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ずれた王妃

作者: シュカプー

ファネル国のカルーア王とナギテ王妃が、アルン王子とラビス王女を遺して亡くなった。

優しい王子や王女は悲しみに沈んでいたが、しばらくして王子が位を継ぎ、隣国のイディムと言う妃を迎えた。

この妃はとても美しく、一見人当たりもよく素直に見えるが変わった所があった。

ある日、王が王妃や妹とお茶を楽しんでいて、今は亡き前王や王妃との楽しい思い出話しになった。

すると妃はひどく不機嫌そうに

「私の前で、そんな幸せそうな話しをしないで下さいな」

と言った。

二人は後から妃が両親である王や王妃からほったらかしにされて育ったのだと知った。

妃はこうも言った。

「私、いつの間にかお友達がいなくなってしまいますの」

「まぁ、お可哀相に…」

最初は同情して妃に心を砕いていたラビスだったが、すぐに妃が自分達とどこか違う事に気がついた。

おまけに妃として相応しくない言動をする事がよくあるので、ラビスがさりげなくたしなめると

「ラビス、私は今までこうしてきたのです」

「だって、どうしたらいいか分からないんですもの」

と、口答えだけは上手なのだ。

次第に家来はもちろん、王すら妃を敬遠するようになっていた。

結婚して二年ほどたった時、王と妃の間に綺麗な男の子が生まれた。

王も王女も大喜びであれこれと世話をした。

そんな中で妃だけは赤ちゃんをほったらかして遊び回っていて、たまに思い出したように、泣いている赤ちゃんを優しくあやしているラビスに

「まぁラビス、子どもなど放っておけば勝手に泣き止みますわ。一人にしておけばよろしいではないですか」

と言ったり、王にも

「あなたもラビスも、どうしてあの子だけ可愛がるのですか」

と言ったりしていた。

王は妹に我が子を心配する心の内を明かした。

ラビスは兄の苦悩を悟り、どんな事があっても可愛い甥、次期国王を守らなくてはと思い、赤ちゃんの側からつきっきりで離れなかった。

すると妃はラビスと二人の時に

「ラビス。私は小さい頃からずっと可愛がられた事なんてありませんでしたから、その子も可愛がらなくて結構ですわ」

と、しゃあしゃあと言った。

「何て事を!」

たまりかねてラビスは叫んだ。

「貴女は母親失格ですわ!!」

その日、妃は王にラビスとの一部始終を話した。

「私、どうして怒られたのでしょう?」

と妃は王に尋ねた。予め妹から話しを聞いていた王は

「我が国では、子どもが泣いていたら何かあったのではないか、と母親が心配するのは当然の事なのだ」

と、きちんと説明した。

妃は、その時は

「はい、分かりました。すみません」

と素直に謝るのだが、次の日になると

「どうしてもよく分からないのです」

と聞いて来た。

同じような事が続くので王は頭を抱えてしまった。

ある日、ラビス王女が疲れからか病気になった。

すると王はもちろん、貴族、平民に至るまでが王女の事を心配し、城へは毎日見舞いの品が届けられた。

これを聞いて妃は

「揃いも揃って、ラビスばかり…!」

とひどく怒った。

実は妃が病気になった時はこのような事は耳に入って来なかったからだ。

自分が邪険にされるのはこの王女がいるからだと考え、妃は我慢が出来なくなった。

そして心の中でこの王女をひどい目に遭わせてやろうと企むようになった。

一方、王は選り抜きの医者を連れて来て妹を治そうとしたが、一向に治る気配が無かった。

とうとう王は神官を呼び、神の言葉を聞こうとした。

すると

「神は王女のお命を欲しておられます。王女を船に乗せ、生贄として海へ流すのです。そうしなければ神の怒りを買い、国は滅びるでしょう」

と言うお告げがあった。

王は驚き嘆いた。

これまで神が人の生贄を望む事など無かったからだ。

何とか妹を生贄にさせまいと別の方法を探そうとしたが、それより早く王妃が率先して何も知らないラビス王女に眠り薬を飲ませてしまう。

まず王女の背に神へ捧げられた証として、神の使いと言われるラルクックと言う、大きな白鳥の羽を集めて作った翼を金糸で縫いつけた。

それから白い絹の服を着せ、右手に魔除けの効果があり、万病に効くと言われる、黒い根茎に青い花をつけたタピムサと言う薬草を数本。

左手に宝石をちりばめた黄金の聖杯を持たせ、海岸に用意してあった美しいガラス細工の船に横たえると、『海の終わり』に向かいものすごい勢いで流れている不気味な黒い潮流に流してしまった。

ラビスは静かに眠っていた。

自分がどのような状態に置かれているか何も知らなかった。

ただ、夢を見ていた。空を舞う夢だ。

船は波に揺られながらかなりの速さで流れて行く。

どれくらいの時間が経ったのか、ラビスはひどいだるさを感じながら目を覚ました。海にいた。

何故海にいるのかわからなかった。

その時、船が岩場に乗り上げ、ラビスは危うく船の外へ放り出されそうになった。

「!」

ガラスの船にヒビが入る音が聞こえて来る。

王女はこのまま船に乗っていては危険だと感じ、ふらつく体に鞭打って岩に移った。

王女が叫ぶ間もなく船は砕け、流されてしまった。

恐怖を堪え、必死にあたりを見回すと、自分がいる岩から先は白いしぶきと霧が立ち込めていて何も見えなかった。

(ここは…海の終わり…?)

ラビスは目を閉じ、一心に祈った。

祈る事はたった一つ、また無事に国へ帰れるように。

「恐れずに、飛び込め」

と、どこからか不思議な声が聞こえた。

はっとして目をあけると、いつの間にか自分の背に白い翼が生えているのが分かった。

ラビスは意を決し、さっと勢いよく飛び上がると、そのまま真っ逆さまに落ちて行った。

羽が開きかけたと思った瞬間、気を失ってしまった。

それから何時間という時が経っただろう。

ふと目を覚ましてラビスは驚いた。

沈む事なく仰向けで海に浮かんでいるではないか。

「不思議…どうして沈まないの」

体を動かす力が残って無いので仰向けのまま、ラビスは目を閉じて考えた。

そして間もなく背中に生えた羽のお陰で体が沈まないのだと気付いた。

「ここはどこかしら…」

記憶が甦る。

「私は海の終わりを飛び越えたはずなのに、また海…」

その時、何かが近づいて来る気配がした。

ラビスははっと目をあけた。

(何だろう)

ラビスからは見えなかったが、それは一匹の灰色のイルカだった。

イルカは海の上に漂っている白いものを見つけた。

『おや、これは何だろう。翼があるから鳥…?いや待て待て、人間と同じ足があるぞ』

イルカは興味深そうに水面に顔を出すとラビスの肩をつついた。

それを見たラビスはほっとして呟いた。

「イルカだわ」

心配をする必要はなかった。

イルカは優しく賢い生き物だと聞いていたから。

ラビスはイルカに手を伸ばして、バシャッと落とした。力が、入らない。

もう一度手を伸ばそうとして、ラビスはイルカが自分の服を引っ張り泳ぎ始めたのを感じた。

(どこに連れていくつもりかしら…)

ラビスの体は自由がきかない。

イルカはラビスを引きながら真っ直ぐ泳ぐ。

いつの間にかラビスは意識を失った。

やがてイルカはラビスを前方の洞窟へ苦労して押し上げた。

内側の所々に穴があいて光が差し込み、清水が湧き出ている乾いた洞窟だった。

イルカは一度そこを離れ、城の庭にある噴水へ続く水路を進んだ。

「エルフカル!探したぞ、どこへ行っていたのだ」

すぐ側に膝をつく男。

「どうした、嬉しそうだな」

エルフカルと呼ばれたイルカは、水面から上半身を出して、男の肩に口を乗せた。

『ベオネオス、珍しい鳥を見つけたよ』

「ほう?」

エルフカルは、ベオネオスの様子がどことなく寂しそうなのに気付いた。

『どうしたの?寂しそう』

「寂しくないと言えば、嘘になる」

『どうして?』

エルフカルは不思議そうに、ベオネオスの横顔を眺めた。

「…いいんだ。それより、鳥の話しを聞かせてくれ」

『キレイな鳥だよ。王様と同じ、人間の形をした鳥だよ。空の向こうから来たみたい』

「空の向こうから?まぁ、鳥ならば帰って行けるか」

『でもぐったりして飛べ無いみたいだった。助けてあげて』

「可哀相に、獣医をやるから鳥の所へ案内しなさい。必要な手当てが済んだら連れて帰っておいで」

『王様、獣医じゃダメかもしれない。だって王様と同じ手と足があるんだ』

その姿は、このロストッパドゥム国の神話に出てくる、次元の狭間を司る三女神の内、次女ファパメに似ていた。

ウィアメ、ファパメ、カショメの三女神は姉妹で、この世界と、

生命あるものを否定し、操り、心を見失わせるムノパルリアム(生拒世界)の間にある扉が開かないよう護る、美しく凛々しい女神だった。

「え?あなたは…?」

足音で目を覚ましたラビスは、ゆっくりと身を起こす。

『ね、ね、とてもキレイな鳥でしょ』

エルフカルがベオネオスの側に顔を出す。

「エルフカル。残念だが、鳥ではないようだ」

鳥の羽根を持つ女は、ベオネオスを見るなり、弱った身体に鞭打って立ち上がり、毅然とした表情をした。

「私はラビスと申します。あなたはどなた?」

痛みが肩や背中にも広がり、ラビスは思わず膝をつく。

「私はベオネオス。ラビス、私と一緒に来て下さい。あなたは疲れている」

ベオネオスは手を差し出した。

「…先程、あのイルカを、エルフカルと」

「彼は私の恩人なのですよ。そして、あなたの恩人でもある」

自分をここに上げてくれたイルカを横目で見ながら、ラビスはやっと手を差し出した。

「イルカは賢い生き物ですね…」

呟くように言った直後、意識を失った。

水の流れる音にラビスが目を開くと、豪華な部屋の寝室だった。

窓の外からイルカの鳴き声が聞こえ、器用に窓の格子をくぐり、何か黒い物が放られた。

「まぁ、これは?」

深海で出来る、黒真珠のような果物。

「可愛い形ね。確か本にあったわ、タミルルと言う果物に似ている…」

タミルルは、さっぱりしていて、ほんのり甘い匂いが漂っていて美味しいとのこと。

ラビスは窓から外を眺め、イルカを見つめる。

「仲間がいないみたい、なら、あなたも一人なの…って、動物は喋れないのだったわ」

ラビスは、イルカが一層大切なものに思えた。

「助けてくれてありがとう。…エルフカル?」

ラビスがイルカに向かい呟くと、イルカがまた甲高い声で鳴いた。

「体の具合はいかがです」

部屋に入って来たベオネオスに、お気遣いなく、とラビスは微笑んで言った。

「不思議ですわ、イルカには額にも灰色の目がありますのね」

「えぇ。本来は赤と黄色をしていて、死ぬと赤と黄色は消えて、灰色になるそうです」

「彼は例外?どう言う意味を持つのかしら?」

それは分かりません、とベオネオスは静かに首を振った。

「私と彼は親友の間柄ですが、種族の違いゆえ、共有出来ない部分があるのです。恐らくあなたと私も…」

この翼、ですか、とラビスはため息をついた。

「あなたはわたくしを人外と考えてらっしゃるのね?」

仕方がありませんが、とラビスは言った。

「私は異端者とみなされ処刑されるのですか?」

「まさか」

「…では?」

「その翼は神と関わりがある証拠でしょう。少なくとも、私はそう考えています」

以降、ベオネオスは彼女を放っておけず、必ず手を取り、付き添い、慈しんだ。

「ありがとうございます。寂しかったけれど、あなた方のお陰で寂しくなくなりました。心の底からあなた方を愛しく思います」

やがて二人は結婚する事になった。

しかし幸せなはずのラビスは、段々元気を無くしていくようだった。

結婚式が間近に迫ったある日、ラビスはベオネオスに頼み事をした。

「ベオネオス様。一度だけ、国に…空の向こうへ行ってはいけませんか」

ラビスはベオネオスに自分の身の上を話していた。

翼については説明が出来なかったが。

「なに、君がいた国へ?」

ベオネオスは渋い顔をした。

大事なラビスを放したく無かったし、もし里心に駆られて自分の元に戻って来なかったら?

何よりラビスの兄の妃による…身の危険が心配だった。

「お願いします、どうか一度だけ…帰って来たら翼を裂きますわ、ですから」

愛する女性の真剣な頼みに王もとうとう根負けした。

そして、考えていた事を口にした。

「え?エルフカルを連れて?」

ラビスは少し考えて、

「私は賛成です。しかし、彼はあなたの親友ではございませんか。後悔は」

「エルフカルは君同様、元々は空の向こうにいた。彼は皆に愛されているが、彼を愛しているこちらの人間は、私を含めた皆が同意見なのだ。生まれた場所に返した方がいいと…」

ベオネオスは辛そうにラビスを見つめる。

ラビスは彼が言わんとしている事を悟り、ベオネオスの胸に顔を埋めた。

「あなたが私を拒絶しない限り、離れるのはこれが最初で最後ですわ」

ベオネオスは魔法使いに頼んで、エルフカルを手の平に収まる位に小さくして貰った。

『ベオネオス、ラビス、ありがとう。でも…ベオネオス、寂しい』

ベオネオスは頷くと、小さいエルフカルに触れた。

「私もさ。君は大切な友達だ、私の事を覚えていて。それと、幸せでいてくれ」

『うん。ベオネオスも、僕を忘れないで、元気でね。上にいる間、ラビスは僕が守るから』

「ラビス、気をつけて。彼を頼んだよ」

ベオネオスに言われ、ラビスは力強く頷いた。

一方、ファネル国は信じられない程衰退していた。

その一因である王妃イディムは、臣下や国民から向けられる剣呑とした雰囲気を無意識に感じるのか、怒りを爆発させる回数が以前より多くなっていた。

女王の、怒りの爆発の被害に一番遭っていたのは、他でも無いクシェル王子だった。

「イライラしていると、ついあの子を叱ってしまいますの」

言って女王は悪びれも無く上品に笑う。

クシェルの遊び相手で、はとこにあたる少女メルツィルの母親デセリィがおずおずと

「恐れながら王妃様、感情的に叱りますと、クシェル王子は何故叱られたのか分からないままです。これでは宜しくない影響が…」

「黙りなさい!これは躾なのです!」

「はい、申し訳ありません…」

「全くっ申し訳無いではすまなくなりますよ」

ラビスは上へ上へ飛び続け、息絶え絶えになりながらも何とか空の向こうへ着いた。

安全と思える岩場で羽を休め、エルフカルを海に放すと、元の大きさに戻ったエルフカルと共に、ファネル国の惨状を目の当たりにして嘆いた。

夜、ラビスは上空から城に近づき、クシェルの部屋には人が近くにいないようなので、こっそりと眠っている甥に会いに行った。物音でクシェルは目を覚ました。

「見違えましたよ。大きくなったのね…」

呟くと、久しぶりに会った甥を、長く抱きしめる。

「天使さま?僕を知ってるの?」

クシェルは目を丸くした。

「えぇ、知っていますとも。でも、もっと知りたいわ」

クシェルは一心に、父や母の事で心を痛めている事を訴えた。

ラビスはクシェルに向かい微笑むと、彼の机にある紙とペンを取り、何かを書き付け始めた。

「これを、母君に。それからね、私があなたを迎えに行くまでの、ほんの少しの間、母君の言う事は聞かないでいいわ」

え?と、首を傾げつつクシェルが紙を受け取った途端、天使は窓の外へ飛び出して行った。

王子は驚いた。

だが手に持っている紙が夢では無い事を示している。

クシェルは慌てて母親に会いに行った。

王妃は不機嫌そうに差し出された紙を受け取り、目を通した。

『私は、麗しき王妃様のおいでになるこの国の行く末を心配している者です。私は…怠惰とひいき、気まぐれに支配されやすい(それらがどれほどこの国を危険に曝す愚かな事かお分かりでしょうか?)あなたがこの国に嫁いで来た時より、この国に約束されていたはずの平和で美しい未来は、崩壊の道へ進路を変えたのではと疑っています。人が羨む美しい王妃に、それらがあってはならないのです。何故なら王族は国民の手本となり、平和で美しい未来への導き手とならなければならないのですから』

王妃は顔を赤くして激怒した。

「誰がこんな物を!」

クシェルは怯えながら、

「天使が来て、母上にってくれたんだ」

「天使ですって?」

「あと、迎えに来るまで母上の言う事は聞かなくていいって」

窓の外で羽音がしたその時、女王は異常な寒けを感じたかと思うと、息子の姿が歪んで恐ろしい姿になり、不気味に笑った。

我が子ながら恐ろしくなり、女王は気絶した。

クシェルも何が起こったのか理解出来なかった。

美しい母親が恐ろしい人間に変化し、倒れた。

叫びたくても声が出ない。

そして全てに見放され、取り残されたような孤独感。

窓が開いて、天使がふわりと入って来た。

「天使様…助けて」

クシェルはよろめきながらラビスに近づき、しがみつく。

ラビスは彼の背を優しく撫でる。

「怖かったでしょうクシェル、おいで」

ラビスはクシェルを抱えると海を目指し、エルフカルに王子を預け、しばらく城と海を往復して様子を伺う事にした。

王子失踪の報告を受け、長い間ラビスを失った悲しみに沈んでいたアルン王は、ようやく何とかしなければと奮い立った。

その日から息子を探す為の、王の目覚ましい活躍が始まった。

一方、気絶した王妃は、命の根源である血液を神に捧げる事を強要される悪夢にうなされていた。

悪夢は危険で精神的な苦痛を伴い、最悪の場合死ぬ事もある。

イディムは不意に目覚めた。

目の前にある奇妙な扉以外何も無い場所だ。

「誰か、誰か!?」

イディムが叫ぶと、

「すぐ横にいますよ」

冷ややかな声がした。

「ラ、ビ、ス!?どうして!!」

王妃は絶叫した。

「義姉上。あなたは今、真実の扉の前にいます」

目の前にある扉が突然奇妙にねじれた開き方をして、前方から足音が近づいて来た。

それは王妃の腹心である、歳老いた神官ドブニョル。

彼が多数の臣下を従えたアルンに言われるがまま、眠っているイディムに向かい魔除けの祈りを唱えると、王妃の体が暴れ始めた。

そして神官の体に掴みかかると、両手でドブニョルの口を開閉させる。

すると神官の意志に反して、思いも寄らない言葉が口をついて出る。

「王妃様の目的は、ラビス王女の命だったのです」

全てを聞いた王から、再び気絶している自分への強烈な憎悪の眼差し。

女王はもはや生きる気力を失い、何とか目覚め無いようにする事しか考えていない。

女王はこのまま終わってしまうのだ。

「クシェル、どこへ行ってしまったんだ息子よ…皆探してくれているのだ、出て来てくれ…」

ある夜、王が城の頂上で一人祈っていると、

「父上!」

突然、頭上から声が聞こえた。

「貴様っ息子を返せ!!」

息子を抱き、黒々とした翼で羽ばたく影に、立ち去るよう大声で叫ぶ。

影は王の死角に王子を置いて去ったかに見えた。

王は我が子を抱きしめながら、

「奴を見た。どんな奴かようやく分かった。早速退治しなければ。しかしこの間のデス・ウィメ(災厄拒否の儀式)が効かなかないとは…やはり並外れた邪悪さのためか。あの儀式の効果は強い筈だが、相手の格が違うのでは困った…」

だがクシェルは穏やかに父の手を取り、

「違います父上。城を離れていた間にいい友達が出来ました。あれは天使で、決して悪いものでは無いのです。真の邪悪では無いから儀式は無駄なのです」

と、強く訴えて来た。

「何を言う、あの黒い翼を見ただろう!天使の姿をした悪魔だ。お前は騙されているのだ!」

クシェルは父の声が怖かった。

「兄上、そして次期国王。どうかお幸せに」

懐かしい、柔らかい声と羽音がアルンの頭上から聞こえた。

「!ラビス…なのか…!?」

王は手摺りより身を乗り出し、辺りを見回す。

「ラビス?叔母上?」

クシェルは呟いて、父の隣へ並ぶ。

黒い雲の切れ目に、海の方向へ飛ぶ黒い鳥がちらりと見えた気がした。

ラビスは段々と強くなる風に嵐の気配と、愛しいあの方の存在を強く感じた。

ラビスが海に差し掛かると、彼がラビスに、しきりに呼び掛けてくる気がした。

戻って来てくれと。

「私とあの方の絆の掛橋であるあなたに、今度はあの子を頼みます」

力の限りエルフカルを抱きしめる。

『ラビス、大好きだよ』

ラビスは驚いてエルフカルを見た。言葉が解る。

「まぁエルフカル!エルフカル!もう一度言って!」

強風に煽られ、ラビスの視野が揺れる。

エルフカルを抱く手がじりじりと滑る。

『ちゃーんと聞いてないラビスが悪いよ』

ラビスは微笑む。

「あら、そんなひどい、わ、っ!」

あっと言う間に手が離れる直前、エルフカルが笑ったように見えた。

幾筋もの風の流れの隙間を縫い、海の向こうを目指す。

時折海へ吹き落とされそうになりながら、その度に出来る限り上昇して先へ進む。

眼前が開けた。

ラビスは愛しいあの方の気配を感じられないか集中した。

もうすぐ再会出来るのだ。

「陛下!」

国民の面前で行われる式典に出ていたベオネオスが、勢いよく舞い降りて来た彼女を受け止めた際、うっと呻く。

黒い翼はいつの間にかほぼ白くなっており、自然にラビスの体を離れ、分解してしまった。

見ていた国民からわっと歓声が上がる。

「陛下!陛下!?」

血相を変えるラビスに、

「大丈夫だ。お帰り、空の向こうはどうだった?」

ラビスはぽろぽろ涙を流しながら、

「よかったですわ。これから何もかも、もっとよくなりますわ!」

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