第一 4 我がキルカ族の城を乗っ取るとは十年早い!
一つ一つ足場を確認しながら岩山を下る。地上にいたころ「山の夕暮れは早い」とじいちゃんが口癖のように言っていたが、その意味するところがようやく分かってきた。
地獄のような薄暗いシチュエーションでの下山は困難を極める。同じ部活の友達の家に泊まって、夜中にトイレを探しているような焦燥と不安と緊張が走った。
まず、足元がよく見えない。次に敵が近くにいるという危機感。さらに一人きりという孤独感がいっそう下山を難しくしていた。登りの倍の時間はかかったろう。地面らしき場所に左の爪先が触れると全身が安堵した。
(ふう。なんとか敵に見つからずに下まで来れたな)
第一関門を突破した俺は慎重に例の女性兵士がいるゲートへと向かった。
ジャリッ!
ゲートに近づくと地面が土から砂利へと変わっていた。やにわに大きな足音がして、初めて気づいた。ここでは地面の状態すら、しっかりと把握できない。漆黒の太平洋を航行するマグロ漁船に乗船した気分だ。
ゲートの手前はフィヨルドに似た地形で、うまい具合に姿を隠せるようになっていた。おそらくこの右手にある障壁を抜けると、例の女性兵士が待ち構えているのだろう。前線基地で得た情報と、実際に徒歩で来た感覚とでは、だいぶ印象が違う。
俺は息を整え、岩壁からそろりそろりと顔を覗かせた。
・
・・
・・・・・ゲート付近は秋の夕方ぐらいの明るさがあった。この明度こそ敵が油断している証拠に他ならない。
こんな暗い地獄で明かりを灯そうものなら遠くから弓で射られてしまう。真夏の街灯に群がる“蛾“を捕まえるより容易い。“地の利“はキルカ族にあると俺は直感した。
意を決してゲートの真正面まで歩み出ると肺の奥まで息を吸い込み、城内まで響くような声で叫んだ。
「おい、シボルチ族! 我がキルカ族の城を乗っ取るとは十年早い! 直ちに明け渡してもらおうか!!」
決まった、とばかりに俺は胸をのけぞらせた。しかし、女性兵士は興味がなさそうな眼でこちらに顔を向けた。
「なんだ?」
奴の身体的特徴を挙げると以下の通りだ。
お尻はVタイプなのでバストラインは期待できないが、全体的にスリムで足が長い。まるで江戸時代の日本人とオランダ人ぐらい違う。あまりのプロポーション差に一瞬たじろいだ。名前は知らないのでひとまず“レディ・ブラック“と呼ぶ。
ふと見上げると、ニヤニヤした表情でそいつが俺の方を見ている。視線の先を辿っていくと、どうも下腹部を見ているようだ。
「くくく。一物が異様に大きくなってるじゃないか」
機内で乗客を出迎えるキャビンアテンダントのような目でレディ・ブラック(仮)は俺のあそこを見つめた。事実、彼女のおしりを間近で目にして戦闘ベクトルが色欲ベクトルへと傾きつつあった。頭がおしりで埋め尽くされた俺は思考が変化し、やや領土奪還のモチベーションが下がり、エロエロ指数が上昇した。それぐらい奴のおしりはセクシーだった。
「こっ、これでも通常営業だっ!」
耳が紅潮した俺は訳の分からぬ言葉を発した。もはや日本語とは言い難い。
「そうなのか? だが、あそこが大蛇のようにもがいているぞ」
確かにレディ・ブラック(仮)の言う通りだった。パンツに締め付けられた俺の一物はますます膨張し、今にも飛び出そうなほど乱舞していた。
「な、何を!」
と言いつつ、俺はポジションを直すため敵さんにバレないようポケット越しに膨らみ具合を確認した。
(や、やばいな。マックスだ)
「な、なな、なんてことはない! それよりお前の方こそ平べったい胸じゃないか。そんな胸で男を誘惑しようなんて百年早いぞっ!」
すでに戦闘というより相手の片思い度をチェックをする“男女“のような雰囲気になってきた。しかし、レディ・ブラック(仮)は胸以上におしりがキュートなのだ。これで興奮しない男は、地獄にも地球にもまずいない。
「・・・甘いな。お前が“おしりフェチ“であることは百も承知だ。この“電子弓のターニャ“をなめるなっ!」
ターニャは電子弓を背中から外すと、一歩また一歩と近づいてきた。動揺した俺は二歩後ろへ下がった。
「い、いつの間に俺の頭の中のフェチ用語事典を調べたんだ?」
ターニャは、なおも近づいてきた。
・・・・ついに腕をひょいと伸ばせば、男の股間に触れられる距離に達した。
そして、ドキドキが最高潮に達した俺は、あそこをさらに隆起させた。こんな興奮状態で女にじっと股間を見つめられるのはファーストキスより恥ずかしい。しかも相手は起っていることを経験上、知っている。
俺は今までにないくらい興奮し、渇望した。奴のおしりを!
実際のところターニャはカスミとは違う才女のような艶やかさを持っている。女の美しさは胸だけではないことを悟った。
何を隠そう“おしり“も十二分に男の性欲をエキサイトさせる世界自然遺産だったのだ。
ターニャは顔を近づけると艶かしく口を開いた。
「ふん。・・・・・・で、どうするんだ?」
「な、何をだ?」
「だから、私とヤリたいんだろう?」
「そ、そんなことは・・・」
「くくく。“ない“とでも言うつもりか? 部族の繁栄に性交は欠かせない。この場で咥え込んでやろうか?」
(あそこ的には大歓迎だが、キルカ族のプリンスという立場上、そんな不埒な真似はできない。パパラッチの餌食になるのがオチだ。しかし、実力による勝負に持ち込んでも勝ち目は薄い。何しろ“おしりプロテクト“しか会得してないんだからな)
「・・・・・・・・・」
俺は黙したまま動くことができなかった。
「何、遠慮はいらんぞ。たくましいキルカ族の男子だ。今なら国賓級の扱いをしてやる。くくく」
そう告げると同時にターニャは俺の股間へほっそりとした右手を伸ばし、ゆっくりと指の腹であそこを丁寧に撫で上げた。
「なかなか、いいものを持っているな」
ターニャが舌舐めずりをする。
「うっ」
すでに俺の股間は臨界に達しつつあった。
「くくく。我慢はよくないぞ」
ターニャは耳元で囁くと、息をふぅっと吹きかけた。
「はうっ!」
形容し難いほど首筋や背筋がぞくりとした。俺は冷静さを取り戻すため二歩引いた。
(ふう。・・・・・・さて、ターニャの誘惑は断ち切ったが、どうするか)
だが、なおもターニャは俺との距離を詰め、股間を触ろうとしていた。
「そろそろ決断してもらおう。我が部族の歓迎を受けるか? それとも逃走するお前の背中を容赦なく射抜いてやろうか?」
すると敵は電子弓を高く掲げ、矢を射る構えをして見せた。
(・・・顔が真剣だな)
「まあ、悪い話ではないと思うがな・・・」
ターニャは弓を構えたまま俺の頬をひとなでした。
「そう言われれば、そんな気がしないでもない」
「・・・だろう?」
一呼吸あった。
(!? 待てよ。ターニャは俺のことを“ただの“キルカ族の生き残りの男子と思っていないか? それなら一般キルカ人のフリをして潜入捜査をしつつ、カスミたちに情報を流すのもアリだな)
追い込まれて思いついた作戦の割には、いけそうな気がした。
「いいだろう。のった」
俺はガシッとターニャの手を取り、握手を交わした。
「そうこないと・・・。あとでペロペロしてやるぞ・・・。くくく」
ターニャはハグをすると、欧米風のジェスチャーで「ついてこい」と合図をした。