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前日譚

第一話、よろしくお願いします。

 繰り返しの日常の中で、薄れていく危機感。もとが野生で生活していた動物でも、一度人間に飼われてしまえば、もう元のように野生の中で生きていくのは難しい。では人間は?人間にとって自然なこととは、社会の中で生きていくこと。この厳しい社会の中で生きていくには、『日常』に囚われず、破壊し、乱し、そうすることで強くならねばならない。




 だから、俺はいま鳴っているアラームを無視して、二度寝をするんだ。



 なんて事も言ってられず。いつも通り、アラームを止める。それでも中々布団からは抜け出せない。早く起きなきゃとは思っていても、それに抗うことが俺に課せられた使命なんだ、と誰に言っているのかわからない言い訳をする。


 目覚ましを止めてから、ベッドを抜け出すという動作も、俺にとっては一苦労だ。


 億劫になりながらも、のそのそとベッドから這うように脱出し、洗面台に向う。髭を剃り、顔を洗う。鏡を見ると、そこには冴えない表情をした男性が写っている。その男性に、俺はニカッと笑いかけると、鏡の中の男性も同じようにニカッと笑い返してくる。


 ……まあ、何も言うことはない。人間つまんなそうな顔をするくらいなら、こうやって笑顔であるほうがいい。大事なのは愛嬌だ。




 朝のごはんを食べるために、台所に向かう。昨晩の残りものが鍋の中にあったので、それを手掴みで肉のかけらを口に運ぶ。冷めていても美味い。


 ケトルに水を入れて、電源を入れる。うちに一つしかないコップに粉コーヒーを入れ、お湯が沸くまでの間に、ラジオの電源を入れる。


 一人暮らしをするようになってから、買ったラジオからは、今朝のニュースが流れている。どうやら今日はちょっと天気が荒れるらしい事を伝えてきた。



 いつも通りの朝。



 コーヒーを片手にラジオに耳を傾けるような仕草をする。別に内容に集中しているわけではない。オシャレな朝を過ごす、自分に対してナルシストを味わいたいだけだ。


 きっと、今の俺を側で女の子が見たらコロッと惚れてしまうに違いがない。朝の透き通った空気の中で、香り立つコーヒーを片手にアンニュイな表情を浮かべ、ラジオから流れる言葉に意味深そうに頷く姿からは知的な雰囲気も感じ取られる。チャンスさえあればどんな女性だってこの一連の所作で落とすことが出来るだろう。


 その機会は今のところ一度もないわけだけ。



 少し悲しい気持ちになりながらも、準備ができたので、カバンを背負い、靴を履き、玄関横に置いたラジオの電源を消す。ああ、今日もいつも通りの一日が始まるんだ。


 扉を開け、覚悟をきめ、一歩踏み出すと


「え?」


 そこは真っ暗闇だった。


 暗いとか、そんな事じゃない。何も見えない。今踏み出した一歩も、一体どこに足を置いているのかわからない。


「天気が荒れるって、そういう事かぁ」



 なんて、呑気なことをいって現実逃避をしてみるも、そんなわけがないということは、自分が一番理解することができた。後ろを振り返ると、出てきたはずの玄関も、手をかけていた扉も、暗闇の中に溶けるように消えてしまっていた。手を伸ばすも空を切るばかりでそこには初めから何もなかったかのように暗い空間が広がっている。



 ただひとつ、そこにポンツとある、ラジオを除いて。



 

 気がついたら、目の前にはラジオが置いてあった。


 そこには何もない空間がただ広がっているはずだった。いつ、誰が、なんてことは何もわからない。この真っ暗闇のなかに突然現れたとしか思えない。


 そのラジオは普段俺が使っている物と同じように見える。というより、俺のものだ。それはラジオに貼ってあるキャラクター物のシールから見て取れる。あれは俺が先月くらいに菓子パンについていたのを貼り付けたものなのだから、間違いない。


怪しい。どう見ても怪しい。何もない空間でなぜこれだけが存在している?



「そもそも、なんかラジオがぼんやりと光ってるんだけど…どう見ても、これに触れて良い事なさそう…」



 しかし、口から出てくる言葉とは別に、右手は勝手にラジオへと向かっている。突然わけのわからない状況で、気が動転していたのもあったんだと思う。それにこの異常な自体の中で唯一、『日常』を感じ取れるラジオに手を伸ばさずにはいられなかった。


カチッと、ラジオの電源を入れる。ザーザーと雑音が流れる。


「何も聞こえない…?いや、小さけれど誰か喋っている?」


雑音の中に、確かに聞こえるものがある。耳を傾けているとだんだんと、声がはっきりと聞こえてきた。



「ーーー私の声が、聞こえますか」


 女性の声だ。いつのまにか、雑音はすっかりなくなり、女性の声が目の前のラジオから流れてくる。透き通った声で、聞いているだけで脳がとろけるような甘さもある。彼女は、その声で言葉を続ける



「ーーー今、貴方には二つの道があります。ひとつは、この暗闇の中を彷徨い続ける道。もうひとつは、貴方を必要とされる世界で生き、そうすることでこの世界を救う道」



 耳から言葉が入ってきてから、それを理解するまで、少し時間がかかった。この世界を救う?それではまるで俺の生きている世界は滅んでいるような言い方じゃないか



「ーーーそう、貴方には、此処とは違う世界へ生まれ直していただきます。それ以外の選択肢は既にもう、失われてしまいました。さあ、行きなさい。世界を救うのです。新しい命として、向こうの世界に芽吹き、貴方の役割を果たすのです。貴方はそこで……モテなさい」



今度は別の意味で理解ができなかった。








第一話でした。ありがとう。

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