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四話

「ねえねえ、もう演劇部に入ることに決めたの」

部活に行くとすぐに同じ学年の、ちょっと小動物っぽい女子に話しかけられた。

スカートも短くて髪も茶色く染めている、いかにも女子高生という感じの子だった。

まだ部室には僕とその子の二人だけしかいなかった。

「そうですけど」

「いやいや、決めるの早すぎでしょ。私も演劇部入るつもりでこの高校来たけど、流石に一週間は仮入部って形にしてたよ」

「そうですか」

「そうそう、だってあとから『違ったかもな』って思うのも嫌じゃん」

「そうですか」

「……なんかやけに冷たくない」

そうですか、以外になんと言えば良かったというのか。

この空気感をなんとか変えようと、僕は話題を切り替えた。

「あの、名前は」

「あ、名前言ってなかったっけ。山中柚月。ゆづって呼んで」

「ゆづさんですか」

「さん付けしないでいいって。ゆづでいいよ。ていうか、敬語やめてよ。同い年でしょ」

あまりにも馴れ馴れしい態度に軽く引いてしまった。

今まで人に話しかけられたことがないわけではないが、ここまで近い距離感で話す人は初めてだ。

「自分も名前を言ったほうがいいですか。あ、言ったほうがいいかな」

また指摘されるのも嫌だからあえてタメ口に直した。

「いや、知ってるからいいよ。茉里奈ちゃんでしょ。えっと。フルネームだと、晴山茉里奈だよね」

名前を言われてゾッとした。

なんで名乗ってないのに僕の名前を知ってるんだよ。

同じクラスではないはずだから、四月の自己紹介を聞いたわけでもないだろうに。

僕が明らかに引いたような顔をしていたのだろう。

慌てて彼女、ゆづは弁解し始めた。

「別に、ストーカーとかじゃないからね。噂になってるから知ってるだけで」

「噂って」

「あれ、知らないの。二組の一匹狼、晴山茉里奈っていう子がかわいすぎるーってやつ」

またもやゾッとした。

勝手に自分の知らないところで噂されているなんて、内容がどうであれ気味が悪い。

しかもそれが他クラスの女子にまで広まっているなんて。

ゆづがこちらを覗き込む。

「あ、もしかしてそういうの言われるの嫌いなタイプだったりするの」

僕はこくりと頷く。

「……じゃあこれから言わないし、気をつける」

「ありがとう」

あまりいい気分はしないし、返し方もわからないから言わないでくれるのはとても助かる。

ゆづが不安そうにこちらを覗いた。

「私のこと、嫌いになった」

「え、あ、いや」

さっきまでとは打って変わって、ゆづは弱々しい声になっていた。

「私、ずっと茉里奈ちゃんのこと気になってて。ずっと話してみたかったの。それで、同じ部活になったんだと思ったら嬉しくてつい喋りすぎちゃった。ごめん」

ここまで感情の振れ幅が大きいと、相手は何も言葉が出なくなるのだと知った。

どうしたらいいものか。

これから一緒に部活をやっていく人なんだと思うと、あまり波風立てたくない。

それに今の僕には少しだけ、誰かと友達になりたいという気持ちがあった。

それなら……。

「話してくれただけですごく嬉しかったよ。ありがとう」

これは、中学生の時に兄貴に相談をしていたがうまく伝えられなくて、ごめんねと言った時に兄貴が僕に言ってくれた言葉だった。

はっきりと記憶に残っていると言うことは、僕はこの言葉が嬉しかったのだろう。

それなら、きっと大丈夫なはずだ。

だが、予想に反してゆづは泣いた。

「何でそんな優しいこと言うの。ずるいじゃん」

そう言われて思い出す。

兄貴がこの台詞を言った時、優しすぎるしかっこよくてずるいと思って余計泣いた事を。

完全にミスチョイスをした気がする。

「あ、ごめん。泣かせるつもりでいったんじゃなくて」

「わかってるよ。でも優しさが今は余計染みるんだもん」

僕にはもう切り札はなかった。

あの言葉を言われた僕はあのあとひたすら泣いていたから、兄貴がなにをしてくれたのかをはっきりとは覚えていない。

本当に、どうすればいいんだよ。

「こんにちは、って。あれ、なになに。二人ってもう仲良いの」

授業が終わって部室に来た那奈先輩が話しかけてきた。

那奈先輩は二人の間に来て、ようやくゆづが泣いていることに気がついたようだった。

「え、本当に何があったの」

大泣き最中のゆづが答える。

「茉里奈が泣かせてきたんです」

「ちょっ、ストップ」

誤解が生じると思い、焦ってゆづを止める。

止められた理由がわからないとでも言うようにゆづがきょとんとこちらを見た。

「えっと、つまり、喧嘩したってこと」

那奈先輩がそう言って、ようやくゆづも訳がわかったようだった。

焦って言い直す。

「違うんです。そうじゃなくて、茉里奈が優しすぎてそれが心にきたっていう意味で。喧嘩じゃないです」

那奈先輩が、なるほど、という顔をする。

「ハルはほんと優しそうだもんね」

「いや、別に優しくはないですよ」

さっきの言葉だって兄貴から借りたものだ。

つまりこの場合、優しいのは兄貴ということになる。

「ハルったら、照れ屋なんだから」

そう言って僕の肩を突く。

照れ屋とかそういう問題ではないのだが、これ以上弁解しても余計ごちゃごちゃしてしまいそうだ。

はははっ、と軽く笑う。

「茉里奈ぁ、ともだぢになろぉ」

ゆづが泣きながら言った。

「ん、いいよ」

僕がそう言うと、ゆづは

「ほんとに」

と言って、僕に力強く抱きついてきた。

「え、ちょっと」

「ほんと茉里奈だいすきだよぉ」

「わかったから。痛い、痛いってば」

「これが私から茉里奈への愛の大きさなんだよ」

ニコニコして少し下からこちらを覗き込む。

そこにさっきの悲しそうな雰囲気はもうなかった。

那奈先輩がこちらを見て笑った。

「よかったね、友達できて」

僕は苦笑いを浮かべた。

めんどくさい人と関わってしまったという気持ちと、なにか温かい気持ちが僕の中で混ざり合った。

高校に入って初めて、僕に友達ができた。

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