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十二話

僕は朝日が登るのをみてため息をついた。

時計を見るとまだ午前の四時半だった。

昨日は全然眠れなかった。

オーディションが四日後に迫っているから練習とかもしていだというのも理由の一つなのだが、今回はもう一つ別にあった。

今日は日曜日、つまり兄貴と水族館に行く約束をした日だ。

八時になったら出発しようと昨夜約束した。

服とかはあまり気にしないタイプだからものの五分とかで決定したのだが、何を話すかとかどこで食事をするかとか、そういう計画を練るのにやたらと時間をかけてしまった。

お陰で計画は完璧だが、睡魔が襲ってきそうな不安がある。

「馬鹿だなあ」

一人ぽつりと呟いた。

これ以上粘っても寝られないだろうし、寝過ごしてしまったら本末転倒だ。

僕はもう少し布団にこもっていたいと言う気持ちを抑えつつむくりとベッドから起き上がり、昨日用意しておいた服に着替える。

黒と白で構成された服装だ。

その二色にしておけば大体無難に収まるからかなり重宝している。

着替えももう終わったところで、何をしようか悩む。

きっとまだ兄貴は起きていないだろうから話し相手もいない。

どうせだしテレビでニュースかなんかをみようと思い、リビングに向かうために下の階へと降りた。

想像していた通り、やはりまだ兄貴は起きてはいなかった。

四時半だから当然と言えば当然だろう。

ただ、リビングに人が誰一人いないというわけではなかった。

椅子にはパンを食べながら新聞をみている眼鏡のちょっとスッとした印象の中年男性の姿があった。

約三ヶ月ぶりに見た光景だった。

「……お父さん」

僕がそう言うとその男性、お父さんはこちらを振り返った。

「早いな」

お父さんはそう一言だけいって、また新聞に視線を戻した。

お父さんとお母さんは僕が小さい頃に別居し始めて、今でもそのままだ。

正式に離婚届けの提出などはまだしていなかったと思うが、実質してるといっても過言ではない気がする。

理由はよく知らないけど、お父さんが結婚に向いている性格でないことは大きくなるにつれてなんとなくわかっていった。

仕事もできる、暴言もない、お酒もタバコも一切しない。

なおかつそこそこ顔もいい。

一見ただのいい旦那さんという感じだが、一つ大きな欠点がある。

この人には感情がまるでない。

なんだかプログラム通りに動くロボットみたいな人だ。

その性格は僕にもかなり受け継がれているのだろうと言うことは、幼少の頃からすでに薄々感じとっていた。

僕は何も言わずに新聞を黙々と読むお父さんを見た。

三ヶ月くらいなんで帰って来なかったの。

何かもう少しくらい話そうよ。

なんでこんなに早く朝食を取っているの。

言いたいことは山々だったが、僕は全て胸の奥にしまった。

この人とぶつかろうなんてしても、いいことがないのは目に見えている。

この人は昔から僕のことになんて興味がない。

僕は朝から嫌な気分になりたくなくて、二階に戻ろうとする。

「おい」

突然お父さんが僕のことを止めた。

驚いて勢いよく振り返る。

「なに」

「今日は一日また家にいるのか」

なんだか味気ない質問に少し気分が下がる。

「今日は出かけるよ。お父さんは今日も仕事なの」

「ああ。いまは忙しいから、また当分家を開けることになると思う」

またか。

ただ、そう思った。

期待なんてしていないし、兄貴と二人きりでの生活はかなり楽しいし安心感もあるから大好きだ。

嘘なんかじゃなくて、強がりなんかじゃなくて。

心の底からそう思っているはずなのに。

それなのに、家のことを顧みないこのようなお父さんの態度を見ていると何故だか悲しくなった。

自分は好かれてないんだって、嫌でもそう感じさせる。

僕の心にだけ軽く雨が降り出したみたいだった。

何もかも嫌になって視線をそらす。

「じゃあ、部屋に戻るね」

僕はそういって階段を登って部屋に帰った。

何か言っていた気もするが、どうせ嗚呼とかそういう内容のない事だろう。

なんだか朝から気分が悪い。

さっき気合を入れて飛び出したはずの布団に、僕は再度潜りこんだ。


「……おい」

兄貴に叩き起こされてようやく目を覚ます。

完全に二度寝していた。

僕は勢いよく起きあがった。

「い、いま何時」

慌てて兄貴に聞く。

「もう八時だけど。って、昨日その服で寝たの。流石にシワになるし止めろよ」

僕の服装を見て少し顔が引きつっていた。

僕と違って服が好きな兄貴にはこの状況は考えられない事だったのだろう。

だが、僕も次の日の服に着替えて寝るほど面倒くさがりではない。

「違うよ。四時半に一回起きて、その時に着替えたの。そしたら二度寝しちゃったっていうだけで」

「ん、じゃあ父さんにも会ったの」

「まあ。兄貴もあったんだ」

思い出したくない顔が浮かぶ。

「そうだよ。俺が寝ようと思った時に丁度帰ってきたんだ」

そう言って、兄貴は苦笑いをした。

「まあまあ、そんな嫌そうな顔すんなよ。せっかく久々に会えたんだしさ」

「会ったって何にもいい事ないじゃん」

ぶっきらぼうに答える。

兄貴の表情を見てふと我に返る。

せっかく兄貴の気分転換にと思って予定した日に、僕はなんでこんな困った顔にさせてしまっているんだろう。

僕は頬を軽くつねる。

「昨日たっぷり予定考えといたよ。水族館、楽しもうね。急いで準備するから待ってて」

そう言って布団を畳む。

着替えは済んでいるから、身支度は多少は楽だ。

ささっと髪も整えてリビングへと向かう。

「終わったよ」

「はやっ」

びっくりした様子でこちらを見る兄貴を見て少し嬉しくなる。

「だろ。僕、結構早く動くの得意なんだからな」

「二度寝もしなければ完璧なのにな」

冗談めかした声で兄貴が言った。

「これはこれは失礼しました」

僕は笑って誤魔化す。

兄貴が少しだけ寂しそうな顔を浮かべた気がしたが、もう一度確認するとそんなことなかった。

気にしすぎるのもよくないだろう。

僕は冷たい水で顔を洗った。

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