第一 2 地上で私とエッチをしたろ?
カスミがお尻防御の演説を一通り終えると俺の脳裏に疑問が湧いてきた。
「ところで、お尻の必殺技は俺でも使えるのか?」
「ん? 何を言っている? 地上で私とエッチをしたろ? それだけでお前にもそのスキルは備わっているはずだ」
王女が平然とした顔で真実を告げた。
「エッ! あの味気ないイチャラブにはキルカ族繁栄の他に、そんな意味もあったのか?」
「おい! “味気ない“とは何だ!! あれでも初体験だったんだ・・・。でも、アスカもリンもあんな様子で地上の人間も性の儀式をしていたと・・・」
追われている身だというのにカスミは馬乗りになって俺の顔をポカスカ叩いた。そのあどけない様子に王女が一層愛しく思えてきた。
その性格に輪を掛けるように蠱惑的なお尻をしている。真後ろからみるとその形はアルファベットの“A”のようでアスカやリンよりも太ももが太い。久留米水天宮の神主に言わせるならば、「安産型の程よいお尻」といったところだろうか。
「・・・・いい子が生まれるといいな」
カスミの不満を全身に受けたあと、俺は岩壁にもたれたまま誰にというわけでもなく呟いた。
「何を唐突に? お前と私の子なら地獄でも一二を争う強さに決まっているだろう」
キルカ族の王女は、こともなげに言った。
「・・・・・・・ちょっと練習してもいいか?」
とても人間味のある王女の一面を垣間見た気がした俺は、お尻プロテクトを習得する決心がついた。
「何をだ?」
唐突な質問にプリンセスはぶっきらぼうにツッコミを入れた。
「さっき説明してくれたキルカ族のお尻技だ。軽い喧嘩はしたことがあるけれど、さすがに敵の矢をお尻で弾く戦闘経験は持ち合わせていないからな」
俺は進級したばかりの新しいクラスで担任の先生にお願いするような心持ちで王女に指導をお願いした。
「練習も何も、ただ後ろを向くだけだ」
時に男を自分のものにした女の言動には冷たさを感じる。きっと婚姻によって他の女性に奪われないという安心を得た証なのだろう。だが、ハーレム状態が大好きな男としては、ほんのり寂しさを纏う瞬間だ。
「こ、こうか?」
試しに俺は少しお尻を突き出しながら、やや中腰の姿勢でゆっくりと回転してみた。
「べべ、別にお尻は突き出さなくても良い」
なぜかカスミが動揺している。
キルカ族にとって“お尻を突き出す“という行為は特別な意味があるのだろうか。それとも妻がただの“お尻フェチ“なのだろうか。
「そっか、難しいな・・・。師匠、お手本をお願いします」
体育の実技は見本が大事だ。今度はカスミをおだてる作戦に出てみた。
「うむ。よく見ておれ」
俺はすごすごと岩陰の空きスペースから退避すると、入れ替わりにカスミが咳払いを一つしてから、健康そうなお尻を俺が体育座りしている目の前で鮮やかに回転させた。
狭い岩陰に隠れながらの実技指導なので仕方ないのだが、男にとってはラッキースケベと言わざるを得ない。例えるなら、試着室にデート二回目の彼女と一緒に入ってしまったような居心地の悪さと高揚感である。
カスミに二、三度演技してもらってようやくコツが掴めてきた。どうやら腕をバレリーナのように頭上にあげると防御姿勢として様になるようだ。
今回は尻を突き出さずに両腕を少し上げて、くるりと自転してみた。
「こんな感じか?」
ことさら不安だったが、王女にオーディションの結果を訊いた。
「ふむ、合格だ」
王女は深山幽谷に住む白い髭を蓄えた仙人になったような心地で俺にお尻プロテクトの“免許皆伝“を言い渡した。
しかし、俺は男である。
今一度、目の前でカスミのむちむちのお尻を凝視してメモリーに留めておきかったので、ポメラニアンのように潤んだ瞳で師匠・カスミに実技指導を切望した。
「・・・もしかしたら、この戦闘で俺は王女を守るため犠牲になるかもしれない。だから、あと一回でいい。一回でいいからこの場で“お尻プロテクト“の手本を見せてくれ!」
俺は諸手で新妻の手を握りながら懇願した。
「よし、いいだろう。しかと目に焼き付けておけ」
俺の迫真の演技に心を動かされたのだろう。
プリンセスは立ち上がると細い腕を頭上に軽く上げながら、素人の俺にも分かりやすいようにスローモーションで回り出した。それはバレエでジークフリートに恋をした白鳥のように美しいプロポーションをしていた。
女子バレーボールのオリンピック代表選手のように締まった王女のお尻が眼前をゆっくりと通過していく。お尻の筋肉のつき方も鮮明にわかるほど、軽やかに回転してくれた。距離にしてワイングラス一つ分だろうか。目の前をくるりと華麗に回るキルカ族・王女の全身は輝いて見えた。
俺はほんの一瞬だが、言葉を失った。
「・・・・おお、おお! これが真のお尻プロテクトか!! 素晴らしい!! ワンダホー!!!」
俺は賛美の声を上げた。
「おい、静かにしろ」
監視役のリンが俺の口を塞いだ。よっぽど大きな声だったのだろう。カスミがお尻プロテクトの見本を演じている間、俺は地獄の敵陣近くで見張っているという危機的状況ですら忘却の彼方に葬り去ってしまった。
「どうした? 監視を続けるぞ」
何事もなかったかのように地べたへと座り込んだカスミが、俺を“地獄“というリアルに引き戻した。
「報告。王女様、敵のシボルチ族とみられる陣営は我が城を占領したばかりで相当油断している模様。裏門の警備はわずか一名。他に兵器の類も見当たりません。偵察隊を派遣しますか?」
監視に余念がないリンが敵陣の状況を伝えた。
「では、偵察昆虫放て!」
王女の指示を仰いだアスカは、さっと懐から小さなカプセルを取り出し、蜜蜂のように小さな偵察専用器を二時と十時の方角へ数匹ずつ放った。その掌よりも小さな偵察機は一切音を立てず、暗闇の中をジグザグ航行しながら徐々に小さくなっていった。