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第九話 初戦闘

 


「はい、次ファングの番」


 熊を難なく倒したシルバーはオレにそう言った。

 なるほど、大体わかった。体運びや戦闘までのやり方も問題ないように思える。


「……わかった」

「まぁ、最初にビックベアはきついだろうからフォレストラビット辺りから……」



 ガサガサ__



 シルバーが優しく説明していると茂みから先ほどと同じような動きが見られた。笑って喋っていたシルバーが急に真剣な顔つきに変化して、背中に手を添えている。


「GROOOO!!」


 茂みの揺れが激しくなりそこから巨大な影が出現した。

 さっき見たビックベアと全く同じ姿をしたモンスターがこちらを見下ろしていた。


「またか、ファング。こいつは俺が倒すから……」

「……いい」


 オレをかばうように背を向けているシルバーに対して口を出す。

 「えっ」と声を漏らしながら顔だけこちらを向くシルバー。どうしてかこいつはオレを意外なものを見る目で見ていた。

 オレはシルバーの前に立ち、ビックベアと対峙する。


 えぇと、確かモンスターの頭上を見れば個体名とレベルが分かるんだったよな。

 シルバーから教えてもらったことを思い出しながらモンスターの頭上を凝視する。



 ビックベア Lv11



 おぉ、本当に出た。疑っていた訳じゃないけどこれは凄い。初めての体験に軽く感動を覚えた。

 レベル11。対するオレがまだレベル2だから倍以上の強さがある。それでも、オレの心に恐怖心はなかった。

 腰にあるナイフを取り出し、感触を確かめる。初期装備だからだろうか、安っぽい感じがしてすぐに壊れてしまいそうだ。でも、別に問題ないか。


「GRYOOO!」

「っ、ファング!」


 シルバーの焦りを孕んだ声で上を見上げるとビックベアが太い腕を振り上げ鋭い爪がこちらに迫っていた。

 ドゴンッ、という音を耳が拾う。音を聞いただけでその威力が容易に想像出来た。


「GRYU!?」


 しかし、振り下ろした先にオレの姿がないことに気づいたビックベアは驚いたような声を出した。


「……まぁまぁ遅いな」


 父さんのパンチと比べたら幼児が投げる球くらいのスピードだ。余裕で避けられる。

 ビックベアの攻撃を躱した所で、奴に近づく。


「GRYOO!!」


 こちらが近づいてきたのに気付いたビックベアは今度は薙ぎ払うように腕を振る。それをしゃがんで回避。頭の上で空振りする音がした。

 近づいた所でナイフを使って体を斬ってみる。


「GRYUOO!?」


 そのまま背後へ回り、奴のHPを確認する。うわぁ、全然減っていない。シルバーが攻撃した時ももっとダメージ与えていたのに。これがレベル差というやつだろうか。


「ファング、タックル来るぞ!!」


 ビックベアを挟んで向こう側からシルバーの声が飛ぶ。瞬間、ビックベアが体勢を低くしてこちらにダッシュしてきた。

 ヒグマの時速は大体50キロとテレビで聞いた事がある。車と同じスピードで突っ込まれたら普通ならまず助からないだろう。


「………」

「ファング!? 何してんの、早く避けろ!」


 突っ込んでくるビックベアに対して何のアクションを起こさないオレにシルバーが驚いたような声を出す。

 しかし、オレはシルバーの言葉を無視して向かって来るビックベアに意識を集中させる。

 体の内でリズムを刻み、タイミングを測る。



 ……今っ!



 ビックベアとの距離が0になりかけた瞬間、奴の下に潜り込む形を取り首元の体毛を掴む。

 おぉ、ちゃんと掴めた。

 そして、膝を曲げ相手の太ももの付け根辺りに足の裏をあて、しっかりと曲げた膝のバネを利用し、相手を蹴り上げるように投げた。


「GRYOO!?」


 突如として空中に放り投げられたビックベアの叫びが響く。その間にオレは体勢を戻し、投げた方向に向かって駆け出す。

 投げた先には太い木の幹があり、ビックベアは背中を叩きつけられる。

 ぶつかった瞬間に奴の唸り声が聞こえたがモンスターでも痛みとか感じるものだろうか。

 木の幹にぶつかったビックベアが地面に落ちる前に距離を縮めることが出来たオレは右手に握るナイフを奴の喉元に突き立てた。


「GRYOOO!!!」


 真っ赤な血しぶきが目の前に広がる。動物と人間の急所はそう変わらない。ビックベアのHPがぐん、と一気に無くなった。

 しかし、ナイフは深く刺されすぎたのか引き抜こうとしてもなかなか抜けなくなってしまった。試行錯誤しているうちにビックベアが立ち上がろうとしていた。


「………ちっ」


 ナイフが抜けない苛立ちから軽く舌打ちすると素早く相手と距離を取る。頭上のHPを見ると残り一割程度まで減っていた。

 だが、こちらは武器を失い丸腰となってしまった。ビックベアの首元に刺さっているナイフが立ち上がったことでオレの身長よりも高い場所にある。あれじゃ、取れないな。


「GROOO!」


 怒りをあらわにして唸る熊の手がこちらに迫る。頭を低くして回避する。


「GROOO!!」


 すると今度は逆の手が襲い掛かる。これを、体をひねるようにして何とか躱す。

 ……やべぇ、これじゃジリ貧だな。劣勢な状況になったことを冷静に受け止めながら敵の攻撃を避ける。

 武器を失ったことでこちらに攻撃手段はない。そう思い、シルバーに助力してもらおうかと考え始めた時思い出した。


 まだ自分が使っていない、使い慣れた武器があることに。


「ファング! オレの剣使うか?」

「……いや、いい」


 背後から気遣うような声が聞こえたが断る。

 別に剣など無くてもあと一撃くらいなら入れられるだろう。

 よしっ、やるか。

 攻撃を躱され続けているビックベアが埒が明かないと思ったのか凶暴な口を開き鋭い牙を向けてきた。噛まれたら一たまりもないだろう。だが、この時ばかりは好都合だった。


「GROOOO!!」


 拳を固め、タイミングを図る。

 やがて、奴とオレとの距離が0になりかけた瞬間__


「ふんっ!」

「GROOOO!!」


 軽く首を傾け牙を避けると同時に、固めていた拳をビックベアの顔面に叩き込む。

 衝撃によりビックベアの首が曲がり、赤い瞳が白目になった。

 どさり、と重々しい音を出し倒れるビックベア。起き上がる可能性を考慮して身構えるが次の瞬間、ビックベアの体は光の粒子へと変わり消えた。残されたのはオレが奴に刺したナイフだけだった。


「……ふぅ」


 終わって一息つく。う~ん、もう少し楽に勝てるものだと思っていたが意外と難しい。

 静かに戦闘について反省しながらナイフを拾い、シルバーの方を振り返る。


「………」

 

 すると、なぜかシルバーは口を半開きにし呆然とオレのことを眺めていた。



 ………あ、やっちまったかも。



 ビックベアとの闘いに集中していたせいで、半ば彼の存在を忘れていた。

 同時、オレは自身の失敗を悟った。脳裏を半年前の映像が駆け巡った。

 


 オレは父さんが格闘家ということでよく練習を一緒にさせられていた。

 基本的なトレーニングから、実戦的な組手。小さい頃からそれは当たり前のことで、日常の一部だった。

 強すぎる力は人を怖がらせる。それに気が付いたのは半年前。

 学校が終わり、家に帰っている途中だった。公園でオレは中学生に囲まれている女子を見つけた。一体、どうしたのだろうと最初は興味本位で近づき見守っているとどうやら中学生の制服を汚したとかなんとかで女子を責めていたみたいだ。

 さすがに女子が可哀想に思えて仲裁に入ったのだが、中学生は急に割って入ってきたオレが気に喰わなかったのか殴りかかってきた。


 つい、反射的に反撃してしまったのが間違いだったのだろう。


 結果としてオレは中学生三人に勝ってしまった。逃げる中学生を見て、女子の存在を思い出したオレは振り返った。

 

 そこにあったのは、まるで化け物でも見たかのような恐怖した姿だった。

 結局、女子はすぐに立ち上がると逃げるように去ってしまった。

 そして、翌日いつものように学校に行くとオレが中学生と喧嘩したことが学校にバレてしまい噂が広がった。


 母さんはオレは悪くないと言ってくれたのが救いだった。悪いのは小学生に手を上げようとした中学生だと家で言ってくれた。

 けど、父さんは違った。すげぇ、怒られた。

 父さんは「どんな理由があっても人に暴力を振るってはいけない」と怒鳴られた。最初は理不尽だと思ったけど、その時に女子の怖がった顔が思い浮かんで反論出来なかった。


 元々表情筋が動かないことで友達と呼べるような者がいなかったがクラスで浮くほどでもなかった。しかし、その時の出来事がきっかけで修復不可能なまでにオレはクラスに孤立してしまった。

 先生ですらオレのこと怖がっていたしな。



 だから、シルバーの呆然とした態度にオレは後悔した。

 シルバーが手伝ってくれると言ってくれた時に素直に頷いていたら良かった。そうすれば、拳で熊を倒すなんてことにはならなかったかもしれない。

 あぁ、また一人か。こいつもオレを怖がるのだろう。

 半ば、諦めかけていた時だった。


「……すげぇ! すげぇよファング!!」

「………え?」


 シルバーの喜々とした声を聞いて今度はオレが茫然となった。

 だが、シルバーはオレの戸惑いなど知らないせいか真っすぐにこちらに駆け寄ってくる。その時、彼の瞳がキラキラ、と光っているように見えた。


「まだレベル2で、しかも初見でビックベアに圧勝とかヤバすぎだろ! さっきの、ビックベアを投げた技なんのスキル!? いや、そもそも本当にVRゲーム初めてなのかっ!?」


 早口でまくし立てる質問を繰り出すシルバー。決して彼の態度から無理して明るく振舞っているようには見えなかった。

 

「………怖く、ないのか?」

「はぁ??」


 自然と漏れたオレの言葉に、シルバーは首を傾げる。「こいつ何言ってんだ」と言いたげな表情である。

 だって、普通熊に勝つような子供なんて異様だ。見た感じシルバーもオレと同年代のようだし余計に怖がる方が自然である。

 だというのに、どうしてオレなんかにそんな綺麗な目を見せるんだ。


「ん~?? 怖いって何が?」


 腕を組んで頭を悩ませるシルバーは答えが分からないと判断したのか、至極普通な、なぞなぞの答えを聞くかのように訊ねてきた。


「……オレが怖くないのか?」

「いや全く」

「……だって、オレ熊倒したけど」

「あぁ、あれは凄かったぜ!」

「……いや、そういうことじゃなくて」


 どう説明していいのか分からない。自分のボキャブラリーの無さに嫌気がさす。

 だからだろうか、つい声を張ってしまった。


「オレは普通じゃないんだよ!」


 瞬間、空気が固まった。

 ……やっちまった。

 張り上げた声は森に響き渡る。ここまで大きな声を出したのは一体いつぶりだろうか。自分が思っている以上に大きな声が出てしまった。

 自分自身でも驚いているんだ、当てられたシルバーも当然呆然としていた。

 しかし、意外にもすぐに我に返るとシルバーはおもむろに口を開いた。


「……ファング、怖がらなくていいんだぞ?」

「っ」


 想定外の言葉に思わずシルバーの眼を見る。

 柔らかく、優しい眼がオレに向けられていた。恐怖ではなく、憐みでもない。

 幼い子供を諭すような、そんな眼だった。


「何があったのかは知らないけど、俺はお前を避けないぞ?」


 説得力なんてない。何も根拠もない。

 なのに、どうしてだろう、こいつの言う事に凄く安心してしまう。

 

「……お前は、オレが怖くないのか?」


 再度、シルバーに訊ねる。気のせいか、さっきと比べたら声がしっかりとしている。

 二回目の質問にシルバーは満面の笑みを浮かべながら答えた。


「だって俺ら友達だろ」


 ……ほんと、よく変わる表情だ。



 

 

 





こ、このイケメンは一体誰だ……Σ(゜Д゜)

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