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最終話

スポットライトが舞台上を照らす。

きっとできる、あんなに練習したんだから。

僕はグッと手を握りしめた。

「なになに。まりな、もしかして緊張してんの?」

ゆづが悪戯な笑みでそう話しかけてきた。

「大丈夫だよっ。これでもかって思うくらい、いっぱい練習してきたじゃん。それにさ」

僕がグッと握りしめた手を、ゆづは優しく包み込んだ。

「まりなのそばには私がいるんだからさ」

自信に満ち溢れた笑顔だった。

「……そうだね」

いまさら不安になっても仕方ないし、不安になる気持ちよりも大きな仲間が今の僕にはいる。

僕はこれでもかというくらいに大きく深呼吸をした。

よし。

「行こうか」

僕らは光の方へと足を進めた。



話ももう終盤に差し掛かっている。

大丈夫、何もミスなく進んでいるではないか。

そう、あと少し。あと少し。

ふと、客席側を見る。

そこにはいるはずのない人の姿があった。


なんで、なんでお父さんがいるの。


途端に僕の頭が真っ白になった。

台詞が出てこない。

今どういうシーンだったのかすら、それすら曖昧になってしまった。

無音になった舞台上、ざわつき出す客席。

どうしよう、どうすればいいんだろう。

何も出てこない。

「なーに黙ってんの。僕の言ったこと、そんなに心に響いちゃったのかい」

ゆづだった。

そんな台詞がなかったことくらい、今の僕にだってわかる。

これは、アドリブだ。

「返事が何も出てこないのか。まあ、一緒に危機を乗り越えてきた仲間だもんな。それならそれでいいよ。俺は待つから。お前とのお別れの時、なんだし」

ゆづは僕に時間をくれた。

ありがとう。

心の中でそう告げて、僕は口を開いた。

「なんで…。なんでだよ」

僕の目からは涙がこぼれ落ちた。

「俺は一人で大丈夫だなんて決めつけんなよ。楽しい時は同じ景色を見ていたいし、辛い時は側で支え合いたいし…。なのに急にいなくなったりすんなよ。…俺を、そばで見ていてくれよ」

演技のはずなのに、嗚咽が混ざって少し声が出しづらくなる。

気持ちがどこからともなく溢れ出た。

「わかったよ。ずっとそばにいてやるから、これからも、二人で一緒に、いよう」

終演はもうすぐそこだった。



「いやー、よかったよ」

那奈先輩が言った。

「一時はどうなることかと思ってヒヤヒヤしたけど、ナイスフォローにナイス演技。もう、最高だよっ!」

そういって私たち二人のことをぎゅっと抱きしめてくれた。

「ゆづ、ありがとう」

僕はまだ言えてなかったお礼を告げた。

ゆづはにこりと笑った。

「いいんだよ、今は仲間なんだからさっ」

ゆづがみせるブイサインが愛おしい。

那奈先輩が抱きしめていた手を緩めた。

「ごめんごめん。それよりさ、ハルは行く場所があるんじゃないの」

那奈先輩が少し落ち着いた声で言った。

行く、場所。

「そんなのないですよ」

「嘘だあ」

「なんでですか」

わかりきっているんだとでもいうかの表情を浮かべていた。

「客席見たときだったじゃん。ハルがハルに戻った瞬間ってさ」

ああやっぱり、この先輩には敵わない。

そう思った。

「少しだけ、行ってきてもいいですか」

那奈先輩は優しく微笑んだ。

「もちろん」

僕は早足でその場をさった。


「お父さん」

僕は帰ろうとしていたその人を急いで引きとめる。

兄貴は兄貴で、ぎくりとした表情を浮かべていた。

「来てたんだね」

「ああ、仕事が丁度空いていたからな」

「そっか」

やっぱりそっけない言葉が返ってきた。

でも、そこでめげていたら何も変わらない。

僕が動かないと、変わらないから。

「どうだった」

「よかったんじゃないか、劇の良し悪しには詳しくないが」

そっけない褒め言葉。

それでも僕にとっては大きなものだった。

「じゃあ、仕事に戻るから」

「うん」

そう言ってお父さんが帰って言ったのをみて、兄貴は僕に手招きをした。

「父さん、ああやって言うけどさ。ちゃんと届いてるよ」

そう言って耳打ちをしてくれた言葉に、僕は驚いた。

「『…もっと一緒の時間を大事にすべきなのかも、な』って言ってたから」



「かんぱーい」

部員全員、片手にジュースの入った紙コップを持っていた。

今日の舞台の打ち上げ、だそうだ。

目の前にはたくさんのお菓子も並んでいる。

「まりな、このポテチすっごいおいしいよ」

ゆづの頬はリスみたいにぷくりと膨れていた。

「だとしても詰め込みすぎだよ」

「ほふははぁ」

「なんだこの難解すぎる謎解きは」

「ははふへほー」

そんな感じのキャラクター、いた気がする。

手を洗ってくるからと言って、ゆづはその場を離れた。

僕は周りを見回した。

達成感に満ち溢れたような表情の那奈先輩。

楽しそうな笑顔でこちらに戻ってくるゆづ。

そして、何もなかった僕にもきっと。


無色透明の僕らは、淡く色づき始めていた。

初めての連載作品。至らぬ点だらけだったかもしれませんが、読んでいただけてとても嬉しかったです!

ありがとうございました!

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