあたりに老夫婦の姿が見えた。
いったいどうしたのだろうか。相当攻めたおばあちゃん……とは考えづらいだろう。
普段ならどうとも思わないことだったが多少意識が鋭くなっていた彼はその光景を不思議に思った。
そう思った束の間、トグログの目が青く光りだす。どうやらスキルを行使したようだ。
トグログの得た情報では、まずここには老夫婦の服を買いには来ていないようだ。
そして次の情報でトグログ本人が目を丸くしてしまった。
色白で、髪の色素が茶色に近い色で、ポニーテールの少女が老夫婦の元で生活している。後ろ姿のみで顔の特徴までは確認できなかったが……。
ソウマが言っていた特徴に当てはまる少女が見つかったのだ。
その偶然を出来過ぎていると感じたトグログだったが、そもそも外の世界から人間が来るという非現実的なことが起こっている以上そこまで疑いを持つことはなかった。
トグログがあまりにも老夫婦を凝視していたのでジャンヌが思わず話しかけた。
「物好きにしても熟しすぎじゃありません? しかもおじいちゃんから奪うんスか?」
「断じてそんなことはないよ! 君みたいに綺麗で仕事がしっかりできて誰とでも気兼ねなく話せて……ん”ん”。とにかく私はそんな物好きでは無いさ」
胸の内に秘めていたはずのボロが出てしまったようだ。
彼女が受付として入ってきた頃から私に対して思わせぶりな態度を取ったりするせいでトグログもその気になってしまったのだ。
トグログはヤケになったのか思い切って『彼女に似合う服』ではなく『トグログが着て欲しい服』を渡してしまった。
もちろん渡した服が似合わないとは思わない。ただ少し、目のやり場に困ることになるだろう。
「こういうのが良いんスか?」
「いや……これはその間違ってというかなんというか」
「ふーん……」
そう言い残してジャンヌは着替えをする部屋に行ってしまった。
簡単に言ってやらかした。あんなにアブない服を選んでしまうと日本では一歩間違えば警察沙汰だ。
トグログが天井を仰ぎ見て涙を流している。嬉しさなのか、自分の行いを悔いてのことなのか……。
男の人ならば過激な服装の女性を見たくなるものなのだろうか? それは女性も然りか。
トグログが選んだ服は網目になった服。これでは周りからの視線で焼け死んでしまいそうだ。
そんな状況に耐えながらしばらく待っていたトグログは突然カーテンの中に引き込まれることになった。
確かに人前で見せられるような格好とは言い難い。かといって狭い室内に連れ込むのもかなり大胆だ。
「じゃじゃーん!」
日本では死語になりつつある言葉を発しながらジャンヌは奥から出てきた。
その口ぶりと表情から怒ってはいないようだが、流石に恥ずかしいのか顔面が真っ赤になっている。
「どうすか? 似合ってます?」
「い、良いんじゃないか?」
トグログはジャンヌの顔を見れぬまま恥ずかしそうにそう言った。彼もジャンヌ以上に顔が真っ赤になっている。下を向いていた時にジャンヌの脱いだ衣服が目に入ってしまったのだ。
トグログの言葉に嬉しそうな表情を浮かべたジャンヌは早口でトグログに言った。
「そ、そうですか! じゃあこれにします! 着替えるんで出ててください!」
「あ、ちょっと待った! ギルドではそれは着ないで欲しい。正直見るのは私だけがいいな……なんて」
「っ! いやぁでもプライベートで会うことないですし無理じゃないですか?」
トグログは気づいていないようだが、これはジャンヌからの遠回しなお誘いであった。
会う理由がなければ作ればいいのである。
恋愛初心者のトグログにはイマイチ理解できなかったようだが……。
「じゃあ明日までに考えといてくださいね。こっちから言うのはあんまり好きじゃないんで。約束ですよ?」
ジャンヌはそう言うと今度こそトグログを部屋から追い出した。
-・ --・・ ・・-・・
ん? ちょっと待てよ……。
「なーにが『少々めんどくさいことがあってね……』だ。ちゃっかり楽しみやがって」
「シー! あんまり大きな声で言わないでくれよ? もし話そうものなら君の頸動脈をこの毒針が襲うよ」
せっかくジャンヌの姉ちゃんが好いてくれてたかもしれねぇってのに台無しにしちまって……。
鈍い。鈍すぎるぞトグっちゃん……。そこまで言われてなぜ気づかないんだ。
コソコソと話をしているのが気になったのか、ソウマがこちらに近づいてきた。
「2人で何を話してたんですか?」
俺が話そうとしたところをトグっちゃんに口を塞がれてしまった。
「ちょっと! いやぁなんでもないよ。それより君に朗報があってだね……」
……たまには俺も贈り物をしてみるとするかな。
結婚して20年になるしこうパーッと盛大にやりたいもんだな。
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どうやらトグログさんが言うに柴乃らしき人物が見つかったらしい。
女の子向けの服屋で老夫婦がいて不自然に思い、見てみたらヒットしたというわけだ。何よりも俺の夢が正夢だったことが衝撃だ。
まだ良かったことと言えば優しい老夫婦の元で世話になっており、なんと綺麗な服まで買い与えてもらっているようだ。
ご好意なら良いけども、わがまま放題なんかしてないよな……?
「ごめんね、2人の家の場所までは見れなかった。老人だったし、転移魔法の使い手でもなければそこまで遠くではないはずだよ」
少し申し訳無さそうにトグログさんは言うが無事を知ることができただけで万々歳だ。安心安心。
というかなんでトグログさんが女の子向けの服屋に?
まさか……! 女装が趣味だとか!?
うぅ……。考えただけでおぞましい。あんなにガタイが良いのに……。
まぁでも? 多種多様な社会になってきてるわけだし? 俺だけは味方でいよう。
そう決意した俺はトグログさんの肩に手を置いた。
「反対する人もいるかもですけど、俺だけは味方ですから!」
理解したわけではないけどね。
・・-・・ ・・・- ・・ ・-・- ・・・- ・・
ソウマはもしかして……ジャンヌとの恋路を応援してくれているのかな?
確かに彼女は綺麗で魅力的だ。他にも狙ってる人は大勢いるだろうな。
「おう! 誰にも負けずに成し遂げてみせるさ!」
ん? 何やらソウマがよそよそしいけども……。
あーそうか! そりゃ想い人の情報入ったらソワソワもしちゃうよな。
-・ --- -・ ・- -- ・
こうして、お互いの意思も通じないまま式典は幕を閉じるのであった。