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九話

「それは恋だよ」

帰り道の途中で昨日あったことを話していると、ゆづは自信満々に答えた。

今朝の兄貴はいつも通りの笑顔だった。

まるで昨日のことなんてなかったように見えるくらいだ。

でも、もしかしたらいつも通りに見えただけだったのかもしれない。

兄貴が気持ちを隠すのが上手いだけ。

そういう考え方を消すことができるほどの確信は、そこにはなかった。

僕の中だけで話し合いを繰り返しても拉致が開かなかったから、こうしてゆづに相談することにしたのだ。

「えっ、いや、それはないよ。恋してるなんて話、何年も聞いてないし」

「そりゃあ兄妹でいちいち恋バナなんでしないでしょ。私だって、恋してもぜったい言いたくないし」

「あれ、ゆづもお兄さんとかいるの」

突然の新情報に少し驚く。

「お姉ちゃんが一人と弟が一人だよ」

「真ん中なんだ……」

確かに少し真ん中っ子ってぽい気がする。

……真ん中っぽいのがどんなのか知らないのだが。

「そうだよー。まあ、真ん中っていいこと全然ないけどね」

「どうして」

「だってさぁ、お姉ちゃんが頭よくて語彙力がバケモノだしさ、弟は我が家で一番年下で甘々に育てられてるから、喧嘩したらどっちにも勝てないんだよ」

唇を尖らしたゆづを見て僕は思わず笑ってしまった。

ゆづはハッとしたように僕にいった。

「って、私の事はどうでもよくてさ。問題はお兄さんの方でしょ」

そうだった。

つい興味をそそられたが、今考えるべきはそこではない。

兄貴が恋をしている、だと。

そんなの考えたこともなかった。

「好きな人、いるのかな」

「いや、もしかしたらもう付き合ってる人がいるのかもよ」

平然とした顔でそう言われた。

僕は驚きのあまり思考が停止する。

え、兄貴が、誰かの彼氏。

ん、どういうことだ。

「あ、そんなあからさまに固まんないでよ。例えばの話だってば」

「でも、なくはないってことでしょ」

「まあそうだけどさぁ」

僕はため息をついた。

兄貴に彼女がいるなんて、そんな。

何がとかは具体的にはわからないけど、少し寂しい。

そう思いながら、僕はちょっと前にした会話を思い出す。

「……あっ」

急に大声を出した僕に対してゆづが

「うわぁっ」

と言いながら驚いていた。

「いきなりどうしたんよ」

「兄貴に『彼女いないだろ』ってからかったとき何も言い返さなかった」

そう自身ありげに答える僕を少し呆れたような目でゆづは見ていた。

「いや、でも肯定もしてないんでしょ」

「まあ、それはそうなんだけど」

「じゃあいないともいえないじゃん」

「そうか……」

肩を落とす。

兄貴に恋人、かあ。

なんだか夢でもみてる気分だ。

「じゃあ恋してるって仮定して、だよ」

僕はそう前置きをして進めた。

「周りはどうすればいいの」

僕にとって最大のポイントはそこだった。

昨日自分の部屋に篭った時に思った。

悪化するのが怖いなら、それを少しでも回避するために相談するのも手なのだと。

せっかくぶつかることの必要性を知ったのに、兄貴とぶつからないでどうする。

怖がって逃げるのは、嫌だ。

「んー、恋とかは大抵見守ってるのが一番だろうけどさぁ。今回はお兄さんイライラしちゃってるんだもんね……」

「うん」

ゆづが眉間にしわを寄せた。

駅まであと五分くらいだ。

僕は今日中に解答をもらうことを断念しようとした。

「あの」

「どっかに行くのはどう」

同時に話してしまい、お互い目を合わせて笑った。

「ん、なに」

僕がゆづに聞く。

「あ、いや。お兄さんは上手くいってなくてイライラしてるんでしょ。だったら気分転換したらどうかなーって。それにどっか行くとかだったらわざわざ恋してるかどうか聞かなくてもいいじゃん」

そう言って、ドヤ顔を見せた。

確かにこれは名案かもしれない。

僕から上手く「恋をしてるのか」なんて聞き出せるはずがないから、それに触れないでいいのはありがたい。

駅には列車が到着する合図の音楽が流れていた。

ゆづが向かうホームの方だった。

「あ、やっば。いそぐね、じゃーね」

駆け足でゆづが階段を駆け上がっていった。

僕の方はまだ電車が当分来ないようだから、のんびりとエスカレーターを使ってホームへと上がる。

あまり人がいないホームで一人立ち尽くす。

スマホ画面が点灯する。

ゆづからメッセージが届いていた。

『まりなに好きな人できたら教えてね!わたし恋バナだいすきだから!』

片想いとか両想いとか。

そういう時のドキドキとかモヤモヤが、僕にはわからない。

ふと夕焼け空を眺める。

烏が数羽、反対方向に飛んでいった。

昔家族で行った水族館にでも行こうか、なんて考える。

久しぶりの二人きりの外出。

心配な反面、少しだけ楽しみだった。


家のチャイムを鳴らす。

返答は何もなかった。

そろそろ兄貴も帰っている頃だと思ったのだが、今日は大学のサークルとかバイトとかがあったのだろうか。

紺色のキーケースをリュックから取り出して、家の鍵を開ける。

家の電気は消えていた。

リビングの明かりをつける。

なんの変化もない部屋を見て少しだけ安心する。

もしものことをいくつか想像していたから。

僕は手を洗ってからソファーに腰掛けた。

スマホを手に取り、兄貴の連絡先を画面から探す。

『今日は何時ごろになりそう?』

そう、たった一文のみを打ち込んだ。

そわそわしながら五分ごとにスマホの通知を確認するが、途中からそれもやめた。

三時間しても待ち望んだ返信は返ってこなかった。

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