4時【じゃあ行こっか】
心の辛さは自分にしかわからない。
「ねぇ、君」
空は薄く暗くなり、カラスの鳴き声が住宅街に響きわたる。
退社・下校している者が大勢いた商店街を通り抜け、いつのまにか閑静な住宅街を歩いていた。
それほど、君との時間は一瞬で、瞬く間に過ぎ去っていく。
今日も、一日が終わろうとしている。
そして明日という新しい時間が始まる。
君といるだけで、私は時間を忘れられる。
そして、君の傍を歩いていられる。
君の姿を見ていられる。
君の顔を見ていられる。
その一つ一つ、私にとっては大切な事で
唯一、今までの事を忘れていられる。
だから私は、
明日も、明後日も、明々後日も、そのまた明日も、そのまた明日も、そのまた明日も、、、
君と一緒に居たい。
君との時間をもっとずっと過ごしたい。
だから、
「明日、時間あるかな?」
閑静な住宅に響いた声は、空気を彷徨った。
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辺りは暗く、闇に包まれている
『もうーーれてよ、、、』
それなのに微かに聞こえてくる、聞き覚えのある声。
『もう僕のーーーーて、ーーーーくれよ、、、 』
目の前には微かに、彼の姿が見える。
彼は涙ながらに、何かを必死に訴えていた。
だけど、その声は届かない。
『君をーーーーーーーーーーよ・・・。』
届かない。
聞こえない。
私は手を伸ばすが、
彼の姿はおろか、声も聞こえなくなっていった・・・。
・・・・・・・ c
・・・・
・・
・
朝の日差しの眩しさに、意識は朦朧と覚める。
小鳥は歌い、車のエンジン音は住宅街に轟く。
そんないつもの音を聞きながら、目を見開いた。
そこにあったのは、右手を天井に向かって伸ばしている光景だった。
「私、どんな夢を見たんだろう?」
そんな疑問に包まれたまま、手を下ろし、身体を起こす。
「きっと、彼と手を繋ぐ夢だった筈よね!」
そんな事を考えながら、身なりを整える。
* * *
彼女は玄関の扉を開け、外へと歩みを進める。
朝の太陽の眩しさに包まれながら、玄関の扉を閉める。
早朝の外気はまだ温められてない為、寒々とした空気が肌を突き刺している。
道路の方を見ると、目の前には彼の姿があった。
小走りで近寄る。
「おはよう君、じゃあ行こっか」
そうして、商店街への道を歩き始める。
道中はまだ寒く、ポケットに無意識で手を入れたくなるぐらいの寒さ。
でも、心は暖かかった。
彼と一緒に居られる。それだけで今の時間は価値のある宝物だと思える。
彼女はポケットから手を出して話す。
「ね、手を握っても良い?」
でも、君をもっと感じたい。
そう思うたびに、
(君と触れていたい。君をもっと感じたい)
と、心が彼を強く求めてしまう。
でも、気持ちは止められない。
彼の手を握る。
握る手は、どこかぎこちない。
(冷たい・・彼も寒いのかな・・)
そう、彼の手は人肌より冷たかった。
そこに温かさは無く、自分の手は冷たさが増して、
寒さにより小刻みに震え始める。
それでも、彼女はその手を離さなかった。
彼女は身体の温かさではなく、心の暖かさを求めたからだ。
だが、得られた暖かさでは心を満たすことはできない。
【偽りの温度では、満たされない。】
偽り続けて、毎日を過ごして
暖かさを求めての繰り返し。
だが、いつしかその偽りの心は決壊する。
・・・
(そうだ、何か話さなきゃ)
私は、彼に微笑みながら話した。
「昨日も言ったと思うけど、今日は遊園地に行こうと思うんだ!」
遊園地は、住宅街と商店街を超えてすぐにある、遊園地で、
あまりにも近くにあるので、地元では【お手軽遊園地】という名称が付いて愛されている人気スポットのようだ。
これから、彼と初めての遊園地に行こうと計画をしている。
その為に、彼と乗りたいものを予め調査してきた。
楽しみで中々寝付けなかった時間に、インターネットで検索した程度の知識だった。
ここの遊園地には行ったことが無かったから、本当は実際に見て周ってみたかったけど、
(仕方ないよね!楽しみだったんだもん!)
そうして調べたことを話していると、
『おっと、危ないよ嬢ちゃん。前見て歩きな。』
商店街の交差点に差し掛かっていた。
あと少しで、赤信号の交差点を渡る所だった所を、
派手なシャツを着た男が千流の肩を掴んで静止させた。
一つの命は救われた。
彼女は男の方を振り向いて、
「助けてくださり、ありがとうございます。」
と、お辞儀をして言う。
『良いってことよ。これからは歩きスマホは危険だから慎めよ?』
「はい、そうしますね」
そんなやり取りをする。
そうこうしていると横断歩道の信号は青に変わり、小鳥の囀りが響く。
「では、さようなら」
『おう、気を付けろよー』
と、挨拶を交わして彼の方を向く。
「君、行こっか。あと少しで遊園地に着くよ」
そうして、横断歩道を歩き始める。
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そして、一人青信号に出遅れた男は、
『ふう、人助けすると気持ちいいな』
そんな言いながら、横断歩道を渡り始める。
『ん・・?待てよ・・?』
ふと、男はなにかに引っかかる
彼女が最後に言い残した言葉。
それは、彼女の【君、行こうか】という一言。
『なんで、隣に“誰もいない”筈なのに誰かと話していたんだ?』
と疑問の声を漏らした。
『あいつ、まさかやばい薬でもやってるんじゃ・・・』
そんな疑問を考察しながら彼は、自分の職場に消えていった
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「君!着いたよ!」
見えてきたのは大きな駐車場、そして、奥には観覧車が一際目立って見える。
観覧車の大きさに胸を弾ませながら、遊園地の門を通る。
大きな駐車場の隅を通りながら、チケット売り場にたどり着く。
『ようこそ、一名様でしょうか?』
「いえ、二人です」
『高校生様でしょうか?』
「はい、そうです」
『わかりました、では高校生二名様で2400円になります。』
「じゃあ、これで」
『5000円お預かりします。2600円のお釣りです』
お釣りを受け取る。
『ありがとうございます。楽しんでいってください』
「ありがとうございます!」
と、店員とのやり取りを終える。
「ねぇ、君、少し歩き疲れたから座って休憩しよ」
と言い、近くにあったベンチに腰掛ける。
少しづつ寒かった空気は温まっていく。
それと同時に彼女の手の震えは収まっていく。
小鳥は飛び交い、蝶々はゆらゆら揺れている。
その中、彼女は話し続ける。
話が途切れないように、語り続ける。
「それでね、、、、」
『ねぇ、そこのお姉ちゃん』
話の途中で、小学生程の背丈をした男の子が話かけてくる。
「どうしたの僕?」
彼女は、微笑みながら質問した。
すると、子どもは不思議そうな顔でこう言った。
『お姉ちゃん、何してるの?』
「何してるのって、どういうこと?」
『だって、お姉ちゃんの横には誰もいないのに、ずっと一人で話しているから、、』
「・・・・・・・」
純粋さ故の質問。
その言葉は、あまりに酷なものだった。
『もしかして、僕には見えないお友達がいるの?それってすごい!!僕にも教えてよ!』
「・・・・・・・」
彼女は黙り込む
そして、俯く。
『お姉ちゃん?どうかしたの、、、わっ!?』
子供はある女性によって片腕を掴まれる。
『ちょっと飛翼!心配したじゃない!危ないから歩き回らないでって言ったじゃない!』
『お母さん、ごめんね、でも、、、』
『でも、じゃありません!券を買ったから、遊園地入るよ』
『わーい!!行こう!早く~!』
子供は掴まれている腕を振りほどき、遊園地のエントランスに走る
その時、一度立ち止まって振り返ると
『お姉ちゃんと見えないお友達!バイバーイ!!』
と、言い向き直って走った。
『ちょっと!走らない!!!』
そして、母親は子供を追いかける。
・・・
俯いたまま彼女は沈黙する。
現実は突然にやってくる。
一人の子供によって叩きつけられた現実。
偽り続けたものはいつしか決壊する。
「・・・・・・君」
呟く。
涙を零し、鼻水が出ないように啜りながら、立ち上がる。
一言
「先に帰ってるね」
と、残して駐車場を駆ける。
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『お母さん!あれ乗りたい!!』
エントランスを通ると、子供のジェットコースターを指さす。
『はいはい、たくさん乗ろうね』
母親は園内の乗り物券を購入する。
(あの時の彼女、俯いていたけどなにかあったのかしら)
そして、子供に夢中になっていた母親は、ベンチに座っていた人の事を思い出す。
(うちの子がなにかしたなら謝らないと)
そう思い、チケットを受け取る。
『お母さん、さっきね、見えないお友達と話しているお姉ちゃんに会ったんだ!』
『見えない、、お友達?』
『そう!お姉ちゃん、ずっと一人で話してたから聞きに行ったんだ!!』
『・・・・・そう』
(だから、俯いていたのね、、)
母親は子供の言葉から、彼女の心情を察する。
『すごいよね、僕にもあんな友達できるのかな!?』
『飛翼・・・・』
『なぁに?お母さん』
『ああいう人に声をかけるのはやめなさいね』
『、、、ん?どうして?』
『やめなさいね、これはお母さんとの約束よ、お願い。』
『、、、分かったよ。じゃあ指切り!』
『『指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます、指切った』』
固い契りを交わした二人。
母親は
(謝らないと、あの子に)
と、固く決意した。
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この日の遊園地は大盛況だった。
それでも、笑顔を忘れず丁寧な接客をする。
「ようこそ、一名様でしょうか?」
と、いつもと同じように接客をする。
(一人で遊園地来る客って珍しいな~)
と、思いながら訪ねる
すると、
『いえ、二人です』
と、返された。
(あれ?二人いるようには見えないけど・・・?)
と、思いながらも笑顔で対応する。
「高校生様でしょうか?」
『はい、そうです』
(なるほど、思春期特有の【一人で入りたいけど一人って言うのが恥ずかしいから二人って言ってしまうパターン】のお客だな?)
と、そんな考察をしながら対応をする。
「わかりました、では高校生二名様で2400円になります。」
レジを打って金額を表示させる。
『じゃあ、これで』
そして、5000円を受け取る。
『5000円お預かりします。2600円のお釣りです』
と、お釣りを渡す。
(よし、私の決め台詞いきますか!)
と、思い笑顔で一言
「ありがとうございます。楽しんでいってください」
『ありがとうございます!』
そんな軽いやり取りを終えると、彼女はベンチに向かって歩き出した。
「ふぅ、お客の数も一区切りついたみたいだなぁ」
と言いながら、汗をタオルで拭った。
(はぁ、いつまでここで働いて気を紛らわせれば先輩の事を忘れれるんだろう)
と、窓の外を見る。
(あのヒヤシンスが植えられている交差点を通る度に思い出すよ・・・)
空を見上げて、一粒の涙を零す。
でも、私はくじけない。
(私が先輩の跡を継いで、引っ張っていけるように頑張らないと)
髪を結びなおして、気合を入れる。
彼女は前に進んでいる。
大切な人を失っても、目的は変わらない。
その一歩一歩が、理想を叶えるんだと信じて。
「次のお客様どうぞ!!」
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「えっと・・お魚屋さんはどこだっけ・・・」
この日、犬見木ノ下はおつかいを頼まれて商店街を歩いていた。
八百屋は既に行っている為、今は魚屋を目指している。
(ふふっ・・お母さんから、余ったお金は趣味に使っても良いって言われてるから・・本でも買いにいこうかな)
そんなことを思いながら、魚屋を目指す。
すると、バタバタと前から誰かが走ってくる音が聞こえる。
(・・・?誰かが走ってる?)
その方をちらっと見る、
そこには
(・・・!千流ちゃん!)
幼馴染の千流の姿があった。
声を掛けようと口を開く。
だが、
(・・・泣いている?)
彼女は涙を浮かべながら走っている。
その光景を見て、話しかけるのをやめた。
(千流ちゃんどうかしたのかな・・?月曜日に学校で聞いてみよう・・・迷惑かな・・・でも、相談には乗ってあげたいから・・・)
と、心の中で葛藤する。
千流は交差点を渡り、住宅街に消えていった。
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その日住宅街には悲鳴の声が響いた。
今回は、大切な部分だったので試行錯誤しました。
最近梅雨入りが早くて心も身体もじめじめして、気分も上がらない日が続いています。
そんな中、太陽の暖かさを感じると「もう夏がちかいなぁ」と、思うことも多々あります。
気温の変化に気をつけていきましょう!
はい、これから主人公がどうなっていくのか。
そして、犬見木ノ下のとった行動とは?
次回4時目【未読】でお会いしましょう!!
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「痛いよぉ・・・君」
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【あなたには、大切な人はいますか?】