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宛先不明郵便  作者: 村良 咲
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荷物2

 この荷物が届いたとき、どういった経緯で届いたのかということも記されていた。


 新緑の気持ちのよい風が吹く公園で、小さな子供を遊ばせていた母親が、四阿あずまやに置いた自分たちの荷物と一緒に置かれたその荷物を、拾得物として交番に届け出たということだった。この薄紫色の風呂敷を持った高齢の女性の姿をこの母親は覚えており、しばらく公園で探したようだが、見つけられなかったとのことだった。


 その届けられた荷物には、ご遺骨と、2通の手紙が入っており、宛て先不明郵便宛ての手紙の中には、30万円ほどの現金が一緒に包まれていた。手紙の内容から、この方を供養をして欲しいという思いで包まれたものだろう。決して少なくない金額が、この女性の傷つけた方への謝罪の想いなのかもしれない。


 そしてもう1通の手紙には、この荷物を拾ってくださった方へという宛て名で、荷物を郵便局へ届けて欲しい旨が書かれており、送料と謝礼のつもりなのか、2万円が包まれていたとのことだ。


 本来、ここへこうした『荷物』が届くことは想定されてはいなかったが、中身が中身なので、それら全てがここに送られてきたのだ。


 それにしてもだ。なんとも悲しい出来事ではないか。『妻』はそれほどまで長い間、傷ついた心のまま生きてきたのだろうか。それとも、それを忘れられないほど、夫の生き方は納得のいくものではなかったのか……


 玄信和尚は、『あや様』あてに手紙を何通も送ってきた『貴志』という人物のことを思い出していた。いや、正確には思い出したのはその貴志という夫を後ろから見つめていたその妻のことをだ。あれは死相をまとっていた夫を思う妻の慈悲の眼差しだと思っていたが、それは本当にそうであっただろうか?このような現実を突きつけられた今、その自信は揺らいだ。


 傷つけられた人が、その傷をつけた人とその後も共に生きるということは、大きな覚悟がそこにあるのだろう。


 人は生きていく上で、様々な場面で選択をしている。生きるための選択、プライドのための選択、人を想っての選択、そして、中には憎しみのための選択……答えは一つではなく、いくつもある感情の中で折り合いをつけて生きていくこともある。


 この御仁は、どんな生き方をしたのだろう。


 行き先のなくなったこのお方、心を込めて供養しよう。


 そうして玄信和尚はその骨壷を持ち上げた時、ふと違和感を感じた。


「おや?これはなんとも……」


 和尚はお経を唱えたのち、その骨壷の蓋をほんの少しずらして中を見た。


「そうか、やはりそうか」


 これを送りつけられた女性も、さすがに中までは確認しなかったのだろう。さて、これはどうしたことか。


 中には、本来あるべきものはなく、空を纏った心のみそこにあった。


 ふんわりとそこから匂う供養のあとの香りからは、何やら伝えたい想いがあるように思えた。これほど経っていても、どうしても仕返しがしたかったのであろうか。一つの家庭を壊した、いや、傷だらけにした女へ、夫が亡くなってからようやく仕返しができるということなのだろうか……あわよくば、これでお前の家庭も壊してやるとでも言うように。だが、送られた女性は、夫に見つからなくてよかったと書いていた。女の家庭に傷をつけることはできなかったかもしれないが、それでもその女には恨みの大きさは伝わったのだろう。こうして供養を頼んでくるくらいなのだから。


「満足ですか?」


 愛された女の復習とでもいうべきその空の骨壷、『妻』の全ての想いを詰め込んだそれを、心を持って供養させてもらいますよ。


 ゆっくりと目を瞑り、玄信和尚は骨壷を抱き、そう語りかけた。



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