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急典捗嫁

メリークリスマス!!

良いお年を〜

 サガが連れてきたのは驚いたことに王女様だった。

 部屋を1つ寝室としてリフォームし寝かせる。

 そしてリビングでサガの話を聞くことになった。

 バモスさんもいつの間にか着替えて椅子に座っている。


「何から話すべきなのか……。とりあえずこうなった経緯を簡単に説明すると、外堀が埋まっていたので連れ出してきた、といった感じですかね」

「簡潔すぎるだろ。詳しく説明してくれ」


 思わず突っ込んでしまう。

 10年一緒に過ごしたところでその説明じゃわかることは少ないだろう。


「諸事情によりあの人との結婚式が始まりそうになったのでぶっ壊して逃走したって感じですね。連れてきてしまったのは勢いというか何というか……。ともかく! 私はまだ冒険者を続けます。縛られるつもりは毛頭ありません」


 なるほどね。やっちまったわけか。

 幼馴染を取られた男が、結婚式で取り返すために乱入するのは恋愛物の定番である。

 いわゆる「その結婚、ちょっと待った!」というやつだ。

 サガの場合は1人でやってるわけだけどね。それも本気で止めるために。

 しかしまあよく勇気が出たものだな。

 仮にも王族相手にそんなことをするなんて、サガには神をも恐れぬ度胸があるのかもしれない。


「んでどうするんだ? 攫ってきたなら責任は取るべきじゃないのか?」

「っていうか追手は居らんの?」


 確かにそうだ。王族の人間が攫われたともなれば総動員で捜索させるはずだ。

 今こうしてゆっくりと話せていることが不自然でしょうがない。


「うるっさいわね……。今回は少し特殊だけど婚約の後にどこに行くかで対応も変わるのよ」


 いつの間に起きてきてたのか王女様が説明を始めた。寝ぼけたままサガに技をかけている。理由は聞かないでおこう。

 スーパーショートスリーパーか何かですか? 王女様の動きも相まってなんかプロレスの技みたいだな……。


「王家にいる場合はそのまま王族としての扱いを、一般家庭に行く場合は縁を切ってキャンディも一般人の扱いになるのよ。今ではただのサガの妻よ」


  おーっと無理矢理連れてきたって訳でもなく、願ったり叶ったりの様子だな。 目の前でリア充が誕生したのか……爆ぜろ!

 とは言ったものの本心ではない。非常にめでたいことだ。

 王女様……は堅苦しいか。 これからはキャンディさんと呼ぼう。

 キャンディさんの説明及び妻宣言を聞いて全員が安堵と共にニヤける。

 そりゃそうだ。一番男っ気のないサガが結婚するなんて酒の肴でしかない。

 俺は呑めないんだけどね。


「いや〜サガも隅に置けないなぁ〜」

「サガ……年上の俺ちゃんより先に……」

「幸せにしてやるんだぞ」


 男性陣は祝福をしていたが女性陣は少し不服そうだ。


「まだ何か気に入らないことでもあるのか?」

「だってあなたが途中で連れ出したせいで私たちの結婚式が台無しになったのよ? まぁあなたがここに連れて来たことで覚悟は伝わっては来たけどね?」

「ウチらでまた結婚式やった方がええんちゃう?」

「そうね! せっかくだし私たちなりの結婚式にしましょう!」

「ちょっと待て! オレには結婚するつもりなんざこれっぽっちもねえぞ! 連れてきたのだってあの時どうするか思いつかなかっただけで……!  そもそもまだガキじゃねえか!」

「でもキャンディがここに居るじゃない! 道中もお姫様抱っこで連れてきてくれたことだし」

「それとこれとは……! あ~もう!」


 悲しきかな。サガの叫びが受理されることはなかった。シルビアさん含め女性陣の方が力関係が上である以上仕方のないことではある。

 そのため、アイラの提案にシルビアさんが乗ったことで結婚式をこの家で執り行うことになった。

 バモスさんに話を聞いてみるとどうやら日本とは風習が違うらしい。

 Oh……rude。吸引性皮下出血、要するにキスマークを互いの首元につける、というのがこの国では一般的らしい。


「なんでオレがこんなことを……」


 サガは未だにぶつくさ文句を言っている。

 全く嘆かわしい。さっさと覚悟を決めればいいものを。

 まあ確かにある哲学者は言った。『結婚したまえ、君は後悔するだろう。結婚しないでいたまえ、君は後悔するだろう』と。

 まあ気分がいい時に暗い話をするほど俺は空気の読めない人間ではない。爆ぜよとは言ったものの、喜ばしい限りだ。心に秘めて笑顔でサガを見守ってやることにしよう。



「何をニヤついてるんだ、気持ち悪い」


 気持ち悪いと言われてカチンと来たが広い心の持ち主である俺はそんなことでは怒らない。

 にしても18で家庭を持つのか……。 俺はこっちで結婚することになるのだろうか? はたまた何やかんやあって俺の世界で結婚生活を送るのか。そもそも帰れるのか?


「金も集まったことだし、小屋でも建てるとするか! お前さんたちも周りに人が居ると気になることもあるだろう?」


 タフトさん結構踏み込んでくるんだな……。 


「だから! オレは! まだ結婚するつもりはねえって! 第一あんた、オレに勝ってからとか言ってなかったか⁉」

「それはそれ、これはこれってやつね」

「他人にそれ使われると腹立つなあ。っていうかオレは小さい頃から鍛錬していたのに対してお前はお姫様で、危ないことはさせてもらえないだろ? なんでオレとほぼ同等に戦えてたんだよ」


 確かに気がかりである。話でしか聞いてはいないが、サガと同等に戦えていたとは。


「あーそれね。別に特訓って言われるものはやってないわよ。ただ、称号って言うのかしら? を得たからでしょうね」


 出たよ称号。少し前に本でしか説明を受けていなかったけど実際に持っている人に出会えるとは思ってもいなかった。もしかしたらサガとかタフトさん辺りは持ってるかもしれないけど知らされてないし。俺も聞いてはないんだけどね。


「『独占欲』って言って、わがまま放題してたら勝手にもらえたのよね。相手の身体能力を自分に上乗せできるみたいなの。相手の技だったりスキルとかは真似できないみたいだけどね」


 そんなんチートじゃないか……。俺みたいにこっちの世界に来た人にそういう能力を配って欲しいもんだ。

 効果だけ聞くとキャンディさんが勝ちそうにも思えるが、実戦経験でサガが上回っていたのだろう。


「スキル込とはいえ余裕で勝てると思ってたんだけど1回も勝てなかったからびっくりしちゃったわ」

「そりゃそうだ。言うなれば赤ちゃんが力だけ強くなったってところだ。まともに戦えるはずがないだろ」


 そう言ったサガは子供を宥めるように頭を撫でたのだった。

 本人は無意識なのだろうが、意図していない仕草で女性を惹きつけてしまうことがあるようだ。

 これが女たらしじゃないサガだから良いけど、もしチャラ男とかだったらブン殴っているところだった。

 撫でられた本人は嬉しそうにはにかむのだった。


「えへへ」

「何だ気持ち悪い」

「キャンディが気持ち悪いって言ったの?」

「いいえ、何にも」


 ……こういうとこがダメなところだな。女性は怒らせないに限る。サガは口を開くと損をするタイプなのだろう。女性というには幼すぎる気がするけどね。

 敬語モードならキャラ作りがしっかりしているのかマシなのかもしれない。まぁあれも『礼儀正しい』と『慇懃無礼』がごっちゃになってそうだけどな。辞書ならクレーム待ったなし。

 わかりやすく例えるなら「ちょっと気分悪ぃから締めてもいいか?」が「大変気分を害されたので貴殿を殺めてしまいそうなのですがよろしいですか?」になっただけだ。 言葉だって正しくはないし、ただ丁寧に言おうとしているだけなのだ。


「で? サガ、式はいつにするんだ。こっちも準備をせねばならんからな」

「そうですね〜。100年後とかですかね」

「100年一緒にいるつもりではあるんだね」

「ったくお前はああ言えばこう言うよな。後で覚えとけよ」


 たまにバモスさんの頭の回転がものすごく早いことがある。それは人を茶化すときだ。


「さて、バモスをシメるっていうのは置いといて。2週間後で良いかしらね? ソウマもその頃には特訓を終えている頃でしょうし」

「もう確定事項なのか……。逃げることも考えておいたほうがいいかもしれないな」


 そう呟いたサガを女性陣は逃がさないという眼差しで凝視するのだった。





 それから少しして。

 とりあえず俺は腰が良くなったので今まで通り図書館に向かう生活に戻った。

 腰をやらかしてからすぐにバモスさんが処置をしてくれたおかげで一瞬で治ってくれた。

 タフトさんに勝つためには元メンバーだったトグログさんを倒さないことには希望は薄いと思う。

 俺はタフトさんの試練のための特訓を一旦トグログさんへの挑戦へとシフトチェンジすることにした。

 どちらにせよ真剣に取り組んでいるなら問題ないはずだ。

 フウとライを連れて行こうとしたが冬眠の季節でもないのに昏睡状態に陥っているらしい。

 しばらくフウとライには休暇として休んでいてもらおう。

 ひとまず今から一週間後に挑戦するとして鍛錬に励もう!



-・ --- -・ ・- -- ・




 それから一週間、ソウマは魔法や元ある技の強化に励んでいた。勿論体を鍛えることも忘れていない。

 イヤイヤ言っていたサガであったが、生活を共にしたことで心情に少し変化も見られた。

 それは今まで家来や召使いに全てを任せていた王女様が大抵のことは自分でやり、他の人の手伝いをするまでになっていたからだ。それでも結婚することを認めたわけではないようだが……。

 一方バモス、アイラ、タフト、ソウマは各々のやるべきことに加え式に必要な準備を着々と進めていった。

 着々と準備が進んでいることを本人はまだ知らない。ある意味で人生で1番追い詰められているサガなのであった。

 


 タフトの試練が残り一週間に迫ったその日、ソウマはスパナシティの商業ギルドへと足を運びトグログに会いに行った。

 とうとうトグログに再戦を申し込む。


「私も仕事があるからね。夕方まで待ってもらうことになってしまうけど問題ないかな?」

「時間割いてもらってありがとうございます。前回と同じ場所でお願いしてもいいですか?」

「問題ないよ。それじゃあ、後でね」


 ソウマは一礼すると商業ギルドを出て帰路についたのだった。


---・ ・・- -・・-


 問題なくトグログさんと約束ができてよかった。

 さてと、あれだけ練習すれば圧倒はできなくても同等くらいには戦えるはず。

 今まで通り練習を続け、魔法を1つと今回は4種類の技を学んできた。

 どれも万人が覚えられるような技だったけど、選択肢を増やすこととトグログさんの意表を突くためだ。図書館は偉大だ。

 それに魔法とかと組み合わせれば可能性は大幅に増えていくしね。いつかアイラがやった炎の剣とかも使えるようになるといいな。



 そうこう考えるうちに無事に家に帰ってきた。

 よく本番に強い人がいたり緊張している方がパフォーマンスが上がるって言う人もいるけど俺は違う。

 脱力していた方が良い動きができる。変にここで意気込んでしまっては体も思うように動かないので時間までゆっくり寝かせてもらうとしよう。それじゃあおやすみ。


 

 久しぶりに夢を見た。起きてからじゃないと夢だったって気づかないほどのリアルな夢だ。

 そこに映っていたのは学校の図書室。懐かしい光景を見て感慨深い気持ちになっていると1組の男女が話しながら入室してきた。


『おい、図書室では静かにしろよ? 柴乃はうるさいんだから』

『退屈しなくてええやろ?』

『……』

『なんで黙るんよ!?』


 ……あれは俺だな。 


『さ、て、と昨日は……』


 調子乗ってた自分を見るのはこんなに恥ずかしいことなのか。

 せっかくこの情景を見られているのなら柴乃がどうなったかを見せて欲しいものだ。


『……うわぁぁぁぁぁー!』

『走馬!』


 ここだここ。俺のバカがこっちの世界に来たところだな。

 問題はこの後だ。警察にでも相談してくれていると嬉しいんだけど。……相談されてもどうにかできなさそうだけどね……。

 ん? 動かないな。おい! そっちは俺が吸い込まれたところだぞ!

 柴乃が俺の吸い込まれていった所に近づくと再度謎の穴が現れた。

 改めて見るとなんで警戒もしないで近づいたのかわからなくなってくるな……。 


『これか……。走馬が吸い込まれて行ったんは』


 出来した! このまま人を呼んで調査してもらえば時間はかかったとしてもこっちの世界から戻ってこられる糸口になるかもしれない。

 そう思ったのも束の間、柴乃は謎の穴に手を伸ばし自分から吸い込まれに行っているように見えた。


『やめろ! 戻ってこい!』


 ところが俺の声は届かない。柴乃は穴に近づき俺と同様に吸い込まれて行った。




「柴乃!」


 俺は飛び起きたことで今見ていた光景が夢であることを初めて認識した。

 背中を嫌な汗が流れる。服が張り付き自分がどれほど緊迫していたのかを伝えていた。

 神の類は信じていないが、俺は夢で起こったことを信じてしまうことが多い。

 教室での風景や会話が翌日にそのままそっくり反映されることがあるからだ。

 夢には色々種類がある。これが逆夢なら良いのだが、俺が吸い込まれている以上そうも行かない。柴乃が俺の後を追った可能性は十分にあるだろう。あのお転婆スポーツ少女ならやりかねん。

 おそらくこれは正夢だ。特に理由はないが俺の直感がそう囁いている。

 緊張しないように眠りについたはずがかえって心配事が増えてしまった。

 俺はタフトさんたちに保護してもらえたから良いものの、柴乃はどうやって生活しているのだろうか。

 考え事に夢中になっていた俺は部屋に人が入って来ることに気が付かなかった。


「ソウマ……ってもう起きとるやん。そろそろ時間ちゃうの?」

「うわっ! ……なんだ、アイラか」

「何だとは何や!」


 一瞬びっくりしてしまったが口調が似ていたせいだろう。悪い悪いと謝りながらも柴乃の事を考える。

 俺はこっちに来てから大体3週間。水は朝露だったり川の水を飲めるとして食べ物はどうしているだろうか。

 柴乃のことだから殺生をするとは考えづらいし……。

 俺のせいで柴乃がこっちの世界に来ることになったと思うと嫌でも考えてしまう。

 でもここまで放っておいたのなら1日も2日も変わらない。

 約束してしまっているトグログさんに合わなければ。

 これからの1週間は柴乃を捜索することに専念しよう。タフトさんなら理解してくれるはずだ。

 まずはトグログさんに勝ってモンスターや魔物に襲われても十分渡り合える証明を作らなくては、仮に再開できたとしても2人共やられてしまう。

 今は目の前の事に集中しよう。まだ正夢だと確定したわけでもない。

 そうは思うものの未だに主張を続ける心臓の鼓動を抑えることができなかった。

 深く呼吸をしてタフトさんと一緒に家を出た。

 もう夕方で帰りがいつになるかわからないので他の皆はお留守番だ。


 

 

「随分疲れているようだけど何かあったのかい?」


 広場に着くなり俺の様子を見たトグログさんが話しかけてきた。


「少々心配事が増えましてね……。支障はないです、それじゃあやりましょうか」


 俺は剣を取り出し構えた。

 前回は何一つ用意していなかったし、少しは意表を突けるかもしれないと思ったのだが効果はイマイチだったようで、トグログさんは平然としていた。


「じゃあ私の投げる銅貨が地面に着いたら試合開始の合図としようか」


 勿論俺に異論などない。

 トグログさんが懐から取り出した銅貨が上に向かって放り投げられる。

 銅貨が音を立てて落ちるのと同時に俺とトグログさんは動き出した。


「ランド!」


 開口一番俺は新しく習得した土魔法を行使する。

 前回トグログさんは一歩も動かずに戦っていた。今回はその余裕を崩してやらねばならない。

 それに全く新しい戦いにしなければ鍛錬の意味がない。対策もされているだろうしペースを掴まれてはそれこそ終わりだ。

 俺の放った魔法はトグログさんの足元から発現し地面を盛り上げた。

 

「おっと。初心者なら直接打ってくると思ったんだけど、まさか下からとはね」


 少し驚いたトグログさんであったがすぐに体制を立て直した。

 体制を立て直したトグログさんに俺は間髪入れずに攻撃を仕掛ける。 


氷矢(ひょうし)!」


 サガとバモスさんの合わせ技。前回は火と水、今回は魔法とは違うスキルから生まれた氷。

 流石に少しは驚くだろう。

 俺の声に合わせて氷矢(ひょうし)は雨のようにトグログさんに降り注いだ。


「なかなか良いけどまだまだ荒削りだね」


 トグログさんは針を鞭状にして降り注ぐ矢の雨を防ぎきった。

 おそらく、前回も使っていた累次針(るいじばり)だったか? その練度はまさに達人。

 だがしかし俺はただ攻撃するためだけに技を使ったわけではない。

 サガの氷は俺も使われて実感したけど相当冷たい。本人が言うには多少は調整できるようだが、俺に干渉できる範囲ではなかった。

 この際温度のことはどうでもいい。真に重要なのは、サガの氷を活かして氷魔法を使える、ということだ。その下準備として氷矢(ひょうし)を使ったという訳さ。厳密には氷魔法とはちょこっと違うが文句を言う人はいないだろう。

 砕かれた矢はトグログさんの周りに散らばる。これだけでまきびしの効果が期待できるね。


「ダブルアクア!」


 俺は牽制にアクアを2つ使うことにした。1つは左にもう1つは右に。それらをトグログさんに当てるかのように足元に放った。野球のスライダーがイメージしやすいのだろうか。

 少しだけ届いてないがこれは布石。


「君もそろそろ疲れてきたのかい? 私まで届いていないじゃないか」


 俺は人差し指を立てチッチッチとジェスチャーをした後にトグログさんの足を指差す。


水氷矢(すいひょうし)!」


次の瞬間トグログさんの足は凍りついていた。


「いつの間に……」


 小学校の頃にやった理科の実験だよ。冷蔵庫でキンッキンに冷えたお皿にこれまたキンッキンに冷えた水を注ぐと氷ができる。

 今回の場合お皿が粉砕された氷矢(ひょうし)、冷たい水が水氷矢(すいひょうし)となる。

 水氷矢(すいひょうし)はアクアと氷矢(ひょうし)を合わせて冷たい水を作りたかった時に生まれた技だ。

 ここまで上手くいくとは思わなかった。嬉しい誤算だ。


 鍛錬の間に気づいたことだが、濫衝蠭集(らんしょうほうしゅう)で再現した技は無制限に使えるようだ。

 ただ、足を凍らせたからと言って安心はできない。一定の場所から動いていないという条件は前回と同様だからな。

 足が固定されている状態で後ろは振り向けない。今のうちに背中から攻撃を仕掛けるのが得策だろう。

 接近して剣を上段から振り下ろす。完璧だ。このまま一気にケリをつける!


「せっかく手加減してたのに……。恨むなら自分を恨んでくれよ?」

「え……?」


 トグログさんの背中に剣を振り下ろした瞬間、トグログさんの呟きが聞こえた。

 五感が悲鳴を上げている。

 俺は攻撃を中断し距離をとるためにバックステップで後ろに下がった。

 それとほぼ同じタイミングでトグログさんが針をマシンガンの弾のように連結して腕に巻きつける。

 その直後腕を下に向け自身の足元に狙いを定めた。


乱針弾(らしんだん)!」


 そう言った刹那、針は乱射され足周りの氷だけを粉砕した。

 どうやらただ闇雲に放つだけじゃなく精密な動作もできるようだ。

 どこまでも器用で俺の想像を上回る攻撃ばかり。

 前回身にしみていたことだが再び実感する。

 強い。それも果てしなく。

 だが今日の俺は今までの俺とは違う。今までの俺が「オールド・ソウマ」だとしたら今日の俺は「ニュー・ソウマ」だ。

 1つ失敗したならまた別の手段を試せばいいだけなのだ。

 手のひらに魔力を込めつつトグログさんとの距離を詰める!

 そして魔法を放とうと寸前。


「そこまで!」


 静止する声がかかった。

 その声の主はタフトさん。声色から察するにどうやら御立腹のようだ。


「それだけは使うなとあれほど言ったのに。あまりに威力が高いから罪のない人間には使わないと誓っただろう!? そもそもそれはあの凶悪な魔物の対策に用意した技じゃないか!」

「いやでも氷を砕いただけだし……ね?」

「ね? じゃねぇよ、ね? じゃ。この勝負は引き分けにさせてもらう」

「それはいくらなんでもひどいよタっちゃん!」


 そんな技だったのか……。タフトさんが止めてくれなかったら今頃蜂の巣だっただろう。

 それにしても勝てはしなかったけど、負けることもなかった。

 タフトさんが盾役(タンク)ということを考慮すれば十分すぎる結果だろう。


「トグログさんありがとうございました! 仕事終わりに付き合わせてしまってすみません」

「いやいや、子供はわがまま言ってなんぼなんだから気にしなくていいよ」

「そうだぞソウマ。これから会う度に挨拶代わりに殴っちまえ!」

「流石にできませんよそれは!」


 トグログさんを横目にそんなやり取りをする。

 そういえばトグログさんに初めて会った時俺がこの世界の人間じゃないってわかったみたいだけど、他のこともわかったりするのかな?

 それに商業ギルドの頂点に立つ人だ。何かしら情報を握っていてもおかしくないだろう。

 柴乃がこちらに来たことは確定ではないが、念の為。

 来ていなければそれはそれでいいのだ。


「すみません。1つだけ良いですか?」

「なんだい? 少年」

「ある人を探しているんですけどその人の行方ってわかったりしますか?」

「ん〜。私も占い師とかそういうんじゃないんだよね。君が負けなかった褒美に教えてあげるけど、私のスキルには鑑定のできる権能があってね? 見た人や物の情報がわかるだけなんだよ」


 それだけでも十分すげぇじゃねぇかよ。いいなーそんなスキル欲しかったよ……。


「でもまぁ協力してやれないことも無いよ。過去にも1回頼まれたことあるしね。その人の情報を教えてくれないかな?」

「色白で、髪の色素が茶色に近い色で、ポニーテールにしていたと思います。かなり整った顔立ちの子です」


 そう伝えた直後、なにか気持ちの悪い感覚になった。なにか大切なものを覗かれてしまったような感覚だ。

 そのことについて考える前にトグログさんが口を開く。


「わかった。ギルドに出入りする人間をよく見て、そのイメージの子が映ってる記憶がある人が居たらすぐに伝えるよ」


 ん? 長くて理解しづらかったな。えーっとつまりトグログさんがギルドに出入りする人を注意深く観察する。その記憶の中に柴乃の特徴を持つ人物がいないかを探す。もし柴乃の特徴に当てはまる人物と関わる、もしくは見かけた記憶を持っている人を見つけたら俺に教えてくれる。

 すごく重労働な気がするけど。

 ていうか鑑定って記憶も見れるのか?

 今まで異世界物は色々読んできたけど飛び切りチートじゃないか。


「まぁ君の中の記憶を見てどんな子なのかは理解していたけどね。あ、私ほど鑑定を鍛えていなければそうそう記憶を見られることはないと思うよ。それともう1つ言っておくと、仮に君が鑑定できるようになっても人に対しては無闇矢鱈にやってはいけないよ。相手にスキルなステータスを見られる感覚が伝わってしまうからね」


 あ、トグログさんがすごいだけなのね。

 いやちょっと待てよ。つまりさっきの気持ち悪い感覚の時に見られていたってわけか?

 しかもどんな子か理解してただと?

 そこまで思考してわざわざ俺の口から聞き出そうとしていたのだと気づく。


「ちょっと! 人が心配してるんだからおちょくらないでくださいよ!」

「いやぁ〜本音言うと君にとってどんな人物なのかをプロファイリングしたかったんだよね」

「でどんな立ち位置の子だったんだ?」

「それがさ……」


 トグログさんがタフトさんに耳打ちしたかと思うとタフトさんがヒューと口笛を吹いた。

 本当に仲は良いんだろうな。


「お前さんも隅に置けないじゃないか」

「鵜呑みにしちゃダメです。単なる出任せですよ。それじゃあ失礼します」


 

-・-・- ・-・・ ・・



「まずいまずいまずいまずい! オレがあの時慎重に行動していたらこんなことにはならなかった。まさかここまで準備が進んでいるとは思わなかった! 何やってんだよマジで。色恋沙汰には興味無いし、断ったら王家の人たちになんて言われるかわからないし。そもそもまだガキじゃねえか! それにタフトさんたちがどんな目に遭うかわかったもんじゃない。確かソウマのアレって残り1週間だろ? 今からでもオレ一人で遠くに行ってしまおうか。いやいやいやシルビアさんとアイラがなんて言うかわからない。それにタフトさんだってそうだ責任感が強いが故に絶対恐ろしいことになる。それにキャンディは悲しむのだろうか? いやいやいやそこは論点じゃない。あのまま放っておいたらバモスが何するかもわからないし。それにオレはここを出ていきたいとも思えない。ものすごく居心地が良いからだ。そしたら逆にキャンディを追い出してしまうか? そうだ!そうしよう! でもあいつ勘当されてるからここ以外に居場所もないんだよな。本当にこれしか道はないのか!? いや何かきっとあるはずだ他の道が。オレの本心はなんて言ってる? うん……うん。 受け入れてんじゃねぇよバカヤロウ! 一方的にも程があるだろ。でも確かに今まで寄って来た女とは違う感じはするな。今までの奴は『かっこいい!』だの『お話だけでも!』って感じだったけど素の俺にも嫌悪感を示さないし、内面を見てくれている気がする。母さんも『サガの外見じゃなくて中身を見てくれる人があなたには必要よ』って言っていたな。いやでもソウマだってオレの内面を見てくれてる! 必ずしも異性である必要性はないはずだ。だけど父さんが言っていたな『そうだぞ。内面を見てくれる異性っていうのはほぼ確実にお前の奥さんに相応しい人だ。出会ったら逃すんじゃないぞ?』って。父さんがそう言うならそれが正しい選択なのか……でもまだガキだぜ?」

「うぃーっす勝てなかったけど負けもしなかったぞ……ってどうしたんだよ。家出る前から同じようなことばっか高速で繰り返してるじゃねえか」


 人が考え事してるのに入って来やがってプライバシーの欠片もないのか。いや今回はオレが悪いな。


「もしかして結婚のこと悩んでるのか?」

「あぁそうだよ。ったくどうすりゃ良いんだよ……」


 そうだ! いっそここの人たちを皆殺しにしてしまうのはどうだろう。

 ……できるのか? 今のオレに。この居心地のいい場所を捨てられるのか?

 無理だな。ここで楽しい時を過ごしすぎた。オレはまだここで冒険をしていたいと思っている。

 そう結論を出したオレは髪をクシャクシャと掻き黙り込む。


「結婚しちゃえば?」

「適当に言うなよ! 守るものが増えるんだぞ!? それが如何に大変なことかわかってるのか! 責任だって相当なものだ。それに何度も言うがまだガキ何だぞ向こうは」

「嫌いって答えは無いんだな?」

「まぁな。一緒に生活してみて徐々にそう思わなくなったってだけだ。人を好きになる感覚っていうのはまだわからん。そしてオレの好みはガキじゃない」


 オレが適当に受け答えするとソウマが少し怒ったようにオレに話しかけてきた。


「いいか? お前を上部で空いてくれる人は多いと思う。だけどなお前の暗い内面までしっかりと見てそれでも好きと言ってくれる人が居るんだぞ? お前は確かに引く手数多だよ。でも本気で好いてくれる人を見放したらお前は一生後悔するぞ。お前にはオレのような思いはして欲しくない。結婚するにしろしないにしろしっかり結論を出せ。何も言えずに終わるのは1番虚しいことだからな」


 ソウマはそれだけ言うと部屋を出て行った。おそらく1人にしてくれたのだろう。

 何がきっかけでそんなに気持ちが入っていたか尋ねたかったが、2択すら選べないオレに聞く資格はないと思う。それにオレは恋愛に興味もないし……。だいたいガキと結婚なんかできるわけないだろ。

 少しすると階段を登ってくる音が聞こえた。ソウマが入ってくるかと思いオレは崩れた座り方を直して構える。

 すると入って来たのはソウマではなくキャンディであった。


「ソウマが怒った感じで降りて来たから何事かと思ったんだけど大丈夫そう?」

「あぁ心配要らない。……そうだ、お前に質問があるんだけど少し良いか?」

「ドンと来なさい!」

「本当にオレで良いのか?」

「え? なんで今更そんなこと聞いたの?」

「オレの根っこはドス黒いしお前が思っているほど良い人間じゃない。それにオレはお前が王家の人間である時から杜撰な態度を取ってきた。だから辞めておくなら今のうちだぞって忠告しておこうと思ってな。お前が好きなのかもわからん」

「確かにキャンディも最初はかっこいいなーって思って好きになったけどそれだけじゃないわよ。あなたから他の人には感じられない殺意と憎悪の念を感じたからそれをなんとかしてあげたいと思った。それにあなたは自分で思っているほど悪い人じゃないわよ。ただ強いて言うならお前呼びは良くないところかしらね」

「お前本当に同い年なのか」

「それよ! ちゃんと名前で呼んでよね。正真正銘18歳よ」

「そうか? オレには7~8歳のガキにしか見えないんだが」


 どうせ子供の頼みだ。本気じゃないだろうしな。一緒に生活してみて好印象だったっていうのは真実だ。

ある程度の歳になるまでは結婚なんてできないだろう。お守りくらいならしてやっても良いかな。


「じっとしてろ……痛みは一瞬だ」

「何が?」


 オレは将来の伴侶にオレの物である証を付けた。

 ようやく自分の中で結論が出た。オレで良いのかと聞いたけど正直不安だった。

 勝手に芯まで自分が好かれていると思うのが。間違いなくオレの人生の中で1番の決断だ。

 お年寄りや幼い子供などの社会的弱者は狙われやすい。この証があればまじないくらいにはなるだろう。

 ぶっちゃけまだよくわからないがこの人となら一緒にいるのも悪くない。そう思った。


「ちょっと! いくらなんでも早いでしょ!? 本番はどうするのよ」


 あれ……。想像してた答えと違う。


「シルビアさん! アイラちゃん! 今すぐに式始められる?」

「どうしたの? キャンディ、1週間後のはずでしょ?」

「せや。そんなに焦らんでも逃げるなんてことがあったらウチがボッコボコにするから安心しとき」


 2人が喋りながら階段を登ってきた。

 そしてキャンディの首元を見て全てを察したらしく、ニヤニヤとオレの方を見た。


「あらまぁ。つまみ食いしちゃったのね」

「ドレス持ってくるー」


 今考えるとみんな親切心で準備してくれていたんだよな。後で礼を言わなきゃならない。


「バモス! お城の皆さんをお呼びしろ。勘当とは言え、晴れ舞台は見せて差し上げないと心苦しい」

「了解でーっす! おっちゃん」


 みんなが祝ってくれている中ソウマは黙ってこちらにサインを出した。

 向こうの世界のサインは知らないがおそらく『よくやった』ってことか?

 少しその笑顔にイラっときたがオレはそれを抑えることにした。

 今回ばかりは感謝するべきなのだろう。本人には言わないけどな!

 こうしてオレの考える以上に状況は加速していくことになった。


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