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砂漠の薔薇  作者: hybrid
7/7

6 後編

今回最終回となります。

続編、番外編の予定は今のところないです。

この話が好きだという方、楽しんでいってください。

何時もより、少し長いです。

辺りが見覚えのある景色に変わってくる。

あのときと変わらない何もかもからそっと目を逸らした。

見たら嫌なことさえ思い出してしまいそうで。いや、すでに思い出しているそれを自分に突きつけてしまいそうで。

手を引く少女は俺が景色から顔を背けている事に気が付き、可笑しそうに笑みをこぼした。

「ちゃんと見なくちゃ駄目だよ。目をそらしても事実は消えない。そうでしょう。」

「ああ、」

分かっている。

分かっているから直視出来ない。

なにか駄目なものに当たりそうで怖かった。

腫れ物に触るようにゆっくりと触れる時間はもうなけれど

すぐそこまでそれは迫っていたから。

レンガの無機質な建物が近づいてくる。

あいている右手で胸を掴んだ。

苦い記憶に苛まれ、胸が酷く痛んだ。

ズキズキ痛む胸の痛みと比例して屋敷は少しずつ近くなる。

「ほら、ついた。」

少女がそう言って屋根の上に飛び乗る頃、俺は眉に皺を寄せていた。

警告のように痛む頭をさすり、俺はその場に足をつけた。

くらりとふらつくがどうにか立ち直る。

見たことあるのに記憶に無い。

見覚えがあるのに覚えていない。

だから誰かの声が聞こえたときは素早い動きでふりかえっていた。

止めておけばいいものをどうしても確認しなければ気が済まなかった。

流れる金髪は白い肌の上で踊り、暗闇にも負けない艶やかで真っ赤な唇、黒い瞳も俺の知っているそれと全く一緒だった。

「......っ、母さん.....。」

「ん?」

連れてきてくれた少女が疑問の声を上げたが、俺の目は母親から離れなかった。

幻のように透明感のある肌に目を奪われた。

薄く紅の引かれた唇は緩く弧を描いて微笑んでいる。

夏の海風のような清々しく暖かい気持ちが心に広がっていく。

失ったものを取り戻した。

ここまでの長い旅路の末、ようやくここに返ってきた。

「母さん……ただいま。」

ゆっくりと足を踏み出し、母に触れようとする。

「ちょっと待って。。貴方は彼女に触れられないの。見られてるのだっておかしいのに。」

少女が俺の右腕を掴んだ。

振りほどこうにも見た目の割に強い力でピクリとも動かない。

「離してくれ、母さんが…」

「だから、貴方は触れないのよ。」

その時ポケットから光がこぼれる。


黄金色に輝く光は水のように上から下へと流れながら溢れ続けた。

「なっ………」

「………お兄ちゃん何持ってるの。これはまるで……」

言葉を飲み込むように少女は口を閉じた。

可笑しなその反応すらも気にはならなかった。

見つめた母親を包む光はその髪色と同じで、まるで……

まるで………

「綺麗だ……。」

黄金色が辺りを包む。

夜半の夜空と金のベール。

この世のものとは思えなかった。

パキンと音がして不自然に折れ曲がったコインが一枚ポケットから飛び出した。

それは少年から貰ったものだった。

母親を探して求め続ける少年からの贈り物だった。

「そんなもの持ってるなんて……それは旅立ちのコインだわ。死人に遺族があの世への列車代として持たせるコイン。母親を残した少年の思いがこびりついてるのが分かる……。なるほど、見えないものも見えるはずだわ。何百年の呪いにも似た祈りがかかってる。」

浮かび上がったコインをそっと片手で掴んだ。

ほんのり暖かいのは自分の体温が移ったからかそれとも彼の祈りが届いたからか。

掴んだ左手を眺めた。

指の隙間からは黄金の光が迸っていたが、不思議と眩しくは無かった。

そっと何かに包まれる。

気が付いた俺は母の腕の中にいた。

黄金に輝く髪を揺らして、母は俺を抱きしめていた。

白い肌からは熱は感じない。

しかし、母の香りがほんのりとした。

忘れかけていた懐かしい香り。

金木犀のような香り。

「か、母さん……」

目頭が熱い。

自分でも気が付かないうちに涙をこぼそうとしていた。

今までの泣いたことなんて無かった。

いつでも冷淡で、表情に乏しい自分が、泣いたり笑ったりという感情を爆発させるようなことはしなかった。

それでも涙は自然と流れ出ていた。

暖かい涙は頬を伝い、顎から服へこぼれ落ちて消えた。

涙の染みた服がじんわりと熱を持ったような気がした。

母親の香りと感触に包まれて、青年はしばらく目を閉じた。

しかし与えられた時間は短くて、感じていた感触を失うのは突然だった。

すっと感触が消えて俺は目を開けた。

目の前には黄金の光も懐かしい愛しい人もいない。

鼻腔に残った香りもすぐに消えてしまう。

「………。幻、だったのか?」

「うふふ~、幻じゃ無いさ、お兄さんはふれたでしよ。お母さんに。」

緑の髪を揺らしながら少女は一歩近づいた。

「この世のは向こうとは違うのから。この世では無くなる者など存在しないの。肉体は土に返っても、もっと小さなこの世を構成する原子として存在する。魂すらもここでは消えることを許されない。貴方には見えていないだけで、ここはいろいろなもので一杯なのよ。」

「母もここにいるのか。」

「うん、たしかにいる。」

そういう少女は何も無い虚空を指でなぞる。

なぞった空に尾を引くように緑の光が飛んだ。

夏の蛍のような儚さと寂しさを残し、すっと消えていった。

あの日、夜空は美しい星空だった。

輝く星は爛爛と、互いに競うように光を放ち、澄んだ空気の向こう側に広い宇宙の存在を俺に知らしめた。

そして今日、その輝きは失われること無く、未だ夜空で輝いている。

その星空に夢を描くほど幼く無垢では無くなってしまったが、それでもなお一層美しさを感じることが出来た。

あの町に残した少女はこの星を見ているだろうか。

あの列車の中の少年は母親と共に夜空を見上げられただろうか。

あの老夫婦は未だ仲睦まじく、肩を抱き合い、昔を懐かしむように夜空を眺めているだろうか。

あの二人の旅人は今夜もどこかで暖を取り、手に入れたものを整理しながら寒空の星に思いを馳せているだろうか。

そして今俺はこの星をどんな気持ちで見つめるだろうか。

顔を上げて瞳に星空を映す。

いつもと変わらぬ星空が今日は少しだけ懐かしく思えた。

ふと、ポケットが熱くなる。

どくんどくんと脈打つように、何かを伝えようとするように。

そっと手を突っ込んで手のひらで包むように取り出す。

「……っ、」

「あ、咲かぬ蕾だ。さっきから珍しいもの持ってるね。」

しかし手に持った花はたしかに花開いていた。

親と同じ荘厳さで。

「咲かないはずでは無いのか。」

「うーん、外では咲かないけど、ここは死ぬという概念が無いから。咲かない花も萎れる花も存在しないの。でもその花は奇跡の花だね。ここでも珍しい生き返った花だもの。」

「そうか。」

俺はその場にしゃがみ込む。

母の顔を思い浮かべゆっくりと花を地面に置いた。

その周りだけキラキラと輝いていて見えたのは目の錯覚だろう。

すっと立ち上がると少女の方を振り向いた。

「母はこれを受け取っただろうか。」

応否付けがたい表情を浮かべ少女は静かに微笑んだ。

「さあ、どうだろうね。」

姿に似合わぬ不思議な雰囲気に息を止めた。

シャランと鈴を鳴らすように緑の髪が宙を舞う。

星の光に輝いて緑は薄く輝いた。

虹のような輝きで無く、薄く輝く儚き微光。

それでも俺の瞼の裏に強く焼き付いた。

「さて、お兄ちゃんこれからどうするの?」

「……さあ…、」

これからのことなど考えてもいなかった。

町に帰ってもやることなど無い。

ましては帰らぬと決めた場所だ。

かといって他にやりたいことや行きたい場所などあるわけも無い。

あの旅する二人のように俺も旅を始めようか。

気ままに一人旅。行きたいところに行き、やりたいことをやって、毎日を無意味に有意義に過ごそうか。

きっと壁にぶち当たることも苦しい思いをすることもあるだろう。

果たしてその時己は乗り越えられるだろうか。

分からぬ未来への問に俺はふとポケットを漁った。

コツンと指に当たったのは力強く咲く花と、それの巻き付いた一枚のタロットカード。

明るい色の髪をした少女達を思い出す。

いつかまた出会うのか。

それは分からないが、一歩彼女たちに近づいてみることにした。

美しい星河の元に灰色のバラが咲き乱れた。


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