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オーソライズ

お久しぶりです!


 その日オレは寒さで目を覚ました。朝はいつも閉まっているはずの窓が空いてしまっていたからだ。まだ朝日も射していない。

 寝る前にしっかり閉めたはずなのにな……。

 まあいいや。まだ時間はあるしもう一度寝るとしよう。

 

「おやすみ」 

 

 いつもの癖でソウマに話しかけてしまう。


「おやすみ」


 独り言だったはずなのに返事が聞こえてしまってオレは大いに焦った。

 ソウマを起こしてしまったと思ったが、その声がやけに高く布団に入った自分の背後から聞こえてくるのだ。

 いや耳がまだ機能していないだけだ。アイラも寝相が悪いとはタフトさんから聞いていたけど他の部屋にくるはずがない。シルビアさんは寝相が良いらしいし……。

 オレは恐る恐る寝返りを打って自分の背後を見ることにした。

 そこには昨日帰ったはずのオウジョサマがいた。

 オレは飛び起きてベッドから出る。


「落ち着け……。大丈夫だよ。これは夢だ。だって昨日連れて帰られたしお城のセキュリティは厳重なはずだ。王様や女王様だって見逃すはずがない」


 目覚めたばかりのオレは頭をフルで回転させこの状況を分析しようとしていた。

 

「おはよう。昨日は良い日だったね」


 オレが考えているとオウジョサマは起き上がりオレに話しかけてきた。

 念の為自分の頬をつねってみたがオレの願いも虚しく激痛が走る。

 だだだ大丈夫だ。オレは昨日1人で眠りについた。オレは無実だ。

 事情だけ聞いたら帰ってもらおう。


「えーっと、良い日っていうのは具体的に?」


 オレが質問するとオウジョサマは頬を赤らめた。

 なになになに!? え? オレ手出したの? こんなガキに?

 

「特にこれといったことはなかったわよ? ただ『あなたのベッドで寝た』という既成事実を作りに来ただけよ」


 このガキとんでもねぇぞ……。事情を聞いたら帰すつもりだったがそうもいかなくなってしまった。

 なんとしても王城の人物に気づかれてはならぬとオレの心が叫んでいる。

 もし王様と女王様の前でそんなことを言われたらオレは正式に婚約しなくてはいけなくなってしまう。

 王様と女王様が目覚める前に送り届けなくては。

 かと言ってお城の警備は厳重だからどうにかバレずに侵入しなくてはいけない。


「王女様。さぁさぁこの中へ」


 オレはお城に商品を売りに行った時の袋の中にオウジョサマを入れ外に出た。


「これ誘拐みたいにならないの?」

「あんたが勝手に来たんだろうが! バレたらちゃんと説明してくださいよ!?」

「寝たことを?」

「違う!」


 人から好かれることに悪い気はしないのだが、この人はどうも伝え方が間違ってるっていうか。

 そもそもオレが好かれる理由がわからない。

 考え事をしつつもオレは罪人にされないよう全速力で地面を凍らせ滑っていた。後ろにもエネルギーを放つことで王宮の馬車に勝るとも劣らない加速ができる。凍った空気と地面は即座に能力解除だ。

 そのまま残しておけば怪しまれてしまうからな。証拠はしっかり隠蔽する。

 実際はそこまでしなくても朝早くなら人も見ていないし何も問題はないと思うが念の為だ。

 仮に見られても王族の名を出せば万事解決だろう。


「いいな〜それ楽しそう!」

「ったくどこまでも自由な人だ。ほら、見えてきましたよ。もうすぐおうちにかえれますからね〜」


 立派なお城が見えてきた。

 オレ1人なら正面から突破することも不可能ではない、と思う。

 しかし兵士と問題になることは避けたい。

 オレはお城の窓から侵入することにした。

 手から氷の糸を出しロープ代わりに使えば壁を登ることも簡単だ。



 軽く登りきってオウジョサマを下ろす。

 城の中は物音一つ立っておらず寝静まっていることが窺える。


「まったく。王様と女王様が起きてなくて良かったですよ」

「……やだ」

「は?」

「まだ帰りたくない!」


 うおい! そんなに大きな声を出すなよ! 本当にバレちまうだろが!

 思わず睨んでしまったがそれがあまり良くなかった。

 あーやばいやばい。今にも泣き出しそうな顔してる。

 まじでクソガキじゃねえか。


「キャンディがそっちに行ったんだから今度はサガがこっちに来ること!」

「えー……」

「警備の者ー!」

「わかりましたから静かにしてください! じゃあ1年に1回!」


 無言でオウジョサマは首を激しく横に振る。


「じゃ、じゃあ半年に1回!」


 先ほどより激しくはないがまだ首を横に振る。


「大サービスで1ヶ月に1回!」


 オウジョサマは眉を顰めた。嘘だろ……。これ以上は流石にオレの身が持たないぞ。そもそも冒険者である以上これでもかなり厳しい。依頼によってはこの国を出る必要もあるのだ。

 満足した答えが出ないのかオウジョサマ自ら条件を提示してきた。


「毎晩ここに来なさい」

「毎晩!?」

「毎晩! これは命令! 破ったら既成事実を父上と母上に言うからね」


 何を考えてるんだこの人は。

 そもそもどうやってオレのベッドに来たんだよ。

 いくら無防備とはいえ寝てる間も気を張ってたつもりなんだが。


「ちなみにどうやってオレのベッドに来たんですか?」

「そんなもん簡単よ。この窓からピョーンってジャンプしてここまで歩いてきたの!」


 得意げに胸を張るオウジョサマだったが張ったところで大きくなるわけじゃないぞ。


「別に毎晩戦えっていうわけじゃないわよ?」

「あ。そうなんですか? てっきり戦うもんだと」

「そーやって最初のイメージだけで判断するのは良くないんじゃない?」

「濡れ衣着せようとしたあなたよりマシですよ」


 ついつい会話に参加してしまっているがまだ外も暗いしオレも眠いのでちゃっちゃと要件だけ教えてもらいたい。


「お茶会よお茶会。お茶を飲みながらお話ししようってこと。あなたが望むなら鍛錬でも良いのだけれど」

「お茶会でお願いします……。しかし意外なものですね。ああいう面だけかと思ったらそういう一面もあるんですか」


 ずっとにこやかに話していたオウジョサマはいきなり神妙な面持ちになった。


「お茶会というのは表向き。本当はキャンディを守護して欲しいの」


 いきなり真剣な顔をしたので怒られると身構えてしまったがそうではないようだ。


「キャンディも18になったからそろそろ王位継承が近いのよね? それで上に立つ者ってどうしても狙われてしまうのよ」


 確かにそれはそうだ。オレは茶々を入れずに続きを聞いた。


「昼間は騎士とかが守ってくれるんだけど夜は騎士を部屋に入れたくもないし、リラックスしていたいし。

そこであなたの出番よ」

「ちょっと待ってください。騎士とオレとで何が違うんですか? 同じ男という性別ですしそこは変わらないと思うんですが。それに少なかったとしても女性の騎士だっているでしょう?」

「わかってないわね〜。あなたは顔も整ってるし力だって相当強い! その一方で騎士は仮面を取れば中年のおっさんしかいないし、いつ襲われるかわからないのよ。だからあなたみたいに理性のある人間に依頼したいのよ! 女の人だとこの国では強い人が限られちゃうから論外ね」


 確かにオレは他の男みたいに女の尻を喜んで追うような人間じゃない。例えばバモスとかバモスとかバモスとか。そもそもガキに興味ないし。

 けどコイツを襲う人間なんているのか? 小さい子供が好きなちょっと特殊な人くらいにしかターゲットにされなさそうなもんだけどな。

 正直に言うとこれを依頼、として見るならば条件としてはかなりいい部類に入ると思う。

 オレはこの国の生まれでもないしそもそも統治者を尊敬しようとも思わないが一般人からしたら雲の上の存在であるわけだからな。

 それに今はソウマのこともあって今すぐに遠くに行くような依頼は受けないはずだ。


「わかりました。信用されていると考えて『お茶会』を受けさせていただきます」

「決まりね。じゃあ気をつけて帰るのよ」

「絶対言わないでくださいね!?」

「大丈夫よ安心なさい」


 疑心暗鬼だったオレだったがお城を後にし家へと向かった。

 困ったもんだよ。オレだって男だってのに変に安心されちゃってさ。確かにガキに興味ないし手を出すつもりは微塵もないけどな。

 それに王様の前で勝ったら婚約! なんてルールを決める人だからどうせベッドに居たことは言われてるんだろうな。あの王様は優しさの裏に秘めたる賢さがあると感じたし。

 一緒になるつもりはないけど頭のどこかでオレは少し覚悟を決めた。


 まだ少し暗い中、王都の道を駆け出した。



---・ ・・- -・・-



「あーゴホン。ごめんください」


 外が薄暗い早朝、俺は何者かの声で目を覚ます。

 アイラに以前ナイフ投げで起こされてから、少ない時間でも十分な休養を取れるようになったらしい。

 にしても結構しわがれた声だったな。こっちに来てからお年寄りと関わった記憶はないんだけど。


「はーい」

「おや? 君は見ない顔だね。ということは君がソウマ君だね」


 ドアを開けると薄橙の球体がしゃべっていた。が、そんなことはなく目線を下に移すといかにも長老! といった風格の男の人がそこには居る。

 誰かに長老の絵を書かせたらこうなるだろうといった見た目だ。

 この人は恐らく……。


「タフト君から話は聞いているかね?」

「はいツルツルさんですよね! いやーここに住まわせてもらってからすぐにツルツルさんにご挨拶するべきだったんですが、ツルツルさんの存在をお聞きしたのがつい数日前でして……」

「あの……ワシ……ツール……」


 やっべぇ! 悪気はなかったんだけどツルツル頭のツールさんって言われたからごっちゃになっちゃったよ。


「タフト君がそう言っていたのかい? 言ってたなら聞くけど? ん?」

「いえ僕の言い間違いです! で今日はどういった要件でしょうか?」

「うむ。ワシの元にこれが届いてな」


 そう言ったツールさんは見覚えのある紙を俺に見せた。

 以前タフトさんが商業ギルドでトグログさんと契約した書類そのものだった。


「これについて少々タフト君本人から話が聞きたくてここに来させてもらったんじゃよ。朝早いのにすまないねぇ。なにせ年寄りの朝は早いもんだから」

「だから言ったじゃないか親父。お昼頃来ようって」


 ん? 聞いたことがある声だな。そう思った俺が外を見るとトグログさんがこちらに向かって歩いてきていた。

というか家族なんだ!? トグログさんも今はふさふさだけど老後は……。いかんいかん意識よ戻ってこい。


「あ! トグログさん。こっちに来たんですね」

「あぁ、あの時の鋭い少年か。これはどうも」


 トグログさんまで居るとなると早くタフトさんを起こした方が良さそうだな。


「今呼んできますね」


 俺は階段をなるべく早く登ると部屋をノックして返事を待った。


「ふぁい」


 この声色はシルビアさんだろうか?


「タフトさんいますか?」

「あの人だったらフウとライのところに居るんじゃないかしら?」

「そうですか。ありがとうございます!」


 フウとライの所に何の用だろう?

 設備を新しく作っていたのだろうか?

 階段を降りた俺を見た2人は不思議そうな顔で俺を見ていた。


「ありゃタフト君は起きて来ないかね?」

「いえ、どうやら家の中には居ないようで。こちらについて来てください」


 2人をフウとライの元へ連れて行くとタフトさんの姿もそこにあった。


「ひえぇ!」


 まぁそうなるよね……。先に説明しておけば良かったな。


「タっちゃん危ない!」

「おおトグっちゃんじゃな……」


 まだ話している途中だったがトグログさんにタックルされ中断された。


「ったくなんだってんだ」

「いやそいつだよそいつ! いやそいつらか?」


 トグログさんはフウとライを指差しタフトさんに言った。


「あーそういや説明してなかったな。コイツらはフウとライと言ってな俺たちのペットだ」


 さっきまで警戒していた2人はキョトンとしていた。


「んで? トグっちゃん、何か話でもあるのか」

「え……あぁ。話があるのは私じゃなくて親父だよ」

「おおそうじゃった。ほれ、これじゃよ。お前さんもまだ覚えているだろう」

「あーこれか。それでどうしたってんだよ」


 タフトさんが質問すると2人は頭を下げタフトさんに言った。


「ありがとうなタっちゃん」

「ありがとうのぅタフト君」

「ソウマ。俺って何かしたか?」

「さぁ?」

「この村に飲食店はあるんじゃが、道具店は今までなかったんじゃよ。それに王家の人間が気に入る質なんじゃろう? この村への出入りが増えてまずます豊かになるってことじゃて」

「そうすればこの村はどんどん拡大してやがて街になるだろう。そのきっかけを作ったのがタっちゃんというわけなんだよ。私も今ではスパナシティに腰を据えているがここのことは気がかりだったんだ。」


 確かに前に外食をしたときに道具を売ってるお店はなかったな。

 建設業をやっていそうな外観の建物もあったから唯一足りてないピースが嵌まったんだろうな。

 多分他より秀でた商品を売らないとやっていけないからハードルが高くてみんな手を出せなかったのだろう。


「んじゃあ勝手に村の名前使うなー! とかそういうことじゃないんだな?」

「むしろバンバン使ってくれて構わないよ」

「それは良かった。話はそれだけか?」

「そうじゃな。いやはや本当に感謝しておるよ」

「じゃあ帰った帰ったお疲れさん!」


 え……わざわざお礼をいいに来てくれたのに? と俺はタフトさんに冷ややかな視線を向ける。

 そんな視線を感じ取ったのかタフトさんは言葉を続けた。


「……なーんて言うわけがないだろう! せっかくだから飯でも食ってけよ」


 多分だけど他の人にタっちゃん呼ばわりされているのを聞かれるのが好きじゃないんだろうな。

 それに、世話になってる人に言うことではないが、いいオジサマが照れる姿は見ても可愛いものじゃない。


「トグログ、呼び方には注意してくれよな」

「もしかして恥ずかしがってるのかい? 痛い! わかった! わかった!」

 

 地雷を踏んだようでトグログさんは一発殴られた。本気で怒ったと言うより照れ隠しのようだ。

 少しトグログさんが可哀想かとも思ったけど、俺も柴乃にソウちゃんって呼ばれたら嫌だな。

 みんなにはタっちゃん呼びのことは他言しないように心がけるとしよう。


「それじゃあソウマ、みんなを起こしてきてくれないか?」


 タフトさんの言葉に頷き家に戻る。

 とりあえず最初にサガを起こすことにした。同じ部屋ってこともあるしな。

 ついでに他の人を起こすの手伝ってもらおう。


「サガ、朝だぞ。朝御飯にするって。起きろ」

「う、うーん……。言いやがったなてめぇ……」

「何寝ぼけてるんだよ。お客さんも来てるから早く準備しろ」


 そこまで言って左右に激しくサガを揺さぶった。

 激しくシェイクされたサガは青い顔をしながらしぶしぶ起き上がる。

 こいつ最近青い顔してばっかりだな。そのうち労ってやろう。覚えてればね。


「なんだ夢か。嫌がらせか? こんな朝早くに……。今日は色々……。いや、なんでもねえ」

「? ツールさんとトグログさんが来てるんだよ。いつもより早いけど朝御飯にするってさ」

「ああ、スパナの商業ギルドのマスターか。強いらしいな」

「なんで今強さの話になるんだよ。……強いの?」

「いくつか異名持ってたはずだぞ。昔冒険者やってたみたいだし。実際のところは知らないけどな」


 異名か。かっこいい異名って憧れるよな。

 俺も欲しくなってしまう。

 そんなことを思っているとサガは再び口を開く。


「あー、ちゃんと寝れなかったから頭痛え。他の人起こすの頼むな」

「誰も手伝ってくれなんて言ってないだろ」

「そんな顔してたぞ」


 そう言ってサガはニヤニヤと笑う。

 なぜバレたんだ……。そんなに顔に出てたか?

 まあバレちまったもんは仕方がない。

 1人で起こすしかないか。




 少し時間はかかったが全員を起こし終えた。

 シルビアさんはテキパキと準備をして朝食を完成させる。驚くべき仕事の早さだ。

 

「凝ったものは出せませんが……」

「いえいえ、むしろ突然お邪魔してしまい申し訳ありません」


 本日の献立はスープとパン。

 朝から重たいものは少し苦手な俺にはとても嬉しいメニューだ。

 野菜たっぷりのスープは胃腸に優しいことが窺える。


「トグログ。パンはやめておいた方がいいんじゃないか?」

「どうしてだい? スープにパンの組み合わせはベストマッチじゃないか」

「はぁ……」


 タフトさんはわかりやすく大きなため息をついてトグログさんのお腹をつまむ。


「イテッ! なにするんだよ!」

「これだよこれ。お前ろくに動かないからエネルギーが消費されてないんだよ。だったら食べる量とか質を変えるしかないだろ?」

「そんなこと言ったって、しょうがないじゃないか! 商業とはいえギルドマスターは大変な仕事なんだぞ? ストレスを軽減するには食わなきゃやってんないよ」

「いーや、完全にお前の怠慢だね。今なら初心者のソウマにだって負けるだろうよ」

「あなた! 客人になんてこと言うんですか!」


 あれだけ魔法使えたら本当に雷も落ちてきそうだな……。

 シルビアさんを怒らせるのはやめておこう。心に決めた。


-・ --・・ ・・-・・


 早いところ誤解を解かなくては……。ソウマに聞こえたら元も子もないから小声で話すしかないか。


「違うんだよ。ソウマに実践経験を積んでもらおうと思ってなサガやアイラ以外に戦う相手がいれば色々なパターンを見ることができるだろ? 俺はそのためにあえてきっかけを作ったに過ぎないんだよ。バモスは適当な理由をつけて戦わないしな」


 俺から話を聞いたかあさんは怒りを沈め、いつもの優しいかあさんに戻った。

 俺の思惑に気づいたかどうかはわからないがトグログは乗り気だ。


「そんなに言うなら戦ってあげようじゃないか。少年! 食事が終わったら勝負だ!」

「えー……。タフトさんのせいですからねこれ! 負けたら骨拾ってくださいよ?」


 最初から負ける気でどうするんだソウマよ。 しかし挑発に乗ってくれたおかげで勝負に持ち込むことができたな。 俺と違って防御が高いわけでもない。アイラやサガのように力が強いわけでもない。

 ソウマがトグログと戦った時にどう動くかが見ものだな。


---・ ・・- -・・-


 ご飯を食べ終えるとみんなで広場へ移動することになった。

 一体この人はどうやって攻撃してくるのだろうか? いや攻撃せずにカウンターなんて可能性もあるな。

 もしくは触れてきた敵にダメージか……。 どちらにせよ油断できない人だ。タフトさんとパーティを組んでたんだとしたら、盾役(タンク)は違うと思う。既にタフトさんが居てパーティに2人も必要ないと思うから盾役(タンク)の可能性は排除。

 回復役(ヒーラー)だとしたらあまりにも体格が良すぎるのでこれも考えにくいな。だとしたら攻撃役(アタッカー)かもしれない。あと残っているのは魔法役(ソーサラー)だけど魔法ってそんなに筋力必要か? 

 こうして考えた結果、俺の中で出た答えは攻撃役(アタッカー)だった。だけどバモスさんみたいに弓とかで攻撃する場合もこれに属する。近距離か遠距離かは見てみないとわからないな。

 まぁ俺の世界でも見た目で全てがわかるわけじゃないから気休めでしかないけどね。

 俺が考察をしている間に広場に到着していた。


「トグログ。お前、今日は戦う準備できてるのか?」

「愚問だね。私を誰だと思っているんだい? いついかなる時でも私は戦えるよ。つい最近もちょいと礼節のなってないやつを教育してやったさ。あまり公には言えないけどギルマスとしての権限も行使させてもらったし向こう3年は冒険者として活動はできないだろうね」


 知的な風貌なのに怒らせたらやばいじゃん……。漕ぎ出したボートに自分で穴を開けることになるかもしれない。


「それならいい。ソウマ、遠慮なくぶん殴っちまえ!」


 話聞いてました!? 触らぬトグログさんに祟りなしですけども。やらなきゃダメ? ダメかー。

 シルビアさん、アイラ、バモス、サガも乗り気ではないらしく心配そうな眼差しでコチラを見ている。


「さぁ! かかってきなさい」


 ラスボスかよ。その言葉を放ったトグログさんの体が膨れ上がる。いや、実際に大きくなったのではない。彼の放つ闘気が彼を大きく見せたのだ。これが圧力(プレッシャー)と言うものか……。

 まずは手始めにファイヤからかまそうかな。下手に近づくより安全で無難だろう。


「ファイヤ!」


 あれ? トグログさんは微動だにしない。このままじゃいくら向こうが手慣れた冒険者だったとしてもダメージくらいは入るはずだ。


「ほぅ。これはなかなか」


 そう言うとトグログさんは身に纏っていたマントから何かを3本取り出したかと思うとそれで三角形を作り俺のファイヤをかき消してしまった。

 あれは……小さくてよく見えないけど針か? マントの中に針入れてたら四六時中刺さりまくりでしょ?

 椅子の背もたれに腰掛けたらウッ! ってなってしまいそうだよ。


「3本も使ったけどこれくらいなら1本でもギリギリ大丈夫だったね。覚えたてにしてはかなりの威力なんじゃないかな? それじゃあ、次はこちらから行かせてもらうよ」


 そう言うとトグログさんは再びマントから針を複数取り出した。

 この距離なら届くことはないだろう。油断はいけないとはいえ俺はそう思ってしまった。

 その考えは一瞬のうちに破られることになる。


投針(とうしん)!」


 模試か? いやいやそんなわけないだろう。技名らしきものを言ったトグログさんはクナイのように針を飛ばしてきた。厄介なことに四方八方に散らばらせるように飛ばし、逃げ場を無くしているようだ。見た目以上に数が多い。

 ファイヤ! は金属を溶かせるほど温度は無いから刺さるだけじゃなくて熱された針で肉が切れてしまうな。

 熱を帯びない方法で迎撃しなくては。


「アクア!」

「なるほど。2種類も使えるのか、感心感心」


 トグログさんがやったように防御するために攻撃を使ってみた。が、四方八方に散らばっているためアクア一発で避けれるはずもなかった。俺は利き手じゃない左手も一緒にアクアを急いで再度行使する。


「ダブルアクア!」


 咄嗟にネーミングしたけど悪くないだろう。 

 最初のアクアを含めた3つでようやく頭、胴、足をガードできるまでになった。

 アクアで針の威力が落ちると思っていたがスピードが全然落ちない。

 さながらスピアガンのようだ。なんとか回避することで針の延長線上を避け、ことなきを得た。アイラとの訓練が役に立ったと言えるだろう。

 手で投げてあれだけの威力なのか。戦うなんて言わなければよかったかも。


「どうやら避けるだけで精一杯のようだね。だけど手加減はしてあげないよ。『累次針(るいじばり)』!」


 後悔する間もなく攻撃が繰り出される。

 さっきは針を使ってきたのに今度は金属の鞭を使ってきたよ。でもよく見ると針がいくつも連なって鞭みたいになっている。

 あっぶねえ! 鞭はしなる分威力が高いはず! 慌てて足元にきた鞭をジャンプして避ける。

 こちとら平和ボケした日本人だぞ! 喧嘩もしたこと無いのに!

 憤ってみたもののこちらの攻撃は届かないことには反撃のしようがない。

 タフトさんがブン殴っちまえ! って言ってたし相手が近いほどトグログさんは攻撃しづらいのか? あの言葉にそこまで深い意味があるかはわからないけども。

 一見自殺行為だけど何もせずに終わるよりはマシだな。やらないで後悔するよりやって後悔したほうがマシだ。

 しかしあそこまでどうやって安全に移動するかが問題になってくる。

 速く移動するか、相手に見えなければいいんだけれど。

 速く移動するのはぶっちゃけ無理だ。ファイヤを後ろに放って推進力を得る方法は思いついたがいかんせん火力が足りない。仮に今の力で移動できるにしても氷上くらいだろう。

 となると残るはもう一つの方法だ。左手でもアクアを出せたんだから別の種類でもできるよな?

 そう。水と火で水蒸気爆発を起こしてそれに紛れて間合いを縮めようという魂胆だ。爆発でダメージも期待できるかもしれない。

 この間、気持ちだと0.5秒。実際には? わかるわけがない。これは命の危機を感じると時間が長くなる走馬灯だ。実際は脳がどうにか生存しようとして、ものすごい速さで生きる方法を模索しているかららしいけどね。

 鞭を避けつつということもあって集中力を欠きそうになるが、なんとか準備を終えることができた。


「喰らえ!」


 正直賭けになるが喰らえって言っておいた方が攻撃っぽく思われるだろう。少しでも気を引いたほうが有利にことを運ぶことができる。

 俺の想定より少し威力は落ちたがトグログさんの目の前で爆発が起きた。

 それでもトグログさんは慌てることはなかった。


「少し威力が上がったようだけどこれくらい造作もないさ」


 そう言うと最初のファイヤと同じように針で攻撃を防ぐ。しかしそっちに完全に集中が向いてしまったトグログさんは俺には気付けない。

 頭が良さそうな感じ出してるけど結構おバカで助かったな。確かに俺も近くで爆発が起きたらそっちに目が向くけどね。

 トグログさんに近づいた俺は顎にアッパーを喰らわせた。

 想定以上に上手くいった。

 この世界に来てから鍛えた俺の実力も気になっていたしちょうどいい。


「痛いじゃないか! まさか年上を殴るなんてね」


 おいおい嘘だろ。全力で殴ったのに痛いってだけなのか。これでトドメの予定だったから頭が真っ白だ。俺が今使える魔法はファイヤとアクアの2つ。それを両手で同時もしくは別の種類を放つこと。1+1=2方式で2つを1つにしたところで威力が足りないだろう。

 すっかり忘れてた! あるじゃん突破口。まだアレが残っていたことを俺の脳は忘却の彼方に投げ捨ててしまっていた。


「素直に負けを認めたらどうだい? 魔法も効かないし殴ってもダメージは少なかった。これ以上君に何ができるんだい?」


 限度があるのか定かではないが、今はこれに賭けるしかない。

 そのイラっとくる物言いを塞いでやろう。


「大丈夫さ。軽症で済むように威力は調節するから。安心して喰らいなよ。『累次針投(るいじしんとう)』!」

「これ以上やられっぱなしじゃないですよ。『濫衝蠭集(らんしょうほうしゅう)』!」


 相手の技を見極めるより早く俺は技を行使した。実際には見極める余裕などないだけだ。

 行使した後にトグログさんの技を見ると暴れまわる針の鞭から無数に針が放出されている。

 どうやら累次針(るいじばり)投針(とうしん)が合わさったもののようだ。広範囲への攻撃を持ち合わせていない俺には厄介な技だ。

 その合わせ技を俺の濫衝蠭集(らんしょうほうしゅう)が吸収し始める。

 技の威力や吸収できる限度も不安な点だが、今はこの技を信じてどっしり構えるしかない。


「まずいなこれは……。そろそろ底をついてしまいそうだ。無にしているのか吸収しているのかわからないがこれ以上鎬を削るのは無意味だな」


 そう言ったトグログさんは攻撃をやめて防御の体制をとった。これ以上威力は上げられないけど、俺の技を全て受ける気でいるようだ。トグログさんの攻撃が強力な分俺の攻撃は相当なものになるだろう。サガとバモスさんの時は氷の矢になったけど今回はどうなることやら。このチャンスをものできるような攻撃になってくれ。


「よし! 出た」

「どんなものだろうと迎え打とうじゃないか!」


 吸収して出て来たのは針で作られた剣だった。

 大剣というほど大きくはないが十分な刃渡りを備えている。

 え? そういう感じですか。何か技が出るとか思ってたんだけど。

 でも確かに魔法が防がれてしまうことを考えると物理攻撃が一番いい……のかな。


「軽いなこれ」

「そりゃあそうさ。長距離飛ぶようになるべく軽く作っているからね」


 こっちの呟きにわざわざどうも。

 軽さを確かめるように小さく振る。

 すると剣から針が飛び出しトグログさん目掛けて飛んでいった。

 驚いてもう1度剣を振ると飛び出した針がこちらに戻ってくる。

 どうやら1振りすると針がホーミングの機能を持って放たれ、もう1振りすると磁力を持ったように直前に放った針が剣に戻ってくるようだ。

 流石にこれはチートかな……。でも相手は確実に今まで戦った中で一番強く今までのように特別な条件があるわけではない。パワーアップするアイテムがあったところで誰にも怒られないだろう?


「随分面白そうなモンを作ったようだね。流石の私も動かざるを得ないよ」

「あるものは存分に使わせてもらいますね!」


 俺もトグログさんも同時に構える。

 次の行動で決着が付くと直感が感じ取っていた。



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