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十話

自分で適当に準備したチャーハンを一人で食べてからソファーに座って兄貴を待っている間に、僕はいつのまにか寝落ちしてしまっていた。

目が覚めるともう既に日が出ていて、外では鳩が元気に鳴いていた。

自分ではかけなかったはずのタオルケットが一枚、僕のお腹にかかっている。

「おはよう」

後方から落ち着く声がした。

声のした方を向くと、兄貴が朝食の準備をしていた。

美味しそうな香りがこちらまでやってくる。

「……何時ごろ帰ってきたの」

重たい目を擦りながら聞いた。

「……四時、くらいかな」

思っていた以上に遅い時間が返ってきたことに僕は驚く。

ふと壁にかけてある時計を見ると、短針がぴったり六のところを指していた。

四時に帰ったということは、誰かの家に泊まったわけでもなさそうな気がする。

泊まったのならそんな微妙な時間に帰ってくるわけがないだろう。

僕は兄貴の体調面が心配になった。

「寝たほうがいいんじゃない。朝食は僕がやっておくから部屋に戻って一度寝なよ。パンを焼くとか目玉焼きを作るとか、それくらいは僕だってできるから安心して」

兄貴は僕の声を聞くと、優しく笑って答えた。

「俺、今日は講義が遅くから始まるんだよね。だから大丈夫だよ。あとで二度寝もできるし」

「いや、でもすぐに休んだほうがいいって」

少しだけ強めに言った。

兄貴がなんだか困ったような目をしていた。

自分の顎に手を当てながら目を逸らしたと思うと、ハッとした表情で僕の方を見る。

「じゃあさ、お前が最近あったこととか聞かせてよ。俺が朝食作ってる間にさ」

「えっ」

予期せぬ話の流れに戸惑う。

いきなりなにを言いだすんだ。

僕は寝たほうがいいという話をしているのに。

呆れて、ついため息をついてしまった。

「いや、それ休憩にならないじゃん。何言ってるの」

「えー。ダメなの」

兄貴が僕の顔を覗き込んで問う。

それがあまりにも近かったから、僕は少しだけ目を逸らした。

「いや、駄目じゃないけどさ。それして何か意味あるの。別にこれといっておもしろいものないと思うけど」

「あるよ。だから聞かせて」

そう断言された。

そこまではっきり言われてしまうと、こっちもこれ以上どうこう言う気にはなれなかった。

「じゃあいいんだけどさ」

はーっとまたため息をついてから、最近あったことを思い出す。

今度オーディションがあること。

ゆづとやりたい役が被ってしまったこと。

喧嘩をしたけど、ちゃんと仲直りできたこと。

思いついたことからどんどん話していった。

それを兄貴は『へー』とか『そうなんだ』とか、色々な相槌を打ちながら聞いていた。

「お前に友達ができたのも今初めて知った」

「あれ、そうだっけ。言ってなかったかな」

「うん。まったくもって。一ミリも言ってなかった」

兄貴がいい感じに焼けた半熟の目玉焼きを白いお皿に移す。

「なんか、大人になったな」

一切僕と目を合わせずに、兄貴はぽつりとそう言った。

「そうかな。どちらかと言うと子供になった気がするけど」

「……いや、大人になったよ」

兄貴のその言葉の意味がよくわからず、少し不思議に思いながらも

「そっか」

と曖昧な返事をした。

そんな僕を見て兄貴は笑った。

「まあ、自分じゃわかんないか」

そう言ってから、机の前に座るように僕を促す。

目の前にはこんがり焼けたトースト、目玉焼き、海老がのったシーザーサラダ、そして牛乳が並んだ。

近くにあると余計、美味しそうな香りが食欲をそそる。

「いただきます」

そう言って僕はトーストを食べ始めた。

いい感じにカリッとしたトーストを二口ほど口に含んでから、よくやく、昨日兄貴の帰りを心待ちにしていた理由を思い出す。

「あのさ、今週の日曜空いてる」

「え、空いてるけど。いきなりどうした」

いざ誘うとなると少しばかり緊張した。

違和感のないように、不自然じゃないようにと気をつけながら言う。

「あ、えっと、久々に昔行ってた水族館とか一緒にいかない」

普段僕からどこか行こうと誘うなんて殆どしない。

流石の兄貴も今回は疑り深い目をしていた。

「なんでいきなり」

心配だからだよ、なんて気づかれてはいけない。

もしそのことがバレたりなんてしたら、大丈夫だってまた誤魔化すだろうから。

僕は急いで、切り抜ける方法を探した。

「演劇部入ったから、前よりも色々なものを見たりやったりした方が上達にも繋がるかなって」

そう誤魔化した。

バレるかどうか正直スレスレのラインだと思ったが、どうやら兄貴は納得したようだった。

「あー、なるほど。そういうことか。……まあ、確かに演劇には感性ってすごく大事だろうしな。久々に行くから、昔とはまた違った景色が見えたりもするだろうし」

うんうんと頷きながら言っていた。

「そうでしょ」

いい感じにことが流れて、心の中でホッと安堵する。

「ん。じゃあ日曜日は予定空けとくわ」

「ありがとう」

僕はスマホに入っているスケジュールアプリに『水族館』と打ち込む。

久々の二人での外出。

僕の顔に軽く笑みが溢れた。

「なに笑ってんだよ」

兄貴が一人で笑う僕をからかった。

「んー、なんでもないよ」

気持ちを隠しきれないままそう言って、残っていた牛乳を一気に飲み干す。

「ごちそうさまでした」

僕は食器を片付けてから、学校に行く準備のために自分の部屋へと向かう。

階段を駆け上がる途中でまた思い出して、僕は心を躍らせた。

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