第七話 フレンド登録
「ありがとうございます。おかげで助かりました!」
女性に薬草を手渡すと、お礼を言われ目の前に文字が浮かび上がった。
『CONGRATULATIONS!!』
文字が消えると女性はその場から立ち去って行った。街へと戻って行くようだ。しかし、なんとも最後は味気ない別れ方だな。
「……終わった」
何だか、初日から色々と予想外な事態になったがどうにか切り抜けれたことを喜ぶべきか、もう少し注意深くするようにするべきなのか迷うところである。
「お疲れ様です」
振り返るとシルバーが笑顔で声を掛けてきた。その顔はどこか清々しい。
「………迷惑かけたな」
「いいえ、困った時はお互い様ですよ」
笑顔でそんなことを言うシルバー。その笑顔がとても眩しく思えた。
「さて、ファングさん、これからどうしますか?」
「………どうするって」
正直、精神的にクタクタだから休みたい気分だ。ここは一旦ログアウトして、明日あたりにまた始めればいい。ちょうど今春休みだし。
「………疲れたからやめたい」
「ハハ、まぁ、色々大変だったみたいですしね。俺もこれから街に戻る所ですけど、一緒に行きませんか? 道すがらこのゲームについて色々教えてあげますし?」
「………いいのか?」
「えぇ、問題ないですよ」
なんていい奴なんだ。会って数時間しか経っていないのにここまで親切にしてくれる人はオレの周りには家族を除くといなかった。だからこそ、シルバーの提案は素直に嬉しかった。
シルバーの提案に首を縦に振る。こいつ、このゲームについて色々詳しいみたいだし、教えてもらおうかな。
オレが承諾したのを見ると、シルバーはニコッ、と微笑んだ。……ほんと、コロコロ変わるその表情が羨ましい。隣の芝生は青く見えると言うが、彼のはキラキラと輝いているように思えた。
☆☆
街に戻る道すがらシルバーはオレに色々と教えてくれていた。
「ファングさんってMMORPG初めてでしたっけ?」
「……あぁ、そもそもMMOってなんだ?」
RPGはポケ○ンしていたから多分こんなやつだろうなというイメージはわかる。
「そうですね、MMOっていうのはマッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン、日本語だと大規模多人数同時参加型オンラインなんて言われています。大人数が一度に同じサーバーにログインして,同じ空間を共有して遊ぶタイプのオンラインゲームに付けられる分類上の名称です」
「………」
やべぇ、全然理解できない。
「えぇと、ようはネットを通して大勢の人と一緒に遊べるってことですね。ポケ○ンでも通信対戦とかしますよね? だいたいそれと同じです」
「……なるほど」
通信対戦はやったことあるから分かる。……杏沙としかやってこなかったけど。
「……このゲームは、一体何をすればいいんだ?」
「えっ、知らないでやってたんですか!?」
オレの質問にシルバーは驚いたような顔をする。まぁ、普通自分が遊ぶゲームをどう遊ぶか知らずにやるなんてことはないだろうからその反応は正しい。
「………そもそも、ゲーム自体あまり興味がなかったからな、ちょっと遊ぶ感覚でやろうと思っただけだ」
「あの、ファングさん。このゲーム相当人気だったんですけど、どうやって手に入れたんですか?」
「………妹が懸賞で当てた」
「すげぇ! 倍率半端なかっただろうに!」
確かに杏沙の運は化け物じみているがもはや慣れてしまっているのでそこまで驚くこともない。
それでも、他人からしたら凄いことなのだろうな。
「………で、このゲームは何をすればいいんだ?」
「あぁ、そうですね。BGOはプレイヤーが『開拓者』となって様々なフィールドを駆け回り、そこにいるボスを倒すことによって次のフィールドへ行けるようになります。一般的なRPGとは違ってラスボスがいるのかはまだ不明ですが、謳い文句は【自由を謳歌しろ】だそうです」
「………【自由を謳歌しろ】」
「はい、戦闘をするのもよし、何か商売をするのもよし、観光するのもよし、まさにプレイスタイルはプレイヤーの数だけ広がります。それにまだ見ぬ景色があるってなんだかワクワクしますしね」
正直まだ、良さはわからないが話しているシルバーの顔は楽しそうであった。
「だからファングさんの質問ですが、答えは何をしてもいいですね」
「……何をしても、いい」
「はい、自由ですから」
シルバーの言葉を反復させる。自由にしていい、それは中々魅力的な言葉であるがそれど同時にオレはどうすればいいのか迷い始めた。
「……お前は何をしたいんだ?」
「ん? 俺ですか、俺はもちろん攻略ですね」
オレの質問に意気揚々と答えるシルバー。その目は遥か先へと向けられているように見えた。
先を向いていた視線がオレへと移る。
「まぁ、ファングさんはゆっくりと考えればいいじゃないですか? わからないことがあれば出来るだけ俺が教えてあげますから」
……こいつ、本当にお人よしというか、人が良すぎる。だからこそ、オレはこいつとは違うんだなと思わされるわけなのだが。
「そうだ!」
オレが考えにふけっていると突然シルバーが大声を上げた。シルバーはオレの目の前に来るとコロコロ笑いながら見つめてきた。
「ファングさん、フレンド登録しましょう!」
「………?」
いい笑顔でそう言うシルバーであるがよくわからず首を傾げる。
「こうして、こうっと…」
だが、オレが戸惑っていることなんてよそにシルバーはメニューを開いて操作していく。すると、目の前に文字が現れた。
『シルバーからフレンド申請がありました。受理しますか? YES/NO』
よく分からないがシルバーが、凄く期待の込めた目をしているのでNOは押せなかった。なんかゆるゆるとして、中性的な顔つきだから見る人が間違えたら女に見えるかもしれない。
オレはゆっくりとYESのボタンを押すと再び違う内容の文字が現れた。
『シルバーをフレンドに登録しました』
「ありがとうございます!」
「……あぁ、うん。これって何か得あるのか?」
「はい、フレンド登録をしたらログインしたかどうか分かりますし、チャットも飛ばせますし、何かと便利ですよ。ちなみにフレンドリストはログアウトボタンの上らへんにありますからあとでチェックしてみてください」
「……あぁ、分かった」
「じゃ、帰りましょう」
そう言うとシルバーは止めていた足を再び進めた。その背中を黙ってついて行く。
「ファングさん、明日もログインしますか?」
突然、シルバーはそう訊ねてきた。
「……あぁ」
「なら、一緒に遊びませんか?」
「……なんで?」
「なんでって、ファングさんまだ知らないことあるでしょう? モンスターとの闘い方とか」
「………」
シルバーの言う通り、オレはまだこのゲームについて知らないことが多くある。
「だから、しばらく一緒にいましょう! ファングさんとなら俺楽しくやれそうな気がします!!」
「………っ」
シルバーの言葉にドキリ、とした。
オレと一緒にいて楽しい? 無表情で、無口で、何を考えているのか分からないと言われる俺なのに?
そんなこと言われたのは初めてだった。家族以外からはどこか引いたような目をされるオレは人と関わるのを半分諦めていた。だからこそ、今目の前の少年が言ってくれたことが聞き間違いじゃないのかと思えるほどに掛けられたことのない言葉だった。
不意に目から何か溢れてくるような感じがした。それを必死に押しとどめる。
「……本当にいいのか?」
「はい!」
なんの迷いも見せずシルバーは頷いた。
きっと、これは運がいいことなのかもしれない。しかし、もしかしたらごく普通のことなのかもしれない。でも、オレにはとても幸運なことのように思えてならなかった。
その手を取っていいのだと、言ってくれているような気がした。
「……なら、よろ、しく」
震える声でどうにかいつも通りに答える。顔はどうなっているだろうか? いつものように無表情であるだろうか? 今だけはこの顔でよかったと思う。
「はい! よろしくなファング!!」
オレの返答にシルバーはこれでもかというほどいい笑顔を向けてきた。