2 道のりは厳しく 少年
窓の外は相変わらず何もない。
長い旅路は独り者には孤独だ。
しかし取り戻さなければならないものが確かにあった。
もう大分ぬるくなったコーヒーを啜る。
町を離れてどれくらい来ただろうか。
あとどれくらいで彼女に会えるだろうか。
あの人は今頃何をしているだろうか。
考え続けても答えは出ない。
出来事が無ければ時は進まない。
時の単位は進まない。
この世界はそうだった。
「そこの....」
背後から声がする。
幼い少年の声だ。
振り返ると彼は目の前まで歩いてきた。
安定した定期的な振動は歩を進めるのに苦にならないらしい。
「僕はヤトキ、貴方に話したいことがあるんだ。」
声変わり前の幼い声は高く、不愉快に耳に届いた。
「なんだ。」
「うん。あのね。僕この汽車から降りなくちゃいけないの。でも独りじゃ降りれなくて。」
困ったように眉根を寄せて言った。
声が震えているようにも思えた。
「そうか、まあ座れ。」
「うん。」
促すと、大人しく向かいの座席に座った。
鞄から煙草を取り出そうとして止めた。
子供の前で煙草を吸うわけにはいかない。
こっそり舌打ちをした。
こちらがなかなか話始めないからか少年はポツポツと話し出した。
「僕はお母さんのためにこの汽車に乗ったの。人が全然居ないし、周りは真っ暗で怖かったけど、我慢したんだ。そろそろお母さんが待つ駅のはずなんだけど、降り方が分からないの。降りようとしてもドアが開いていることに気付くのは閉まるときだし、次こそと思って待っていてもいつの間にか寝ちゃってる。おっかしいんだ.....」
「そうか。」
鞄から代わりにハッカを出して口に放り込む。
ついでに少年に飴を渡したら受け取った。
向こうの席では少年が困ったようにしていた。
「だからさ、今度降りるときは一緒に来てよ。」
「ああ....」
面倒限りなかったが、必死な様子に仕方なく頭を縦に振った。
利にならないことをするのは子供に甘いからか、同じような目的故か。
どちらでも良いが、早く終わって欲しかった。
シューと音がして汽車が止まる。
どこからともなく女性の声のアナウンスがなった。
『続きまして、降り口左側です。お気を付けてお降りください』
駅名すらも発さない可笑しなアナウンスももう慣れていた。
「ほら、降りるぞ。」
俯いている少年を揺さぶると、気を失っているように体に力がはいっていなかった。
「ちっ....」
仕方なく少年を抱きかかえると降り口に近づいた。
「お待ちください。その少年を降ろしてはなりません。」
後ろから女性の声がした。
振り向くといつもの制服を着た女性が立っていた。
とはいえ、女性はいつも別の人なのだが。
「何故、彼は降りたがっていたんだ。」
「そうでしょう。彼はもう四百年もここにおりますから。」
思わず瞬きをしていた。
「彼は子供じゃないのか。」
「はい。彼は刑罰として彼自身の時を止められここにおります。決して降りられぬのです。」
「時を......」
不思議と彼女と話している間に扉が閉じることも無く、三人はそこに居続けた。
「この子の罪はなんだったんだ。」
「.....詳しくはいえません。」
きっぱりとした声に引き下がることしか出来なかった。
仕方なく席に戻るため引き返した。腕に抱いた少年は目覚める様子も無かった。
「彼の罪は母への愛でした。それだけです。」
「......」
すれ違いざまに彼女はそれだけ言った。
驚いて振り返った時には彼女も腕に抱いていた少年もいなかった。
シューと音がして扉が閉まる。
ガタガタと揺れ、列車は再び走り出した。
悲哀感を残して。
堅い座席に座りこむと煙草に火を付けふかした。
我慢していた後なのでいつもより美味しく感じた。
勢いよく煙を吐くと失笑気味に笑った。
「愛が罪ね。よく言ったもんだ。人間は何しても罪になるんだから、俺は罪に汚れまくりかもな.....」
しかし旅を続け無くては、望むものを取り戻すために。
後悔はしないと決めたあの日から俺はもう戻れないところまできていた。
一つ意味も無く汽笛がなった。
向かいの座席に何か乗っていることに気が付いた。
煙草を口にくわえ、身を乗り出して手に取る。
それは金に輝くコインと一枚の紙だった。
少年は紙も筆記用具も持っているようには見えなかったが。
それに書いていたら気付くはずだ。
開いてみるとそこには潰れた文字で一言残してあった。
目を通すと握りしめてポケットの中に入れた。
またいつか取り出す日が来る。
それまでは眠らせておく。
暗い通路を少年が独り歩いていた。
彼はここから出たい。
出るためには何をすればいいか少年は知っていた。
しかし少年には出来なかった。
なぜか目に見えてやり方を知っているものほど、人間には出来なかったから。
***
ううむ。まりりあです。
一年前はこんなの書いていたのか。愛とか恋とかしゃらくさい……
きっと、また一年後、自分の書いたもの見てそう思うのでしょうね。
では、またの機会に。