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五話

「えーっと、じゃあその台本を今週中に各自しっかり読んでおいてください。来週の月曜日に何の役をやりたいかそれぞれ希望をとるからね」

帰りのミーティングで那奈先輩が僕ら一年に言った。

ようやく例の台本が配られた。

僕の手のなかにあるこれは、見る前から僕をわくわくとした気持ちにさせていた。

「まりなー。かーえーろっ」

ゆづが満面の笑みでこちらにかけてきて、僕に抱きついた。

一緒に帰り始めてもう数日経つが、いつもこのテンションで誘ってくる。

彼女のそういうところは、ある意味すごいと思う。

「わかった。準備するから待ってて」

「りょーかい」

そう言ったゆづは、僕の座っていた机の脇にちょこんとしゃがみこんだ。

……見えそうだから、やめてほしい。

そんなこと言えるわけもなく、ぼくは急いで準備を終えることを心の中で誓った。


帰り道、ゆづと一緒に台本を見ながら最寄り駅へと続く川沿いの道を歩いた。

一通り読み終えたところでゆづが僕に聞いた。

「ねえ、まりなはさあ。やりたい役とか決まったの」

「……まあ、一応」

「えっ、そうなんだ。なんか意外」

ゆづは本当に驚いたようで、目をぱっちりと見開いていた。

そんなに驚くことないだろう。

「なんで」

「だって、まりなっていつも私に『なんでもいいよ』しか言わないじゃん。寄り道したい場所も、お菓子食べたいか聞いても。だからさぁ、もしかしたら自分の意思ってものが全くない人なのかなって思ってた」

「いや、少しくらいはあるよ」

そう言いつつも、どこかその言葉に納得をした自分もいた。

進学する高校も、習い事もなにもかも。

全て、決めたのは周りの大人たちだった。

いつからだかはわからないけど、僕にとってそれは当たり前のことになっていた。

僕の日常に意思なんて必要なかった。

僕が初めて意思を持ったのは、演劇部の入部を決めた時だったように思う。

僕に意思なんてものがあったのか。

あの日僕はちょっとだけそう思っていた。

「私もあるよー」

ゆづがニコニコしながらこちらを見ていた。

「え、意思のこと」

考え込んでいたこともあり、僕はゆづが何の話をしているのかがわからなくなった。

「いや、そりゃ意思はあるわ。こんな、自己主張の塊みたいなやつに意思がないわけないじゃん」

「ああ、ごめん」

そう言えば彼女は出会った時から意思をかなりぶつけていた。

今更彼女に意思があるかないかなんて話、するはずがないじゃないか。

「えっと。なんの話だっけ」

僕は慌てて聞き返す。

「だーかーら、やりたい役の話だって」

「ああ、その話か」

「そうだよ。もう、まりな忘れるの早すぎでしょ。そんなに私との話に興味ないんだ」

ゆづが頬を膨らます。

「ごめんって」

「ゆるさないよっ」

「ごめん」

それしか言えなくなった。

いや。正確には、それ以外になんと言えばいいのか知らなかった。

僕の顔を見てゆづが笑った。

「いやいや、そんなに落ちこまないでよ。冗談だってば」

なんだ、冗談か。

中学に上がってから友達がほとんどいなかったせいで、本気か冗談かの区別が以前よりもつかなくなっているような気がする。

冗談かどうかなんて、一体どうやって見分ければいいんだ。

「まりなってほんとまじめちゃんだねぇ。かわいすぎだよ」

ゆづはニヤニヤとしながら僕にそう言った。

女子高生のかわいいはよくわからない。

なんというか、ほんと見境がない。

何にでもかわいいと言えばいいと思ってるのかと思ってしまう。

僕は軽くため息をつく。

「あれ、怒っちゃった」

ゆづが心配そうに尋ねる。

いやいや。こんなことで怒るほど、僕は短気じゃない。

「別に怒ってないよ」

「じゃあそれはなんのため息」

「……何にでも可愛いって言うんだなって言うため息」

ここ数日で分かったことがある。

彼女は一度追及しようと思ったことは、答えがわかるまで追及し続けるから、誤魔化そうとしても無駄なのだ。

好奇心旺盛だという点で見るのであれば、少し兄貴に似ていると言えるのかもしれない。

「えー、まりながかわいいからかわいいって言ってるだけなのにー」

もうっ、といいながらゆづは僕の肩を突いていた。

そんな会話をしているうちに、学校の最寄駅がもう目の前に来ていた。

電車は反対方向だから、ここでお別れだ。

「じゃあね」

「ばいばーい」

そう言ってゆづは僕に手を思いっきり振る。

その姿は、今三歳の僕のいとこにそっくりだった。


エスカレーターを登って、僕はホームに一人立つ。

ゆづと一緒に帰り始めてからこの時間がなんだか寂しい。

気づけば雨がポツポツと降り始めていた。

あいにく今日は折りたたみ傘を持ってきていない。

兄貴に連絡すれば駅まで迎えに来てくれるだろうか。

そう思ってスマホをポケットから取り出す。

ふと前を見ると、向かいのホームに立っているゆづと目が合う。

ゆづは大袈裟な口パクで何かを伝えてきた。

もしかしたらこれは僕の自意識過剰が生み出しただけなのかもしれない。

ただ、僕は笑顔で返した。

『またあしたね』

ゆづがそう言ったように僕には見えたから。

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