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目指せ!地獄のレコンキスタ!!  作者: 深山鬱金
キルカ族の城
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第一 7 我が名はエカテリーナ・シボルチ

“謁見“と聞いて燕尾服かモーニングに着替えるのかと思ったが、ティーシャツにスパッツ姿のままで来るように言われ、大した準備もせずに広間へ入ると、一年前はカスミが座していたであろう玉座に別の人影が見えた。

あの人物が広場で俺の体をくまなく観察していたシボルチ族の王女であろうか・・・。

荘厳な扉からではなかなかの距離があり、表情はおろか服装さえ春の夜の月のように朧げである。玉座までは目算でロールスロイス十台分あった。


背筋をピンと伸ばすと俺は最初の一歩を踏み出し、玉座の間の装飾を目だけで追った。両の石壁にはステンレスのような合板が貼られていた。それはシリコンバレーの社屋のような近未来的ウォールディスプレイだった。

城を占領した後にシボルチ族の奴らがリノベーションしたのだと直感した。

最大の違いはカスミたちキルカ族とは審美的感覚が異なっていることで、例えるならキルカ族が浅草寺ならシボルチ族は築地本願寺といったインプレッションだ。


そして、絢爛と近未来が融合したような洗練された空間に俺は体全体を飲まれた。等間隔に置かれたフェニックスの彫像、絵画が一切ない無味乾燥な壁面、まるでサファイアクリスタルの上を歩いているかのような床、そのどれもが地上の王宮イメージとはかけ離れたものだった。


これが地獄の宮殿か。


一歩進むごとに王女様や付き人の姿形がはっきりしてきた。付き人は一人で、王女様に向かって右側に青と黄色で織られたスイス衛兵のような服を着込んでいたが、表情まではわからない。


・・・・・・・・二人とも無言だった。

声が届く距離に来るまで二人とも口を開かないつもりだろうか。今、玉座までの目測は段ボール五個分といったところだろう。

すると王女様が座したまま、挨拶をしようと肘掛けに置いた両手に軽く力を入れ、軽く息を吸った。きっと王女様にとって初めての謁見なのだろう。もちろん俺も初めてなのだが・・・・。俺以上に向こうの方が緊張した面持ちだった。


王女様のおしりタイプ診断はまだだが、胸の大きさからして「Vタイプ」か「Oタイプ」だろう。貧乳の場合、このどちらかに分類される。

Oタイプ女子の特徴はやたらヒップがでかいことだ。その割に胸がないのでメリットをあまり感じられない。

ちなみにターニャはVタイプ女子で、シンクロナイズドスイミング選手のようにほっそりしている。尻もスリムだが、胸もスリムで典型的なモデル体型だ。


王女様が鎮座する玉座は階段を数段上がった場所に置かれ、背にはシボルチ族の紋章と思われる「黄丹おうにの盾」がすでに描かれていた。

途中の廊下や階段にそうした絵はなかったので、ひとまず「玉座の間」だけでもと、突貫工事を終えたのだろう。

いかにも占領したばかりといった慌ただしさだった。一族の権力者に仕えるのだから付き人も二人はいてもいいはずだ。

俺は小階段のすぐ下まで進み出て、片膝をつき敵意がないことを示した。ようやくシボルチ族の王女様が第一声を発するお膳立てができた。後は彼女の威厳のある声を待つだけになった。

時間にして数秒だったのかもしれないが、なかなか王女様が口を開かないので俺は様子を伺おうと瞳だけをやや上へ向けた。


動きは、ない。


玉座の間を静寂が包む。


召使いが王女様のそばへと歩みよる布製の靴の音が僅かに耳に入った。

がさりと。

すると前方で大きく息を吸う音がした。そして、呼吸がぴたりと止まった。オーケストラの世界的指揮者が「交響曲第五番ハ短調」の演奏を始める前のように。


「よくぞ参った。我が名はエカテリーナ・シボルチ。シボルチ族の王女だ」


威風堂々とエカテリーナ王女が挨拶をした。


「謁見の機会をお与え頂き、恐悦至極に存じます」


「顔を上げよ」


俺は視線を自分の靴のつま先から小さな階段、玉座の脚、王女様の胸元、顔とゆっくり移動させていった。王女様の視線は全く揺るがず、少し遠くを見ているようだった。


「キルカ族の男子は我がシボルチ族にとって貴重な財産である。発光技術のようにな。まず、そちはターニャと親交を深めたまえ」


(やはり地獄において発光させる技術はレアだったか)


「はっ!」


再び、かしずく。


「そして、口付けを交わす間柄になったら報告せよ」


「口付け・・・・・・・・・ですか?」


思わずタメ口が出かけた。

なぜか召使いも慌てている。よほど「口付け」という言葉が恥ずかしいのだろうか。王女様に視線を戻すと目が少し泳いでいる。


「いわゆる・・・キスだ」


王女様は伏し目がちに言った。

どうも王女様、いやシボルチ族全体が恋愛に疎いようだ。耳まで赤くなっている。無論、ターニャは例外だろう。


ちなみにエカテリーナ王女のヒップは予想通り「Oタイプ」だった。玉座いっぱいにお尻が埋まっていたから十中八九当たっているはずだ。

そして、俺は“ターニャとキスせよ“との命を受け、玉座の間から退出した。


謁見を終えると入り口のすぐ脇で女性兵士二名が「ご案内します」とばかりに俺を誘導してくれた。一流ホテルでポーターにスーツケースを預け、ロビーからエレベーターへ移動するような快感だ。

腰にはレイピアを携えていた。この衛兵も使い手なのだろうか、柄の部分の金属が禿げかかっている。


三重の螺旋階段を降り、夜の地下道のように長く細い通路を抜けてから角を右に二回、左に三回曲がった。そしてヨガレッスンをした広場に出ることなく、裏門の通用口へと辿り着いた。ここは幾分明るい。


きっとシボルチ族の兵士しか知らない秘密の抜け道だろう。いや、元々キルカ族の城だったからカスミたちも知っているかもしれない。

いずれにしろ、領土奪還に役立つ有力情報だ。俺は脳内に地図をインプットしておいた。


何食わぬ顔で外へ出ると暇そうにしているターニャの姿が見えた。ヨガレッスン、謁見ときて、また裏門へと戻ってきたことになる。


「ターニャ様。これが新しい捕虜です。キルカ族の男子なので・・・」


女性兵士が言いかけると、ターニャは兵士の言葉を遮り「下がれ」とだけ命じた。兵士二人はターニャの意図を察したらしく、何も言わずにその場から立ち去った。

怪訝な顔でターニャの方を見ると、使いの兵士が見えなくなるのを待っているようだった。相変わらず背が高い。


「ふっ。よく来たな、お尻フェチ男子よ。くっくっく」


いきなり言い寄られた。

(このままキスするのか? そしたら五秒で任務完了だな。それともエカテリーナ王女から秘密のメッセージでも受け取っているだろうか)

ターニャの顔がリップスティック一本分の近さなので、どこを見たらいいのか戸惑いながら、あれこれと思考を巡らせた。

(彼奴らは高度なテクノロジーを有している。決して油断はできない。俺はポーカーフェイスで通すことにした)


「・・・なんだよ。その笑いは?」


するとターニャの視線が俺の下半身へフォーカスしているのが分かった。


「何。ただ、お前のスパッツ姿が奇奇怪怪なだけだ」


俺はスパッツ姿であることをすっかり忘れていた。

まるでパジャマのまま自転車に跨ってしまい、門を開けてから学校の制服でないことに気づいたような恥ずかしさだ。


「では、本題に入ろう。この裏門はお前と私とで警備する」


一呼吸置いてから、ターニャは何かを見た。


「ちょうど交代の時間だ。私は休憩に入る。ここでよく見張っておけ。そのスパッツ姿でな。くっくっく」


冷笑するターニャの顔に屈辱を覚えた。かたやスパッツとティーシャツ、かたや胸当てに電子弓、同じ場所を警護するには違いすぎる。


「いいのか? 敵だったキルカ族に城の警備なんか任せて」


試しに鎌を掛けてみた。返答内容によってシボルチ族とキルカ族のパワーバランスが推測できると踏んだからだ。


「くっくっく。その辺は大丈夫だ。仮にお前が脱走しても連れ戻せるように、そのシボルチ族特製スパッツにはちょっとした仕掛けが施してある」


俺は王女様の付き人から支給されたスパッツの生地の裾をいじってみたが、何の変哲もない。もしや股間部分かと思い、こっそり覗いたが、それらしいチップやタグも見当たらない・・・。

真偽はともかく、シボルチ族には地上人に想像できないくらい高度なナノテクノロジーを持っていることだけは感じ取れた。


チャンスがあれば、わざと脱走を試みてスパッツの“仕掛け“とやらを体感するのも悪くない。

しかし、この安易な考えが自分を騒動に巻き込むとは思いだにしなかった・・・。

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