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三話

僕は朝早くに職員室前へと向かった。

昨日の晩、自分の部屋で入部届を書いていた。

どうせクラス担任だからホームルーム後に提出すればいいだろうと思っていたが、クラスメイトにみられるかもしれないと考えるとなんだか恥ずかしくなってしまった。

だからこの時間を選んだのだが、生憎まだ那須先生は登校していなかった。

職員室前の窓から中庭を覗く。

中庭は桜の木が植えられている。葉っぱが緑色になった桜の木も、僕はなかなか好きだった。

通っていく人の姿はまだまだまばらだった。五分に二人来るか来ないかというくらいだ。

この時間に来ている人は一体何をしているんだろう。勉強でもしているのだろうか。それともゲームとか。

考えていると、那須先生が来た。

「え、まって。晴山、早すぎないか。どうした、誰かに用事でもあるのか」

「那須先生に用事があります」

「え、俺なの。どうした」

クリアファイルに大事にしまっていた入部届を取り出す。

「これを提出しに来ました」

那須先生は、トホホと言う効果音が似合いそうなくらいの苦笑いを浮かべた。

「いやいや、晴山は俺のクラスなんだから朝のホームルームの時とかでよかったのに」

「確かにそうでしたね。すみません」

気づいていなかったというふりをした。

那須先生が窓の外を覗く。

「まだまだ人来てないだろ。この後何すんの」

「勉強、ですかね」

「真面目だな」

「ありがとうございます」

仮にも先生の前だ。スマホをいじって暇を潰すつもりだとは言いにくかった。

那須先生は何かを思い出そうとしているのだろうか。周りから見てもわかるくらいに眉をぐにゃりと曲げていた。

と思ったら、いきなりハッとした顔をする。

「そうだ。向こうの奥の方の階段ってさ、視聴覚室にだけ繋がってるの知ってるか。もし勉強に飽きたらでいいからそこに行ってみろよ。きっといいもんがみれるから」

まるで悪巧みでもあるかのようにニヤリと笑っていた。

勉強なんてやるつもりは全くない。

どうせなら那須先生が言っていた場所に行ってみるのも悪くないか。

とりあえず荷物を置くために教室にむかう。

入ると、やっぱり誰もいなかった。

ここまで静寂に包まれていると、いつもの賑やかな教室がまるで嘘みたいだ。

荷物を机の横にかける。

軽くなった体で奥の階段を登る。

いいこととはなんだろう。川沿いを散歩している面白おじさんでも見えるのだろうか。

なんてふざけたことを考えた。

上に登るに連れて声が聞こえてきた。

先客か。

人に会うギリギリまで登ってみる。

「なんで……なんだよ」

一人が黙々と喋っているようだが、内容までははっきりとは聞こえなかった。

だが、声に聞き覚えがあったような気がした。

もしかしたらと思い、階段を登りきる。

相手がこちらを向いた。

「あれ、ハルじゃん。早くない。て言うか、どうしてここにいるの」

もともと大きな目をさらに大きく見開いていた。

「那須先生がここに行ってみたらと仰っていて。でも、まさか那奈先輩がここにいるなんて知りませんでした」

「あー、那須先生言ったんだ。もう、あの先生はなんでも言うからなぁ」

那奈先輩は、

「やれやれ」

と笑いながら言った。

「お邪魔してしまい、すみません」

そう言って引き返そうとすると、那奈先輩が僕の腕を掴んだ。

「もし暇なら付き合ってよ。どうせきたんだからさ」

那奈先輩の演技が見れるならどれだけ忙しくたってここにいたいと思う。

「では、お言葉に甘えさせていただきます」

那奈先輩が台本に目を下ろす。

「これ、オリジナルなんだよね」

「え、そうなんですか」

「うん。入部した新一年生、つまりハルたちが初めてやる劇を書いてるの」

「一年生だけでやる劇、ということですか」

「そうそう。うちの部活の伝統みたいな感じなんだけど、七月に上演会を学校でやるの。校外からも結構いろんな人が来るんだ。そこで、学年別の劇をやるの。もちろん学年バラバラでの作品もあるけどね」

もともと演劇部に興味がなかったから、そんなものがあるなんて全くもって知らなかった。

「でも、入ったばっかりでいきなり台本も書けって言われたら大変だろうし、時間もあまりないからね。一年生の台本は毎年部長がやってるの」

「そうだったんですね。ありがとうございます」

こんな早い時間に学校に来て一年生の台本を書いているなんて。なんだか申し訳なくなった。

「いやいや、私も結構こういうの好きだから大丈夫だよ。それに、あとはやってみておかしくないかとかの確認だけだからそこそこ最終段階だし」

那奈先輩は、安心して、と言うかのように微笑んだ。

「あの、一つ質問してもいいですか」

「いいよ。なになに」

「役ってどうやって決めているんですか」

「あーー、配役ね。まずは希望を取ってみて、被ったらオーディションになるの。オーディションは部員全員の前で決められた部分を演技して、終わったらみんなで投票をして最終決定って感じ。まだ劇のことも他の一年生に話してないし、来週のミーティングで詳しく話すつもりだから安心して」

「なるほど」

一応希望は伝えられるのか。少し嬉しかった。

「あれ、でもそれなら那奈先輩が演技しているところもまだ見ない方が良かったりしませんか」

他の一年生には言っていないなら、僕が那奈先輩のやっている演技を見てしまうのはずるいような気がした。オーディションもあるかもしれないなら尚更だ。

「あ、まあ、確かにそうかもね」

「やっぱりそうですよね」

那奈先輩が不思議そうにこっちを見る。

「ハルってもしかして、すごい真面目なの」

「なんでですか」

「だってさ、言わなければ内容とかも軽く知れたし、私の演技も見れるわけだからちょっとはオーディションで有利だったかもしれないじゃん。なのに言っちゃうから、真面目なのかなって」

確かにその考えも思い浮かばなかったわけではない。だが、そうするのを僕は思いとどまらざるを得なかった。

「多分真面目とかそういうのじゃないと思います。周りからなんて言われるかが怖いと言うか、なんていうか」

ああ、と那奈先輩が相槌を打った。

「確かに周りの目って怖いよね」

「那奈先輩もそう思うことあるんですか」

「そりゃあ、あるよ。初めてみんなで合わせて演技する時とか心臓バックバクだもん」

那奈先輩が階段に腰をかける。僕もその隣にお邪魔した。

「この前みせた里見八犬伝の劇だってそう。もし、自分が思った犬塚信乃がみんなと違ったらどうしよう、とか、私だけがズレてたせいでうまく世界観を作り出せなかったらどうしよう、とかね」

驚きだった。

あんなにすごい演技をする人でもこんなこと思うなんて。

何をいえばいいのか分からなくて、黙り込む。

「ハル」

那奈先輩の声が静寂にぽつりと浮かんだ。

「多分ハルもこの部活に入ったら、そのうち壁にぶつかる時があると思う。その環境下にいないとわからない悩みとか、さ。そういう時は私とか那須先生とかに頼っていいんだからね」

壁、か。

そんな壁にぶつかった時、兄貴にしか頼れない僕が他の誰かを頼ることなんてこと、できるのだろうか。

誰かに頼ることは簡単そうに見えて実は勇気がいるってことくらい、僕は知ってる。

その勇気は、今はない。

徐々に登校する生徒の数が増えてきたらしく、下の階から笑い声などが聞こえる。

那奈先輩が立ち上がる。

「そろそろ教室に戻ろうか」

「そうですね」

一年生と二年生とでは教室のある階が違うからすぐ別れることになった。

教室で自分の席に座る。

周りで楽しそうに喋る人の声が聞こえた。

初めて僕は、友達がいる人をこんなにも羨ましいと思った気がした。

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