多事多端でたじたじ
本日2話投稿!
11話も出してるからそっちも見てね!
少し前、いや実際には一瞬か。直感が感じ取っていた次の一手で決着が着くという考えは当たっていた。
俺はトグログさんに切りかかったがトグログさんは俺には攻撃をせず生成された剣に針を一本刺した。
「一体何を?」
「これは『死針』と言ってね。相手の急所に刺さるようになっているんだ。私も今わかったけど対象は生き物だけじゃなかったみたいだね」
「剣に急所?」
そう思った俺だったが剣をよく見るとトグログさんが刺した場所には少しだけ隙間があった。
そしてその隙間は針が刺さったことで拡張されている。
半ば諦めながら針を抜くと剣は瞬く間に針の山になってしまった。
「こんなに溜め込んでいたのか」
「さっきまで剣だったものが辺り一面に……。もう……なす術がない」
剣と共に俺の闘志も破壊されてしまった。今まで思考を巡らせて負けたことはなかったからだ。
格上のサガやアイラにだって勝てた。しかしこの勝負には決定的な敗因がある。それは経験だ。
サガとアイラは同い年、しかしトグログさんは少なくとも俺の2倍は生きている。それに俺は元々この世界の人間じゃない。俺は今までやろうと思ったことは下手でもできてきた。勉強だって運動だって料理だって。
思考し持てる全ての力を出したにも関わらず軽くあしらわれてしまった。俺はこの時初めての挫折を味わうことになる。
「ほら 立てるかい? 少々大人げなかったかな」
「ありがとうございました……」
落ち込んだ俺の肩にタフトさんが手を置く。
「落ち込むこたぁねぇよ。こいつは仮にもギルドマスターなんだ。裏を返せばお前さんがこいつの面子を守ってやったってことさ」
こういう時の優しい言葉はすごく涙を誘う。
「前より腕を上げたんとちゃう?」
やめてくれって……。
「全体的に悪くなかったぞ」
サガまで……。
「お疲れ様。最後までよく頑張ったわね」
泣いちゃう。泣いちゃうから。
「ソウマ もう俺ちゃんより強くね?」
ソウマ18歳男泣き。
泣きながらも思考を止めることはしない。している時間はない。
タフトさんのメンバーがあんなに強いってことはタフトさんと近しい実力を持っていたってことだ。今のペースでは間に合わない。濫衝蠭集の研究と新しい技、魔法の習得などなどやることは山積みだ。対人に限った話じゃない。この世界には俺の世界とは違うモンスターがうじゃうじゃいる。今の弱い俺が出会ってしまっては無事に生きて帰れるとは言い難い。生き残るためにも強くなるんだ。
みんなの優しい言葉で少し立ち直ると俺はその足で図書館に向かうことにした。
「俺しばらく図書館にいることにします」
「そうか。飯は自分で調達できるんだな?」
「はい。その辺のやつを狩って食べます」
「わかった。行ってこい!」
そう言うとタフトさんに背中を思いっきり叩かれた。
あまりの衝撃に耐えきれず俺はぎっくり腰になってしまう。
そして疲労と痛みで俺はしばらく寝てしまったらしい。
俺の意識はそこで途切れた。
-・・・ ・・ -・・-・ ---・-
あーあー。おっちゃんやっちまったよ。
前にサガでもおんなじことになったのに。
「バモス、悪いがソウマを家まで連れて帰ってくれ」
「なんで俺ちゃんなんだよ! アイラはともかくサガだっているじゃんか」
「今朝からサガの様子がおかしくてな。休ませてやろうと思ってるんだ。お前も歳上なら気づいてやってくれ」
まったく。俺ちゃんは面倒事を押し付けることはあるけど押し付けられることは嫌いなんだよ。
誰が面倒事を押し付けるだ! あ、言ったの俺ちゃんか。
それよりソウマだ。えーっと? あー腰かぁ。
「サガ〜。 氷くださいな」
「疲れてるオレに対して頼みごとをするとはな」
グチグチ言ってるけど素直に氷を作ってくれた。敬語使わない時点でよっぽど疲れてることがわかるね。
そういうところが憎めないんだよなぁ。炎症が起きてるからまずは冷やさないとね。
これをいかに早くできるかで治るまでの時間が変わってくるんだよね〜。
「ソウマー? 聞こえるか〜?」
「……」
うんそりゃそうだろうね。あんだけの力で叩かれちゃあこうもなるよ。
にしても少し意識があったら手足を縮めてもらって運びやすくしようかなーとか思ってたんだけど。
手足がダラーンとしてると運びづらいったらありゃしない。
近くにいるアイラの力を借りることにしよう。
「アイラ頭の方持ってもらえる?」
「ん? こう?」
なーにをしてるんだよ。頭の方って言ったら普通肩とかでしょーが。
直接頭は掴まないでしょ。しかも片手で持つなんて。扱いが雑!
それに段差があったら手滑って首折れちゃうよ。
「……ソウマは俺とバモスで運ぼうな」
流石おっちゃんだ。道中ほぼ揺らさずにソウマを家に連れて来られた。
「にしても意外ね。1番こういうのに疎そうなバモスがしっかり処置できるなんてね」
「これでも俺ちゃん世界を飛び回ってましたらね。怪我してる子供もその時に助けてたんで身についたって感じですよ」
「人は見かけによらないってやつだな」
「ホンマやね」
「そこ! 失礼だぞ!」
---・ ・・- -・・-
俺が目を覚ますとベッドの上にいた。
さっきまで広場に居たはずなのに……。
もしかしてすっごいリアルな夢でも見てたのか?
1人で考えててもわからないし起き上がってみんなに聞いてみるか。
「いった!」
起き上がろうとした俺の腰に激痛が走った。
俺の声が聞こえたのかタフトさんが俺の部屋に入って来る。
「すまないなソウマ。激励のつもりでだったんだが少し力加減を間違えてしまった」
いつもは大きいタフトさんが今は少し小さく見える。
「まだ痛いですけど大丈夫ですよ。動けないほど痛いってわけでもなさそうですし。ちゃんと気持ちは伝わってますから」
「そうか? そう言ってもらえると救われるよ」
「歩いてどうこうはちょっとキツいんで庭で魔法の練習でもするとします」
「さっきまで寝込んでたのにもういいのか?」
「ええ。トグログさんに勝てなきゃタフトさんには勝てないでしょうからね。リベンジのために時間が惜しいんです」
俺はどこかでアイデアさえあればなんとかなるって過信してしまっていたところがあった。実際、サガやアイラにはどうにかなってしまっていた。
しっかり土台を固めなきゃいけないよな。
「本当にすまなかったな」
「もう大丈夫ですって。その代わりと言ってはなんですがこれをたくさん作ってもらうことってできますか?」
俺がポケットから取り出したのはトグログさんが使っていた針だった。
最後の一手にも使ってくるくらいだから対策は必須だろう。
トグログさんには申し訳ないけど絶対に勝ちたいんだ。ちょろまかしたのは大目に見てください。
「わかった。数えられない本数でも何本でも作ってやるさ。針の1本や2本なくなったところでアイツも気づきはしないだろう」
俺はタフトさんと会話を終えると庭に行き早速魔法の練習を始めた。
まずは新しいことを覚えるよりも今覚えてることを磨ことから始めよう。
指パッチンの強弱でどうにかなる問題じゃないだろうな。
一番聞きやすいサガは疲れて寝てたしスキルだしアイラは物理タイプな感覚派だろうし……。
俺が難しい顔をしていると洗濯物を干しに来たシルビアさんと目が合った。
「そんなに痛むの?」
「いやいや。そうじゃなくてですね。魔法を磨こうにも誰かに見てもらうか聞かない限り上達はしないだろうと思いまして」
ん? シルビアさんって以前フウとライの住処を作るときにバンバン魔法使ってたよな?
「私でよければ教えてあげられることは協力するけど」
キタコレー! 1番お淑やかで綺麗な人に教えてもらえるなんてね。
「願ったり叶ったりです。よろしくお願いします!」
「魔法を上達させるためには魔力を上手く扱えなきゃいけないのよ」
確かにごもっともかもしれない。俺が使えるようになったのも一点に集中させたからだ。
「一度ファイヤをやってみてもらえる?」
「わかりました。……これでいいですか?」
「それじゃあ少し見ていてね?」
そう言うとシルビアさんは俺の手の近くで何やら占いのように手を動かしている。
俺がファイヤに視線を戻すと明らかに大きくなっており、火の色もオレンジから赤になっていた。
「そのまま上に打っちゃいなさい」
「わかりました」
俺が放ったファイヤは従来よりかなり距離が伸びた後消滅した。
「今のがフレイムよ」
「なるほど。でも今のはシルビアさんが俺に手助けしたからできたものですよね?」
「違うわよ。私がやっていたのは空気中の魔力のコントロールよ」
俺は体の中の魔力のコントロールで手一杯なのに空気から持って来たんかい。
この世界の人には魔力の流れが見えているらしいが俺は目を凝らしてようやく見えるかどうかってレベルだ。
「今から空気中の魔力を集めてみるからよく見ているのよ」
俺は目をカッと開き刮目した。
シルビアさんの手からうっすら網のような物が出ているのが見えた。
その網は空気中の水泡を集めてシルビアさんの体内へと運んでいた。
あの水泡が魔力ってことなのかな?
そんでもってあの網はシルビアさんがコントロールと言っていた正体だろう。
「見えたかしら?」
「はい。でも俺にはどうすればいいのか……」
「それじゃあもう1度ファイヤ出してみて」
言われたとおりに掌にファイヤを出す。
「次はそれの形を変えてみて」
? 形を変える? まるで意味がわからんぞ。
「今の丸っこいこれを四角とか三角にするってことですか?」
「いいえ。もっと大きく形を変えるのよ。見ていてね」
そう言うとシルビアさんは再びファイヤに手を近づける。
みるみるうちにファイヤは形を変え、四足歩行のかわいいあの動物。犬の形になった。
ちなみに俺は猫か犬かでいったら犬派だ。
「どうかしら? ソウマはまだ空気中の魔力を本格的に集めたり操ったりするのは難しいみたいだからまずはこうやって訓練してみたら? これなら少しではあるものの空気中の魔力を集める感覚もわかるはずよ。さすがにここまで大きく変える必要はないけれど、スムーズにできるようになれば魔力の扱い方が理解できると思うわ」
「ありがとうございます! やってみます」
そうは言ったものの、それは非常に難しいことだった。
目を凝らしながら見えない網を作り出して魔力をかき集め形状を変える。一般人の俺には相当しんどい。
ただでさえ体内の魔力を操作するのだって大変なのだ。少しとはいえ空気中の魔力をどうこうするというのはなかなかに厳しかった。
「あ、あの〜。目を凝らさなくても魔力が見えるようになる方法なんてあったりしますか?」
「千里草がもしかしたら役に立つかもしれないわね。家の庭で育てているあの植物よ」
花まで緑だったから全然わからなかった。俺の記憶が正しければ見た目は緑色のパンジーだ。
「この植物なんだけど煎じて飲むと視力の回復を見込めるらしいのよ。魔力が見える見えないは視力に直接は関係しないけれど、試す価値はあるんじゃないかしら?」
物は試し。早速やってみよう。それにこの世界に来てから初めてスープと水以外のものを飲む。一体どんな味がするのか楽しみだ。
食への探求は忘れない。それが紳士の嗜みというものなのだ。……料理は下手だけどね。
「ありがとうございます。試してきます!」
「慌てないで。淹れて来てあげるからちょっと待ってなさい」
なんだ。モンスターや魔物からゲットした素材しか売れないと思っていたけどこんなに身近に良いものがあったじゃないか。これも商品にできる自信があるぞ。
考えている間にシルビアさんが戻ってくる。
どうやら出来上がったようだ。
先程落ち込んだ気持ちはどこへやら。ワクワクした気持ちが湧き上がってくる。
「はい、どうぞ」
「ではいただきます。しかし綺麗に手入れがされた庭ですよね。植物もみんな元気そうで。せっかくですし他の植物も教えてもらえますか?」
「そうね。あとは青染の実なんかを育ててるわよ」
そう言ってシルビアさんに渡されたのは言わずと知れたブルーベリーだった。
先ほどのパンジーのようにこの世界にしか無さそうなものもあれば俺の世界と姿形が同じ物まであるんだな。
「さっきの植物は煎じて飲んだり観賞用? でしたけどこれはどういった使い道があるんですか?」
「これはさっきのとは違って食べられないんだけど色を付けるために使われるわね」
え!? もしかして可食って知らないの? あんまりシルビアさんと話したことも無いしここは仲良くなるためにドッキリを仕掛けてみるか。
「これって本当に食べられないんですか?」
「ええそうよ。間違っても食べたらダメよ。小さい時にみんな食べちゃダメって教えられてるのよ?」
「へ〜そうなんですね!」
ブルーベリーを見ていた俺はその実を口元まで持っていき食した。
シルビアさんは驚き俺の方を一瞬見たあと大きく慌てた。
「何してるのよ! 早く吐き出しなさい!」
そんなシルビアさんの反応を見た後に俺は飲み込む。
「俺の世界にもこれと同じ植物があるんですよ。これは食べ物です。それに食べられないって誰かが食べてみたんですか? 多分色を付けることにしか使ってこなかったから噂が独り歩きしちゃったんでしょうね」
「そういうことなら良かったけど……。これって本当に食べられるのよね? 今まで生きてきて食べ物って認識がなかったから……」
「実際に食べてみて大丈夫だったんですから。シルビアさんもどうです? まぁ僕が育てたわけじゃ無いですけどね」
恐る恐るブルーベリーを口にするシルビアさんを笑顔で見ている俺。側から見たらサイコパスですね。
「うーん。甘いような酸っぱいような……あ、酸っぱさが消えて甘くなったわ! あとで皆にも教えてあげなきゃ」
「良かったですね口に合ったようで」
微笑ましい気持ちになりながら口に残ったブルーベリーの甘さを淹れてもらったお茶でスッキリさせようと思い、俺は千里草を煎じたお茶を口にする。
次の瞬間俺の視界はスッと広がり目の前にいくつもの水泡が確認できた。
文字通り視界が開けた。クスリをやっている人はこんな気分なのだろうか?
「……見えましたよ! 意識しなくても」
「あら、そう! これが食べられることの方が衝撃が強かったからあまり驚けなかったわ」
「シルビアさん、食べ物を甘くするときに使っているものってなんですか?」
「えーっとここに生えてる下甘菜から汁を絞って網で余分な物を取り除く、それを煮詰めた後に一気に高い温度で塊ができるまでさらに火にかけて、最後に袋に入れて振り回してドロドロしたものとサラサラしたものを分けるって工程を通して甘い粉になるのよ」
難しい工程を言われてもわからないが、大根っぽい見た目の白い植物から砂糖を作成しているようだ。柴乃なら理解できるんだろうが俺にはさっぱりだ。
しかし砂糖を作れるってことはこれは砂糖大根なのか? 砂糖大根は確か正式名称で甜菜だったと思う。
こんな雑学まで覚えてるなんて俺天才! なんて冗談は置いといて授業で習ったんだよな。社会科の授業が懐かしい。
新しいことばかりで忘れかけていたが千里草を煎じたお茶はルイボスティーのようでとても飲みやすかった。そこまで詳しいわけじゃないけど家にあったから記憶に新しいな。俺の読書の良き友だ。
少し苦味があるけど後味がスッキリするんだよなぁ〜。
ふ〜む? 金の匂いがしますなぁ。普通のお茶ならあるかもしれないがこれはブルーベリーと合わせればお目々にいいことがわかっているんだ。魔法を使う職業の人なら欲しくなるんじゃないか?
ブルーベリーの酸味をパンジーのお茶で消して甘みを甜菜で引き出す。
うんアレですね。この世界の主食はどうやらパンのようだし。俺が米やそれに近い物を見たことないだけかもしれないがそれならそれで問題はないだろう。
「シルビアさん! 新しい物を思いついたので制作に協力してもらえますか?」
「勿論よ。私にできることなら任せてちょうだい」
「あ! もう1つ足りないものがあるのでそれを探してきてもいいですか?」
「何を探しているのかはわからないけど、我が家の庭はこの村でも随一の種類の植物を育てているわよ」
それだったらレモンも見つかりそうだな。なければクエン酸を多く含む植物で代用するけどね。
そう考えていた俺の目に特徴的な黄色い果実が映る。
「あーあるんだ!? 育て方大変だろうに」
「え? 普通に適度なお水をあげてお日様にしっかり当たるようにしてるだけよ?」
この世界の魔力が影響しているんだろう。成長や発芽に足りない栄養素や環境を魔力で補ってさも普通に生息しているように存在できるんだと思う。
まあ今はそれより目当てのものが見つかったことを喜ぼう。
「それは黄染の実と言ってね、物を黄色に染めたい時に使うのよ。それに少し面白いのだけれど相手から決闘を申し込まれた時にこの黄染の実で色を付けた黄色い物を相手に渡すことで応戦するという意味合いを持つのよ。まさかとは思うけどこれも食べるって言わないでしょうね?」
そのまさかなんですけどね!
家の中に入り台所を借りる。
わざわざ皆が知ってそうなことを言うとめんどくさそうだし某3分クッキング方式で行くか。
「本日の材料は・千里草を煎じたお茶 ・下甘菜から作られた甘い粉 ・黄染の実の汁です。 そして出来上がったのがこちらになります」
まさか本当に3分もかからないとは……。魔法のおかげか? 家庭科の教科書には時間がかかるみたいな書いてあったはずなんだけどな。
「これはなんて名前にするのかしら? とてもいい香りがしているけど」
これは俺の世界の名前を使わせて欲しいな。俺にとっては数少ない馴染み深いものなのだから。
「これはジャムって名前にしましょう!」
説明しよう! ジャムとは英語の古い言葉でグチャグチャと噛むことをCHAMと言うのだがそれが変化していきジャムになったのだ!
しかし本当はメジャーなイチゴもあれば良かったんだけどな。まぁいいや。上手くいったことだし魔法の練習に戻ろう。
外に出て庭に戻る。
再び俺はシルビアさんに習ったことを始める。さっき作ったジャムのおかげでお目々は未だに素晴らしい働きをしている。光受容細胞が正常な向きについてたらもっといいんだけどな。
いかん、思考がそれてしまった。
さっきシルビアさんはファイヤを犬の形にしてみせた。
あれほど形を変えるのは無理だ。だからまずは三角形を目指す。
見えることと見えないことの差は大きい。格段にやりやすくなっている。
とはいえ難しいことには変わりなかった。ただ大きくなるだけでなかなか形状を変化させることができない。
じわじわと疲労がたまる中練習を続けた。
---・ ・・- -・・-
どれほど続けていたのか。
気がつけば日は傾き空は赤く染まっている。
そろそろ終わりにしようかと思いドアに目線を向けるとちょうどシルビアさんが出て来るところだった。
「どうかしましたか?」
「ほら、ソウマが考えてくれた食器があったでしょ? あれに色を付けたらもっと素敵になると思って染色用の実を取りに来たのよ」
「手伝います!」
「ありがとう。それじゃあお願いするわ」
シルビアさんと一緒にブルーベリーやレモンを収穫する。
夕日を受けて輝く果実は非常においしそうだ。あとで何個か貰うことにしよう。
そう思いつつ収穫を続けていると何やら赤い果実をシルビアさんが収穫しているのが目に入った。
よく目を凝らして見るとそれは俺が先程欲したイチゴの姿がそこにはあった。
あるじゃないかイチゴ! これでジャムの王様であるイチゴジャムも作れる。
ウキウキしだした俺をシルビアさんが不思議に思ったようだが、こちらを見るだけで特に何かを言ってくることは無かった。
後でもう一度驚かせてみよう。きっとイチゴも美味しいはずだ。
「夜、俺が魔法の練習を終えたらジャムについてみんなに話すことにしましょう。きっとみんな喜んでくれるでしょうし、商品化だって夢じゃないと思いますよ?」
「そうね。お楽しみは最後まで取っておきましょう。困ったことがあったらいつでも言って頂戴ね?私は中で洗い物をしているから」
さ・て・と、優先順位を思い出せ。やっぱり人間って新しいもの好きなんだよな。かく言う俺もつい先程、食べ物の誘惑に負けて魔法のことを忘れてしまっていたんだけどね。
シルビアさんは網を作って魔力を集めていたけども。俺はあんなことはできないと思う。生き物の魔力と自然界の魔力が+ーで引き合う関係だったら楽だったのにな。網で集めているところを見る限り何とも引き合ったり離れたりしない無重力下の水のようなものなのだろう。
果たして俺にあんな芸当ができるのだろうか?
待てよ? 『集める』んだよな? 一か八か試してみよう。
「濫衝蠭集! をしながらのファイヤ!」
この技は発動するまでに少し時間がかかるのが玉に瑕なんだよな。
準備完了の合図は黒い光が白い光に変わった時だ。
俺は利き手である右手でファイヤを行使したまま左手の濫衝蠭集に近づけた。
周りの魔力を吸収しながらパワーアップする! そう俺は睨んでいたのだった。
俺のファイヤが吸い込まれてから10秒くらい経っただろうか?
黒い光は白い光へと変わりオレンジ色の炎は真っ赤な赤色になって出てきた。
多分まだまだ吸収する力が弱いから自然の魔力は巻き込めないんだろうな。
サガとバモスさんの攻撃もトグログさんの攻撃も自分から受けに行ったから吸収できていた。
そうしなかった場合はおそらく成功していない。
まずは濫衝蠭集を研究する必要がありそうだ。
確か吸収したものを合体? それか強化? して出すカウンター技なんだよな。
で準備ができたら黒い光から白い光になると……。
他には何か特徴がないものか。
しかしサガとバモスさんの攻撃を吸収した氷の矢はカッコ良かったよなぁ。
「氷矢! なんてね」
すると黒い光が白い光へと変わり中から氷でできた矢が出てきた。
「そう来たか……」
思わず言葉が出てしまう。しかし便利な技だ1度使った物がもう1度使えるなんて。
「氷でできた矢!」
今度は誰にでも伝わるように言ってみた。条件がわからない以上端から端まで調べなくては。
濫衝蠭集はうんともすんとも言わなかった。どうやら命名した物しか再現できないらしい。
そしてもう1つわかったことは濫衝蠭集はひっきりなしに発動していて俺の左手に存在していたということだ。
以前は盾を使った際に使えたのだが、どうやら強化され俺自身が発動できるようになったらしい。
常時発動していても疲労感が増えたようにも感じないし違和感も無かったため気づけなかった。
だとしたらトグログさんと戦った時に出たあの剣も出せるだろう。
針の剣で? 銀色。うーむ今後も使うとなるとカッコいい名前じゃないと嫌だな。氷矢は雑にやってしまったし。
針剣・白銀良さげ、これで行きましょう。
「来い! 白銀」
勝手につけた名前を呼び出すとそれは左手から現れた。
先ほどから矢だったり剣だったりが左手から出るなんてマジックみたいだな。
マジックか……。防御に使ったアレも使えるかもしれないから覚えさせよう。あとはコレとアレと……。
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アイツが来てから生活が変わっちまったな。タフトさんの店は繁盛し、魔物を従えて商業ギルドに加入。そして俺はオウジョサマのお守り。本当に面白い奴だよ。
そろそろ日も暮れてくるし出て行かなきゃな。
「サガ? そろそろご飯やけど食べんの?」
「あーっと……。そうだ! 用事があるから今日は要らないって伝えてくれ」
「? あんまり遅くならんようにね」
思わず敬語忘れちまったが怪しまれなかったし問題はない。
それはオウジョサマに言ってくれ……。
今回はあの人が居るわけでもないし正面から入ることにしよう。
オレがお城に着くと警備の人に止められてしまった。
「そこの貴様! 止まれ! こんな時間に何用だ?」
「王女様に会いに来ました」
「ほぅ? 面会の約束でもしているのか?」
「まぁそうですね」
ったく人が下手に出たら横柄な態度取りやがって。後でコイツの足元だけ凍らせておこう。
「では名を述べよ」
「サガと申します」
「なんと!? 貴殿がそうでしたか。とんだご無礼をお許しください。皆の者! 道を空けよ! サガ殿のお通りである!」
何だ? オレの名前を出した途端真逆の態度になったぞ。
タフトさんの店のおかげでオレも丁重に扱われるってことなのか?
まぁぞんざいに扱われるよりよっぽど気分は良い。このまま部屋までお邪魔するとしよう。
豪華な扉を開けて中に入ると中はとても暗く、人っこ1人いない静けさだった。
すると後ろから刺していた月明かりが急に途絶え、真っ暗闇の中に閉じ込められてしまう。
あのガキやりやがったな!
「おい! ここから出せ! これが客人に対するもてなしなのか!? さっさとしないとぶっ飛ばすぞ!」
「落ち着いてくださいサガ殿。もうしばしお待ちください」
ここまで言ってようやく出してくれる気になったか。第一閉じ込めといて落ちついてくださいはねえだろ。
そう思っていたのも束の間、部屋の照明がつき俺は明順応に襲われる。
ようやく適応したオレの目が見たものはドレスを来たオウジョサマに本を持った神父、この国と関わりがありそうな他国の王家の人たち。そして大きな布にこれでもか! と書かれた『結婚おめでとう!』 の文字だった。
どうやらオレは嵌められたらしい。
「はっはっは! 勝手に取り決めたと思ったら向こうもその気だったようだな」
「王様それはどういう?」
「その服装だよ。わざわざ正装を着て来ただろう?」
この国の生まれじゃないからわからないが、オレの服装はどうやらこの国での正装に似通っているようだ。
白の上下に手袋、気に入ってたのに憎いと思う日が来ようとは……。普段着が正装なようじゃやりにくいしそろそろ新しい服を用意すべきかもしれない。
「しかし王様これは普段から着用しているものでして……」
「よいよい。皆まで言うでない。こちらこそ感謝しているのだ。君のようなしっかりした青年なら我が娘を任せることができる」
この人何も聞いちゃくれないよ。だから油断できないんだ!
こうなったら直接聞くしかないか。
オレがオウジョサマに事情を聞こうと階段を登ると式が始まると勘違いした参列者が拍手喝采し始めた。
「おい! これはどういう風の吹き回しだ!?」
「キャンディもよくわかってなくて……。父上と母上に今日あなたが来るってことを伝えたら大急ぎで準備し始めてこの有様よ」
「じゃあお前のせいでは無いんだな?」
「当たり前よ!」
「どの口が言ってるんだよ!」
んな俺たちの様子を見て司会らしき人が喋り始めた。
「さぁ初めての夫婦喧嘩が起こっています。仲睦まじいですね〜」
そんな司会者の言葉であたり一帯は笑いに包まれた。
逆効果だぞ! 貴様ぁ! 場を癒すなオレを癒せ!
理不尽な状況を見てオウジョサマが小声で話しかけてくる。
「ここには他の国の偉い人が沢山いるし、父上と母上も婚約を破棄したとなればあなたたちはキャンディをたぶらかした連中として扱われてタダでは済まないでしょうね」
「じゃあどうしろってんだよ!」
「時間をかけてゆっくり好きになっていけば良いんじゃないかしら?」
「荷が重いし勝手すぎるだろそんな話!」
だが利用すると考えればかなり好条件ではある。タフトさん達を優遇することもできるだろうし子供の頃のように貧しい思いをすることも無くなる……。こうしてドレスを着た状態を見ると容姿も整っている。
だけど責任やプレッシャーが重くのしかかってしまう。それに今までみたいな自由な暮らしを望める保証は無い。
冒険者は自由でしがらみのない職業だ。この点オレにとっては最高の場所になる。
ところがここで王族の仲間入りをしたらどうだ? 仕事に囚われ数多い決まりごとに翻弄されることになるだろう。
第一オレは政に興味がない。おえらいさんで勝手にやってくれればそれでいいんだ。
落ち着け。どうにかこの状況を切り抜ける手段を模索するんだ。
オレが今ここでこの場の全員を皆殺しにするというのは言うまでもなく却下だ。多分だができるとは思う。
だがしかし仮にできたとしても1人でも目撃者を残せばオレの頭と胴体は一緒に居られなくなる。
それにこの国の王家が全滅した場合他の国がどう出るかもわからん。今の戦争の状況をもっと詳しく知っておけばよかった……。
こうなりゃヤケだ。とりあえずここでは逃げるが勝ち。今ここで王女を連れて帰ろう。
オレは照明に向かって氷を放ち部屋一帯を暗闇にした。あまり能力は見せたくはないが今は緊急事態だ。
説得する間も惜しいのでメッセージを残してその場を立ち去ることにした。
『王女様はいただいていきます』
-・ --- -・ ・- -- ・
後書きを見た王様は怒るどころかとても満足していた。
「うむ。なかなか人を楽しませることを心得ているのだな。笑いの絶えない家庭にしてくれよサガ殿」
「何を落ち着いているんですか! 姫が攫われてしまわれましたよ! 助けに行かないのですか!」
「え〜皆様本日はお楽しみいただけましたでしょうか? お足元にお気をつけてお帰りください」
この一言で参列者は見せ物だと解釈し満足げに帰って行くのだった
部屋の中にこの国の者のみが残った部屋で王様は席に着く。
「皆に命じる」
そして王様は一呼吸置いて困惑する一同に話しかけるのであった。
「まだ酔いは回ってないかね? このまま祝賀会と洒落込もうじゃないか」
その言葉に1人の騎士が言葉を放つ。
彼の名はバルト。王様の昔ながらの友人であり騎士団の団長を勤める男だ。その実力は折り紙付きであった。
王様がまだ王として即位するよりずっと前、やんちゃな子供だった時に同じ師匠の下で特訓をしていた昔馴染みでもある。
完全に余談だが、キャンディがお転婆な性格なのは王様譲りなのだろう。
「恐れながら王よ! それは公私混同というものではございませんか!」
「良いではないか。決められた相手としか婚約できぬ人生などつまらぬだろう。かつての私がそうであったように時には自分の思うがままに動くことが幸せへの道になることだってある。そうだよな?」
そう言った王様は女王様の方を向き頷いた。
「我が娘キャンディをこれより勘当と致します」
「というわけだ! バルトも呑め呑め! 今日は無礼講だ。昔のように語り合おうではないか!」
その言葉にバルトは少し悩む様子を見せたが諦めたようにグラスを手に取る。
「しょうがない。王様には敵わねぇや。本当に心の大きな御方だよ。ここには他の国の人間もいねえし昔通りでいいんだよな?」
「構わぬぞ。第一お前はいつも堅苦しい。昔のお前はどこに行ったのだ? お前は私の弟弟子であったはずだろう?」
その言葉を皮切りに一同は杯を持ちキャンディの婚約を大いに祝ったのであった。
-・・・ ・・ -・・-・ ---・-
ふぃ〜やっぱり風呂は最高だな。ソウマの介抱で全身が疲れた〜! って言ってたから癒されるってもんだよ。
俺ちゃんがゆっくり風呂に入っていると外から物音が聞こえた。
「女か?」
決して邪な気持ちは無いけど、どうしても一緒に入りたいって言うなら仕方ないよね。
俺ちゃんはタオルを腰に巻き外に出た。
「誰かいるのか〜?」
「最悪だな……」
ん? このチクチクした感じはサガかな?
「なんで帰ってきて早々そんな姿を見なきゃいけないんだ」
いつものサガと違ったことは一目でわかった。
なんと少女を抱えていたのだ。それも7~8歳くらいの子供だ。
俺は念の為頼れるおっちゃんに聞こえるよう大声で簡潔に伝えた。
「サガが変な性癖に目覚めちまったよ! おっちゃん!」
「風呂ごと凍らせて一生出られなくしてやろうか?」
「どうしたの? 俺ちゃんでよかったら話聞くけど?」
「犯罪者みたいに扱うなよ! 今朝から動きっぱなしなんだよオレは!」
こりゃ相当だね。自分が敬語使ってないことにも気づいてないっぽいし。
ともかく話を進めることにした。
「お前は包囲されている。大人しくその少女をこちらに引き渡し投降しなさい」
「お前に渡す方が危なっかしいだろ」
「ふざけんな! オレちゃんはボンボンボン! な人の方が好みなんだよ!」
「ただのデブだぞそれ」
騒ぎを聞きつけたのかおっちゃんとソウマが風呂に現れた。
「気づいてやれなくてごめんな?」
「いやそういうんじゃないです」
「もっと話を聞いてあげてれば……!」
「いや違うって、話聞けよ」
ひとまず全員風呂から出てリビングに戻ることにした。
「何があったん……」
「あなた何があ……」
ん? どうしたんだろう。シルビアさんとアイラが黙っちまった。
うーん? よーく考えてみよう。
気を失っている少女を抱えて? 男4人が男風呂から出てきた……。
こ・れ・は・マ・ズ・イ・☆
「引くわぁ……」
「そうね酷い人たちね……」
お前のせいだぞサガ! ちゃんと正面から入ってればこんなことにはならなかったし、タオル一枚の俺ちゃんが1番疑われるんだぞ!?
「サ、サガから話があるんだよね〜?」
「その通りだけど、とりあえず寝床を新しく1つ作ってもらいたい。話はそれからだ」




