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砂漠の薔薇  作者: hybrid
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4 母の愛した 


クリームとジャムが挟んである菓子パンをかじる。

周りは静まりかえり自分の咀嚼音が骨伝導もあり大きく聞こえた。

甘くなった口の中に熱いコーヒーを流し込む。

ふくよかな香りと優しい苦みが鼻に抜けた。

ジャムの苺がフルーティーな香りと酸味を残した。

ふ、と息を吐くとコップから立ち上る湯気が揺れる。

腹は減らないが、習慣として三食食べることにしていた。

黒いコーヒーを覗き込む。

光りの反射で自分の顔が歪んで写っていた。

いつか、世界で一番美味しいコーヒーを飲んだことがあった。

あの一杯は未だに忘れられない。



「あら、私のコーヒー覚えていてくれたのね。」

声のした方を見上げると、白い髪を三つ編みにし、左肩に垂らした少女が立っていた。

「お久しぶりです。」

いつの間にか現れた声は赤茶色の髪を右肩で同じく三つ編みにし、垂らした少女だ。

二人はお揃いの無地のワンピースにチェックのエプロンを付けており、足には丈夫なブーツを履いていた。

二人とも所々土がついて汚れて見えた。



「ああ、なんだ。」

「なんだとは何よ!」

「ゆずり、静かにしよう。ここには三人しか居ないけど、あっちには人が沢山居るんだよ。」

「む...かしわがそう言うなら.....」


宥められた少女、ゆずりと宥めた少女、かしわは向かいの席に腰を下ろした。

「まさかあなたとここで会うとはね。」

「あなたならまさかと思っていましたが、こんなに早く出会うとは。」

そこで少女達は手をつないでクスクス笑いあった。

可愛らしいが、相変わらず不気味だ。

二人とも顔の形がよく似ている。

髪型と髪色と性格は違うが、体格や声色はそっくりだ。


「あなたも見つけたのね見つけたいものを。」

「長らくかかると踏んでいましたが、早かったご様子。驚きです。」

コロコロと鈴の鳴るような声で笑う二人に気も向けず俺は煙草を取り出した。

口にくわえて火を付ける。

マッチの擦れる音で気が付いたのかゆずりが、あー、と叫んだ。

「ちょっと、何煙草吸おうとしてるのよ。」

「女の子が二人も前に居るのに......」

「お前ら何の問題もないだろ。」

嫌がらせの要領で二人の顔に向けて煙を吐き出した。

いきなり煙をかけられた方はけほけほと咳き込んでいた。

「ひ、酷いじゃない。」

「けほ、いくら私たちが永遠を手にしているとはいえ、病気になるときはなります。」

手をパタパタさせている二人に煙草型のチョコを差し出した。

疑い深くみてきたが、素直に受け取った。


「で、何かようか。」

「ええ、じゃなきゃ話し掛けないわ。」

「ちゃんと相談ごとも代金も用意してあるよ。」

かしわはポケットの中から紙にくるまれた何かを取り出した。

ゆずりも腰にある小さな袋から紙が貼ってある小瓶を取り出した。

「あなたに相談したいのはね、最近仕事が増えて大変なの。だから何かいい方法がないかと思って。」

「.....具体的に言え。」

二人は顔を見合わせると、かしわが話し出した。

「沢山の植物が枯れ始めています。このままだとあれらが怒ってしまう。そうなれば大変だからどうにかしなければならないのです。」

「さすがの私たちでもあれらを止める力は無いわ。植物を回復させるしか方法が無いのよ。」

必死な様子は分かった。

俺としても彼女達が仕事に失敗してコーヒーを飲めなくなるのは惜しかった。

「分かった。方法を教えてやる。」


俺は煙草を灰皿に擦りつけて火を消すと立ち上がった。

二人は何をするのかと不思議そうにこちらを見ていた。

「植物の元気が無くなっている原因は何だと思う。」

「それは.....」

「私達はあちらの世界が壊れ始めていると思いました。」

真面目な三人の顔が窓ガラスに映る。

辛い闇の中に浮かぶ光りは闇の中でも輝いた。

この広い異界は入るものを選ぶ。それ自体が意志を持つように。

彼女たち2人の訪れ、求めるものは美しく儚いもの。

いまは無き者達の心を慰めるもの。

だから彼女たちはその世界に生きることを許された。

いや、強要されたのかもしれない。

少なくとも彼女たちはその生活を楽しんでいた。

彼のように仲間にも時々会えるから。


「そうだ。あちらの花々は此方の人々と綿密な関係を保っている。それは永遠に変わることはない。表裏一体だ。此方の人々が疲れてきているんだろう。まあ、心配しなくても後一ヶ月も経てば治る。」

「そうですか。良かった。」

「ねえ、この時期何時も具合が悪くなる原因は何なのよ。」

彼女たちは知らないであろう。

人間の社会だからこそ生まれた病。

「それは今がこちらの世界で五月だからだ。新しい生活に人々は疲れを感じ始める時期だ。」

「へー、柔いですね。人間は。」

「私達は新な事ないものね。」

顔を見合わせ可笑しそうに笑う二人。


俺は冷たくなったコーヒーを飲み干すと深く息を吐いた。

彼女たちが笑う気持ちも人々が苦しむ気持ちもよく分かった。

冷めたコーヒーは口の中に苦みを残していった。

「出会いと別れが俺らには無いからな。」

「あら、私達は何時でも出会いと別れだらけよ。あった人には二度と会うことは無いわ。貴方みたいな例外もあるけど。」

「ただ人より他人に依存しないだけです。何時でも一期一会が普通です。共に居ても共に暮らす事は出来ない。誰かに永遠など誓えない。それが私達の罰です。」


二人は立ち上がると同じようにエプロンを叩いた。

そろそろ行くようだ。

「さあ、行きましょう。かしわ。」

「ええ、次は何処に行きますか。」

「西に向かって進みましょう。」

二人は此方に浅く頭を下げてきた。

「ありがとう。次元の旅は大変でしょう。お礼はそれの助けとなるわ。私からは浜辺の枯れぬ太陽よ。海の囁きが貴方の真実の場所を示すでしょう。」

「お陰で悩みも晴れました。広い世界はあなたに孤独を与えることもあるでしょう。私からは山の輝く侵略者を差し上げます。困難もこれらが突き破るでしょう。」

二人はそれぞれお代を差し出した。

格式張った説明はその見た目には合わないが、どこか二人に不思議な雰囲気を与えていた。

俺が受け取ったのを見届けると後ろの扉へ歩き始めた。


途中でゆずりが立ち止まると、思い出したように口を開いた。

「そうそう、貴方の探している月下のバラならこの前見たわよ。」

思わず立ち上がっていた。

何の情報も無く探している中で、世界をよく知っている彼女たちの情報は貴重なものだった。

俺のように次元間を行き来すると目の行き届かないところがある。

「どこで!」

「あちらの世界の最深部、ファーストの城よ。貴方もいったことあるでしょう。」

「それどころか....」

何か言おうとしてかしわは口をつぐんだ。

まだ言わないほうが良いと判断したからだ。

代わりにポケットからカードを取り出した。

幾何学的な模様が描かれたそれは占いなどに使うタロットカードだった。

少年が片手に花を肩にかごのついた棒を背負っている。

それを半ば無理矢理彼の手に握らせた。

「これは、ゼロ番愚者。きっと意味が分かる時が来ます。それでも貴方は倒れてはならない、真実はすべてが正しい事ではないことと、今間でしたことが自分にとって利であったかをおしえてくれます。私からはこれしか出来ないけど。」

その様子を見ていたゆずりは呆れたようにかしわの肩に手を置いた。

「まったく貴女は心配症ね。彼なら大丈夫よ。貴女がそれを上げなくても彼はいつか気が付くわ。さあ、帰りましょう。」

「うん」

その直後二人の姿はそこから消えた。

何も無かったかと錯覚するくらい。

手に握ったカードを眺める。

道の上に立つ少年が何か恐ろしいものに見えてそっと目線を外した。

真っ直ぐ見つめられるほど真っ直ぐ生きてはいなかった。



「彼はいつか気が付くかしら。」

「さあ、分かりません。しかし思い出すでしょう。」

「そうね。彼は悲しみの記憶を思い出す。必然的にね。」

「彼女の事言わなくて良かったのかな。」

「さあ、生きてるのだから良いじゃない。」

星もない闇の中に少女の軽やかな笑い声が響いた。




***

ちは。まりりあです。

こっちとか、あっちとか、言ってますけど、面倒くさい話なので、理解してください。

分かりやすく言うと、こっちは、私達が生きている世界。あっちは、そうじゃない世界。と思ってもらって結構です。

この二人、じつは、中学の頃の恩師の服装をまねさせていただいています。ありがとう先生!まりりあは、元気だよ!

……って、こうして執筆してるなんて、知らないでしょうが。

では、またの機会に。

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