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十一話

「ハルー、ちょっといい」

部活のミーティングが終わった後、那奈先輩にそう声をかけられた。

「はい」

「ハル、今日委員会で遅れてきたじゃん」

確かに今日は三十分ほど、急遽委員会の活動が入ったせいで部活に遅れてしまった。

本来今日の仕事の担当になっていたクラスの生徒が風邪で早退してしまったらしい。

遅れますと連絡は入れたのだが、三十分はさすがにまずかっただろうか。

「すみません」

僕が謝罪する。

チラリと那奈先輩の方を見る。

予想に反して、那奈先輩はきょとんとした顔をしていた。

そして、何かに納得したように笑った。

「ああ、違う違う。別に遅れたことに怒ってるとかじゃないから。委員会は仕方ないし、そっち優先でせいかいだよ」

それが原因ではないのか。

注意されるわけではないとわかると、僕はとりあえず一安心した。

ただ、それ以外ならなにが理由だと問われれば、思い当たる節がなかった。

「あのね、部活が始まる前のミーティングで言ったからハルにだけは伝えられてなくて。オーディションの日なんだけど、先生の都合もあって来週の水曜日になったから。で、オーディションでやる台詞の範囲はグループのメッセージにあとで送っておくから確認しといてね」

ああ、なるほど。

だから僕だけが呼び出されたと言うわけか。

「教えていただき、ありがとうございます」

僕はペコリとお辞儀をする。

水曜日というと、今日からちょうど一週間後だ。

「いえいえ」

那奈先輩はにこりと笑う。

そして、自分の耳を指さしてから僕に対してちょいちょいと手招きをする。

おそらく、耳打ちをするからということだろうか。

僕は耳を寄せた。

那奈先輩が両手で筒をつくって僕の片耳に軽くくっつけた。

「ハルがどうやって演じるのか、楽しみにしてるからね」

そういうと、那奈先輩は無邪気に笑った。

なにかドキリとした。

「頑張ります」

そう伝えると那奈先輩は、うん、と満足げに言って自分の荷物が置いてある場所へと向かっていった。

少しその場に立ち止まってから、僕も自分の荷物のところへと向かう。

「なに話してたのー」

一緒に帰るために待っていてくれたゆづが僕に聞いた。

「オーディションの日のこと。今日委員会があったから最初のミーティングに間に合わなかったんだけど、それらの情報をそのミーティングで言ったからって」

「あー、そういうことか」

ゆづが納得したような表情を浮かべた。

そうだ、オーディションではゆづと僕はライバルなんだった。

その事を思い出したら少しだけ鬱な気分になった。

「たのしみだなぁ」

「えっ」

ゆづが突然発した言葉に驚く。

緊張するとか、どんな感じなんだろうとか、そう言った言葉が出てくるならまだ理解ができる。

ただ、楽しみというのは想像してなかった。

「だって、まりなと私じゃたぶん演技の仕方も違うでしょ。どんな風に仕上げてくるか想像できないもん」

「まあ、確かにそうだけど」

何か腑に落ちない感じがする。

ゆづは僕の顔を見てニヤリと笑った。

「あー。また、どっちかが落ちるからとかなんとかって考えてるんでしょ。お見通しなんだからね」

完全に当てられたことに驚いたが、それ以上に感心した。

好奇心がすごいことはちょっと前にわかっていたが、観察力もあるのかも知れない。

彼女、一体何者なんだろう。

「どう、私の予想あたった」

「当たりだよ」

「やっぱりそうだ。だからさー、そうやってネガティヴに考えんのやめなってば。そうじゃないと今後やっていけないよ」

ゆづの言う通りなんだ。

いちいち気にしてたらこの部活ではやっていけない。

そのことはとうにわかっているのだが、どうしても気にしてしまう自分がいる。

「まあ、いつか慣れるよ」

少し僕を気遣うような声でゆづが言った。

「なんでゆづはそんなに割り切れるの」

素朴な疑問をぶつけてみる。

ゆづは感情が激しいタイプのはずなのに、この話の時だけはあっさりしているような気がしていた。

「あー。私、中学でバトントワリング部に入ってたんだよね。ポジション争いとか日常茶飯事だったし。だからだいぶこういうことには慣れてるんだと思う」

バトントワリング、わかるようなわからないような。

ポジション争いって言ってたから、多分ダンスみたいなやつだと思うけど。

自分の中学にあったかどうかすらあやふやなのだから、きっと僕とは無縁な世界だったのだろう。

「なるほどね」

わかったふりをした。

話しながらしていた片付けももう終わった。

周りに忘れ物がないことをざっと確認する。

「帰る準備終わった」

「お、じゃあかえろー」

教材で重くなったリュックを勢いよく持ち上げて背負う。

「今日もがんばったからさ、駅前のドーナツ屋さん寄っていかない」

そう言ったゆづの顔からは、食べたいというオーラがこれでもかというほど出ていた。

僕は思わず笑ってしまった。

「いいよ」

「ほんと。やったぁ」

ゆづが子供みたいにはしゃいだ。

よっぽどドーナツを食べたかったのだろう。

僕も甘いものは好きだし食べたかったからちょうどいい。

「早くしないと食べたいやつが売り切れるかもよ」

早く帰りたかった僕は、少しだけゆづを急かす。

「たしかに。急がないと」

慌てながらそう言ったと同時に、ゆづは勢いよく廊下を駆け出した。

「あ、待って。別にそこまでしなきゃって意味で言ったわけではないよ。歩いても大丈夫だって」

ゆづが駆け出したのを見て慌てて訂正したが、そんな声がテンションが高まっているゆづに届くわけがない。

僕は急いで追いかけた。

「待ってよ」

ゆづの体力は僕の三倍くらいあるのではないだろうか。

ものすごく早いスピードで走るのにペースが落ちないから、すごいという感情を通り越してむしろ軽く引いてしまう。

同じ部活なのにこんなにも体力の差が見えるとは、入部前には想像もしてなかった。

「はやくはやく」

遠くの方でゆづがこっちに向かって大きく手招きをする。

かと思うと

「おそいなぁ。こっちだよ、はーやーくー」

と、まさかの軽く挑発してきた。

何故か小学生の時にやった鬼ごっこを思い出した。

僕は挑発に対して少し思うところはあるものの、とりあえず思いっきり走った。

かなりペースをあげて、ようやくゆづの元に着いた。

「まりな、おそすぎない。おばあちゃんみたいだったよ」

そう僕のことをからかう。

「食欲に取り憑かれたゆづは、足が急に早くなるんだよ」

からかわれてばかりも嫌だから、僕も軽く対抗してみた。

「なにそれー」

ゆづがほっぺを軽く膨らました。

僕にはなかなか真似できないあれだ。

簡単そうに見えて実は結構難しいと思う。

「ていうかさ、まりなが冗談いうなんてめずらしいね。なんか距離が縮まった感があるねぇ」

ドーナツを食べるとなった時とはまた違った笑みをゆづが浮かべて言った。

たしかにそうかも知れない。

これまで冗談は兄貴にしか言わなかったような気がする。

これがいいことかどうかはわからないけど、こういう会話も楽しいと思った。

「冗談なんて言ってないよ」

僕はちょっと調子に乗って、冗談に冗談を重ねてみる。

「あー、そっか。……って、おい」

テンポの良いノリツッコミがゆづから繰り出された。

あまりのノリの良さに、僕は思わず笑ってしまった。

それにつられるようにゆづも笑っていた。

ドーナツ屋が見えたところで僕らはまた走り出した。

今度は二人同じくらいのペースで。

一般的にいわれているのとは少し違うかも知れないけど、なんか高校生らしいと思った。

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