第一 13 し、知りたいか?
「どれ、電子弓は放てるようになったか?」
「いや、まだだ。あれから休み休み練習しているが、弦の部分に光の玉すら発生しない」
俺は自分の手と電子弓を交互に見ながら答えた。
「最初はそんなものだ」
「コツはないのか? 静電気の流れかと思って弓の一部を体に接触させたまま放ったり、指を離すまでのタイミングを長くしたり、そうっと指を離したりしたが一向に光が出ないんだ」
「くっくっく。理由を知りたいか?」
俺は懇願するように言った。
「もちろんだ。教えてくれれば何でもするぞ。できることならな」
「くっくっく、いいだろう。ただし、条件が一つだけある。この私の頬にキスしろ」
俺は電子弓という新しい武器を一刻も早くマスターしたかったので、ブラジル人のように気軽にハグをしてからターニャの温かい頬にキスをした。
チュッ。
「お、お前はキスに躊躇いはないのか?」
自分で要求したくせにターニャ先生が動揺していた。ハグした場所から駅の自動改札一台分離れている。
「おいおい、軽い挨拶みたいなもんだぜ。そんな大袈裟な」
両手を広げて弁解のポーズをとったものの、地上にいたときと同じ感覚で口づけしたのが過ちの始まりだったのかもしれないと俺が目を疑うほどの変わりようだった。
「お前、シボルチ族にとってのキスの意味を知らんな?」
そのセリフを耳にして俺はキスという行為が部族の掟に触れる重大な事案のような気がしたが、シボルチ族の王女様がキスについて恥ずかしそうに語っていたことから恋愛絡みと推測してイタズラっぽく訊いてみた。
「どんな意味が?」
ずいと迫る。
「し、知りたいか?」
よく見るとターニャ先生の顔が謁見のときの王女様と同じように紅潮している。
「ああ」
「キスの意味はな・・・」
「意味は?」
「意味はな・・・」
「おい、早く言え」
俺は興奮した振りをして、ターニャ先生にもっと顔を近づけてみた。距離にしてラノベ一冊分にまで肉薄してみた。
「ちょ、ちょっと待て。そんなに近づくな! 離れろ!」
ターニャ先生がうろたえた、子犬のマルチーズのように。
「いいから言えって」
「・・・こ、こん・・う」
「こんう?」
「ケッコン・・・シヨウ」
ターニャ先生の口から戦前の電報のように事実が告げられた。
「へっ?」
俺はカスミとの子供が八日後に生まれるという状況下で、ターニャにプロポーズしてしまったのだ。
日本の民法で言えば二人の異性と同時に結婚状態になる重婚である。
現実には役所で婚姻届を出す前に未婚であることを確認するので、起こりえない現象なのだが、地獄にはそんな規定も市民課の地方公務員も存在しない。ましてや印鑑が不要になってインターネットで手続きできるなんてこともないのである。
それは要するに地獄で重婚ができることを意味していた。
カスミの話から察するに第二夫人のような制度があるとは聞いていないから、もし妻のカスミが知ったら地獄は修羅場と化し、駿河の活火山が噴火するかもしれない。