第一 15 他部族との浮気や不倫は禁じられている
会場を後にすると俺たち二人は婚礼衣装のまま、窪んだ岩陰にできたシボルチ族専用の新婚部屋へと入室した。俗に言う新婚初夜である。
シボルチ族がめでたいとき使う青と黄色で彩られたリボンが至るところに飾られ、天蓋付きのふかふかベットとターニャの電子弓が無造作に置かれていた。
(俺のことを信用していないのだろうか、それとも地球最速のスポーツカー並みに高価な武器なのだろうか)
だが、部屋は一流ホテルのスイートルームに置かれているようなクイーンサイズのベットがちょうど収まるぐらいの広さで、ベット脇の通路は蟹歩きで進まなければならないほど狭隘な空間だった。
「さて、これでお前はシボルチ族の夫になったわけだ。他部族との浮気や不倫は禁じられている。わかっているな?」
ターニャがひらひらした婚礼衣装をしみじみと見つめながら釘を刺してきた。すでに既婚者とは口が裂けても言えない。
「そ、そんな裏切るような真似はしないよ、ターニャ」
俺はターニャを安心させようと両腕で抱きしめた。重婚確定であるが、これも偵察任務と割り切った。一夫多妻制を実現したい男子は地獄へ来てみるといい。
「そうだな。じゃあ、その、えーと、脱げ」
「な、何を?」
動揺した新婚ターニャのあまりにも唐突な物言いだったので、俺は何を脱げばいいのか見当がつかなかった。
「だから・・・その・・・・・・・・お前の着ているものだ」
「俺はてっきり靴のことかと(日本の生活様式によって)」
「そんな訳あるかっ!」
ターニャが顔を赤くしながら俺の上着に手をかけ、シャツの胸元のボタンを一つ外したその一瞬、目の前の新婦は気を失い、操り人形のように両腕をダラリとさせ、そのまま修学旅行でバス酔いした同級生のように俺の方へと覆い被さってきた。
ふわっと吐息が顔にかかり、大人の女性の体温と重さと色気を一身に受けた俺は動揺し、抱き抱えたまま、こう叫んだ。
「おちょぱっ!」
続いて、黒い影がさっと動くと強い振動が海馬に走り、俺も卒倒した。相手の顔を見る暇さえないほど手際が良かった。
それからのことはヨーロッパ旅行からコンコルドで帰国し、時差ボケで昼間にソファでうたた寝したかのように覚えていない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・くっ、ここは?」
周囲は目を閉じているのと変わらないほど暗黒に包まれていたが、時が経つにつれ段々と骸骨のようにゴツい岩壁で囲われた畳二畳ほどの空間であることがうっすらと水晶体で確認できた。
そして頭上はというと直立しても、つむじがぶつからないほどの高さがあるようで、ちょっぴり怖かったが、試しに軽く飛躍してみた。赤い帽子を冠ったキノコ好きなヒゲおじさんのように。
ピヨヨーン。
全く天井に当たる気配がないので、大きく腕を天へと伸ばすが、コウモリの糞やアズマモグラの穴、地下水脈さえ感じられなかった。
つまり、ここは人為的に作られた密室だ。人の手が加わっているとしたら、ここは一体どこなのだろうか・・・・。しばし、考察に入る。
俺はシボルチ族のターニャと添い寝する夜に襲われた。ターニャも襲われたが、ここにはいないことからターニャと俺とを引き剥がしたい人物の仕業となる。
第一にシボルチ族のエカテリーナ王女はターニャとの結婚に賛同していたから、こんな真似はしないだろうし、部下の者も同様に手を出す道理がない。
第二にシボルチ族に囚われ、ターニャのヨガ講座を受講していたキルカ族の女性が俺とターニャとの結婚に嫉妬する可能性は捨てきれないが、女子だけで大人二人を担いで運ぶのは大変だろう。
すると意を決して突入したカスミの近衛兵、アスカとリンがターニャを失神させ、俺だけを取り戻しにきたという線は残る。
あの二人なら地球男子より腕力があるから可能だろうし、特殊な機械で運んだというハイテク誘拐も考えられる。そして、このゴツい岩壁はかつて俺も監視していたキルカ族の臨時前線基地に酷似している。
「ようやく正解にたどり着いたようだな」
まるで脳内の独り言を盗み聞きしていたかのように聞き覚えのある声が洞穴を反響して俺の座する底にまで届いた。
「誰だ? アスカか?」
俺は頭上に目をやった。暗くてはっきりとは見えないが、仲間である雰囲気は感じ取れたのでほっと肩を撫で下ろした。
「今から運搬昆虫を送る」
会話に東京ベルリン間の生中継ぐらいのタイムラグがあった。そっと立ち上がると頭上から音もなく二匹の機械が降下し俺の肩甲骨に付着、脇の下をぐるりと周回し、ロープを括り付けた。
そのまま背中の本体部分から電動プロペラが回転するような音がして、スルスルと上まで到達したのだが、出口の寸前で右脚の親指のつま先が飛び出た岩に引っかかり、バランスを崩した拍子にアスカの胸を「むにゅむにゅっ」と揉む格好になってしまった。
体勢を立て直そうにも宙に浮いた状態なので、自力では戻れない。そのまま「はうあ」と気の抜けた声を出し、やや前傾姿勢のまま俺の手にジャストフィットした豊乳をもみもみして悦楽に浸っていると
「変態!!」
と隣で凝視していたカスミが罵声を浴びせる。
「カカカカスミ! 足が、足が引っ掛かったんだ」
そして、八分休符一個分ほど遅れ、たわわな胸の持ち主から
「痴漢っ!」
の声と同時にアスカが俺の肩をどつき、鼻の下を伸ばしたまま俺は危うく奈落の底へ落ちそうになったところで、両足が地面に着く高さまで運搬昆虫が自動制御で引き揚げていたことに気づいた。
「ふう、危ない危ない」
俺は額の汗をぬぐうと、渋柿を間違えて食べた子供のような顔をしたアスカにようやく運搬昆虫を外してもらうことができた。これを一件落着と呼んでいいか甚だ疑問に思ったが、皆無言なので許してはいないが、仕方ないといった鉛のように重い空気が流れていた。
騒動が治ったところで王女カスミが作戦を伝えてきた。
「刃、ここはキルカ族前線基地だ。これより、シボルチ族との交渉に入る。キルカ族のスパイとして城内潜入の事実を証言しろ」
どうやら結婚式を行わせたのも、力づくで俺をターニャから引き剥がしたのもカスミたちの作戦だったようだ。
「アスカ、リン! 音声昆虫の準備はできたか?」
カスミが指揮を執る。
「設置完了」
「こちらは待機中、いつでも話せます」
アスカ、リンの順に通信モードを確認する。
「よし、会話モードに」
カチッ。
アスカが機器を操作した後、両手を平行にしたまま頭の横で左右に動かすと、それを見たカスミが目でうなづいてから第一声を発した。
「こちらはキルカ族王女、ヴィクトリヤである」
少し間を置いてから返答があった。
「こちらはシボルチ族王女、エカテリーナ。何の真似だ?」
やや早口な相手の質問を無視して、カスミことヴィクトリヤ王女が滔々と演説を始めた。
「シボルチ族は潔癖で勇敢な部族と聞いている。しかし、そちらのターニャという者が結婚式を挙げた相手はキルカ族の王子である。これはキルカ族に対する冒涜に値する」
カスミは二秒ほど間を開けた。
「・・シボルチ族は一人の女性に対し、一人の男性との婚姻が認められ、第二夫人の制度はないと聞いている。そうした立派な部族が堂々と式を挙げた相手が実はキルカ族王女の夫だったと世に知られたら、部族の長たるエカテリーナ王女の地位は大変不安定なものとなるだろう」
カスミが息を吸う。
「ただ、これらの事実は伏せてある。もし公にされたくなければ、占拠している元キルカ族の所領にキルカ族居住区を設け、そこで起こった事件の解決にはキルカ族の掟によって裁くと誓え。例外として、刃のシボルチ族王子としての公務は認めることとする」
ヴィクトリヤが自信満々で言い終わると向こうの返事を待った。
「刃がヴィクトリヤ王女の夫だという証拠は?」
俺はヴィクトリヤに事情を話すよう促された。
「王女様、刃です。ヴィクトリヤの言ったことは本当です。夫というだけでなく、子供も孕っています」
「選択の余地はなしか・・・・・・・・。うううむ、わかった。城内にキルカ族専用の居住区を設けよう」
シボルチ族のエカテリーナ王女が条件を飲み、王宮としての体面を保った形になった。
「それから居住区と王宮をつなぐ秘密通路を作り、刃が公務を完了した後はキルカ族居住区に戻れるよう取り計らってくれ」
カスミが嬉しいことを言ってくれる。なんだかんだで俺と一緒にいる時間が欲しいのだ。そっとカスミの手を握ろうとして、弾かれた。
「そちらは問題ない。抜け道はすでにある。うまく配置することとしよう」
「では、ターニャの処遇についてだが、我がキルカ族としては辺獄へ追放したいところだが・・・・・・・・・」
こうして部族のトップ会談は一時間に及んだ。
「・・・刃、ご苦労だった。これでキルカ族の領土を城内に確保することができた」
「そ、そうか。よかったな。じゃあ、俺はそろそろ地上に・・・って、無理だよな」
「ふふふ、状況は飲み込めてるのね」
アスカが胸を揉まれてから初めて俺と会話してくれた。ほんの少しだが和解できたように感じた。
「では明日、入城する」
ヴィクトリヤは高らかに勝利宣言をした。キオスク三軒分ほどの領土を取り戻しただけだが。




