1 旅立つものを見送るもの。ダリア
小刻みに揺れる座席に座り、俺は紫煙を吐いた。
走り出した汽車は目的の場所へ向かう。
俺の脳裏にふと少女の顔が浮かんだ。
町にいた頃ちょくちょく顔を見せた少女。
俺が彼女に特定の感情を持つことは無かったが、彼女は俺に好意を持っていた。
気がついていた、しかし何もしなかった。
優しい言葉をかけるどころか言葉を交わすことさえ無かった。
彼女には何もしなかった。
家に着ても拒むことは無かったが出迎えることも無かった。
それでも彼女は笑顔を見せた。
彼女の名は.....たしか.....ダリア......
「何か入り用はございませんか。」
考え事をしていたら制服を着た女性が話しかけてきた。
押しているカートには様々なものが置いてあった。
お菓子の袋から飲み物の瓶までそれなりに揃っていた。
思案を邪魔されても何も思わなかった。
今は必要無いので静かに首を振る。
ごゆっくり。と言葉を残して前の方へ歩いて行った。
気付くと向かいの座席に一輪の花が置いてあった。
花弁が重なり合い、華麗で、威厳に満ちた姿をしている。
彼女が好んだピンク色であった。
「彼女が可哀想だわ。貴方は知っていたのでしょう。彼女が貴方を思っていたこと。」
それは凜とした声で話しかけてきた。
しかし俺は何の反応も示さなかった。
そんなことは言われる筋合いも無い。
「貴方は彼女を助けられたのに、置いてきた。これって怠惰だわ。彼女がどうなるのか知っていたでしょう。知っていて何もしないなんて。人間として生きるなら与えられた仕事くらいこしなさい。そんなでは権利を失います。それがどういうことか分かってますか。」
彼女、あの町の少女がどうなるか俺は確かに知っていた。
このままだと彼女は片手を失うことになり、目が腫れ、涙が涸れるまで泣くことになる。
それでも俺は置いてきた。
彼女には恩こそあれど恨みはない、それでも俺には関係なかった。
どうなろうか知ったことじゃないが、それは恩着せがましく言ってきた。
「貴方は彼女を助けられた、私には出来ないことも出来たのに、何故しなかったの。」
軽く怒気を孕んだ声。
花弁も初めより濃い色に見えた。
五月蝿く思い、俺は鞄からチョコレートを取り出した。
パキッと折って食べ始めるとそれはわなわなと震えだした。
列車の振動でも分かる位に。
「ふざけないで、聞いているの。」
五月蠅かった。
仕方なく、それの前にチョコレートの欠片を置いた。
「貴方、私のことなめてますね。」
「いや.....」
怒髪天をついたようだ。
そろそろ聞いてやろう。
「で、俺は何の利点がある。」
「今までの恩、では駄目なのかしら。」
「おまえに恩は無い。」
深く紫煙を吐き出す。
白い煙が立ち上った。
「では、私の未来を差し上げます。それでどうかしら。」
列車の騒音に掻き消されそうなほど小さく、真剣な訴えだった。
俺は立ち上ると窓を開けた。
窓の外は見えない。
そして花を手に取ると窓の外に投げ出した。
花は一瞬光り、汽車の纏う風に反して下へと落ちていった。
彼女の願いを叶えるために。
彼女の見たいものを見るために。
一つ身震いすると急いで窓を閉めた。
堅い座席に身を投げ出すと、加えていた煙草を口から外し、煙を吐き出す。
煙草の先から立ち上る紫煙が揺らめいた。
向かいの座席にはチョコレートの欠片と小さな球根が一つ。
芽を出すことは無いだろうそれを無造作にポケットへ突っ込んだ。
また機会があれば取り出すだろう。
それは何時だか分からないが。
誰かに止められたような気がして、振り向いた。
危ないよ.....と小さな声が聞こえた気がした。
しかしそこには何もいなかった。
その時私の目と鼻の先を車が一台通っていった。
アレ?、と思った。たしかに今は青信号だったはずだ。誰かが呼び止めてくれたのだと思い、今一度後ろを振り向いた。
ただ、一輪の花が落ちていた。
美しく花開いたそれを手に取ると、曇り空を見上げた。
汽笛が聞こえた気がした。
悲哀を秘めた、だが確かに希望に鳴り響く汽笛が.....
***
こんにちは、まりりあです。
思えば、これを書いたときゴダイゴさんの銀河鉄道スリーナインを聞いていて、こんな話になったような………
メーーテルーー!
こんな感じで、一話完結で進みます。
では、またの機会に。