第八話 二日目
翌日__
「おにぃ、何か良いことあった?」
朝食のトーストをかじっていると、隣から杏沙が急にそんなことを言ってきた。
「……いや、特に」
「そう? でも、おにぃ今日はなんか上機嫌な顔しているよ」
「相変わらず無表情だけど」と続けて杏沙はウインナーを口に入れる。オレはというと、妹の指摘に昨日のゲームを思い出した。
昨日、困っている所を助けてくれたシルバーと名乗る少年。彼のコロコロした表情はよく印象に残っていた。
確か、昼にイン? するって言っていたな。
……インってなんだ?
「杏沙、今日何か予定あるの?」
「りっちゃんとなーちゃんと遊ぶ」
「あら、そうなの、気を付けて行ってきてね」
どうやら、杏沙は今日友達と遊ぶみたいだ。兄妹なのにオレと違って杏沙は友達が多い。まぁ、ウチの妹は可愛いから当然だろうけど。
というか、オレには聞かないのか母さん。
「あ、敦獅、そういえばジムの方から連絡があったわよ。今日何もすることなかったら顔出してきたら?」
「……えぇー」
「嫌そうな顔しないの」
だって、あそこやけにオレに絡んでくる大人がいるんだもん。面倒くさいことこの上ない。
母さんの言葉に興味を持ったのか、杏沙が反応してきた。
「ジムって、お父さんとおにぃが通っている所?」
「……オレは行っていないけどな」
父さんが勝手にオレの分まで会員登録していたんだけど、前は父さんに連れられて行っていたが今ではもうめっきりである。
ていうか、今日は無理なのだ。
「……悪いけど、昼から約束があるから無理」
瞬間、食卓から音が消え去った。
何事かと母さんと杏沙の方を向くと、母さんは目を丸くさせて杏沙はトーストを齧ったまま固まっていた。
時間にして数秒の沈黙の後先に動いたのは杏沙だった。
「えぇ!? おにぃ、約束って何!!」
「……ちょっと知り合いと遊ぶ」
「遊ぶ!? おにぃ、友達いたの!!」
我が妹ながら酷い言いようだ。いや、まぁ、確かに今まで友達と遊ぶなんてことなかったけど。
「おにぃが、あのおにぃが……」とブツブツ言いながら杏沙は上げていた腰を椅子に戻した。そんなにオレが誰かと遊ぶのが意外なのか妹よ。
杏沙の態度にため息つき、トーストを一口。
その時、さっきから黙りこくってしまった母さんが気になってそちらを見た。
「……うぅ、よかったわね敦獅」
泣いてる!?
まさかの母さんの反応にオレが驚き立ちあがっていた。
「……ちょ、ちょっと母さん」
「ぐす、ようやく、やっと敦獅に友達が……」
「母さん、よかったね」
目から小さな水滴を漏らし、杏沙がそれを拭う。唐突すぎる状況に置いてけぼりを喰らうオレを他所に二人の話は盛り上がりを見せ始めた。
「よしっ、今日はお赤飯ね」
「あ~、私お寿司がいい」
「そうね! なら、七面鳥も焼かないと」
「待て待て待て」
お赤飯はともかく、七面鳥なんてクリスマスかよ。
というか、オレが誰かと遊ぶのにそこまでお祝いしなくていいっていうの。
「……別にいつもと一緒でいい」
「えぇ、だって~」
だって、じゃない。
「……はぁ、いいから夕飯はいつものでいい」
が、テンションが高い二人にオレの声が聞こえているのか、キャッキャッとしている二人の声をBGMにトーストを齧った。
☆☆
昨日と同じようにゲームをスタートさせると景色がガラリ、と変わり目の前に勢いよく噴き上げる水が映った。
振り返れば無数の人達がざわざわと立ち話をしていたり、誰かを待っているようだった。
視界の端に映る時刻を見ると、昼の12時半を示していた。
まだ、いないのか……。
目的の人物を探して視線を彷徨わせる。昼食を食べてすぐにゲームを始めたので早く来すぎたかもしれない。
そう思って首を動かしていると__
「はいっ! なるほど、ありがとうございます!!」
「いいよ。こっちも貴重な話あんがとな坊主」
元気な声で誰かと話をしている奴を見つけた。
シルバーが結構怖そうな(オレが言えた話ではないが)体格のいい男性に何やらお礼を述べると男性も楽しそうに笑いながら手を振ってその場から去った。
何やっているんだあれ?
「あっ」
「………」
その時、ちょうどその光景を眺めていたオレとシルバーの眼が合った。
……なんだろう、気まずい。
しかし、そう思ったのはオレだけみたいでシルバーは次にはニコリ、と笑いながらこちらに近づいてきた。
「よう、ファング。早かったな」
「……いや、さっき来た所だ」
「そっか」
笑顔のまま頷くシルバー。
一体、何の話をしていたのだろうか?
「……さっき」
何を話していたのか、そう言いかけて口を閉ざした。
……聞いていいものなのか? でも、オレには関係ないことかもしれないしな。
「? 何か言った?」
「……いいや、なんでもない」
「そう?」
首を傾げるシルバーであったが一応オレの言うことを信じてくれたみたいでそれ以上言及してくることはなかった。
「それじゃ、行こう!」
楽し気な声に対して、オレは黙って頷くだけだった。
☆☆
昨日来た森を歩きながらシルバーは色々と喋っていた。このゲームには主にモンスターを倒してレベルを上げていき、ステータスポイントと呼ばれるものでステータスを上げるらしい。
で、今のオレはレベル2だった。シルバーに聞くと昨日受けたクエストが成功したからだと言う。モンスターを倒す以外にもクエストを受けて成功させると報酬として経験値をくれるようだ。
「……で、今から何するんだ?」
「え、経験値稼ぎ」
オレが質問するとシルバーは何でもないかのようにそう言った。
いや、経験値稼ぎと言われても。
「……オレは何をすればいい」
「モンスターを倒す」
「……どうやって?」
「モンスターを探す、見つける、倒す。はい終わり」
「………」
説明になってねぇ……。
「……??」
さらなる説明を求めてシルバーを見るが、キョトンッ、と首を傾げるだけだった。
マジかこいつ。本気でこれを説明と思っているらしい。
「……とりあえず、手本見せてくれるか?」
「ん? 別にいいよ」
埒が明かないのでこいつのやり方でも見て真似ようと思い、手本を頼むとシルバーは軽く頷いた。
背中の剣を抜き、周りをきょろきょろとさせる。すると、近くの茂みがガサガサ、と動いた。シルバーも気づいたらしく、視線を茂みの方に向け片手の剣の刃先を下にして構え、空いている方の手を体の前へ置いた。
自然な構えには無駄な力はなく。いつでも動けるようになっていた。こいつ、慣れている。
シルバーの視線は茂みから外れることはない。凄い集中力だ。
茂みを眺め続けていると突如影が一つ飛び出してきた。
「GROOOO!」
「ビックベアーか」
茂みから出てきたのは自分たちより背が大きい熊だった。凶暴な爪と牙を剥き出しにして、唸り声を上げる。どうやら威嚇しているみたいだ。
「うん、まぁ、倒せない相手でもないか」
だが、シルバーは威嚇に物怖じしない態度で相手を見る。
先に動いたのは熊のほうだった。
「GROOO!!」
雄叫びを上げ振り上げた爪がシルバーに襲い掛かる。普通の人ならば怖がり腰を抜かすだろう。
しかし__
「よっと」
軽い声を発しながらシルバーは爪をひらり、と躱した。地面に直撃した爪は派手な音をたて地面をえぐる。爪を避けたシルバーは、間合いを詰めて一気に熊に近づく。
「おりゃっ」
すれ違いざまに振られた剣は熊の体に一筋の線を描く。さらにシルバーは振り返り、背中にバッテンをつける。
「GROOO!」
「とっ」
傷つけられた怒りからか、熊はさらに咆哮を上げると両腕を叩きつけた。
危ない! そう口にしようとしたが遅かった。
ドゴンッ、という地面が割れる音が鳴る。しかし、そこにシルバーはいなかった。
「とどめ!」
飛び上がったシルバーは剣を高く振り上げ、着地と同時に振り下ろした。
「GROOOO!」
頭から振り下ろされた剣によって熊の体は真っ二つに裂けた。グロい光景になるかと思いきや、熊はガラスの割れる音を鳴らすと光になって消えた。それは、昨日シルバーが倒したウサギと同じ光だった。
「………」
光が消え、そこにいたはずの熊の姿がなくなるとシルバーは剣を背中の鞘にしまい。
「うしっ、いっちょあがり」
と、やり切った声を出して笑っていた。