第五話 出会い
ゲームの終わり方がわからなくて、声をかけた女性に薬草を一緒にとることになった。
うん、字面だけみれば訳わからないな。
街から離れたオレは、前を行く女性の背を眺めながらため息を漏らした。周りには、多くの木々が生えているがその光景を楽しむ余裕などなかった。一体オレはどうなるのだろうか。
不安で、心が潰れてしまいそうになる。
森の中をなおも突き進んでいくと、急に女性がくるりと振り返った。
「この辺りでいいでしょう。では、薬草を10本ほど集めてきて下さい」
森を歩き続けること5分、辺りは木々に覆われていてあちこちに草がのびのびと生えている。その中から薬草を探せなんて、無理である。というか、どれが薬草なのか見分けがつかない。
「……あの」
「薬草を10本集めて下さい」
「………」
どうやって探せばいいのか尋ねようとしたが、返ってきたのは先ほどと同じ言葉である。
……一体どうしろと!?
☆
「……薬草? いや、それともただの雑草?」
結局、立っているだけなのも時間の無駄なので近くに生えている茂みに顔を近づけてみるが………全くもって分からない。
もう、心が折れそうである。
「……もう、いやだ」
泣き言を言っても周りにいるのは(さっきから一歩も動かない)女性と葉を動かす木だけである。人一人もいない。悲しい。
カサカサ
「……ん?」
突然、近くの茂みから何か音がした。
っ!! 誰かいるのか!! だったらオレを是非とも助けてくれ!
「……すみません、誰かいるんですか!?」
もはや、藁にも縋る思いでオレはダッシュで茂みの近くへ行く。
「KYUU!!」
「うわっ!」
人がいると思って近付くとそこから、白い兎が飛び出して来た。驚いて転びそうになったが足を踏ん張って耐える。
「……びっくりしたー、なんだ今の?」
オレは飛び出した兎に注目する。それは見た目は動物園などにいる可愛らしい兎であるが目元がくりんとしていてやはり作り物ということがよく分かった。
「……おぉ、これがファンタジーというやつか」
と、感動していると兎が急にオレに体当たりしてきた。
「おぉっと!?」
突然のことに驚き慌てて回避する。
あっぶねー、何いきなりどうした? 虫の居所でも悪いのか、それとも遊んでほしいのか? なんて呑気に構えていたのが運の尽き。兎はまたオレ目がけて飛びついてきた。
「……っと、なんだこいつ? って、ちょっと待て待て」
避けられたことが気に食わないのか、兎は何度もオレ目がけて体当たりを繰り出してきた。しかし、これしき父さんのパンチに比べたら可愛いものだ。余裕で避けまくる。
ていうか、いつまで続けるんだろうか? いい加減、薬草探さないといけないんだけどなぁ。
溜息をつくと、兎は息を上げ体力を消耗しているようであった。すると、兎の視線からオレから離してさっきの女性のほうにやっていた。
と、文字通り脱兎のごとく兎は女性のほうに向かって駆け出したいた。
「きゃあぁぁぁ!」
女性の悲鳴がその場に木霊す。
いや、ただの兎にそれは大げさなのでは……?
なんて、思っていると既に兎は女性の目の前にいて、地面を蹴っていた。
空中に飛び出した兎が女性に到達しようとしていた。あっ、やべ。
するとその時__
「とっりゃー!」
どこから出てきたのか、一人の男が女性の前に現れると右手に携えていた剣で兎を斬った。
っておい! 何兎斬ってんの!? 動物虐待は犯罪だって母さん言ってぞ!
そんなことをお構いなく男は、地面に落ちた兎の首元を狙うとまた剣を横へ振った。首を斬られた兎は、断末魔を上げながら息絶えた。
……殺しちゃったよこいつ。あんな可愛いらしい兎を、怖い。
と、男に慄いていると斬られた兎の体が光出し……消えた。
「………」
「ふぅ、危なかった……」
オレが呆然としていると、男はにこやかな笑みを浮かべていた。
身長は同じくらいか、目はくるりとしていて肌は白い。そして、特筆すべきはその銀髪だろう。短く、だが美しくなびかせているそれはどこか浮世離れしているように見えた。顔が中性的なのが余計に男の銀髪を映えさせているのだろう。
男は、くるり、と女性のほうを振り返ると穏やかな声を出した。
「あの、大丈夫でしたか?」
「………」
しかし、女性は男の言葉に反応を示さなかった。その様子に男は首を傾げる。その仕草だけで人によっては女に見えるかもしれない。
「もしも~し、聞こえてますか~?」
「………」
「あぁ、NPCなのか、なら納得」
何故か、納得して男はうんうん、と何度か頷くとようやくオレのほうに意識をやった。
「……えぇと、あなたもNPCなのかな?」
自信なさげに、不安そうな声で男はオレに訊ねてきた。
はて、エヌピーシー? なんだそれ? UFCなら知ってるけど……。
「………」
「えぇと…」
オレが返事をしないからか、それともオレの表情筋が動かないからか戸惑っているようだ。
いや、うん、分かってるよ。ちゃんと返事しないといけないのは分かってるよ。けどさ、知らない人と話すのってすっごく緊張してしまうんだよね。だから、もう少しだけ時間がほしい。
「………」
「………」
無言の空間が男とオレを包む。
男は、気まずさを感じているのか落ち着かないように眼をきょろきょろしている。残念だが、今この場にいるのは喋らない女性と、オレだけなのだ。助けを呼んでも誰も来ないぞ。
そう教えてやりたい気持ちになるが原因を作っているのはオレなのだ。
……よしっ、と心の中で気合を入れると男の顔を見た。
「そ、それでは俺はこのあたりで……」
「………あ」
「うん?」
「………オレ」
「はい?」
もどかしく言葉が出てこない。だが、男はまるで気にしていないようにじっ、とオレの次の言葉を待っていた。
何を話せばいいのだろうか、自己紹介? それともお礼から? 頭がごちゃごちゃになってきた。
すると、見かねてかオレより先に男が言葉を発していた。
「あぁ、なるほど」
「!?」
ひょっとしてオレが人見知りだということに気づいてくれたのか! だったら、ここから先はスムーズに会話をすることが出来る。
男は、うんうんと頷きながら続きを口に出した。
「おしっこ行きたいんですね」
「違うわ!!」
「おぉ、喋った」
いきなり、何を言い出すかと思えばこいつオレがトイレを我慢していると勘違いしているみたいである。まだ迷子になったと勘違いされたほうがマシだ。
「っと、まぁ、ナイフ装備しているからそうだろうと思っていたけど……。で、どうかしたんですか? あっ、名前はなんていうんですか?」
まるで、さっきのやり取りがなかったかのように喋り続ける男。
一体、何者だこいつ。
「……人に名前を聞く前にまず自分の名前を言うべきだろ」
「あぁ、それは失礼しました。俺の名前はシルバーと言います、あなたの名前は何ですか?」
ニコニコとした笑顔でオレの名前を訊ねる男__シルバー。そんな彼にオレは咳払いをして落ち着かせる。
えぇと、多分アバター名を言うんだよね。相手もきっと本名じゃないだろうし。
オレは、さっきから何が面白いのか笑顔なシルバーに向かって名前を告げた。
「………オレは、ファング、だ」
「へぇ~、そっかよろしく!」
これが、オレと彼とのファーストコンタクトであった。
その輝かしい笑顔が眩しくて直視出来なかったことはここだけの話である。